マタチッチ&NHK響 ブルックナー交響曲第8番ハ短調



冷たい雨の一日。暖房代わりにアンプの灯を入れ、久しぶりにこの盤を取り出した。


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ロヴロ・フォン・マタチッチ(1899-1985)とNHK交響楽団によるブルックナーの交響曲第8番ハ短調。1984年NHKホールでのライヴ。マタチッチが亡くなってから10年後の1995年にリリースされた「マタチッチの遺産」と称されたシリーズ中の一枚。ぼくら世代の音楽愛好家には懐かしい演奏の一つだ。マタチッチとN響はこの曲を1974年と1984年に演奏している。1974の年演奏は学生時代だった当時、FM放送からエアチェックしたカセットテープで幾度となく聴いた。

出だしから速めのテンポで曲を進めるマタチッチ。スケールの大きな演奏というと、とかくゆっくりしたテンポをイメージしがちだが、彼のブルックナー、特にこの8番に関してはそうではない。速めのテンポにも関わらず大きなスケール感を感じるのは、そのぶっきら棒とも言えるフレージングが奏功しているのだろう。丁寧にフレーズを歌わせようとか、つながりを整えようとか、そういう気配がない。それがかえって荒削りな豪放さにつながる。

ここでのN響の演奏、管の音はよく外すし、弦も潤いが無い。残響の少ないNHKホールという条件もあっただろう。海外誌では学生オケ並との評があったという噂もうなづける。それでも団員全員が、高齢ゆえにこれが最後の来日になるかもしれないマタチッチのために全力を尽くし、本気で望んだ演奏であるがゆえの圧倒的な存在感のある演奏に思えてくる。

マタチッチが決して起用でもなく(自作の交響曲を自分でうまく振れなかった逸話は有名)、人気指揮者ようなカリスマ性を持つわけでもないのに、いくつかの、特に日本において格別の演奏をした理由は、N響の面々が老いた彼を自分の肉親のごとく敬愛し、彼のためなら全力を尽くそうと思ったからに他ならない。多くの指揮者が年齢を重ねて晩年にいたり、最後のひと花ふた花を特定のオーケストラと生み出す背景はそんなところにあるように思う。


この演奏の映像.。今見ると思いの外若々しいマタチッチ、80年代N響の面々…すべてが懐かしい!



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カラヤン&BPOのブラームス第一



週明けいつもの月曜日。そろそろ年度末を意識しつつも程々に仕事をし、いつもの時刻に帰宅した。ひと息ついて…先回のミュンシュ&パリ管による重量級のブラームスで思い出し、今夜はこの盤を取り出した。


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カラヤンとベルリンフィルによるブラームスの第1番。おそらくぼくら世代のクラシックファンの多くが、好むと好まざるとに関わらずこの盤に接したことだろう。カラヤンはブラームスの交響曲を好み、得意にしていたようで、彼の盤歴の初期から度々録音を重ねている。1963年録音のこの盤は60年代初頭に行われた一連のステレオ録音の一つで、カラヤン&ベルリンフィルの黄金期ともいうべき時期のものだ。この時期のベルリンフィルには、まだフルトヴェングラー時代のメンバーが多く残っていた。カラヤンは颯爽として新時代の解釈で曲を進めるが、その音色には戦前からの往時の雰囲気が色濃く残っている。

このレコードを買ったのは高校3年のときだ。それまでジャスト千円の廉価盤しか買ったことがなかったぼくが初めて買ったレギュラープライスの盤だった。帰宅してターンテーブルにセットして針を落とし、第1楽章の序奏が始まって驚いた。これまで聴いたことのない低音がスピーカーから流れてきたのだ。コントラバスとチェロによる連続C音のどっしりとした低音を初めて耳にし、自分の貧弱なステレオ装置からもこんな音が出るのかと驚いたのだ。まだ古き時代の音を残したカラヤン&ベルリンフィル、幾多の名録音を生み出したベルリン・イエスキリスト教会、カラヤンの耳を持つ男と言われた録音技師;ギュンター・ヘルマンス、この黄金トリオともいうべき組み合わせによるこの時期の一連の録音はいずれも素晴らしい。

第1楽章の序奏はこれ以上ないくらいに安定した重厚な音に満ちている。主部に入ってからも深いアインザッツとほの暗い音色がブラームスに相応しい。第2楽章の寄せては返すような濃厚な曲の運び、第3楽章でもリズムが不用意に軽くならず、その上を名手ローター・コッホと思われるオーボエが渋い音色で歌う。終楽章の充実感も申し分ない。金管群の強奏も派手さはなく、深く強く響く。カラヤンの細部の解釈や念の入れようには、いささか「ヌルい」感じもあるのだが、重量感あふれる音色と録音は絶賛したい。カラヤンの振ったブラームス第1の手持ちの盤として、この盤に先立つフィルハーモニア管との録音(1952年)、70年代の再録盤(1977年)やウィーンフィルとのデッカ録音(1959年)も手元にあるが、この60年代の録音には格別のものがある。


1963年録音のこの盤の音源。全4楽章


秋山和慶指揮洗足学園音楽大学管弦楽団による演奏。



★★追伸★★
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ミュンシュ&パリ管 ブラームスの第一



昨日、関東地方は久々の降雪。数センチの雪で大騒ぎする体は、雪国の人からは呆れられるところだが、実際あちこちで交通渋滞、鉄道遅延と、いつもながらの光景だった。そんな中、都内での仕事を終えて夕方の新幹線で帰宅。車中で聴いていた続きで、この盤を取り出した。


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シャルルミュンシュ(1891-1968)とパリ管弦楽団によるブラームス交響曲第1番ハ短調。1968年1月の録音。当時の仏文化相アンドレ・マルローの提唱でパリ音楽院管弦楽団から発展的解散を経て創設され、ミュンシュを音楽監督に迎えたパリ管弦楽団創設直後の録音の一つ。この演奏については多くが語られているので、今更付記すべきこともない。久々にこうして聴いてみると、やはり一期一会の名演だ。ライナーノーツで故宇野功芳御大が例の宇野節でこの演奏について熱く語っている通り、この演奏にはフルトヴェングラーのステレオ録音かくやと思わせるところがある。

第1楽章冒頭の序奏からして並々ならぬ重量感と堂々たる威容に圧倒される。フルトヴェングラー&BPOのDG盤1952年録音の序奏を彷彿とさせる。序奏の終盤、木管のフレーズを受けてチェロが寂寥感に満ちた下降音形を奏でるところがあるが、ここでそれまでの力感あふれる運びから一転して抑え気味にこのフレーズをチェロに弾かせ、力ばかりでないこの曲の成り立ちを象徴的に表現する。主部も遅めに始まるが、じわじわとテンポを上げていく。全体に響きのトーンは重心低くドイツ的。コントラバスがゴーゴーと唸るような音を立て、金管やティンパニーが要所要所の決め所で強烈なくさびを打ち込む。第2、33楽章ではパリ管木管群の響きが冴え渡る。そして終楽章で音楽はますます即興的になり、より熱を帯びてくる。周到な練習を経て、合わせることに注力する演奏の対極といってもよい。第1楽章以上に低弦群が強調され、ティンパニーの強打にも一層力が入る。そして一気になだれこむコーダ。手持ちのこの曲の盤は二十指に及ぶと思うが、その中でももっとも熱い大団円だ。チェリビダッケやヴァントのような緻密で周到に仕組まれた演奏もいいが、ときにこのミュンシュ盤のラプソディックで熱っぽい演奏も聴きたくなる。これほど劇的な演奏を繰り広げたミュンシュだったが、この録音から十ヶ月後、パリ管との演奏旅行中、1968年11月に77歳で急逝した。


この盤の音源。全4楽章


第2~4楽章。1966年ORTF(フランス国立放送管)との来日公演。



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ミスターS氏のブルックナー第7



先週記事にしたブルックナー第5交響曲。その後も通勤車中でブルックナーをあれこれ聴いていたが、きょうはあらためてその中の一枚を取り出した。


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アントン・ブルックナー(1824-1896)の交響曲第7番ホ長調。90年代後半に出て評判となった通称ミスターS氏ことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(1923-2017 )とザールブリュッヘン放響(現在の正式名称はザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団…覚えられない!)による一連の録音の一つ。最終的には全集を完成させたが、手元には4番、5番、7番、8番がある。この第7番は1991年のライヴ録音。

こうしてじっくり聴くとやはり名曲そして素晴らしい演奏だ。マタチッチ、ヨッフム、ベイヌム、コンヴィチュニー、ワルター、カラヤン、ブロムシュテット他、手元にある第7番の名盤の中にあって十分に伍していける演奏だ。 ライヴ録音という制約はほとんど感じさせず、響きは美しく透明だ。各声部の動きもよくわかる。単純に演奏したらこんな風にはならないだろう。スコアをよく読み各パートのバランスを完璧に心得て、それをオケに徹底させている証拠だ。これをもって職人技というべきか。それでいて総体としての音楽はゆったり深く流れる。随所で聴かれる金管群のコラールなども遠近感がよく出たアンサンブル。ブルックナーがしばしば室内楽的といわれる側面を感じる演奏だ。

幼少期には神童と言われたスクロヴァチェフスキは60年代から活躍していたが、決してメジャーな存在ではなく、特に日本では90年代後半以降に知られる存在となり、N響や読響の指揮台にしばしば立つようになった。90歳を過ぎても飄々として指揮台に上がっていたが、6年前の2017年2月に93歳で亡くなった。


この盤の音源で全楽章。
お急ぎの方は、第1楽章の冒頭開始から5分50秒までと、第3楽章スケルツォ46分53秒から56分22秒だけでもどうぞ。


2011年にBPOを振って絶賛されたときの演奏。当時87歳。ブルックナー第3番第4楽章スケルツォ。ほんのさわりだけ。



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若き日のムーティ&NPO「スコットランド」



きのうは立春。少し前からの寒波も峠を越した。日脚も伸びて、春の兆しも感じる。さて、週末日曜日。そんな春の訪れを音でも感じようと、この盤を取り出した。


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リッカルド・ムーティの指揮するニューフィルハーモニア管弦楽団によるメンデルスゾーン(1809-1847)の交響曲第3番イ短調「スコットランド」。1975年録音。手元の盤は当時の国内初出盤。十数年程前に近所のリサイクルショップのジャンク箱から救済してきたもの。

リッカルド・ムーティ(1941-)の名を知ったのは、1975年にベームとウィーンフィルの来日に同行したときが初めてだった。多くの日本のクラシックファンにとっても、ベーム&ウィーンフィルをいう伝統の象徴のようなコンビに、よく知らないイタリア人の若造が付いて来て、やたらと張り切って指揮していた印象が残ったはずだ。一方でこの録音の少し前にはクレンペラーのあとを継いでニューフィルハーモニア管の首席指揮者(のちに音楽監督)になり、その後ムーティは予想以上に大成しメジャーオケを振って多くの録音を残した。この盤はそういう人気が出始めた頃の録音だ。この録音を聴くと、ムーティが万年青年然としたその風貌に似合わず、若い頃から曲によっては随分と落ち着いた演奏をしたいたことが分かる。

それだけ聴いてもこの曲の良さを堪能できる第1楽章の序奏は、この曲のベンチマークというべきペーター・マーク盤以上にじっくり構えたテンポで始まり、少々驚く。EMI録音の特性で、低音はしっかり入っているが強調感はなく、各声部はクリアかつしなやかで美しく響く。そして、この曲には珍しく提示部を繰り返している。トスカニーニ以来、イタリア人指揮者というと必ず、その徹底したカンタービレが代名詞のように言われる。実際このムーティ34歳のときの録音も、ヴァイオリンやチェロなど弦楽群がメロディーをとるときの歌いっぷりは中々だ。特に第3楽章のアダージョはことのほか美しく、真にアダージョらしく、かつ粘らず、おそらく手持ちの盤の中では白眉ではないだろうか。久々にこの盤を聴いてムーティのその後の人気ぶりを再認識した。 それにしてもムーティも今年82歳…こちらも歳を取るはずだ。


この録音の音源。第1楽章。


同 第3楽章アダージョ。第1楽章がスコットランドの荒涼とした大地を思わせるものだとしたら、この緩徐楽章にはかすかな春の訪れを感じる。



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モントゥーの「英雄」



クラシック音楽に親しむようになってから半世紀。その間、最も多く聴いた交響曲はといえば間違いなくベートーヴェンだろう。貧乏学生時代に何とかやりくりして最初に集めたレコードはベートーヴェンの交響曲だった。しかし近年、ベートーヴェンの交響曲をあまり聴かなくなった。ハイドンやシューベルト、メンデルスゾーンあたりを聴く機会が多い。学生時代にあれほど聴いたブルックナーやマーラーを鳴らすことも少なくなった。そんなことを思いながら、さて週末金曜日。実は少し前から通勤車中で「英雄」を聴いていたこともあって、今夜は久々に懐かしい盤を取り出した。


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ピエール・モントゥー(1875-1964)がアムステルダムコンセルトへボウ管を指揮した1962年の録音。手持ちの盤は70年代半ばに出ていたフィリップス系廉価盤レーベル:フォンタナの一枚。このジャケットを懐かしむ同年代の輩は多いだろう。ナポレオンのアルプス越えの雄姿もこの盤で目に焼き付いた。 学生時代に初めて「英雄」のレコードを買おうかと思い品定めをした際、リハーサル風景が収録されているという理由でこの盤を選んだ。もちろん廉価盤という条件は大前提だ。今にして思えば、結果的にいい盤を選んだなあと思う。久々に聴いてこの盤の素晴らしさにあらためて感服した。

第1楽章冒頭の二つの和音。コンサートで指揮者の棒を見ているときは、最初の和音に続いて二つ目の和音が鳴るタイミングは当然分かる。しかしレコードやCDで聴いていると、その二つ目の和音のタイミングがわからない。自分なりのテンポ感で聴いたときにピタリとくる演奏とそうでないものがある。久しぶりに聴いたこのモントゥー盤はそれがピタリときた。その二つの和音のあと、主題の提示は少し遅めのテンポかなあと思っていると、まもなくテンポが少し上がってきて、以降はいい感じのテンポになる。弦セクション、管セクションともにアクセントやスフォルツァンドの処理が実にスマートで、音楽が生き生きとよく流れる。全体を通して、しなやかによく歌う。当時のモントクーは最晩年の87歳だったが、まったく年齢を感じさせない。モントゥーは晩年までテンポが遅くならず、すべてが明快だったと聞くがが、この録音を聴くと納得する。

弦楽群は対向配置を取っていて、第2主題などは1stヴァイオリンから2ndヴァイオリン、そして木管群へと受け継がれていくのがよく分かる。これは配置と録音だけではなく、モントゥーとコンセルトヘボウの面々がそれぞれのパートの音量バランスやボウイングなど巧みにコントロールしているからに違いない。展開部の盛り上がりやコーダに向かう終結部でも各パートがよく分離し、力ずくの混濁感は皆無。それでいて迫力にも不足はない。

第2楽章も久々にじっくり聴くと感動的な楽章だ。終盤のフーガはジワジワと盛り上がり、そのピークを承知していながら、やはり鳥肌物だ。この盤に収録されているリハーサル風景は第2楽章のもので、冒頭の装飾音付の合わせにかなり時間を使っている。後半の楽章も相変わらずコンセルトヘボウの巧さに耳がいく。武骨さとは無縁で流麗に流れる音楽だが、あいまいなところがない。各パートの出入りや分離が明快だ。加えてテンポ感覚が実にいい。少なくてもぼくにはベストのタイミングで次から次へと音が出てくる。ごく自然体でスコアに忠実な演奏のようだが、細かなところまで配慮が行き届いている。

あらためてネットでこの盤についてサーチしてみると、ぼくの想像以上に評価が高く、あちこちで絶賛の嵐。一時期はCDが廃盤でプレミアムが付いたと聞いて驚いた。久々のモントゥーのエロイカ。けだし名演でありました。


この盤の全曲。 第1楽章終盤、例のトランペットは<ほぼ>原典通り。第2楽章のフーガは22分3秒から。右手から聴こえてくる2ndヴァイオリンから始まり、ティンパニを伴った低弦群の入り22分41秒で最初の身震い。ホルンの強奏23分9秒で2回目の身震い。ついで23分22秒ティンパニの一撃で更に身震い。そして23分39秒から緊張MAXだ。
YouTubeにはこの録音の音源がいくつかアップされているが、この音源が一番すっきりとしていて、ぼくには聴きやすい。



この盤に入っていた第2楽章リハーサルの音源。



「英雄」の時代あれこれ。 人気の「厳選クラシックちゃんねる」



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テンシュテット&LPOのマーラー第五@1984大阪



三連休最後の月曜日。日中これといった用事もなく、アンプの灯を入れ五番しばりの音盤選び。冬の陽射しが差し込む道楽部屋で久しぶりにフルボリュームで聴こうと、この盤を取り出した。


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クラウス・テンシュテット(1926-1998)がロンドンフィルと1984年に来日した際の大阪でのコンサートライヴ盤。この盤には1984年4月13日大阪フェスティバルホールでの演奏曲目、モーツァルト交響曲第35番ニ長調「ハフナー」とマーラー交響曲第5番嬰ハ短調の2曲がそのまま2枚のディスクに収められている。


冒頭のトランペットは音量・抑揚ともやや押さえた表現で始まる。そしてその後に続く異様ともいえるスローテンポの葬送マーチ。大声を張り上げることなく、しかし極度の緊張感が音楽を支配する。室内楽的に精緻なアンサンブルと各声部を丁寧に扱いながら、しかし緊張感ゆえの秘めたスケールが伝わってくる。第4楽章アダージェットも過度の感情移入は少なく、やや抑えた表情と弱音のコントロールが美しい。マーラーというととかくスケール感にばかりフォーカスされるが、少なくても第5交響曲については純器楽構成の伝統的な管弦楽として、丁寧に曲を運ぶことが大事だと気付かされる。

1984年はテンシュテットがロンドンフィルの音楽監督に就いた翌年にあたる。まだ病魔が表面化する前の来日記録でもある。手元にはスタジオセッションの彼のマーラー全集もあるが、それとは一線を画す緊張MAXの名演だ。


この盤の音源。


同じコンビによる同曲第2楽章冒頭。1988年ライヴ@ロンドンフェスティバルホール。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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