ピリスのショパン



日経新聞文化欄の「私の履歴書」。九月から湯川れい子(1936-)が登場している。すでに十話。戦中の幼少の頃を過ぎ、戦後の青春時代から大人の女性に成りつつある頃まできた。きょうは初めてダンスホールへ行き<マンボズボン>を履いたカッコいい男性に誘われるくだりだった。
「私の履歴書」は各界の著名人、第一人者の生涯を連載でたどる。日経新聞という性格上、登場するのは企業人・財界人が多いが、政治家や文化人などもしばしば現れる。いずれも一時代を成した人、その道の第一線を切り開き歩んできた人ということもあって、年齢的には70歳から80歳位の人が多いだろうか。人生の節目になった出来事など、それぞれに面白いが、ぼくが最も興味をもって眺めるのは、それぞれの時代の様子、空気、雰囲気…そんなものだ。
例えば、いま登場している湯川れい子。父は軍人、母は武家の娘。幼少の折は東京山の手に住む。父は務めから帰ると着物に着替える。無駄のない所作でそれを手伝い、脱いだ衣服を手際よくたたむ母。終戦の玉音放送のあと母に呼ばれ、「これからはいろいろな人間がやってくる。もし辱めを受けるようなことがあったら、これで自害しなさい」と、懐刀の使い方を教えられる…。そんな描写を読みながら、ぼく自身の記憶にもない、今となってはおそらく日本のどこにも見られなくなった光景を想像すると、意外にリアルなイメージが頭の中に広がり、もしそうした時代に生きていたら、どんな風に過ごしていただろうかと、とりとめもなく考える。数分で読める連載だが、そこから広がるイメージが存外に大きく、職場の書架から取り出して休憩時間に眺めるのはちょっとした楽しみだ。ちなみに連載小説も今月から新たに林真理子の「愉楽」が始まった。初回からシンガポール駐在の男と人妻との情事の場面で始まり、こちらも仕事の手を休めてリフレッシュするにはちょうどいい塩梅だ。


201709_Pires.jpg


さて、きょうは前ふりが長くなってしまったが…週明け月曜の夜。久しぶりにこんな盤を取り出した。
マリオ・ジョアン・ピリスの弾くショパンの後期作品集。2008年録音の2枚組。収録曲は以下の通り。

<ディスク:1>
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
2つの夜想曲 作品62 夜想曲 第17番 ロ長調 作品62の1
2つの夜想曲 作品62 夜想曲 第18番 ホ長調 作品62の2
3つのマズルカ 作品59 マズルカ 第36番 イ短調 作品59の1
3つのマズルカ 作品59 マズルカ 第37番 変イ長調 作品59の2
3つのマズルカ 作品59 マズルカ 第38番 嬰ヘ短調 作品59の3

<ディスク:2>
1. ポロネーズ 第7番 変イ長調 作品61≪幻想≫
3つのマズルカ 作品63 マズルカ 第39番 ロ長調 作品63の1
3つのマズルカ 作品63 マズルカ 第40番 ヘ短調 作品63の2
3つのマズルカ 作品63 マズルカ 第41番 嬰ハ短調 作品63の3
3つのワルツ 作品64 ワルツ 第6番 変ニ長調 作品64の1≪小犬≫
3つのワルツ 作品64 ワルツ 第7番 嬰ハ短調 作品64の2
3つのワルツ 作品64 ワルツ 第8番 変イ長調 作品64の3
マズルカ 第45番 ト短調 作品67の2
マズルカ 第47番 イ短調 作品67の4
チェロとピアノのためのソナタ ト短調 作品65
マズルカ 第51番 ヘ短調 作品68の4

ショパンは1810年に生まれ、1849年に39歳で亡くなっている。この盤にはその晩年1844年以降の作品がほぼ網羅されている。この頃ショパンは体調を崩し、父を失い、ジョルジュ・サンドとの別れもあった。まさに失意の晩年だったろう。若い頃はショパンに対して<女学生が甘ったるい小説を小脇に抱えながら聴く音楽>といった、いささか偏見めいた印象もあって、積極的に聴くことはなかった。しかし近年、特に後期作品やマズルカなどは頻繁に聴き、その良さを実感するようになった。この盤はそんなぼくの最近の心情にジャストミート。滅多に新譜には飛びつかないが、この盤は発売されてまもなく出会い、迷わずレジに持っていた。

ピリスは抑え気味の抑揚で静かにショパン晩年の心情をなぞるように弾いている。オーディオの音量をやや控え目にして聴くとより味わい深く響く。<子犬のワルツ>もピアノ発表会聴くような陽気にパラパラと弾く様には遠い。マズルカは沈み込んだ音調がいっそう聴く側の心を打つ。
チェロソナタは多くのピアノ独奏曲にはない渋い曲想の佳曲。晩年の作品あるいはショパンの作品とは思えない起伏と力に満ちたフレーズもときにあるが、しかし底流には心折れるような悲痛でメランコリックな曲想が流れる。この盤ではパヴェル・ゴムジャコフという1975年ロシア生まれのチェリストが弾いていて、やや暗めの音色でよくこの曲のイメージをつかんでいる。


この盤のプロモーションビデオ。ショパンの晩年作品について語り、弾くピリス。


チェロソナタ。この盤の演奏音源。


★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

グールドのブラームス



9月に入って一週間。肌寒いほどの日が続いている。また暑さが戻るだろうと思っているうちに、彼岸の頃を迎えてしまうかもしれない。不順な夏で終わりそうだが、秋は秋らしくなってほしい…と、そんなことを思いつつ、秋かぁ…やっぱ秋はブラームスだよなと、こんな盤を取り出した。


201709_Gould.jpeg 201709_Gould_JB.jpg


グールドの弾くブラームスの間奏曲集。東京オリンピックの5年前、1960年秋に録音されている。グールド28歳の秋。この盤はブラームスの間奏曲に新たな光を当てた演奏として古くから知られていた。ぼくは最初CDで聴いたが、手に入れたCDはバラードやカプリツィオと、ごった煮の酷い編集だったこともあり、後年オリジナル選曲通りのこのLPを手に入れた。数年前、NHKTVで坂本龍一が取り上げ、多くの人の知るところとなった盤でもある。もっとも坂本龍一を待たずに、多くのブラームスファンにとって、必ずお気に入りの曲の一つであったはずだ。

孤独と向き合い、深く瞑想する演奏。グールド自身が10曲を選び、曲順を考えて、そして当然A面・B面の構成も考慮して作ったに違いない。1枚のアルバムとしてこちらも向き合って聴きたくなる。そんな盤だ。ブラームスの間奏曲はその渋めの曲想にも関わらず、ロマン派的側面の一部を拡大解釈したような、豪勢な演奏を耳にするが、この音楽はそういう性格ではない。誰に聞かせるでもない、もっぱら個人的なつぶやき。だから、そう大声で叫ばないでほしい。グールドの演奏はそこを完璧に示していて、聴く側も、そうだったのかと気付かされる。グールドのバッハもいいが、このブラームスは数あるグールドの盤の中でも出色のアルバムだ。


アルバムの最初の曲。 変ホ長調作品117-1


アルバムの最後の曲。 イ長調作品118-2



★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

ハスキルの<狩>



スイスで開かれていたクララ・ハスキル国際ピアノコンクールで、18歳の音大一年生藤田真央さんが優勝した。きょう昼間の移動中カーラジオから流れるニュースで知った。若手新人の登竜門での快挙。大いに祝福したい。おめでとうございます。
クララ・ハスキルといえばぼくらより少し上の世代により馴染みがある往年の名演奏家だった。きょうのニュースで思い出したこともあって、久々にハスキルの盤を取り出した。


201708_Haskil.jpg


クララ・ハスキル(1895-1960)によるベートーヴェン。ハスキル晩年1959~60年録音。手持ちの盤はまだフィリップスレーベルが健在だった2005年に廉価盤で出たときのもの。協奏曲第3番ハ短調(マルケヴィッチ指揮ラムルー管弦楽団)と、ピアノソナタ第17番ニ短調<テンペスト>と第18番変ホ長調<狩>が収録されている。今夜はこのうち18番を選んでプレイボタンを押した。

モーツァルト弾きとして名高いハスキルだが、もちろんベートーヴェンはピアノ弾きとして重要な作曲家だったに違いない。とはいえ、むやみにれパトリーを広げる演奏家ではなかったとようで、ベートーヴェンではこの盤に収録された3曲を取り分けよく演奏したそうだ。

ベートーヴェンのソナタ18番はそう多く取り上げられる曲ではないかもしれないが、よりポピュラーな第17番<テンペスト>と好対照を成している佳曲。全楽章を通じて、ベートーヴェンとしてはやや珍しく、チャーミングで軽みのある曲想だ。第1楽章は付点音符によるリズミックなモチーフが印象的な明るい楽章。2楽章に4分の2拍子のスケルツォをおき、第3楽章に優美なメヌエットが配されている。このメヌエットは美しい。終楽章は8分の6拍子。タランテラ風の急速調で、ベートーヴェンらしい熱を帯びたフィナーレとなる。

ハスキルはいずれの楽章も力で押すことなく、美しい音色と穏やかなフレージングが生きた演奏だ。全楽章を通じて、ハスキルが力を込めたフォルテシモで鍵盤をたたく箇所はそう多くない。メッゾフォルテ以下の弱音のコントロールが素晴らしいのだ。人間もそうだが、大事なことは大声で叫ばず小声で伝えるものだということが、ハスキルの演奏からはよく分かる。あのチャップリンをして「私の生涯に出会った天才はチャーチル、アインシュタイン、そしてハスキルだけだ」と言わしめた天賦の才に恵まれながら、若くして病魔に冒され、ナチスに追われたハスキルの過酷な人生を思うと、晩年のこれらの演奏を裏付けるものが分かるような気がする。


ハスキルの弾く18番。但し、こちらは1955年の録音(モノラル)。


18番の楽譜付き音源。ケンプの演奏だそうです。


横山幸雄による18番のレッスン。


★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

ブレンデルの<告別>



早いもので八月最後の週末金曜日。いつも通り7時過ぎに帰宅。一服したあと少し雑誌を眺めていて、気付いたらもう11時を回っていた。実はこのところ、以前にも増して音楽を聴こうというパッションが減少。かろうじてこのブログ時期の更新をトリガに何か盤を探してはみるが、あまり真剣に聴いている状態ではない。きょうもそんなノリの悪い夜なのだが、気を取り直して音盤棚をサーチ。何枚か出しては戻しを繰り返して、ようやくこの盤に落ち着いた。


201708_brendel.jpg 201708_brendel_LVB.jpg


ブレンデルの弾くベートーヴェンのピアノソナタ2曲が収められているLP盤。1985年のリリース。時代はCDへのシフトが進みつつあった頃。当時、ベートーヴェンのピアノソナタはグルダのアマデオ盤全集が手元にあったのだが、時流にのった演奏も聴きたいと思い、1800円というミドルプライスと、録音のいい直輸入原盤使用という触れ込みに釣られて手に入れた。しかしその後あまり聴いた記憶がなく、盤面も真新しい。さきほどからいつものCEC製プレイヤーとオルトフォンSPU-Gという組み合わせで聴いているが、プチッというノイズ一つなくクリアな音を聴かせてくれている。その後、この録音を含むブレンデルの70年代録音の全集セットをCDで手に入れたが、LPはLPで味わい深い。
告別ソナタはベートーヴェンのピアノソナタな中では好きな曲の一つだ。特に第一楽章がいい。落ち着いた、しかし緊張感のある序奏。そして主部では短調と長調のスケールが微妙に交錯する。ブレンデルの、この1977年録音の演奏はやや遅めのテンポで急がず騒がず、展開部に入ってもフレーズの一つ一つをじっくり確かめるように進む。ベートーヴェン演奏にありがちな剛直な感じは皆無。むしろ静寂感が支配しているといってもいいくらいで、ぼくが抱くこの曲のイメージにぴったりだ。一緒に入っている大曲ハンマークラヴィアソナタについてはまたいずれ。


ブレンデルによる告別ソナタ。


楽譜付き音源。



★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

ベートーヴェン後期ピアノソナタ



関東地方はジワジワと暑さ復活。暑い一日だった。
さて、このところアンセルメ翁の検分で管弦楽ばかり聴いていたのだが、今夜はピアノをと思い、こんな盤を取り出した。


201708_Gould_LVB_P_Sonata_30.jpg


例のグールド・ボックスセットの中からその2枚目にあるベートーヴェンの後期ピアノソナタ集。第30・31・32番というベートーヴェンの最後期の3曲が収録されている。録音は1956年でグールドの盤歴の中では初期のもの。ベートーヴェンのピアノソナタは第29番『ハンマークラヴィーア』で頂点に達したといっていいだろう。その後の最後期の作品となった30番から32番は、29番に比べると規模や構成は小さくなり、反面、簡素な構成の中で精神性と叙情性がより深みを増している。特に31番と32番などはその趣きが一段と際立っている。31番の第3楽章は深い美しさをもった旋律とそのあとにベートーヴェン後期の特徴的手法でもあるフーガが続く。最後のピアノソナタとなった第32番も第1楽章こそベートーヴェンらしい激しさも現れるが、第2楽章はやはり静かな歌とその変奏が続き、全体としては静寂が支配する音楽だ。叙情性と対位法的扱いあるいは変奏形式は、深く静かに瞑想しながら曲の核心にせまるグールドの一面によく合うように思う。


スタジオ収録の第31番終楽章前半


同楽章。フーガが始まる後半。


エレーヌ・グリモーの弾く第31番。 一段とショートヘアになったグリモー…美しすぎるぞ(^^;



★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

シゲティのバッハ無伴奏



世間はお盆休みにかかる日曜日。ちょっと車で遠出。一日ぶらぶらして夕方過ぎに帰宅した。出かけた先の手土産で簡単な夕飯を済ませて一服。ひと息ついてアンプの灯を入れ、先日のクイケンの続きでこんな盤を取り出した。


201708_szigeti.jpg 201708_szigeti_JSB.jpg


ハンガリー生まれの往年のヴァイオリニスト:ヨーゼフ・シゲテイ(1892-1973)によるバッハ無伴奏ヴァイオリンのための作品集。手持ちの盤は70年代後半に廉価盤LPで出ていたときのもの。当時この盤を選んだ理由は簡単。その頃廉価盤で手に入る唯一の全曲盤だったからだ。しかし、今となってはそうした現実的な理由を除いても、この盤を選んでおいてよかったと思うことしきりだ。

ぼくはもちろんシゲティの全盛期をリアルタイムで見聞きした世代ではない。そのためか、シゲティはコンサートプレイヤーとしてよりは、後半生の指導者としての実績の方が記憶に残っている。特に日本人の潮田益子や前橋汀子が、シゲティに師事していたことも、そういう印象につながっているのかもしれない。このバッハの無伴奏はそんなシゲティが還暦を過ぎ、晩年に差し掛かる少し前の録音といっていいだろうか。録音は1959~1960年。すでに録音システムはステレオ録音への移行を完了している時期だが、この録音はモノラルで録られている。

BWV1001に針を降ろす。モノラル録音独特の浸透力のある音が深く響き渡る。録音状態はすこぶるいい。ゆったりとしたテンポと深いボウイング。一音一音確かめるかのように弾き進める。流麗、華麗、そういう言葉の対極にある演奏だ。往時のシゲティは新即物主義=ノイエザハリッシュカイト(懐かしい言葉!)な演奏スタイルとされていたが、今こうして現代的視点で聴くと、十分にロマンティックで、濃い口の音色と歌いっぷりだ。時おり音が揺れたり、音程に不安定なところがあるのは、この当時すでに指摘されていた技巧の衰えゆえだろうか。しかし、ロマン派のヴィルティオーゾの曲ではないし、それが曲を聴く上での妨げになる感じはない。モノラル録音もこうした音数の少ない独奏曲などでは、ステレオ録音に比してさしたるディメリットを感じない。

話は飛ぶが…
例えばNHKラジオのニュースをAMとFMとで切替えて、聴き比べてみると面白い。話し手も内容も同じでありながら、ニュースの読み上げに関しては確実にAMの方が聴きやすく、内容が把握しやすい。特に外部ノイズの多い車で走行中にカーステレオで切替えてみると-聴瞭然だ。AMの再生周波数帯域は狭く、振幅も圧縮されている。FMに比べ忠実度は劣るが、話を伝えるという機能としてはむしろ優れている。音楽と肉声とを単純に比較できないが、古いモノラル録音やAMラジオから流れる音楽に時として浸透力や説得力を感じることにも一脈通じる。忠実度は低いがゆえに、音そのものより、音楽の成り立ち、音楽が伝えようとしている核心といったものに耳を傾けざるを得ないこともあるだろう。古い蓄音機で聴くSP盤にこそ音楽のリアリズムを感じると主張する人がいるのもうなづける。このシゲティのバッハなどは、そうした主張の論拠といってもいい録音だ。そしてその真髄を聴き取るには最新のオーディオ装置でなく、少なくても60年代までのシステム、すなわち効率の高い軽量コーンのスピーカーを大型の箱に入れ、帯域を欲張らないトランス結合のアンプを使い…と、そんなシステムを使いたくなる。あるいは、古い木製キャビネットのラジオを用意し、当時標準的に付いていた裏面のPU端子に圧電型ピックアップのプレイヤーをつないで聴く…。もっとも、今どきそんな酔狂なことを実現するのは、流行りのハイレゾ導入よりずっと手がかかるだろうが…。ちょっと古いシゲティの録音を聴いていると、ふとそんなノスタルジックなシステムで聴きたくなる。


この盤とほぼ同時期リリースのLP盤音源。BWV1001。リュート曲としてのBWV1000のフーガは5分26秒過ぎから。 冒頭少し間があって18秒過ぎから演奏が始まる。


終曲にシャコンヌを含むパルティータ第2番ニ短調。 こちらも同様、冒頭少し間がある。



★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村

クイケンのバッハ無伴奏



関東地方は予報通りの猛暑日。東京都内では37℃超え。それでも湿度が低かったからか、ジメジメした暑さではなかったのが救いだった。あすは気温少々下がるも湿度上昇とのこと。あさっては休日につき、もう一日何とか乗り切ろうか…。さて、そんな呑気な天気話をつぶやきながら、一日終えて一服。ちょっと必要あって、こんな盤を取り出した。


201708_Kuijken.jpg 201708_Kuijken_JSB.jpg


シギスヴァルト・クイケン(1944-)の弾くバッハの無伴奏バイオリンの作品集。ソナタとパルティータの計6曲が収録された盤。1999~2000年の録音。十年ほど前にちょっとしたいきさつがあって、ある古楽リコーダー奏者からいただいた。 説明をするまでもないだろうが、シギスヴァルト・クイケンは有名なクイケン三兄弟の真ん中。三兄弟は揃って古楽分野で活躍している。ぼくは古楽ファンでもピリオド指向でもないので、彼の盤はこれが唯一手元にあるだけだ。にもかかわらず、バッハの無伴奏を聴くとき、他のいくつかの盤よりもこの盤を手にすることが断然多い。

この盤、まず録音が素晴らしくいい。さすがは伝統を誇るDHM独ハルモニアムンディ。透明感にあふれ、ヴァイオリンの音だけでなく周りの空気までも澄み切っているように感じる。ナチュラルなエコーも十分効いていながら細部もあいまいにならずよく聴こえる。ピリオドスタイルというと門外漢のぼくなどはやや過激な表現やモダンとかけ離れた奏法と音響をイメージするが、このクイケンの演奏はそうした違和感がない。ライナーノーツによれば使用楽器はジヴァンニ・グラツィーノ作。弓も当時のオリジナルとある。さきほどからソナタ第3番ハ長調BWV1005が流れているが、第2楽章フーガのテンポは落ち着いているし、続く第3楽章のラルゴも急がずもたれずで実に好ましく美しい。そして、こうして久々にバッハ無伴奏ヴァイオリンをこの演奏で聴くと、まさに心洗われる思いに至る。


この盤の音源でBWV1005のラルゴ。あまたあるバッハの曲の中でも最も美しい旋律の一つだろう。


パルティータ第2番ニ短調。CDに比べると、少しくすんだような音調。おそらく実際の音はこちらに近いのかもしれない。


クイケンはヴィオラ・ダ・スッパラ(ヴィオラポンポーザ)も器用にこなす。チェロ組曲第1番のプレリュード。



★★追伸★★
ブログランキングポイントは下降傾向。引き続き、下記のバナークリック<一日一打>のほど、お願いいたします。
■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QR
閲覧御礼(2010.10.01より)