演奏初公開  レイス;もしも彼女がたずねたら  ソル;ワルツOp.32_6


昨日の愛好家による発表会に刺激されたこともあり、かねてより懸案だった演奏録音を試みてみた。本当はデジカメか何かで動画撮影しようと思っていたのだが、手持ちデジカメの性能がいささか低く断念。ノートPCで音のみ収録することにした。拙宅の中では比較的響きにいい玄関ホール(というほど広くはないが)で、ノートPCのみを使って録音した。従って当然モノーラル。マイクの指向性もないのでバックノイズもそのままだし、ピークで音もつぶれている。録った音そのままだとあまりに味気ないので、フリーソフト;SoundEngine Freeで少しだけエコーを加えている。音量レベルは同ソフトでノーマライズをかけてみた。ただギターのピークはかなり高いので、それを抑えることから全体としての音量レベルは少し低いようだ。もし音が小さいようだったらYouTube画面の音量設定やPC側音量設定を上げてみていただきたい。


曲はこのところ気ままに弾いている、ブラジル風演歌といった感じのディレルマンド・レイス「もしも彼女がたずねたら」と古典的なソルのワルツOp.32-6を選んだ。共に3分に満たない小品だが、いざ録音となると案外と難儀した。録音ボタンを押しただけで妙に緊張し、すぐに音を外してしまう。ステージであがるのと同じパターンだ。何度か録り直しをしてみたが、予想以上に時間がかかることが分かったので、ほどほどのところで手を打ることにした。当然ミスタッチ有り、自分の解釈を表現し切れていないところ多々有り、お恥ずかしいことこの上ないのだが、これも試練と公開しましょう。ネットをみると多くの愛好者が録音や動画をアップしているが、中々の努力がいることを確認した今は感心ばかりだ。








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Today’s My Room プレスティ=ラゴヤ


きょうは午前中隣り町の伊勢崎市へmixiのクラシックギターコミュニティのプチ発表会を聴きに行って来た。400名ほどが入れるホールを半日借り切り、仲間内で日頃の練習成果を披露し合おうというイベントだ。会場はギター独奏には手頃な広さのホールで、市営なので料金も格安だという。10名ほどがステージに上がったが同世代も多く、みな達者に弾いていた。会場では一昨日の記事で少し書いたY氏との30年ぶりの再会も果たした。
楽器をやっている人なら経験があると思うが、コンサートの行った晩は、刺激を受けて帰宅後必ず楽器を取り出して、せっせと弾いたりするものだ。プロの演奏会ならずとも、きょうのようなアマチュアの集まりでも同様。かくいうぼくもご覧の写真の通り。今夜は部屋中に楽器や楽譜を広げて、昼間受けた刺激に背中を押されながら、ギターを弾いた次第だ。


Today's My Room   プレスティ=ラゴヤ 


こんな晩はやはりギターを聴こうかと、少し懐かしいプレスティ=ラゴヤの二重奏のLPを取り出した。イダ・プレスティとアレクサンドル・ラゴヤは夫婦デュオとして、50年代から60年後半にかけて活躍した。ぼくはリアルタイムでその演奏を聴いた世代ではなく、もっぱら録音で息の合った、そしてフランスの香り高い気品のあるギター二重奏として楽しんだ。
この盤では、ファリャ、アルベニス、グラナドスといったスペインの作曲家の作品を中心に雰囲気のいい演奏を聴かせてくれる。小さい頃から神童といわれ、抜群のテクニックを誇ったイダ・プレスティは活動絶頂期の1967年に42歳で亡くなった。夫君のラゴヤはその後ソロギタリストとして活動し1999年に他界。今や二人のような大人の気品と落ち着きを感じさせる男女のデュオは、クラシックギターはもちろん、他のジャンルでもあまり見かけない。そういう時代になってしまったのだろう。

プレスティ=ラゴヤ    イダ・プレスティ

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春一番 ダイアナ・クラールのヴォーカル


気象庁はきょう25日、関東地方に「春一番」が吹いたと発表した。このところの気温上昇で通勤に使っているプリウスの燃費も上がってきた。ハイブリッド車の心臓である電池の特性が温度と共に変化するためだ。一般の乾電池や携帯の電池でも経験するように、気温が低くなるとおおむね電池の性能は低下する。プリウスの場合、気温が5℃を下回る辺りから低下を実感する。地方国道を約1時間、大きな渋滞もなく巡航するぼくの運行パターンは車の燃費には好条件で、夏をはさむ暖かい期間が約25km/リットル、それが厳冬期には20~22km/リットルまで下がる。しかしそれ以上は下がらないし、夏場の炎天下でエアコンを入れても特に大きな低下はない。総じて一般のガソリン車の2倍は走る感じだ。通勤だけで年間18,000kmほど走るので計算してみると…

一般ガソリン車の燃費を12km/リットルとして…
18,000km ÷ 12km/リットル × 135円/リットル ≒ 20万円

これがほぼ半分になるので年間10万円はセーブ出来る勘定だ。7年乗れば70万円。一般車とプリウスとのイニシャル費用の差はほぼ埋め合わせられる。コスト面だけでなく乗り心地や出来のいいシステム制御にも大いに満足している。不穏な中東情勢でガソリン価格が上がりそうな気配の中、4年前にプリウスに乗り換えたのは、買い物が下手なぼくにしては久々のクリーンヒットだった。…と、まあそんな話はどうでもいいか。リラックスしてジャズでも聴こうか、週末の晩だしね。


ダイアナ・クラール Love Scenes   ダイアナ・クラール All for you


10年ほど前によく聴いたアルバムを取り出した。カナダの歌手・ピアニストでもあるダイアナ・クラールはこの2枚のアルバムが日本でベストセラーとなって、以降の人気と評価を固めた。実際このアルバムは女性ジャズヴォーカルを聴く楽しみを存分に味わえる。ジャズファンのオジサン達をとりこにするヴィジュアル、そして器用なピアノも秀逸だ。加えてアルバム「ラヴ・シーンズ」はクリスチャン・マクブライトのベースが実にいいし、ナット・キング・コールトリオに捧げられた「オール・フォー・ユー」はその名の通りピアノトリオとしてのまとまりがいい。
ダイアナ・クラールの声はやや太めで低いが、ハスキーというわけではなく、歌詞もクリアに発声される。ただ惜しむらくは、多彩な表情という点では少々物足りない。どの曲も同じ味わいで、例えばエラ・フィツジェラルドがときに豪快に、ときにチャーミングにと様々な表情を見せるに対して、ダイアナ・クラールはやや単調なのだ。特にチャーミングな表情に欠ける。これは男性として女性ヴォーカルを聴くときに期待する表現の一面を欠くことになる。「オール・フォー・ユー」に入っている「Deed I do」などは、以前記事に書いたブロッサム・デイリーの方が格段にいい。もっともこれだけ売れたアルバムだし、実際ぼくも買ったのではあるが、実はこのあとまったく彼女のアルバムに興味がなくなってしまった。チャーミングな表情を感じさせない女性なんて、と勝手なこと言って…。

今夜は何だか、ほめているのかいなのか、わからないような記事になってしまって恐縮です。ハイ。

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田邊ギター工房訪問 ロマニリョス アンティゴーニ・ゴーニ再び


きのうの強風が治まり、きょうは朝から快晴。気温も上昇して小春日和の一日となった。
かねて予定していた田邊ギター工房訪問のため、隣り町に住む同行のK君をピックアップし、埼玉から車を飛ばしてきたS君とJR両毛線の小俣駅で合流。10時過ぎ足利市の田邊工房に到着した。
ギター製作家の田邊さんについては、このブログの初期に書いた。ぼくは田邊さんが実家のある足利市に工房を構えた直後に知り合い、以来何度か訪問。2004年には新作を作っていただき、その後も事あるごとにお邪魔している。今回は昨年秋にちょっとしたきっかけで知り合った若いK君とS君がギター製作の現場を見たことがないとのことで、紹介がてら同行することになった。

<表板をタッピングして音の違い説明する田邊さん>    <男前の田邊さん・K君・S君・ボンクラ与太>
表板をタッピングして響きの違いを説明する田邊さん   田邊さん・K君・S君・私

<製作ブース;2007年>                       <工房内の様子;2002年頃>
以前2007年訪問したときの製作ブース   2002年頃の工房内の様子


工房にお邪魔するのは昨年の5月以来久々だ。9ヶ月ぶりに訪れた工房にはいつも通り製作途中のギターや多数の修理品、工具類にあふれていた。同時に、音楽を愛するものであれば身近に置きたくなるような様々なオブジェ、CDやレコード、楽譜や書籍もし少しずつ増えていて、ギター愛好家ならずとも何とも心安らぐ空間だ。「こんな風に毎日ギターや音楽に囲まれて過ごせたらいいですよね」と同行した20代半ばのK君。まったくその通りだ。50代半ばのぼくだってそう思う。もちろんすべての仕事がそうであるように大変さは山ほどあるだろう。すべてを自分で切り盛りしなければならない重圧、何より一つ一つの作品が勝負の厳しさ、ぼくのようなボンクラ勤め人ののん気さ加減とは別世界だ。

田邊さんはスペインの伝統的な製作手法のこだわって一つ一つの工程を吟味しながらギター作りを進める。ぼくの2004年作の田邊ギターは、ちょうど田邊さんがスペインでロマニリョスの製作講習会を受けて帰国し、その手法を忠実に再現していた頃の作品だ。現在は少し傾向を変え、田邊オリジナルともいうべきモデルとトーレスを範にしたモデルとを作っている。
相変わらず穏やかでフランクな田邊さん。そしてぼくとは親子ほどに歳の違う若いギター弾きのK君・S君を交えて歓談。近所の定食屋でカツ丼をほお張りながらギター談義は続き、午後2時過ぎに工房をあとにした。


<アンティゴーニ・ゴーニ バリオス作品集>          <田邊工房のワンちゃん>
アンティゴーニ・ゴーニ バリオス作品集第1集   田邊工房のワンちゃん


週末の夜更け、木の香かおる工房を思い出しながらアンティゴーニ・ゴーニのCDを聴いている。彼女については以前紹介したが、1989年製の名器ロマニリョスから実に美しい音をつむぎ出す。このバリオスの作品を集めたアルバムでも透明でつややかな高音と豊かにはずむ低音が目前に広がる。バリオスの郷愁あふれるメロディーとゴーニの美音。ギターとギター音楽を友と出来た喜びをしみじみと感じつつ夜は更けていく。

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ジョージ・セル&クリーヴランド管 ブラームス 二重協奏曲


のりかかった船だ、三夜続けてセルを聴こう。
今夜はセル&クリーヴランドの伴奏でオイストラフがヴァイオリンを弾き、ロストロポーヴィッチがチェロを弾いているブラームス「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」(ドッペルコンチェルト)を選んだ。この盤がカラヤン&ベルリンフィルによるベートーヴェンの三重協奏曲を共にリリースされたときは、その豪華な顔ぶれで評判になった。ベートーヴェンでは、オイストラフをロストロポーヴィッチに加えてリヒテルがピアノを受け持っている。


セル・オイストラフ・ロストロポーヴィッチ ブラームス二重協奏曲   カラヤン・リヒテル・オイストラフ・ロストロポーヴィッチ ベートーヴェン三重協奏曲


さて、ブラームスのドッペルだ。
この曲は出だしから指揮者とオケの技量そして気合が試される。付点つきリズムのトゥッティが2小節あったあと、いかにもブラームス的な三連符のトゥッティが2小節続く。ここで曲の印象がかなり決まってしまうほどだ。セルの多くの盤を出しているCBSソニーの盤に比べ、このVictor録音のセル&クリーヴランド管の音は、筋肉質のしまった響きはそのままだが、より重量感があって聴き応え十分だ。短いしかし渾身のオケの序奏に続いて、ロストロポーヴィッチのチェロが出てくる。これまた圧倒的な存在感だ。続くオイストラフのソロも太く逞しい音だ。オーケストラ、2つのソロ楽器、それをコントロールするセル、いずれもがブラームスはこうあってほしいというイメージをことごとく理想的に展開してくれる。重厚なオケの響き、一つ一つに重心がたっぷりのった、それでいてぴたりと合ったアインザッツ、弦と管の渋い音響バランス…曲の素晴らしさもあって、後期ロマン派の中にあって古典的装いを表出させたブラームスの交響的作品を理想的に表現した名演だ。

回顧的になるつもりはないが、いまこうした演奏が出来る組み合わせはあるのだろうか。もっとシャープで流麗かつ明瞭で…そんな演奏はいくらでも実現しそうだが、この盤のようなジャケット写真からして重厚な音がイメージ出来るような組み合わせは存在しなように思うがどうだろう。貴重な記録。先日の記事ではないが、最後の残すべき100枚のアルバムに間違いなく入れたい盤の一つだ。

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ジョージ・セル&クリーブランド管弦楽団 ライヴ・イン・東京1970


昨晩いつも通りブログをアップしたつもりが下書きのまま保存していたようで、きょうになって昨日の記事がアップされていないことに気付いた。この手のミスがこれで2回目か。本日まとめてアップしておこう。さて、きょうはバレンタインデー…甘い話も無縁につき、今夜は硬派中の硬派ともいえるジョージ・セル指揮の凛とした音楽を聴くことにした。

高度成長まっしぐらの1970年。この年大阪万博に合わせて多くの海外オーケストラが来日した。5月に来日したジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団もその中の一つだった。セルと同団のレコードがEPICというクラシックの世界では必ずしもメジャーとは言いがたいレーベルから出ていたこともあって、彼らの評価は世間的人気を得るものではなく、一部の好事家以外にはカラヤンやバーンスタインの人気の方が高かった。ところが最初で最後となったセル&クリーヴランドの来日公演はそうした世評を覆す素晴らしいもので、以後伝説的に語られることになった。それから30年。その伝説の日本公演がCD化された。写真の盤がそれだ。


ジョージ・セル&クリーブランド管 ライヴ・イン・東京1970   ブックレットにある当時の録音テープとセル最後のポートレート

ウェーバー   オベロン序曲
モーツァルト  交響曲第40番ト短調
シベリウス   交響曲第2番ニ長調
<アンコール>
ベルリオーズ  ハンガリー行進曲

収録曲は上記の通り。1970年5月22日東京文化会館での演目がすべて収録されている。盛大な拍手に続いてウェーバーの「オベロン序曲」が静かに始まる。録音やホールの特性もあるのだろうが、弦楽器群の透明な響きに驚く。序奏最後のトゥッティでの一撃もピタリを決め、快速調の主部に入る。速めのテンポと一糸乱れぬアンサンブル、透明感あふれる音色、堅固で筋肉質の低弦群の響き。ウェーバーの曲の良さもあってドイツ管弦楽曲を聴く楽しみここに極まれりという感じだ。
続くモーツァルトがまた素晴らしい。あまりに有名になり過ぎ、いささか手垢にまみれた感があるこのト短調のシンフォニーが、セルの演奏で聴くとそうした世俗的な殻が取り去られ、この曲の持つ本質的な骨格ともいうべき部分が明確に見えてくる。第1楽章の展開部、高音群と低音群の半音階的掛け合いや微妙な転調が続く部分など、一時代あとのロマン派の曲想をもイメージさせるような意味深さが手に取るようにわかる演奏だ。昨今のモーツァルト演奏とは違い大編成による演奏だが、響きが引き締まっているので肥大化した鈍重さは皆無だ。
当日休憩をはさんで演奏されたと思われるシベリウスがセル&クリーブランドの特性にマッチするだろうということは容易に想像できる。響きの透明感は言うに及ばず、短いフレーズの中でのクレッシェンドやディクレッシェンド、くさびを打つように入ってくる金管や打楽器のアンサンブルなど、オケの機能が完璧にコントロールされている。合わせて終楽章などは楽章全体を大きくつかんで盛り上げていく曲の運びも申し分ない。
盛大な拍手に続けてアンコールが演奏される。しかも圧倒的なクライマックスのシベリウスの直後、高らかに鳴り響くトランペットで始まるハンガリー行進曲。ハンガリーはセルの生まれ故郷でもある。これほどのアンコールピースはないだろう。曲の終盤ではセルが強烈なアチェルランドをかけ激しくオケをドライブする。会場の興奮もピークに達したに違いない。最後の和音が鳴り終るやいなや会場からブラーヴォの嵐となる。

1970年高校1年だったぼくは、ちょうどクラシックに興味を持ち始めていた頃だった。あれから40年。そしてこの盤のジャケットに写っている着物姿の少女も今は50歳前後になっているだろう。今どこで何をしているのか…。素晴らしい演奏の興奮が癒えたあと、様々に思いをはせるヴァレンタインの夜ではある。

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CDとレコードの整理方法 断捨離はいずこへ


三連休もあっけなく終わり、明日からまた仕事という晩。今夜は何を聴こうかと棚を眺めていて、ふと音盤の整理について思い出したのでそれを記しておこう。
CDやレコードの整理方法は人ぞれぞれだ。ある本で一般的な人の記憶能力で管理可能な数量は<1500>程度と読んだことがある。枚数が少ないうちは取り立てて整理するほどでもないが、ぼくの経験からも1000枚を超えるあたりから一定のルール導入が必要かなと思う。整理のルールとしては作曲家別、演奏家・指揮者別、編成別といろんな切り口があって迷うところだ。超・整理法を適用させて最近聴いたものを基準にする方法もあるだろう。ぼくは何事も整理整頓をしたいと思いながら、ずぼらで実行着手できないという最悪のタイプなのだが、音盤に関しては以下のルールで事を収めている。


CD収納棚の現状   ジャンルで大別 レーベルで並べる


1.ジャンルで大別
音楽専門誌の新譜レヴューなどで採用されている方法。楽曲の形態・編成で大別するもので、おおむね以下の通り。

<クラシック>
・交響曲
・管弦楽曲
・協奏曲
・室内楽
・器楽曲(器楽ソロ、伴奏付きは室内楽へ)
・声楽(オペラや宗教曲含む)
・音楽史(バロック以前)
・ギター(本業?なので独立分類)

<その他>
・ジャズ(1960年代まで)
・フュージョン(70年代以降のジャズ及びフュージョン)
・ポピュラー(一般ポップス、ロック、歌謡曲他)

もちろん交響曲と管弦楽や協奏曲などジャンルをまたがるカップリングもあるが、メインと思われる方を優先。幸い音盤には発売元がほぼ下記の分類をジャケットに記載しているのでそれに従えばいい。クラシック以外は枚数も数分の1なので細かく分けてはいない。

2.レーベルで並べる
まず1.のジャンル別で並べたあと、その中をレーベルでまとめて並べる。ある演奏がどのレーベルから出ているかは大体頭に入っていること、またレーベルごとにジャケット背部分の色やデザインが一定していているのでわかりやすい、といったことが理由だ。例えば、チェリビダッケの盤はEMIの赤い背が目印、フリッチャイやカラヤンはドイツグラモフォンの黄色の並びから見つけばよい。クラシック以外<その他>は枚数も少ないのでルールなしで漫然と並べている。

3.新規追加分の処理
本でもレコードでもそうだが、一旦整理して並べたあとの新規追加分をどうするかが一つの課題だ。各ジャンルごとに新規追加分の空きペースを作っておく余裕があればいいがそうもいかない。そもそも新規追加があるかどうかもわからない。この課題に対応するため、新規購入分の場所をあらかじめ決めてある。ここへは新規購入したものを分類せずに置いてある。追加分の分量に応じて、あるタイミングで本来のジャンル別スペースへ追加する。その際はすでに置かれているジャンル別整理済み分も併せて総整理することになる。ぼくの場合、最近新規購入は少ないので総整理は年一回程度。その際新規購入分も移動させてゼロリセットしている。

以上の方法で、例えばまったく無分類のCD;1000枚程を整理するのにに要するの時間が1時間以内。一旦整理後、新規購入分の追加や総整理は30分以内で済むだろう。実際ぼくの手元にあるCD約1200枚程での実績もそんなレベルだ。アナログレコードは1500~1800枚程あると思うが(まともの数えたことがない)、新規購入もないので最近ほとんど整理していない。

一体どれだけの音盤を自分の手元におくかというは議論のあるところだ。あれこれ聴いてみたいものを手当たり次第に入手するわけにもいかないし、といってクラシックの広くて深い森をひと通り俯瞰してみたいと思えば、ある程度の枚数(300~500枚程度か)は手元に置いて聴きたい。所有欲やコレクションという要素を捨て、近くに利用できる図書館などあればもっと少なくできるだろう。ぼく自身は今のところ種々取り混ぜて3000枚程の音盤が手元にあるが、もう増やしたいとは思わない。それでも目に付く盤があれば買うだろうが最小限にしたいし、以前も書いた通り、心情的には100冊の本、100枚の音盤、コンパクトなオーディオセットだけを手元に置いて清々とした空間で音楽を聴きたい気分だ。

しかしこうした心情とは裏腹に次から次へと新譜や過去の埋もれた演奏の発掘が進んでいる。しかも値段は下がる一方で、かつての名演のボックスセットは1枚あたり単価は200円、中古レコード店で投売りされている国内盤LPは1枚100~500円といった具合だ。ぼくの3000枚程の駄盤も平均購入単価は500円以下だろう。レコードが高くて思うように買えなかった若い頃が嘘のような状況だ。だから自分の姿勢と決断が肝心になってきた。軟弱なぼくに音盤の断捨離ができるかどうか。今のところ切迫感なく現状維持の日々が続く。

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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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