先回に続きアルゲリッチのコンセルトヘボウでのライヴ盤を聴く。 協奏曲編に続きはきょうはソロリサイタル編。1978・1979年の録音。1978年といえばアルゲリッチは30代後半。80年代に入るとソロ活動から室内楽活動に軸足を置くようになる前の、名実ともピアニストとしてその絶頂期だったといってよい。この盤からも、バッハから近現代に渡る多彩なプログラムで自信のほどが伺える。収録曲は以下の通り。 J.S.バッハ;パルティータ 第2番ハ短調BWV.826 ショパン;ノクターン 第13番 ハ短調 作品48-1 ショパン;スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39 バルトーク;ピアノ・ソナタ Sz.80 ヒナステラ;アルゼンチン舞曲集 作品2 第1~3曲 プロコフィエフ;ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調作品83「戦争ソナタ」 <アンコール> D.スカルラッティ;ソナタ ニ短調 K.141=L.422 J.S.バッハ;イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807よりブーレ 実際のライヴの曲順とは異なるだろうが、この盤一枚を最初から聴くと、まさに一夜のコンサートを楽しむ気分になる。冒頭のバッハ;パルティータはコンサートの開始に相応しく、穏やかなタッチで静けさをたたえて始まる。特に第1曲のシンフォニアは実に控え目で抑えた表現が美しい。組曲の後半になって次第に音楽の温度感が高くなり、サラバンドのあとのロンドからカプリチオへはアタッカで入って一気呵成に弾き切るあたりは、いかにもアルゲリッチらしいところだ。次ぐショパンの2曲でぐっと音楽の密度が上がる。ノクターンでも決めどころの和音は重量感にあふれたタッチでずっしりと響かせる。スケルツォ共々、軽いロマンティックなショパン風情ではない。バルトークはプログラムとしたら休憩前の前半最後の曲という位置付けになるだろう。後半に置かれたプロコフィエフのソナタ共々、キレにいいリズムとタッチとライヴのノリの加わって音楽をドライブする力にあふれる素晴らしい演奏だ。彼女と同郷のヒナステラは小品3曲だが、『粋な女の踊り』と称する第2曲でのブエノスアイレスの冷たい夜の気配と官能を感じさせるような抒情から、第3曲『やくざなガウチョの踊り』での複雑なリズムの高速処理まで、その描き分けが素晴らしい。 ぼく自身はアルゲリッチの熱心なファンではないが、こうして彼女のソリストとしての絶頂期とも言える時期の録音を聴くと、多くのファンが圧倒され、熱狂する理由が分かる。 バッハ・パルティータBWV862の終盤。ロンドからカプリッチオへアタッカで入る(1分17秒)。VIDEO ヒナステラ<アルゼンチン舞曲集>の第2曲VIDEO この盤でアンコールとして弾かれているスカルラッティのソナタL.141。アルゲリッチはアンコールでしばしばこの曲を取り上げているようだ。ハンカチをポンと放り投げ、おもむろに弾き出す!VIDEO アルゲリッチ若き日の記録。デュトワとの蜜月時代。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
週明け月曜。きょうもいつも通り出勤。程々に仕事していつもの時刻に帰宅した。年末感ゼロの師走の晩。今夜も続けてこの盤を取り出した。 先日来続けて聴いている「20世紀のグレイト・ピアニスト」シリーズ中の一枚。アリシア・デ・ラローチャ(1923-2009)の弾くスペイン物を2枚に収めた盤だ。この盤、ラローチャの演奏を聴く意味合いはもちろんだが、その前にスペインの古典から近代にかけての作品を網羅している選曲がまず秀逸だ。スペイン物というと、とかくイサーク・アルベニスやグラナドス、ファリャなど近代スペインの作曲家が取り上げられることが多い。しかし、この盤ではそれらのスペイン近代の定番に加え、18世紀後半から19世紀に活躍して古典期の作曲家、マテオ・アルベニス(1755-1831)やアントニオ・ソレル(1729-1783)の作品が聴ける。加えてハルフテルやモンポウの代表作も収録されていて、ピアノを通してスペイン音楽を俯瞰するには好適のアルバムに仕上がっている。 ラローチャにとっては、もちろんこうした収録曲は「お国物」となるわけだが、天才少女としてスタートしたキャリアの中で彼女はモーツァルトやシューマンなどのウィーン古典派の曲も得意としていた。それ故か彼女の弾くグラナドスのスペイン舞曲やI・アルベニスなどの作品は実に整然とした古典的様式感の上に成り立っていて格調が高い。背筋が伸びていると言ってもいいだろう。それでいてスペイン物らしい情緒にも不足はない。 グラナドスやI・アルベニスの作品はギター弾きにとっても馴染み深いものが多いが、ギターで弾くそれらの編曲物の演奏はとかく情緒的で、ときにコブシが効きすぎることがある。ぼくも含めギター弾き諸兄諸姉は、ラローチャの弾くスペイン物を聴き、手垢にまみれていない解釈を参考にすべし…といったところだろうか。 この盤の音源。マテオ・アルベニス(1755-1831)のソナタニ長調。VIDEO この曲はギターにもアレンジされていて、ギター弾きには馴染み深い。VIDEO 同曲 「カスタネットの女王」ルセロ・テナ。VIDEO ソレル(1729-1783)のソナタニ長調。ドメニコ・スカルラッティに師事したソレル。曲想も似ている。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
気付けばクリスマスイヴ。これといった趣向もなく、いつもの週末土曜日だ。みなが浮かれていたバブル期も指をくわえて傍目にみていた身にとっては、楽しかったクリスマスの思い出もない。今も昔も平々凡々…嗚呼 まあ仕方ない。気を取り直して日常ルーチン。先回の続きで、こんな盤を取り出した。 20年程前に「Great Pianist of The 20th Century」という名で出ていたシリーズ物のグールドの巻。グールドは例のボックスセット があるのだが、同じ録音ながら別企画の盤で聴くのも悪くない。このシリーズは20世紀を代表するピアニストの代表的な録音をそれぞれCD2枚の収めてある。先日記事に書いたリパッティもこのシリーズ。今思えば随分と珍しいピアニストの盤もあった。もう少し手を広げて買っておけばよかったと少々後悔している。 グールドのぼう大な録音から2枚のダイジェストを作るにあたって、企画担当者は随分と悩んだことだろう。その結果選ばれたのは、バード、ギボンズ、スカルラッティが数曲、モーツァルトとハイドンが1曲ずつ。それと時代が飛んでR・シュトラウス、スクリャービン、ベルク、プロコフィエフなど。中ではカルメンやアルルの女で有名なビゼーの「演奏会用半音階的変奏曲」が珍しい。ビゼーといえばまずはカルメン、アルルの女、交響曲ハ長調あたりが思い浮かぶが、それ以外にといわれると馴染みはぐっと少なくなる。この「演奏会用半音階的変奏曲」は彼の数少ないピアノ作品のひとつ。ピアノ愛好家にはそれなりの知名のある曲かもしれないが、一般にはグールドが弾いているということでにわかに知られるところとなったようだ。実際、ぼくもグールドの演奏で初めて耳にした。ビゼーのメロディーメイカーとしての一面に加えて、後期ロマン派風の拡大した半音階技法を駆使した佳曲で、ピアニスティックな魅力にもあふれていて聴きごたえのあるコンサートピースだ。 この盤の音源。VIDEO 全日本ピアノ指導者協会ならびに同協会協力者提供の音源。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
今週は前半に少々重い仕事があったが何とか切り抜け、年内の峠を越した(やれやれ…)。さて、週末ではないが気分は少々リラックス。音盤棚を眺めていて、この盤と目が合ったので久々に取り出した。 ディヌ・リパッティ(1917-1950)の2枚組。20年程前に出ていた「Great Pianists of the 20th Century」というシリーズの中のもの。2枚組の1枚は協奏曲で、カラヤンとのシューマン、ガリエラとのグリーク、共にオーケストラはフィルハーモニア管。もう1枚はバッハのパルティータ第1番の他、モーツァルトのイ短調のソナタKV310、ショパンの3番のソナタ、ブラームスのワルツなどが収められている。ぼくは熱心なリパッティファンではないのでよくは知らないのだが、リパッティの録音は多くないはず。現在CDで簡単に手に入るのはおそらく数枚ではないか。 バッハのパルティータ第1番を聴く。端整なバッハ演奏。ぼくの中にあるリパッティのイメージではもっと前世紀的なロマンティシズムを引きずっていると思っていたのだが、あらためてこのパルティータを聴くと、その予見は見事に外れた。プレリュードは速からず遅からずの中庸のテンポ設定で、大きなルバートをかけることなく、トリッキーな仕掛けもなく、淡々と穏やかに進む。1950年録音で音の状態は決してよくはないが、彼の音楽作りの方向性はよく聴き取れる。アルマンドは粒立ちのいいスケールがよどみなく流れる。サラバンドももたれるところがなく、遅すぎないテンポであっさりと弾き切っている。もっぱらショパン弾きのイメージが強いリッパティだが、バッハからもそのリリシズムは十分伝わってくる。 この盤の音源。バッハのパルティータ第1番BWV825 1950年7月ジュネーヴでのセッション録音。VIDEO リパッティ最後の演奏会ライヴ@1950年9月ブザンソン 最初にバッハのパルティータ第1番。そのあとモーツァルトのソナタ第8番、シューマン、ショパンと続く。この演奏会から三ヶ月後、1950年12月に亡くなった。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
十月半ばの週末日曜日。朝から町内自治会の行事。担当職務を終えて昼過ぎに帰宅した。そのまま午睡に落ち、しばし休憩。目覚めの一服で渋茶をすすりながら、こんな盤を取り出した。 グレン・グールド(1932-1982)の弾くベートーヴェン後期ピアノソナタ集。第30・31・32番というベートーヴェンの最後期の3曲が収録されている。録音は1956年でグールドの盤歴の中では初期のもの。 ベートーヴェンのピアノソナタは第29番「ハンマークラヴィーア」で頂点に達したといっていいだろう。その後の最後期の作品となった30番から32番は、29番に比べると規模や構成は小さくなり、反面、簡素な構成の中で精神性と叙情性がより深みを増している。特に31番と32番などはその趣きが一段と際立っている。31番の第3楽章は深い美しさをもった旋律とそのあとにベートーヴェン後期の特徴的手法でもあるフーガが続く。最後のピアノソナタとなった第32番も第1楽章こそベートーヴェンらしい激しさも現れるが、第2楽章はやはり静かな歌とその変奏が続き、全体としては静寂が支配する音楽だ。叙情性と対位法的扱いあるいは変奏形式は、深く静かに瞑想しながら曲の核心にせまるグールドの一面によく合うように思う。 この盤の音源。第31番全3楽章 少々音を加工(疑似ステレオ化)しているが悪くない。VIDEO 第31番の第3楽章 解説に続いて3分7秒から演奏が始まる。VIDEO エレーヌ・グリモーの弾く第31番。ショートヘアにしたグリモーに目が釘付けだ…(^^;VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
週半ばの水曜日。きょうは仕事のあと野暮用あって少々遅い帰還。ひと息ついて音盤を取り出す元気もなく、先日聴いたこの盤の備忘を記しておこう。 ベートーヴェンのディアベリ変奏曲。正確には「ディアベリのワルツによる33の変奏曲ハ長調作品120」。60年代半ばのデビューアルバムの一つにこの曲を選んでいたバレンボイム(1942-)による1981年再録盤。 今更、素人のぼくなどが講釈するまでもないが、この曲はバッハのゴルドベルクに比肩される大曲だ。実際この盤でも演奏時間は1時間を越える。作品番号からも分かる通りベートーヴェン晩年の曲。同時期には第九交響曲の作曲も進行していた。 アントン・ディアベリ( 1781-1858)はぼくらギター弾きにはいくらか馴染みがある。この曲の成立には当時のウィーンで、作曲家としてよりもむしろ出版事業主としての名声を得ていたディアベリの暗躍もあるとのことだが、それはともかく、平々凡々としかいいようのないワルツを使いながら、すっかりベートーヴェン色に染め、充実かつ新規性に満ちた和声と構成を成し遂げているところは、やはりベートーヴェンの第一級の仕事だろう。各変奏曲がそれまでの時代によくあったような技巧的バリエーションにとどまらず、まったく新しい情緒の表出になっている。特に後半、第24変奏の小フーガを経て終盤となり、ハ短調となって瞑想的に進む第29変奏、変ホ長調32変奏の重厚なフーガ、そして再びハ長調に戻って終曲を迎える頃には、この曲が小さな変奏曲の集まりだということを忘れそうになるほどの充実ぶりだ。 楽譜付き全曲。46分からラルゴ・モルト・エスプレシーヴォの美しい第31変奏。そして32変奏のフーガ(51分43秒から)へと続く。VIDEO バレンボイムによる2020年秋コロナ禍期間の録音。ベートーヴェンのピアノソナタ全曲(バレンボイムのとって5回目!)と併せて録音されたようだ。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村
三連休が終わり、週半ばの水曜日。都内での仕事を終え、夕方5時過ぎの新幹線で帰途についた。コロナ第7波到来の中、人の動きはむしろより活発になっている感じで、新幹線も東京駅を出たあと、大宮駅で東北新幹線からの乗客が合流するとほぼ満席になる。 さて、帰宅後一服して弛緩タイム。音盤棚を見回し、しばらく手を伸ばしていなかったグールドのボックスセットを取り出し、くじ引きよろしく一枚引き当てた。 取り出したのはモーツァルトのピアノソナタ集のうち第8番・第10番・第12番・第13番の4曲が入っている盤。60年代後半から70年にかけての録音。 第8番のよく知られたイ短調のソナタは、いきなり猛スピードの第1楽章から始まる。確かにこの曲の1楽章の音形からすると楽譜の指示にはMaestosoとあるものの、荘重で悲劇的に奏するよりは、一気に疾走する方が相応しいようにも思える。グールドのテンポは悲しみを感じる間もなくイ短調という調性に駆られてひた走る感がある。展開部は更に激しく突き進む。そして対比するように第2楽章は美しいフレージングと適確なアーティキュレーションで落ち着いた弾きぶりを示す。 この盤で興味深いの第13番変ロ長調K.333のソナタだ。 モーツァルトのピアノソナタの中でももっとも優れたものの一つとされる。この曲の第1楽章に6分24秒かけているYouTubeの演奏(1967年)と比べると、この盤の録音(1970年)はずっと速いテンポ、3分44秒で弾き終えている。これほど違うとは正直驚いた。グールドの演奏は彼なりの完成された解釈と確固たる自信に裏付けられているものと思ったが、意外にも場合によっては相当異なった解釈をするものだということを知った次第だ。 この盤の楽譜付き音源。第8番イ短調全3楽章。1969年録音VIDEO K.333の演奏を比べてみよう。 この盤、1970年録音の楽譜付き音源。VIDEO こちらは映像収録用の演奏。1967年とのこと。VIDEO ■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■ ■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■にほんブログ村