伊東ゆかり「メモリーズ・オブ・ミー2~a taste of bosssa~」



最近はまともにクラシックと対峙して聴く時間が少なくなった。変わってチョイ聴き、ナガラ聴き。その対象ももっぱら60~80年代の邦楽ポップス。古めの歌謡曲から昨今人気のJ-POPまで、手持ちの盤やYouTube音源で楽しんでいる。きょうもそんな気分で音盤棚を見回し、久しぶりにこの盤を取り出した。


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伊東ゆかり(1947-)が歌うカヴァーアルバム「メモリーズ・オブ・ミー2」。 2とあるからには、2なしの「メモリーズ・オブ・ミー」もあって、数年前に2枚セットで手に入れた。ともに昭和の定番ソングを歌っている。昨今のこうしたカヴァーアルバムは山ほど出ているが、この伊東ゆかりのアルバムはアレンジが取り分けナイス。それもそのはず、かのデヴィッド・マシューズがアレンジを担当。オーソドクスなジャズテイストながら、ひとひねりあるコードワークで中々聴かせる。「メモリーズ・オブ・ミー2」は2014年11月リリース。収録曲は以下の通り。

 1. どうぞこのまま
 2. ウナ・セラ・ディ東京
 3. Mr.サマータイム
 4. フィーリング
 5. ミスティ・トワイライト
 6. セカンド・ラブ
 7. とまどいトワイライト
 8. 思い出は美しすぎて
 9. 愛するあした
 10. もう一度
 11. シルエット・ロマンス
 12. Blue Moon Blue
 13. あの日にかえりたい

ぼくら世代にお馴染みの曲が並ぶ。2013年発売の前作「メモリーズ・オブ・ミー」とほぼ同じジャズテイスト路線の編曲だが、この盤「メモリーズ・オブ・ミー2 ~a taste of bosssa~」はタイトル通りボサノバ風アレンジが中心。アレンジを担当したデイヴィッド・マシューズはジャズ・フュージョン界の大御所。マンハッタン・ジャズ・オーケストラ:MJOのボスとしても知られる。その彼のアレンジは決して奇をてらったところがなく、原曲のもつ昭和歌謡としてのメロディアスでノスタルジックな味わいをそのまま残しつつ、ほんの少しのスパイスを効かせるとどめている。この手のアレンジがときにやり過ぎになってがっかりすることがあるものだが、そのあたりの塩梅が絶妙だ。

ぼくは伊東ゆかりのファンでもなんでもないのだが、彼女の「ごく普通の」歌いっぷりも普通であるがゆえに味わい深く、歌唱よりむしろ語られる歌詞に耳がいく。伊東ゆかりの歌手としての息の長さも、そうしたところ辺りに要因があるのだろうか。


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この盤とは別のアルバム「タッチ・ミー・ライトリー」にも収録されている「セカンド・ラブ」。


この盤の音源で3曲続く。
「思い出は美しすぎて」「あの日に帰りたい」「どうぞこのまま」



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稲垣潤一「Shylights」



松の内も明けたので、音盤タイムも「6」しばりは一旦終了。きょうは気分を変えてこんな盤を取り出した。


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稲垣潤一(1953-)のセカンドアルバム「Shylights」。1983年2月のリリース。手持ちの盤は例によってリサイクルショップのジャンク箱で捕獲したもの。収録曲は以下の通り。

sideA
1. ドラマティック・レイン
2. 風のアフロディーテ
3. (揺れる心に)フェード・アウト
4. コインひとつのエピローグ
5. SHYLIGHTS
sideB
1. ロンリー・ガール
2. 恋のテクニック
3. ロング・バージョン
4. LONG AFTER MID-NIGHT

何度も書いている話だが、クラシックを本格的に聴き始めたのが十代の終わり70年代半ば。以降は程々にのめり込んでいった。ポップスに興味がないわけではなかったが、レコードやFMエアチェック用カセットテープへの小遣い融通もクラシックが優先され、当時流行っていたポピュラー音楽はテレビやラジオから流れてくる曲が何となく記憶に残る程度だった。

稲垣潤一は1982年1月にデビュー。以降、和製AORとして人気を得て今に至っている。彼のファン層の中心はおそらく今の50代半ばから70代前半あたりだろうか。ぼくが聴き出したのはごく最近のことで、およそファンといえるレベルのものではないが、独自の雰囲気をもつ歌手として、また当時から年を経て今では中々渋い雰囲気もあって時々聴いている。

取り出した盤は1983年2月に出た2枚目のオリジナルアルバム「Shylights」。シングル3作目として1982年10月にリリースされ、その後の彼の名刺代わりの曲となったヒット曲「ドラマティック・レイン」や都会的なスローボッサで人気の「ロング・バージョン」などが収めれてる。 当時の邦楽ポップスは少し前に何度か取り上げたユーミンを始め、それまでの古い歌謡曲や四畳半フォークから抜け出した新しい音楽的な試みが成されつつあった。そんな中、稲垣潤一の曲の従来からの歌謡調と新しい流れが程よくミックスされていて、どこか落ち着きと居心地の良さを感じさせる。そんなところが和製AORといわれる所以かもしれない。


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「ドラマティック・レイン」 筒美京平作曲。リズムとアレンジと少し変えれば一時代前の歌謡調にも仕上がりそうだ。新旧の画像が織り込まれているが、音源は初回リリース時のものと思われる。


2008年に出たデュエットアルバムに収められた中森明菜との「ドラマティック・レイン」 他全4曲が続く。


「ロング・バージョン」 最初このアルバムに収められ、のちにシングルカットされた。作曲は当時から現在まで歌手・作曲家・プロデューサ等として活躍している安部恭弘。


桃井かおりがカバーした「ロング・バージョン」…中々いいんじゃないの!



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松任谷由実「紅雀」「流線形’80」



このところブログへのアクセス数が微増。たまたま更新が続いたせいだろうか。もっともアクセス数の割にはランキングバナーのクリックは相変わらず低調。まあ、記事へのお付き合いだけで有難いが、ついでに記事下方にある<クラシック音楽鑑賞>のバナーをワンクリックしていただき、ランキングサイトへ飛んだあと再び当ブログ名をクリックして戻ってきてもらえると更にハッピー(面倒なこというオヤジだなあ)。どうぞ引き続きよろしくお願いします。 さて、少し前から周回遅れで聴いているユーミン。きょうはこの盤を取り出した。


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ユーミンの5作目のアルバム「紅雀」と6作目「流線形'80」。それぞれ1978年3月と同年11月のリリース。「紅雀」は結婚して荒井由実から松任谷由実に変わって出た最初のアルバムということになる。この当時、人気アーティストはシングルなら3~4ヶ月に1枚、アルバムも年に2枚は出すのが当たり前の時代だった。そんな時代、1976年11月に松任谷正隆と結婚後、1年半近いブランクは相当長かったに違いない。松任谷姓になって満を持してリリースした「紅雀」。これが今でも語られるほど地味なアルバムとなった。地味とひと言で片付けるのはどうかと思うが、それまでの初期のユーミンの曲にあったキャッチ-なメロディやスッと入ってくるコード進行の使用が控えめで、アルバムコンセプトとしてラテンテイストと言われながらも滅法明るいラテンとも違い、フォルクローレやボサノバ等やや抑えめのテイストが支配的であることから「地味」というレッテルと貼られてしまうのかもしれない。しかし、いま聴いてみるとアレンジ、曲想等、ジャズやフュージョンのテイストを加えながらも抑え気味のアレンジは通好みながら飽きずに聴かせてくれる。

「紅雀」から8ヶ月後に出た「流線形'80」。こちらは「紅雀」の通好みから一転、一気にポップでキャッチ-なアルバムとしてリリースされた。ジャケットデザインからして、今日シティーポップスと言われるイメージをよく表している。加えていえば荒井由実時代は、それまでの四畳半フォークや歌謡曲路線とは一線を画していながらも、やはりどこかそうした70年代半ばのイメージを宿しているように感じる。それに対して「紅雀」を経てこの「流線形'80」ではその後80年代に向けてのユーミンカラーが一気に押し出されたアルバムに仕上がっている。

「紅雀」「流線形'80」。同じ年にリリースされた2枚のアルバムながら対照的、そして新しい方向への指針となった名盤だ。


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「紅雀」の収録曲「ハルジョオン・ヒメジョオン」


「流線形'80」の収録曲。シングルリリースもされてヒットした「埠頭を渡る風」


同 「魔法のくすり」



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中森明菜「北ウィング」



クリスマスイヴの昨日、中森明菜の公式YouTubeチャンネルが開設された。


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表舞台から姿を消して久しい彼女だが、世の多くの明菜ファンに支えられ、その人気は根強い。今回のニュースにもファンたちはすぐに反応し、アップされた「北ウィング」を歌う動画は一日で150万回再生をカウントしている。

ぼくは80年代にはすでに勤め人として程々に働いていたし、聴く音楽はクラシック中心。アイドル達の歌声はテレビの向こうで何となく流れていたに過ぎない。しかし脳裏のどこかに染み付いていたのだろう、いい加減オッサンになってから当時のポップスも聴くようになった。中森明菜を聴きだしたのも90年代終わり頃。リサイクルショップのジャンクコーナーで投げ売られていたアルバムやシングル盤を買い集めた。周回遅れも甚だしい。

きのう開設された公式チャンネルアップされた「北ウィング」で思い出し、音盤棚から取り出したのは、その「北ウィング」が収められている1984年発売の彼女の6枚目のアルバム「ANNIVERSARY」。このアルバムの発売に先立ち「北ウィング」は同年1984年1月に先行リリースされ、すぐにヒットチャートに躍り出た。アルバム「ANNIVERSARY」は「夏をイメージした季節感と異国情緒ムードで統一感」がテーマとされ、いま聴いても中々多彩な曲が並ぶ。その中にあって「北ウィング」は、単なるアイドルポップスを超え、今も彼女の持ち味であるウィスパーボイスを予感させるところもあって抜きん出て素晴らしい。


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公式チャンネルにアップされた「北ウィング-CLASSIC-」。ピアノと弦楽のバックに切々を歌う。!マークが出たら「YouTubeでみる」とクリックすればOK。
このアレンジは作曲者:林哲司のトリビュートアルバムで歌われたもので、中森明菜はSNSで次のようなコメントをアップしている。「当時は、国境を超えて彼の元へ向かう意思のある女性として歌っていました。40年の時を経た今、ひとりの女性がすべてを捨てる覚悟で一歩を踏み出す勇気を讃えたいと思い、彼女を見守り応援する気持ち、そして康さん・林さん・この曲を愛してくださるみなさまへ感謝の気持ちを込めて歌いました。」


こちらでもOK→
https://youtu.be/T7VMHQecm6k?si=Qd3P29LXl8_hrO9o


2002年テレビ放映での「北ウィング」


「北ウィング」 この曲が出た当時の様々なステージ



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荒井由実「YUMING BRAND」



周回遅れで聴いている荒井由実。きょうはこの盤を取り出した。


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1976年6月に出た荒井由実の初ベスト盤「YUMING BRAND」(写真右端)。ジャケットには昭和世代にとっては懐かしい赤と青のセロファンを使った立体視のギミックが施されている。例によって近所のリサイクルショップのジャンク箱で捕獲した一枚。収録曲は以下の通り。

Side1
あの日にかえりたい/少しだけ片想い/やさしさに包まれたなら
魔法の鏡/ルージュの伝言
Side2
12月の雨/瞳を閉じて/きっと言える
ベルベット・イースター/翳りゆく部屋

オリジナルアルバムの三作「ひこうき雲」「MISSLIM」「COBALT HOUR 」を出し、その間にいくつかのシングル盤も出して荒井由実人気がすっかり定着した頃、アルバムとシングルから選んだ、そして今も歌い継がれている荒井由実時代の名曲が並んでいる。荒井由実名義LP時代唯一のベスト盤として貴重な一枚だ。

以前にも記した通り、70年代半ばにすでにクラシック命となっていたぼくにとって荒井由実は、そういえばラジオで流れていたなぁ程度の存在でしかなかった。しかし耳にはしっかり定着していた曲が多い。やはりヒット曲として盛んに巷に流れていたに違いない。昨今の若い世代のユーミンファンは宮崎アニメ辺りでの音の記憶がベースなのだろう。そんな曲をこの歳になって周回遅れで聴く…まあ、それも音楽との出会いだ。

収録された曲はいずれも穏やかな抒情をたたえた素直なメロディーライン、当時として斬新なコードワーク、そして気鋭の腕利きを集めたバックバンドやコーラス等、いずれも第一級で丁寧に作られていて、いま聴いても古さを感じない。 実はその後、同コンセプトのベスト盤として1979年に「YUMING BRAND PART2」が、そして1981年に「YUMING BRAND PART3」がリリースされた(写真左2枚)。しかし、この2枚のアルバムは当時アルファレコードがアーティスト側の意思と関係なくリリースした非公式アルバムで、その後廃盤となり、現在の松任谷由実公式サイトには記載されていない。


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「翳りゆく部屋」 荒井由実時代の最後のシングル盤。この曲のオルガンの音源には例の東京カテドラル聖マリア大聖堂の初代オルガンが使われた。オルガンを弾いているのは、この曲がシングルリリースされた年の11月に結婚して夫となった松任谷正隆。他にベースの細野晴臣、ドラムスにポンタ秀一こと村上秀一、ギター大村憲一、バックコーラスにはハイ・ファイ・セットと山下達郎…一時代を画したメンバーばかりだ。 名曲の誉れ高く、今も多くの歌手によってカバーされている。


当時のメイキング映像を含む。 NHK「美の壺」から。


「翳りゆく部屋」パイプオルガンによる演奏


「あの日にかえりたい」。シングルでリリースされ、アルバムとしてはこのベスト盤が初収録だった。



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島倉千代子 没後10年



ネットをみていたら、きょう11月8日は島倉千代子(1938-2013)の命日と出ていた。2013年のきょう75歳で亡くなった。ああ、もう10年経ったのか…


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馬齢を重ねつつチマチマと道楽を楽しんでいるうちに手元に集まった音盤は4千枚余。クラシック7割、ジャズ・ポピュラー2割、その他1割。その他ジャンルの1割のうちには昭和歌謡のアレコレが散在している。JPOPという言葉が生まれる以前の、すなわち80年代・昭和時代までの、今となっては完全に懐メロジャンルの盤もいくつかある。その多くは当時のぼくにとってもすでに懐メロであったものも多い。小柳ルミ子、小林幸子、八代亜紀、五木ひろし辺りはまだいいとして、島倉千代子、春日八郎、小林旭となるとそろそろ怪しい雰囲気。二葉百合子、岡晴夫、マヒナスターズとなると、もはや…。ともあれ、きょうは手持ちのお千代さんのジャケットを眺めつつ、オルトフォンSPUの針を降ろすことにした。

ヒット曲に十分恵まれながらも、彼女の私生活は波乱に満ちていたようだ。よく覚えているのは40年余り前だったろうか、当時40代半ばだった彼女がセミヌードの写真集を出したことがあった。すでに歌手としては一流・ベテランの域、しかも和服のイメージ。そんな彼女が水着で波とたわむれている姿は理解に苦しんだ(のちに訳あってのことと知るにいたる)。

島倉千代子は実に個性的な声と歌い口で印象に残る歌手の一人だ。デビュー当時はまだSP盤でのリリースもあった頃。晩年は声の衰えを隠せなかったが、その透明なハイトーンは一度聴いたら忘れない声だった。「人生いろいろ」で当時の若いファンも獲得したようだが、やはり彼女の真髄は昭和30年代、つまりぼくにとってもすでに懐メロ領域の曲だ。万城目正作曲、西条八十作詞のゴールデンコンビによるデビュー曲「この世の花」は、昭和歌謡の王道を行く曲想と十代にもかからわず、はかなさを感じさせる歌い口が素晴らしい。そのあとに続く「東京の人さようなら」「東京だよおっかさん」なども今となっては聴くことが出来ないおだやかなメロディーと職業作曲家・詩人の手になる美しい曲だ。


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「東京だよおっかさん」 80年代の夜のヒットスタジオかと


デビュー35周年というから90年前後のライブかな


熱唱!



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荒井由実「14番目の月」



周回遅れも甚だしい、今更聴くか?荒井由実…。先日の記事で取り上げた初期2作の続きで、きょうはこの盤を取り出した。


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荒井由実4作目のアルバム「14番目の月」(アルファレーベル盤)。1976年録音・リリース。例によって20年近く前、リサイクルショップのジャンク箱で捕獲した帯付き・ミントコンディション。収録曲は以下の通り。

side1
さざ波/14番目の月/さみしさのゆくえ/
朝陽の中で微笑んで/中央フリーウェイ
side2
何もなかったように/天気雨/避暑地の出来事/
グッド・ラック・アンド・グッドバイ/晩夏(ひとりの季節)

先日の記事に書いた「ひこうき雲」1973年、「MISSLIM」1974年に続き、1975年の「COBALT HOUR」と続いた荒井由実のアルバムリリース。この頃までにシンガーソングライターとしての地位を確立。レコードのセールスも順調に伸びて荒井由実ブーム(第1次)ともいえる状況となっていた。 1976年にリリースされた本作「14番目の月」はそれに続く4作目のオリジナルアルバム。同年、松任谷正隆と結婚したこともあって、荒井由実名としては最後のアルバムとなった。

初期二つのアルバム「ひこうき雲」と「MISSLIM」がモノトーンあるいはそれに近いジャケットデザインであったのに比べ、4作目のこの「14番目の月」はどこから見ても目を引くピンク。リボンをあしらったデザインもあって、結婚する彼女の心の内を見るかのようだ。タイトルチューンの「14番目の月」では…つぎの夜から欠ける満月より14番目の月がいちばん好き…と歌い、当時22歳の彼女自身を映している。 そしてこのアルバム中のもっともポピュラーな「中央フリーウェイ」。秀逸なコードワーク、ギターの軽快なカッティング…当時、松任谷正隆が仕事の帰り、ユーミンを八王子の自宅まで送っていた頃の思い出を曲にしたという逸話がある。なるほどそんな光景がリアルに目に浮かぶようだ。


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アルバム「14番目の月」から25年後の2001年にLAで録られたのプライベート・ライヴ。同アルバムから数曲が演奏されている。
「さざ波」 


同 「中央フリーウェイ」


同 「晩夏」


「中央フリーウェイ」のアナリシス



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Author:マエストロ・与太
音楽とクラシックギターに目覚めて幾年月。道楽人生成れの果てのお粗末。

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