さまよえるオランダ人



きょうは仕事納め。昨年来のコロナ禍が続く中、かつて仕事納めの日には恒例だった職場内での簡単な納会もなく定時に退勤。いつもの時刻に帰宅した。ひと息ついて、今年の聴き納めには少々早いかなあと思いながらアンプの灯を入れ、こんな盤を取り出した。


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70年代初頭、一連のバイロイト実況録音盤のリリースに合わせて発売されたワグナー作品のダイジェスト盤。「バイロイト・セット・サンプラー」と称する一枚。さまよえるオランダ人、タンホイザー、パルシファルのダイジェストが収録されている。オランダ人とタンホイザーがサヴァリッシュ、パルシファルがクナッパーツブッシュ、いずれも60年代初頭のバイロイトでのライヴ録音。

大学に入って少しした頃、ダイヤトーンのロクハンP610と6BM8シングルの自作セットで音楽を聴き始め、ワグナーの管弦楽作品もひと通り聴いて、ぼちぼち楽劇全曲を聴きたいと思っていた頃、そうはいっても全曲はまったく手が届かなかったボンビー学生にとっては、ダイジェストとはいえ、独唱や合唱付きのバイロイトライヴを聴ける(しかも千円盤で)ということで飛びついた記憶がある。また当時、年末になるとその年のバイロイト音楽祭の模様がFMで放送されたことも手伝って、年末=バイロイトという条件反射が今でも続いている。

この盤の冒頭の入っている「さまよえるオランダ人」。当時、序曲だけは聴きかじってはいたが、それほど面白い曲だとは思わず、タンホイザーやマイスタージンガーなどのポピュラーな曲ばかり聴いていた。そんな折にサヴァリッシュによるこのライヴ録音を聴き、合唱と独唱、双方の素晴らしさに目覚めた。この盤では第2幕の「ゼンタのバラード」と第3幕の「水夫の合唱:見張りをやめろ、かじとりよ」の2曲が収録されている。「さまよえるオランダ人」全曲からのダイジェストとなると、この2曲の選択が妥当だろうし、この曲の良さも味わえる好場面だ。特に「水夫の合唱」はライヴならではの臨場感にあふれる。その後これまでこの曲のいくつかの盤を手に入れたが、やはりバイロイトのライヴが図抜けている。ノルウェイ船の水夫たちが船上で酒を飲みながら歌り、足を踏み鳴らしながら踊る様がバイロイトの特殊構造のステージとホールに響き渡る。胸板の厚い大男らによる迫力の合唱、当時まだ30代半ばだった気鋭サヴァリッシュのタクトも冴え、十数分のダイジェストながら、バイロイト詣での気分を楽しませてくれる。

あれから四十年以上が経ち、手元にはこの録音を始めとするフィリップス盤バイロイトライブのボックスセットやショルティのデッカ盤スタジオセッション他も揃っているが、かつてのような興奮を覚えながら聴くことはなくなってしまった。まあ、仕方ないことだけれど、我ながら寂しさを禁じ得ない。


荒波続きの航海を終え、ようやく上陸の見通しとなる。水夫たちは歓喜し、舵手をからかうように歌う。「そこの舵取り、見張りをやめろ。こっちへ来いよ」。舞台演出そのものは少々地味かな…


同じ場面。1999年のペーター・シュナイダー指揮のバイロイトライヴ。


現代風演出による舞台 2013年@バイロイト



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バッハBWV48「われ悩める人、われをこの死の体より」


久しぶりにバッハのカンタータ。少し前10月10日、教会暦の三位一体主日後第19主日に聴いたこの盤をあらためて取り出した。


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バッハのカンタータ第48番「われ悩める人、われをこの死の体より」。三位一体主日後第19主日(今年は10月10日)のためにバッハが作った曲(BWV5、48、56)の一つ。例によってブリリアント版バッハ全集中の一枚。曲は以下の7曲からなる。

 第1曲 コラール
 第2曲 レシタティーヴォ(アルト)
 第3曲 コラール
 第4曲 アリア(アルト)
 第5曲 レシタティーヴォ(テノール)
 第6曲 アリア(テノール)
 第7曲 コラール

第1曲のコラールは<ため息>音形を奏でる弦楽群によって始める。ほどなく合唱が入るが、かなり頻繁に転調を繰り返しながら進み、ため息音形によって強調される倚音と共に、どこか落ち着きのない不安が表現される。 続いてアルトのレシタティーヴォとコラール。ここでも次々と転調を繰り返し不安さは変わらない。第4曲アルトのアリアになって音楽はようやく落ち着きと安堵を取り戻す。ここではオーボエのオブリガートが終始寄り添い、それを下支えするチェロのフレーズと共にこのカンタータ中もっとも美しい曲が響く。続いてテノールがレシタティーヴォを語り、そのあと同じくテノールが第6曲のアリアを歌う。譜面を確認していないのではっきりしなが、このアリアは3/4拍子と基調としながら3/2拍子がヘミオラ風に入り組む。しかもここでも転調が頻繁に行われ、不思議な浮揚感がある。

ブリリアント版バッハ全集でカンタータを担当しているピーター・ヤン・ルーシンク指揮ネザーランド・バッハ・コレギウム他の演奏は、例によって細かな精度でメジャー団体には及ばない。器楽と独唱陣はおおむね及第だと思うが、ボーイソプラノがときに不安定となるのが残念。しかし、ヨーロッパの日常的なバッハ演奏として聴けば、これはこれで貴重な演奏だ。


手持ちの盤からアップ。 第1曲コラールと第4曲アリア。


ベルギーの古楽団体Le Concert d'Anversによる雰囲気のある演奏。



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バッハ:カンタータ「イエスよ、汝わが魂を」BWV78



高校時代の友人からメールがあり、最近バッハのカンタータにご執心だという。その友人とは高校時代に一緒にギターを弾いていた仲で、社会人になってからは疎遠になっていたが、二年前に再会し交流が復活した。彼は教会暦に従ってバッハのカンタータを聴き進めている由。そういえば最近聴いていないなあ、カンタータ…と思い、彼からのメールに書かれていたこの曲を聴くことにした。


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カンタータ「イエスよ、汝わが魂を」BWV78。例のブリリアント版バッハ全集の一枚。このカンタータは、ちょうど今の時期、三位一体主日後第14主日のために書かれ、いわゆるコラールカンタータの中でも名曲として知られる。曲は以下の7曲からなる。

第1曲 コラール合唱「イエスよ、汝わが魂を」
第2曲 二重唱「われは急ぐ」
第3曲 レチタティーヴォ「ああ、われ罪の子」
第4曲 アリア「わが咎を消し去る御血潮」
第5曲 レチタティーヴォ「傷、釘、荊、墓」
第6曲 アリア「今や汝わが良心を鎮むべし」
第7曲 コラール「主はわが弱きを助くと信じたり」

第1曲冒頭から半音階の下降音形による印象的なフレーズが始まる。曲はこの冒頭の音形によるシャコンヌ(パッサカリア)として進行する。第2曲ではイエスの元へと急ぐ足取りが、低弦(指定はヴィオローネ)のピチカートと無窮動風のオスティナートで表現され、それにのってソプラノとアルトが伸びやかに歌う。テノールのレチタティーヴォとアリア(フルートのオブリガートを伴い美しい)に続き、第5曲バスのレチタティーヴォ。そしてオーボエとバスによる二重協奏曲を思わせる第6曲バスのアリアへと続く。数あるバッハのカンタータの中でも名曲として知られ、人気も高い曲だけに、構成するいずれの曲も機知に富みまったく飽きさせない。特にチャーミングな第2曲と、対照的なバスによる第5曲のレチタティーヴォと第6曲のアリアは印象的だ。

少し腕のあるクラシックギター弾きに中にはバッハ、バッハと熱っぽく語る輩も多いが、話をするとリュート作品として認知されている数曲や無伴奏のチェロやヴァイオリン曲に少々触れている程度で、鍵盤曲やオルガン曲、宗教曲に話が及ぶことはほとんどない。まあ、アマチュアの道楽だから何でもアリだろうから、他の曲を聴かずしてバッハを語ることなかれなどど言うつもりは毛頭ないが、今やYouTubeでいくらでも聴ける時代。他の曲に触れることでギターで弾く際の参考にもなるはずだ。


独ヴルツブルクのバッハカンタータクラブという団体よる演奏。動画コメントによれば指揮者とソプラノ、バスは日本人とのこと。アルトはカウンターテナーによる。オケは各パート1名という最小限の構成だが不足は感じない。


こちら方面はまったく疎いのだが、今やマタイ魔笛も歌う初音ミクによる第2曲ソプラノとアルトのアリア。 上に貼った音源では5分55秒から始まる。



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ヴィヴァルディ「グローリア・ミサ」



今週はこのところになく慌ただしい一週間。実はある仕掛かり案件の納期を勘違いしていて、気付いた時にはぎょっとした。何とか取り繕ってセーフ、セーフ!。安堵の週末金曜日を迎えた。帰宅後ひと息ついて一服。結果オーライを祝そうと、こんな盤を取り出した。


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アントン・ヴィヴァルディの「グローリア・ミサ」RV589。ステファヌ・カイヤー(1928-2020)指揮のパイヤール管弦楽団、カイヤー自身が設立したステファヌ・カイヤー合唱団他による演奏。独奏者のリストをみるとオーボエのピエール・ピエルロやオルガンのオリヴィエ・アラン(マリ-・クレル・アランの兄)など見知った名前もある。手持ちの盤は1979年に廉価盤で出たときのもの。「グローリア」の他「キリエ」ト短調RV587、「エルサレムよ、主をほめたたえよ」RV609といった曲がカップリングされている。こちらのサイトによれば録音は1964年。

冒頭の第1曲。「いと高きところ、神に栄光あれ」と合唱が喜びに満ちた旋律を高らかに歌う。何とも晴れ晴れするオープニング。祝!結果オーライに相応しい。この盤を手に入れたのは社会人になって間もなくの頃。もう40年以上前の話だ。レコード屋から持ち帰り、買い揃えたばかりのオーディオセットで聴いた時の感動が蘇える。今聴いても、ややレンジが狭いもののノイズ少なく低域もしっかり効いていて素晴らし録音だ。第2曲では一転、沈鬱な表情のロ短調に変わる。イタリアン・バロック、取り分けヴィヴァルディの曲がもつ明暗がはっきりとしていて、その明暗が躊躇なく振れ幅いっぱいの表現を取る特徴がこの曲でも感じられる。「グローリア」は12曲からなり30分を要する、当時としては中々の大曲だが、それぞれのキャラクタが明快でまったく飽きさせない。しかも時々ヴィヴァルディについて言われる「凡百の協奏曲作家」という面影はなく、「赤毛の司祭」の面目躍如。いずれの曲の十分練られた和声感をもっている。「四季」の三百倍は素晴らしいと思うがどうだろう(^^;


クロアチアと日本の混成チームを鈴木秀美が指揮する。



スコア付き音源。パソコンの画面を追いながらギターでバスパートでも弾いて楽しもう。



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ベルガンサ「7つのスペイン民謡集」



スペイン物連投…。前回の記事で聴いた盤の続き。


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テレサ・ベルガンサ(1933-)がスペイン・ラテン系歌曲を歌った「The Spanish Soul」と題された3枚組。前回に続き、きょうはDISC1のファリャ「7つのスペイン民謡集」を聴くことにした。7つの曲は以下の通り(全3枚のリストは前回の記事参照)。

1. ムーア人の織物
2. ムルシア地方のセギディーリャ
3. アストゥーリアス地方の歌
4. ホタ
5. ナナ(子守歌)
6. カンシオン
7. ポロ

題名通りの歌曲集で、スペイン各地に伝わる民謡や踊りのリズムなどを元に7つの小品に仕立てた曲集だ。極東の彼方からスペインを眺めると、どうも画一的なイメージを持ってしまうが、おそらくスペイン人にとっては、歴史的に諸王国の集まりであった経緯もあって、それぞれの地方でアイデンティティがあり、「一緒にしてくれるな」と言い出すのだろう。数年前、スペイン国内州独立の動きが伝えられたことからもそれは分かる。この7つ民謡集はスペインのほぼ東西南北に渡る地方からモチーフが採られている。陽気な歌あり、内に秘めた情熱あり、歌詞も他愛のない民衆の戯言から成るようだ。オリジナルのピアノ伴奏歌曲以外にチェロやヴァイオリン等によるもの、伴奏をギターに置き換えたものなどが古くから知られていて、スペイン歌曲というジャンルとしてももっともポピュラーな曲の一つだろう。15分で巡るスペイン民謡紀行という趣きの佳曲だ。


ベルガンサによる60年代の録音音源。


ギター伴奏による歌唱。


チェロとギターによる「ナナ」



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ベルガンサ「代官と粉屋の踊り」



先回のグラナドスで思い出し、スペイン物の流れでこんな盤を取り出した。


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テレサ・ベルガンサ(1933-)がスペイン・ラテン系歌曲を歌った「The Spanish Soul」と題された3枚組。もともとクラヴェスレコードから出ていたものを、例によってブリリアントレーベルがライセンスを受けてリリースした盤。指揮者ヘスス・ロペス=コボスの盤を探しているときに出くわして手に入れた。あまり聴く機会がない曲の入っているので、少々長くなるが収録曲を以下にリストしておく。

DISC-1
・ファリャ:「代官と粉屋の女房」
・ファリャ:7つのスペイン民謡

DISC-2 スペイン歌曲集
・グラナドス:「トナディーリャス(昔風のスペイン歌曲集)」~「悲しむマハ」第1~3番、「内気なマホ」、「控えめなマホ」「トラ・ラ・ラとギターのつまびき」
・トゥリーナ:「カンシオン形式の詩」Op.19~「献呈(ピアノ独奏)」「けっして忘れないで」「唄」「二つの恐れ」「恋に夢中」
・トゥリーナ:「サエタ」「幻影」op.37-5(「セビーリャへの歌」より)「ファルッカ」op.45-1
・グリーディ:「6つのカスティーリャの歌」~「向う、あの山の高みに」「夜番さん!」「スカーフで誘え、牡牛を」「あんたのハシバミの実は欲しくない」「当ててごらんと言ったって」「サン・ホアン祭の朝」
・トルドラ:6つの歌~「陽気な羊飼いの娘」「母さん、ぼくは一対の目を見た」「サン・ホアン祭の朝」「誰も幸せにはなれまい」「小唄」「お前を知ってから」

DISC-3 エマよさようなら~南米歌曲集
・ヴィラ=ロボス:「こわれたギター」「さよならエマ」「18世紀の詩人の歌」「古風なサンバ」「希望」「シャンゴ」
・ブラーガ(1888-1948):「オキニンバ」「草むしり」「子守唄」「聖ジョアンのわらべ歌」「新しい機械」「小さな家」
・グァスタビーノ(1912-):「二人兄弟のミロンガ」「兄弟よ」「チャパナイのブドウの木」「バラと柳」「パンパマーパ」「鳩のあやまち」「渇きの底から」「きれいな柳の枝」「サン・ペドロの男」

テレサ・ベルガンサ(M)
フアン・アントニオ・アルバレス・パレホ(p)
ヘスス・ロペス=コボス(指揮)
ローザンヌ室内管弦楽団[DISC-1]
録音:1986年[DISC-2] 1983年[DISC-1,3]

今夜はこのうち1枚目をプレイヤーにセットした。さきほどからヘスス・ロペス=コボス指揮ローザンヌ室内管弦楽団によるファリャの「代官と粉屋の女房」が流れている。

のちに「三角帽子」として再構成されることになるこの「代官と粉屋の女房」。当初パントマイムの音楽として1916年に完成したという。1管編成と弦5部にピアノ、打楽器は無しという小編成オケを前提に書かれている。「三角帽子」と同じく二幕構成ながら、「三角帽子」にあるトランペットとティンパニによる景気のいい「序奏」や有名な「粉屋の踊り」などはなく(「粉屋の踊り」の出だしだけがある)、また打楽器も使われないことから、全体的な印象はかなり異なる。 「三角帽子」の華麗なオーケストレーションに馴染んだ耳には少々地味に感じるが、スペインの片田舎風情としては、むしろこのくらいの響きの方が適当かもしれない。打楽器なしでも弦楽群の刻むリズムは十分躍動的だし、木管群のソロもひなびた味わいで中々聴かせる。

1983年のデジタル録音。高音質で評判だったクラヴェスレコードの録音ということもあって、小編成ローザンヌ管の美しい響きが部屋に満ちて心地よい。前後左右の広がりに加え、コントラバスの最低音もダブつかずしっかり聴こえてきて、小編成オケの響きを堪能できる。


この盤の音源。第1部&第2部


こちらは改編後お馴染みの<三角帽子>踊り付き。スペインの指揮者ファンホ・メナとBBCフィルによるプロムスでの演奏。粉屋の踊りは19分30秒から。



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バッハ「ミサ曲ロ短調」



最近バッハのカンタータにご執心の知人が「YouTubeで聴いたカール・リヒターのミサ曲ロ短調が素晴らしかった!」と少々興奮気味にメールを送ってきた。ロ短調ミサかぁ…しばらく聴いていないなあと思い出し、今夜はこの盤をプレイヤーにセットした。


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廉価盤ボックスセットの雄:ブリリアントクラシックスのバッハ全集中の2枚。言わずもがなのことではあるが、ロ短調ミサはバッハの数ある作品のうち、もっとも素晴らしい曲の一つだ。この曲に初めて触れたのはかれこれ40年以上前の学生時代。確かクレンペラー盤の演奏だったと記憶している。四畳半の下宿にしつらえた貧弱なオーディオセットではあったが、冒頭のキリエに戦慄を覚えたことをはっきり思い出す。

ロ短調ミサはバッハの作品中、マタイ受難曲と双璧といえる存在ではあるが、曲の性格は当然異なる。そして、ぼくのような声楽に馴染みのない、またその歌詞を聴きながら宗教的な意味合いを感じ取る素地がない聴き手には、マタイよりこのロ短調ミサの方が、音楽として親近感を感じながら楽しめる。マタイではエヴァンゲリストによるレシタチーヴォを交えつつ進行する<物語>としての側面が強いに対し、ミサ曲ロ短調はお馴染みのミサ曲の様式により音楽だけで進行する。そのあたりが声楽曲を<器楽的に聴く>ぼくのような聴き手には耳に馴染みやすい理由だろう。

冒頭、キリエの合唱とそれに続くフーガから一気にこの曲の魅力に引き込まれる。以降も全編バッハの対位法が駆使され、バッハファンならずとも身悶えるほどの音楽的感興に満ちている。一方でソリストの歌うアリアも美しいものばかりだ。同時にそうしたアリアにいくつかには器楽の魅力的なオブリガートが付く。例えば前半<グロリア>の中でアルトの歌う<Qui sedes ad dexteram Patris>にはオーボエダモーレの、そして続くバスの歌う<Quoniam tu solus sanctus>にはコルノ・デ・カッチャ(狩のホルン)によるオブリガートが付され、それを聴くだけでも心おどる。

ブリリアント版バッハ全集で多くの声楽曲を担当しているネーデルランド・バッハ・コレギウムに比べ、この盤でロ短調ミサを受け持っているハリー・クリストファー指揮ザ・シクスティーンの演奏は数段洗練された印象を受ける。合唱、オケ、ソリスト、いずれも立派なもので、1994年に録られた音の状態も上出来だ。その名の通り16名の合唱団をベースにした団体で、規模や編成はBCJあたりと同一のもの。村治佳織(G)が英デッカに移籍したあと、現地の合唱団とコラボしたアルバム<ライア&ソネット>をリリースしたが、その合唱団がハリー・クリストファーの主宰するこのザ・シクスティーンだった。手元にはやや古い重厚長大スタイルのクレンペラー&ニューフィルハーモニア盤、先鋭的なピリオドスタイルとは一線を画しつつ、穏かなバッハ演奏を展開するヤーコブス&ベルリン古楽アカデミー等の盤があるが、このザ・シクスティーンによる演奏も、それらとは異なるアプローチながら水準の高いクリアな演奏で、勝るとも劣らない。


この曲は冒頭のこの10分強だけでも価値有り。クレンペラー盤の第1曲キリエ・エレイソン「主よ、あわれみたまえ」
悲痛な叫びのような冒頭句。そしてそれに続くフーガが素晴らしい。各声部が入り混じりながら進み、最後にバスパートが入ってくる様はフーガの醍醐味。バスパートの入りは…2分23秒 4分55秒 6分59秒 8分41秒 12分44秒あたり


アルトが歌う、オーボエダモーレの美しいオブリガート付きアリア<Qui sedes ad dexteram Patris>


2012年プロムスでの全曲。冒頭から10分過ぎまでのオケと合唱によるフーガはこの曲の魅力のダイジェストといってもいい程だ。ハリー・ビケット指揮イングリッシュ・コンソートによる演奏。ハリー・ビケットはトレヴァー・ピノックを継ぐ2007年からのイングリッシュ・コンソート三代目のシェフ。
41分30秒過ぎからオーボエダモーレのオブリガート付きのアリア。この演奏ではカウンターテナーが歌っている。45分45秒過ぎからコルノ・デ・カッチャ(狩のホルン)のオブリガート付きアリア。1時間33分20秒過ぎから:フルートトラベルソのオブリガート付きアリア。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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