スターS氏のブルックナー



週末金曜日。今週もなんとか終了だぁ…!
ひと息ついて、今夜はじっくり聴きましょか…と、こんな盤を取り出した。


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ブルックナーの交響曲第7番ホ長調。90年代後半に出て評判となった通称ミスターS氏ことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(1923-2017 )とザールブリュッヘン放響(現在の正式名称は、ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団…覚えられない!)による一連の録音の一つ。最終的には全集を完成させたが、手元には4番、5番、7番、8番がある。この第7番は1991年のライヴ録音。

こうしてじっくり聴くとやはり名曲そして素晴らしい演奏だ。マタチッチ、ヨッフム、ベイヌム、コンヴィチュニー、ワルター、カラヤン、ブロムシュテット他、手元にある7番の名盤の中にあって十分に伍していける演奏だ。 ライヴ録音という制約はほとんど感じさせず、響きは美しく透明だ。各声部の動きもよくわかる。単純に演奏したらこんな風にはならないだろう。スコアをよく読み各パートのバランスを完璧に心得て、それをオケに徹底させている証拠だ。これをもって職人技というべきか。それでいて総体としての音楽はゆったり深く流れる。随所で聴かれる金管群のコラールなども遠近感がよく出たアンサンブル。ブルックナーがしばしば室内楽的といわれる側面を感じる演奏だ。
スクロヴァチェフスキは60年代から活躍していたが、決してメジャーな存在ではなく、特に日本では90年代後半以降に知られる存在となり、N響や読響の指揮台にしばしば立つようになった。90歳を過ぎても飄々として指揮台に上がっていたが、昨年2月に93歳で亡くなった。


この盤の音源で全楽章。
お急ぎの方は、第1楽章の序奏、開始から5分50秒までと、第3楽章スケルツォ、46分53秒から56分22秒だけでもどうぞ。


2011年にBPOを振って絶賛されたときの演奏。ブルックナー第3番第3楽章スケルツォ。ほんのさわりだけ。



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ジンマンのベートーヴェン



西日本は大変な状況が続く。日本全体が梅雨末期に戻ったかのようだ。きょうの関東地方は曇り空。昼間の野暮用終え、夕方近くになってやおら音盤タイム。こんな盤を取り出した。


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デイヴィッド・ジンマン(1936-)とチューリッヒトーンハレ管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集。90年代終盤の録音。新ベーレンライター版の楽譜を使った録音として話題になった。この盤のリリースを皮切りにその後古典から後期ロマン派までの主要な交響曲や協奏曲を次々にリリース。一時は低迷したといわれたチューリッヒトーンハレ管を建て直したことでも脚光を浴びた。手持ちの盤はその発売当時に今はなき石丸電気で買い求めた。2000年代初頭まで秋葉原の石丸電気は、ぼくら音盤好きにとっては電器店というよりは豊富な品揃えを誇る音盤店だった。久々にそのベートーヴェン交響曲全集を取り出し、第2番を聴く。

全体にかなりの快速調。すでにいくつものピリオドアプローチによる演奏が広まっている中にあっては奇異に感じるほどではない。オケそのものは楽器も編成もモダン仕様で、奏法と解釈がピリオド仕様といったらいいだろうか。第1楽章は冒頭からティンパニーの打音とキレにいい弦楽群の響きが印象的。弦楽群はヴァイオリンだけでなくチェロやコントラバスも、フレーズの終わりを短めに切り上げているので、すべての音がデタッシュを基本にややアクセント付いたように聴こえる。それによって音楽が前へ前へ進む推進力となっている。第2楽章も速めのテンポでよく流れる。時々聴こえてくる木管群の自在な装飾音は楽譜に記されているのではなく、ジンマンと奏者による創作か。そういえばこの全集、新ベーレンライター版を採用とうたいながら、実はその新ベーレンライター版の楽譜発売以前に録音されている演奏が多く、一部の好事家からはそのあたりの仔細な事情について疑問符が投げかけられているようだ。第3、4楽章はもっともジンマンの解釈にマッチしている。各声部の分離もよく、弦と管の掛け合いが手に取るようにわかる。

幸い2014年夏、このコンビの来日公演を聴くとができた。チューリッヒトーンハレ管といえば、ルドルフ・ケンペのブルックナー第8、エッシェンバッハと前橋汀子のメンチャイ他が手元にある。他の欧州オケに比べ録音が少なかった印象があるが、ジンマン時代になって一気にメジャーになった。この盤でもアンサンブルは上出来。ヘッドフォンで聴き耳と立てているがよく整っていて文句なしだ。名ホールとして名高いトーンハレの響きも適度に加わりながら、モダンオケの機能性を十分に楽しめる好録音に仕上がっている。


この盤の音源。第2番ニ長調全楽章。


同第1番。フレッシュ!!


ジンマンとBPO。7番の2楽章のさわり。



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コシュラーのモーツァルト



7月スタート。異例に早い梅雨明けとなった関東地方。盛夏というにはまだ手ぬるいが、きょうも暑い一日だった。少々ややこしい案件に手こずりながらも、明日できることはきょうやらない…と相変わらずの体たらく。程々で退勤となった。帰宅後ネットを覗いていたら、きのう7月2日の項に指揮者コシュラーの忌日とあった。コシュラー…しばらく聴いていないなあと思い出し、こんな盤を取り出した。


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ズデニェック・コシュラーは1928年プラハ生まれ。1956年のブザンソン指揮者コンクールで優勝している。ちなみに小澤征爾の優勝が1959年。チェコを中心に活躍し日本のオケにも度々客演した。スター性とは縁がないものの堅実で中庸を心得たマエストロという印象であったが、残念なことに1995年に67歳で急逝した。この盤は1983年に当時の手兵スロヴァキア・フィルを振って録音されたもので、この前後に多くの録音を残した。当時からコシュラーに思い入れがあったわけではなく、この盤も以前も書いたように、ネットで知遇を得た方からLP盤を格安箱買いした中に入っていた。

久々に針を落としたのが、音が出るまでもっと貧弱でローカルな雰囲気の演奏かと勝手に想像していた。しかし41番の出だしが、決して華麗ではないが、思いのほか恰幅よく響いてきたのに少々驚き、勝手な想像は見事に外れた。まず急がずもたれずのテンポがいい。そしてフレーズの描き出しが明確だ。埋もれがちになる中声部がクリアに聴こえてくる。録音というよりはコシュラーが意図的にコントロールしているに違いない。ちょっとした木管の経過句や対旋律に気付かされ、今更ながらこんなフレーズがあったのかと身を乗り出してしまった。こうした演奏と比べるとカラヤンの一時期の演奏などはまるで団子状態で、マスの響きだけに終始しているように聴こえてしまう。コシュラーの明晰な音楽作りは、フーガを駆使して各声部が絡み合う終楽章で特に効果をあげ、まったく隙のない演奏に仕上がっている。

25番ト短調もいい演奏だ。コシュラーの解釈はあくまでまとまりのあるシンフォニーとしての音の組み立てを重視している。そしてアクセントやモーツァルトで重要な倚音や係留音の扱いが丁寧かつ明快だ。この曲はもっと悲劇性を強調したりアグレッシブに演奏することは容易な曲だろうが、このコシュラーのバランス感覚は素晴らしい。これをもって中庸という言い方をされるならば、中庸おおいに結構。スロヴァキアフィルは独墺のメジャーオケと比べると少々実力は劣るのかもしれないが、誠実な音作りでコシュラーの指示に応えている。


この盤の音源。第25番ト短調第1楽章。


同じコンビによるモーツァルトのレクイエムのさわり。
全曲はこちら



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若き日のムーティ



この時期、初夏になると聴きたくなる音楽がいくつかあって、メンデルスゾーンの交響曲はその一つだ。きょう朝の通勤車中で聴いていたクレンペラー盤<イタリア>で思い出し、帰宅後こんな盤を取り出した。


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リッカルド・ムーティ指揮ニューフィルハーモニア管によるメンデルスゾーン(1809-1847)の交響曲第3番イ短調<スコットランド>。1975年録音。手元の盤は当時の国内初出盤。十年程前に近所のリサイクルショップのジャンク箱から救済してきたもの。

リッカルド・ムーティ(1941-)の名を知ったのは、1975年にベームとウィーンフィルの来日に同行したときが初めてだった。多くの日本のクラシックファンにとっても、ベーム&ウィーンフィルをいう伝統の象徴のようなコンビに、よく知らないイタリア人の若造が付いて来て、やたらと張り切って指揮していた印象が残ったはずだ。一方でこの録音の少し前にはクレンペラーのあとを継いでニューフィルハーモニア管の首席指揮者(のちに音楽監督)になり、その後ムーティは予想以上に大成しメジャーオケを振って多くの録音を残した。この盤はそういう人気が出始めた頃の録音だ。この録音を聴くと、ムーティが万年青年然としたその風貌に似合わず、若い頃から曲によっては随分と落ち着いた演奏をしたいたことが分かる。

それだけ聴いてもこの曲の良さを堪能できる第1楽章の序奏は、この曲のベンチマークというべきペーター・マーク盤以上にじっくり構えたテンポ始まり、少々驚く。EMI録音の特性で、低音はしっかり入っているが強調感はなく、各声部はクリアかつしなやかで美しく響く。そして、この曲には珍しく提示部を繰り返している。トスカニーニ以来、イタリア人指揮者というと必ず、その徹底したカンタービレが代名詞のように言われる。実際このムーティ34歳のときの録音も、ヴァイオリンやチェロなど弦楽群がメロディーをとるときの歌いっぷりは中々だ。特に第3楽章のアダージョはことのほか美しく、真にアダージョらしく、かつ粘らず、おそらく手持ちの盤の中では白眉ではないだろうか。久々にこの盤を聴いてムーティのその後の人気ぶりを再認識した。 それにしても、ムーティも76歳かぁ…こちらも歳を取るはずだ。嗚呼…


この録音の音源。第1楽章


同第3楽章


全楽章の音源はこちら

ウィーンフィルとの第4番<イタリア>



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テンシュテットのマーラー第5@1984年大阪



じわじわと気温上昇。明日にかけて雨の予報で、関東でもそろそろ梅雨入りの時期になった。
さて月も改まって…相変わらず公私とも雑事多く気分が晴れないが、せめて夜半の音盤タイムには忘れて音楽に浸ろうかと、今夜はこんな盤を取り出した。


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クラウス・テンシュテット(1926-1998)がロンドンフィルと1984年に来日した際の大阪でのコンサートライヴ盤。この盤には1984年4月13日大阪フェスティバルホールでの演奏曲目、モーツァルト交響曲第35番ニ長調<ハフナー>とマーラー交響曲第5番嬰ハ短調の2曲がそのまま2枚のディスクに収められている。今夜はそのうちマーラーの盤を取り出してノートPCのドライブにセットした。

冒頭のトランペットは音量・抑揚ともやや押さえた表現で始まる。そしてその後に続く異様ともいえるスローテンポの葬送マーチ。大声を張り上げることなく、しかし極度の緊張感が音楽を支配する。室内楽的に精緻なアンサンブルと各声部を丁寧に扱いながら、しかし緊張感ゆえの秘めたスケールが伝わってくる。第4楽章アダージェットも過度の感情移入は少なく、やや抑えた表情と弱音のコントロールが美しい。マーラーというととかくスケール感にばかりフォーカスされるが、少なくても第5交響曲については純器楽構成の伝統的な管弦楽として、丁寧に曲を運ぶことが大事だと気付かされる。

1984年はテンシュテットがロンドンフィルの音楽監督に就いた翌年にあたる。まだ病魔が表面化する前の来日記録でもある。手元にはスタジオセッションの彼のマーラー全集もあるが、それとは一線を画す緊張MAXの名演だ。

この盤の音源。


同じコンビによる同曲第2楽章。1988年ライヴ@ロンドンフェスティバルホール。



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チェリビダッケのブラームス第2



三日続きの雨が昼過ぎにあがって、ようやく天気回復。春から夏への移行期であるこの時期は大気の入れ替わりも激しい。初夏というには少し早いが、気分先取りでこんな盤を取り出した。


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チェリビダッケとシュトゥットガルト放送交響楽団(SWR)によるブラームス第2番。独グラモフォン盤全集の中の1枚で、第2番は1975年の録音。当時チェリビダッケはSWRのシェフを務めていた。またそのライヴ録音がNHKFMで流れるようになって、日本でも幻の指揮者として話題になり始めていた時期でもある。ぼくも学生時代の当時、FMから流れる彼の指揮するブラームスやシューベルトにかつてない興奮を覚えた記憶がある。この盤の録音は当時の放送録音用のもので、学生時代に聴いた演奏と同一かあるいは極めて近いものだろう。

月並みな表現だが演奏は素晴らしいのひと言だ。弦楽群が奏でるフレーズは精緻を極め、まるで一本の絹糸が紡ぎ出されるかのようだ。音程、音色、ボウイングの細部までチェリビダッケの指示が行き届いているに違いない。木管群のフレーズも明瞭に浮かび上がり、ブラームスの分厚く響くスコアが透けて見えてくる。その意味では室内楽的なアンサンブルといっていい。一方でマスの響きにも不足はなく、それも混濁することなく響く。チェリビダッケが来日して初めて日本のオケ(確か読売)を振った際、通常の倍の練習量を要求したり、その結果の演奏があまりに弱音で神経質だったことが、一部でネガティブに報じられた。おそらく当時の日本のオケには大規模管弦楽を室内楽的に入念に組立てるという概念が乏しかったことと、響きの乏しいホール音響によるものだろう。後年サントリーホールでのミュンヘンフィルとの来日公演でその評価は一変することになる。

第1楽章ではSWRの弦楽群が素晴らしく美しい。同時にこの曲らしい明るく前へ進む推進力にも不足はない。フレージングも常に明確だ。またヘミオラ音形では通常耳にする演奏よりもはっきりとそれを明示するようにフレーズを切っていて新鮮に響く。第2楽章でもよく訓練されたSWRの弦楽群が息の長いフレーズを美しく歌う。この曲が書かれたときブラームスが滞在していた夏の南墺ペルチャッハの湖畔に響き渡るように、ホルンも深々としたアインザッツで聴かせてくれる。第3楽章は軽く聴き流しがちの楽章だが、何度か現れるテンポの速い中間部がスケール大きく奏され、演奏次第でこうも変わるものかと実感する。終楽章も高揚感と全体の精緻なコントロールが一体となって抜群の推進力だ。

チェリビダッケの演奏はスケール巨大な晩年の演奏も唯一無二だが、70年代のこの盤の頃を最善とする向きも多い。このブラームスも中庸のテンポ設定と完全にコントロールされた管弦楽バランス、それでいて息苦しさを感じさせない開放的な高揚感を併せもつ。ライヴゆえのキズもゼロではないが、それを補って余りある名演だ。


この盤の第2楽章。冒頭から約1分以上に渡りチェロが長いフレーズを歌う。4分20秒過ぎから次第に熱を帯び、5分19秒にはUm!とオケに気合が入れるチェリビダッケの声が…。終盤8分40秒からはテンポをグッと落として最後の坂を登る。


この盤の音源。全楽章。



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モントゥーの<英雄>



クラシックに親しむようになってからやがて半世紀近い月日が経つが、その間最も多く聴いた交響曲はといえば、間違いなくベートーヴェンだ。貧乏学生時代に何とかやりくりして最初に集めたレコードはベートーヴェンの交響曲だった。全9曲、演奏を聴きながら鼻歌で通して合わせる位のことは今も出来る。しかし近年ベートーヴェンの交響曲をあまり聴かなくなった。ハイドンやシューベルト、メンデルスゾーンあたりを聴く機会が多い。学生時代にあれほど聴いたブルックナーやマーラーを鳴らすことも少なくなった。ベートーヴェンで今もっともよく聴くのは第8番。英雄も運命も7番もすっかりご無沙汰だ。そんな中、実は少し前から英雄でも聴こうかという気分になっていて、今夜は久々に懐かしい盤を取り出した。


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ピエール・モントゥーがアムステルダムコンセルトへボウ管を指揮した1962年の録音。手持ちの盤は70年代半ばに出ていたフィリップス系廉価盤レーベル:フォンタナの1枚。このジャケットを懐かしむ同年代の輩は多いだろう。学生時代に初めて英雄のレコードを買おうかと思い品定めをした際、リハーサル風景が収録されているという理由でこの盤を選んだ。もちろん廉価盤という条件は大前提だ。今にして思えば、結果的にいい盤を選んだなあと思う。久々に聴いてこの盤の素晴らしさにあらためて感服した。

第1楽章冒頭の二つの和音。コンサートで指揮者の棒を見ているときは、最初の和音に続いて二つ目の和音が鳴るタイミングは当然分かる。しかしレコードやCDで聴いていると、その二つ目の和音のタイミングがわからない。自分なりのテンポ感で聴いたときにピタリとくる演奏とそうでないものがある。久しぶりに聴いたこのモントゥー盤はそれがピタリときた。その二つの和音のあと、主題の提示は少し遅めのテンポかなあと思っていると、まもなくテンポが少し上がってきて、以降はいい感じのテンポになる。弦セクション、管セクションともにアクセントやスフォルツァンドの処理が実にスマートで、音楽が生き生きとよく流れる。全体を通して、しなやかによく歌う。当時のモントクーは最晩年の87歳だったが、まったく年齢を感じさせない。モントゥーは晩年までテンポが遅くならず、すべてが明快だったと聞くがが、この録音を聴くと納得する。

弦楽群は対向配置を取っていて、第2主題などは1stヴァイオリンから2ndヴァイオリン、そして木管群へと受け継がれていくのがよく分かる。これは配置と録音だけではなく、モントゥーとコンセルトヘボウの面々がそれぞれのパートの音量バランスやボウイングなど巧みにコントロールしているからに違いない。展開部の盛り上がりやコーダに向かう終結部でも、各パートがよく分離し、力ずくの混濁感は皆無。それでいて迫力にも不足はない。

第2楽章も久々にじっくり聴くと感動的な楽章だ。終盤のフーガはジワジワと盛り上がり、そのピークを承知していながら、やはり鳥肌物だ。この盤に収録されているリハーサル風景は、第2楽章のもので、冒頭の装飾音付の合わせにかなり時間を使っている。後半の楽章も相変わらずコンセルトヘボウの巧さに耳がいく。武骨さとは無縁で流麗に流れる音楽だが、あいまいなところがない。各パートの出入りや分離が明快だ。加えてテンポ感覚が実にいい。少なくてもぼくにはベストのタイミングで次から次へと音が出てくる。ごく自然体でスコアに忠実な演奏のようだが、細かなところまで配慮が行き届いている。

今回記事に書くにあたって、ネットでこの盤についてググッてみると、ぼくの想像以上に評価が高く、あちこちで絶賛の嵐。一時期はCDが廃盤でプレミアムが付いたと聞いて驚いた。
久々のモントゥーのエロイカ。けだし名演でありました。


この盤の全曲。手持ちのLPよりも高音質だ。この盤の特徴がよく分かる。
第1楽章終盤、例のトランペットは<ほぼ>原典通り。第2楽章のフーガは22分4秒から。右手から聴こえてくる2ndヴァイオリンから始まり、ティンパニを伴った低弦群の入り22分42秒で最初の身震い。ホルンの強奏23分10秒で2回目の身震い。ついで23分23秒ティンパニの一撃で更に身震い。そして23分40秒から緊張MAXだ。


この盤に入っていた第2楽章のリハーサルの音源があったので貼っておく。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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