ブラームス 弦楽六重奏曲第1番 ベルリン vs ウィーン


きょうは暑さが戻り、当地前橋の気温も35℃まで上がった。昼間、勤務先で工場内の別の建屋まで二回ほど移動することがあったのだが、その度に暑さを実感。事務所にいる間は、節電モードながらエアコンをオンしているので、まずは快適だが、外へ出ると一気に汗が吹きだした。帰宅後も中々気温は下がらず、窓を開けても生暖かい空気が入ってくるばかりだ。結局は電気エネルギーの力で涼を得ることになる。
さて一週間が始まったばかり。まだ火曜日だ。外は暑く、何とも気だるい夜。ギターを弾こうかとも思ったが、ケースから取り出して、調弦をしてという段取りを思い浮かべたところで、それ以上進まない。こんな晩はネガティブな気分ばかりが増幅される。人生なんてあっけないなあと半分投げやりになりつつ、何とか気持ちを持ち上げてレコードを取り出した。

 <ベルリンフィル八重奏団->                 <ウィーンコンツェルトハウス四重奏団+>
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ブラームスの弦楽六重奏曲第1番作品18。ベルリンフィルの弦楽セクションのメンバーで構成されたベルリンフィル八重奏団による60年代後半のフィリップス録音の盤だ(こちらで一部試聴も)。
この曲の第2楽章の主題が、その憂いに満ちたメロディーによって人気になり、映画音楽にも使われた。通常の弦楽四重奏にヴィオラとチェロを加えた構成のこの六重奏曲は、中低音の楽器が加わったことにより、きわめて重厚で落ち着いた響きを持つ。穏やかな変ロ長調のテーマで始まる第1番の第1楽章。ブラームスってどんなイメージと聴かれたら、ぼくは迷わず、これっ!と言って、このテーマを聴かせたくなる。晩年のブラームスに比べると若やいだ明るさに満ちているものの、いかにもブラームス的な、重厚で叙情的な始まりだ。重厚だが悲劇的ではない、穏やかであるが楽天的になり過ぎない、そんな第1楽章の始まりを聴いていると、投げやりでネガティブな気分もだいぶ和らいでくる。これも音楽の効用か。有名な第2楽章は一聴して耳をとらえるほど魅力的なメロディーだが、『いかにも』的で少々気恥ずかしくなるのは、ぼくだけではないだろう。が、主題と変奏としてはよく出来ているし、特に長調に転じる第4変奏が、穏やかな安息に満ちて美しい。

同じ曲を写真右のウィーンコンツェルトハウス四重奏団とウィーンフィルの追加メンバーによるウェストミンスター盤で聴くとまったく趣が異なる。録音年代によるところも大きいだろうが、ベルリンフィルメンバーによる演奏と比べ、音色や音のアタックが穏やかで優しい。やや鼻にかかったような音色で、ベルリンフィルメンバーの現代的でシャープな音とは随分異なる。曲の印象を決定付けるアーティキュレーションも、ウィーン組の演奏は様々な変化の度合いが穏やかだ。ベルリン組はずっとダイナミックに切り込んでくる。ブラームスのこの曲という限定を付けると、ぼくはウィーンフィルメンバーによるウェストミンスター盤に軍配を挙げる。ほとんど格違いといっていいほどの差がある。ひと昔前のスタイルと言えばその通りだろうが、何もスタイルは変化・進化するばかりが能じゃない。留まることも時に大事だ。

少し楽譜の心得がある方は、スコアを見ながら聴くのもいいだろう。
IMSLPのサイトでPDFが閲覧できる


参考までに、ブラームスの室内楽曲をリストしておく。このブログでもいずれ取り上げよう。
<二重奏曲>
チェロソナタ 第1番・第2番
クラリネットソナタ 第1番・第2番
ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」・第2番・第3番

<三重奏曲>
クラリネット三重奏曲
ホルン三重奏曲
ピアノ三重奏曲 第1番・第2番・第3番・作品番号なし

<四重奏曲>
ピアノ四重奏曲 第1番・第2番・第3番
弦楽四重奏曲第1番・第2番・第3番

<五重奏曲>
クラリネット五重奏曲
ピアノ五重奏曲
弦楽五重奏曲 第1番・第2番

<六重奏曲>
弦楽六重奏曲第1番・第2番


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武満徹 ギターのための12の歌

数日続いた暑さが遠のき、梅雨空の一日。気温低く窓からは冷気が流れ込む日曜日となった。
以前買って手元にあると思っていた武満徹『ギターのための12の曲』の楽譜が見当たらず、先日あらためて購入した。一緒に届いた佐々木忠編の一連のバッハ編曲集と合わせて、机の横にツンドク状態だったが、きょうの午後少し弾いてみた。


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1970年代後半に編まれたこの曲集は、当時親しまれていたポピュラーソングを、武満徹がこれ以上ないくらいロマンティックにアレンジしたものだ。現代音楽の旗手である彼の違った一面を残す貴重な曲集でもある。いずれも難易度が高い。古典派のようにお気軽に初見で楽しむようなわけにはいかない。全曲を収録したCDで以前から親しんでいた中で目を付けていた、ジョセフ・コスマの『失われた恋』をひとしきり弾いてみた。原曲に親しんだ記憶はないが、一聴して誰もだ感じるであろうノスタルジーにあふれた曲だ。きょうのような鬱々とした曇り空をバックに弾くにはいっそう相応しい。切々と哀愁せまるメロディーに、弾いているうちに気分もどんどん滅入ってくるのだが、それも音楽だ。

技巧的には他の曲に比べ易しく、二、三度通して弾くうちに細かいことを言わなければ何とか曲のイメージは出来上がった。もう少し練習してアンコールピースに加えよう。が、つたない演奏をアップするにはまだ時間がかかりそうなので、YouTubeに鈴木大介の音源があったので貼っておく。





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ブラームス クラリネット五重奏曲ロ短調 ウィーン八重奏団


6月25日土曜日。前日の猛暑はいえ気温も数度下がったものの、雨まじりの天気で湿度も高く、蒸し暑い一日だった。きょうは終日楽器遊び。隣り町渋川市の公民館イベントに招かれ、所属するマンドリン楽団で30分ほどのステージを受け持った。老若男女が集うイベントということもあって、宮崎アニメソングや、懐メロなど、こうしたイベントや施設慰問ではお馴染みに曲目。お気軽な曲ではあったが、それでも節電で空調オフのホールということもあって、メタボなぼくなどは大汗をかいてしまった。
帰宅後、前日からの寝不足もあって爆睡。夜半に目が覚めてからシャワーを浴びてようやく一服。何か聴こうかと思案し、久しぶりに室内楽、それも梅雨時の湿った空気にクラリネットの音色が似つかわしいかなと、ブラームスのクラリネット五重奏曲のレコードを引っ張り出した。


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この盤で演奏しているウィーン八重奏団は、ウィーンフィルのコンサートマスターだったウィリー・ボスコフスキーが主宰していた四重奏団に、クラリネット・ファゴット・ホルン・コントラバスが加わって構成された楽団だ。60年代入り、ボスコフスキーがウィーンフィル四重奏団や指揮者としての活動に移るため勇退。第一ヴァイオリンがボスコフスキーから、この盤でも演奏しているアントン・フィーツに代わったとライナーノーツに記されている。ちなみに、この盤でクラリネットを吹いているアルフレード・ボスコフスキーは、ウィリー・ボスコフスキーの弟とのこと。

ブラームスのクラリネット五重奏曲は、モーツァルトのそれと共にクラリネットの名曲の一つだ。クラリネットの音色というと、少々コミカルなイメージを持つが、ブラームスやモーツァルトの手にかかると、一転深みのある音楽を奏でる。このブラームスの五重奏曲も、いかにもブラームス風の落ち着きと憂いと優しさに満ちている。特に第2楽章の美しい歌は比類がない。ここでいう美しさとは言うまでもなく、耳あたりのいいキャッチーなメロディーということではない。憧れと悲しみ、希望とあきらめ、出会いと告別、そうしたものが隣り合わせになった、ブラームス特有の美しさだ。とかく軽く見られがちな第3楽章もいい。スケルツォ風の軽快な運びながら、クラリネットが楽天的になり過ぎないメロディーを吹き、弦楽合奏がそれを支える、聴き応えのある楽章だ。

この盤には少し珍しいワグナーのクラリネットと弦楽のためのアダージョが収められている。ワグナーの器楽曲・室内楽はごく少ない。室内楽では未完に終わった弦楽四重奏曲とこの曲のみが残されている。巨大な楽劇と調性音楽の極限を追求したワグナーとは思えないほどロマンティックな叙情性にあふれた佳曲だ。


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フリッチャイ&ベルリンフィル ドヴォルザーク 新世界より


今週後半は梅雨空一転、猛暑日の連続となった。きょう金曜日、当地関東内陸部はフェーン現象も加わったのか、乾燥した熱風が吹き抜ける一日となり、埼玉県熊谷市では6月として最高記録となる39.7℃、拙宅のある前橋でも38℃近くまで上がった。
さて一週間が終わり週末。先週から続いている左手首の痛みはだいぶ癒え、普通に楽器を弾くには特に支障はないレベルとなった。指を大きく拡張しようとすると少々突っ張る感じがするし、手首からさき全体に重い感じも残っているが、様子をみながらボチボチやっていこう。

ところで、このブログではCDやレコードを聴くごとに駄文を記しているわけだが、このところ気合を入れて音楽を聴くことがめっきり少なくなった。思えば十代後半から二十代半ばの十年間は実によく音楽を聴き、そして吸収した。学生時代にはラジカセに毛の生えた程度のボロオーディオで一日数時間は聴き入った。ブルックナーの8番を聴き、そのあとマーラーの2番を聴き、さらに終楽章はもう一度聴き、あるいはバッハ平均律を全曲聴いたあとで、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番『ハンマークラヴィア』を聴き、なんてこともよくあった。多くの曲のフレーズも頭の中に入っていて、曲が始まれば、指揮者よろしく手振り身振りと一緒に、ずっと鼻歌でジョイントできた。昨今は音楽を聴く量は確実に減ったが、当時の貯金のおかげか、久々に聴く曲でも音が流れ始めると一気にその世界に引き込まれ、鼻歌まじりに同化していく。


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そんなことを思いながら、今夜はドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』を取り出した。ぼくの好きな指揮者の一人であるフェレンツ・フリッチャイがベルリンフィルを振った1959年のステレオ録音盤だ。実のところ、新世界をあらためて聴こうという気分にはほとんどならないし、ドヴォルザークの交響曲では9番よりもむしろ8番や7番を好む。にもかかわらず、この盤を取り出したのは、曲はともかく、ひとえにフリッチャイとベルリンフィルのコンビによる演奏・音に触れたかったからだ。このコンビについては以前記事に書いた。同曲の名盤と称されるものはいくつもあって、ことさらこの曲のファンでもないぼくの手元にも、アンチェル&チェコフィル、ケルテス&ウィーンフィル、カラヤン&ベルリンフィル、クーベリック&ベルリンフィル、コンドラシン&ウィーンフィルなどの盤がある。しかし、ここ何年か、この曲を聴こうとしたとき選ぶのは決まってフリッチャイ盤だ。

この演奏、何といってもベルリンフィルの音色が素晴らしい。カラヤン以降、さらにはアバド以降とはまったく別の楽団ではないかと思わせる重量感と深みのある音、そしてアインザッツ。フルトヴェングラーから代替わりしながらも、まだカラヤン色に染まり切っていない時代の『独逸の楽団』の音といったらよいだろうか。第1楽章から音楽は実にゆったり流れる。第2主題のあとに出るト長調のモチーフ(これを第2主題とする論もある)では、ぐっとテンポを落とし、更に付点付の音符にテヌートをかけ、テンポの変化を強調して、見事なギアチェンジが決まる。ドヴォルザークが異国米国でこの曲を作った際の望郷の念をフリッチャイが背負っているかのような曲の運びで、万感胸にせまる、グッとくる解釈だ。第2楽章以降も音楽は終始落ち着いた歩みで進む。弦楽セクションの音は重量感を伴って渋く深く響く。金管楽器群も余裕と底力を感じさせ、木管群もやや古風ながらふくらみのある音色だ。つまり統一された音色感と、音楽の目指す方向とが見事に一致している。

結局のところ、60年代前半のベルリンフィルが素晴らしいというのが、今のところのぼくの結論だ。カラヤン&ベルリンフィルの盤も総じて60年代のものがいい。伝統の独墺様式を残したベルリンフィル、録音技師;オットー・ゲルテスやギュンター・ヘルマンス、録音場所のベルリン・イエスキリスト教会…黄金のトライアングルともいうべきコンビネーションが輝いていたのは60年代までだったといっていいだろう。フリッチャイの『新世界より』はこうした良き時代の産物でもあり、白血病に侵され、度重なる手術を重ねていたフリッチャイ晩年の思いが詰まった演奏でもある。

YouTubeにフリッチャイがスメタナのモルダウを振っている練習光景があったので貼っておこう。
オケはシュトゥットゥガルト放送響だ。



そして、こちらは本番だ。




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アンセルメ&スイスロマンド管 ファリャ 三角帽子


週明けの昨日から関東地方は陽射しが戻り、昼間の気温も高くなってきた。まだ梅雨のさなかで湿度も高い。昨日月曜は昼前から東京へ出張だったが、駅ホームの上り下り、駅から仕事先までの往復で、一気に汗をかくほどだった。夜もまだ熱帯夜ではないので、寝苦しいというわけではないが、エアコンをオンにしたくなる。
先週水曜日に痛みを感じた左手首。土曜、日曜と少々荒療治でギターを弾いてみたが、良くなったようでもあり、時々感覚が鈍く自由が効かない感じになったりと、一進一退。大事には至らないで済みそうだが、しばらくは用心が必要か。


 <名盤の誉れ高いアンセルメの三角帽子>        <アンセルメの英デッカ録音盤>
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ところできょうは夏至。夏至にちなんだ音楽もあるようだが、寡聞にして不案内。「夏」で思い出し、メンデルスゾーンの劇音楽『真夏の夜の夢』を聴こうと思ったが、音盤棚を捜索するも、あるはずのクレンペラー盤が見当たらない。あららっと思ってそのまま棚を眺めていたら、アンセルメ&スイスロマンド管の一連の録音が目に止まった。初期ロマン派の薫り高きメンデルスゾーンから一転、情熱あふれるスパニッシュの響きにひたろうと、ファリャのバレエ音楽『三角帽子』を取り出した。

アンセルメ&スイスロマンドのコンビはステレオ初期の50年代後半から60年代にかけて、英デッカの看板楽団として、主としてスペイン・フランス・ロシア等の色彩的な管弦楽作品を多数録音した。英デッカの鮮明な録音とも相まって、そのいずれもがベストセラーとして長らく定番の評価を受けていた。手持ちの盤は数年前に大阪出張の際、梅田の中古レコード店で見つけた1962年リリースの国内初期盤で、当時名盤として持てはやされたものだ。久々に針を落として、あらためてその音の良さに驚いた。曲冒頭のティンパニーの連打、突き抜けるようなトランペット、空間に飛散するカスタネットの響き。50年を経た音とは思えないほど鮮烈だ。アンセルメ&スイスロマンドの一連の録音が素晴らしいばかりに、同コンビの来日公演で実演に接した日本のファンは、録音との落差に一様にがっかりしたという話もうなづける。
もちろん仔細に耳をそばだてると、少々アンサンブルの甘さがのぞくところもあるし、ときどき管の音程があやしいときもある。また曲によって切込みが足りないと思われるところもないではない。が、50年前に多くの管弦楽レパートリーを極上の録音で残した功績は永遠に評価されてよいだろう。

同コンビの姿はYouTubeにはないので、代わって三角帽子の中でも最も有名かつ魅力的な曲である『粉屋の踊り』を含む第2場前半の演奏を貼っておこう。ムーティとウィーンフィルの2005年の来日公演での演奏だ。ウィーンフィルにとっては珍しいレパートリーではないだろうか。1941年生まれのムーティは64歳。相変わらずの万年青年ぶりだ。




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ロッシーニ・クレシェンド セラフィンのロッシーニ序曲集



穏やかな日曜日。午前中、旧友のギター弾きY氏が来宅。昼過ぎまで二重奏やら音楽談義で楽しく過ごした。高校・大学を通じて1年上だった彼とはこの3月にネット上のコミュニティーで偶然巡り合い、30年ぶりの再会を果たした。それを機に、19世紀の古典ギター全盛期に使われていた楽器を使った二重奏を楽しんでいる。4月には川越で行われたイベントでパガニーニの協奏ソナタを合わせ、今回は7月末のイベントに向けて何かやろうかという相談。未確定だが、メルツ作曲のNaenien Trauerliederの3曲と、カルリのお馴染みの作品34を取り上げることで本日仮決定となった。

彼が持参した楽譜を初見で合わせながら曲決めをしたのだが、その中に、ジュリアーニが編曲したロッシーニの歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲があった。当時、人気の歌劇の新作が上演され市中の人気を得ると、それらのギターアレンジやピアノアレンジの楽譜がすぐに出版された。人々は家庭やサロンでそれを弾き、時には一緒に歌い、楽しんだ。ジュリアーニやメルツには実に多くの歌劇からの編曲物があって、往時のこうした需要の多さや人気をうかがい知ることができる。事のついでに原曲を聴こうかと、トゥリオ・セラフィン指揮ローマ歌劇場管弦楽団のレコードを取り出して二人で聴いた。


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根っからのオペラ指揮者だったセラフィンによるこのロッシーニ序曲集は、正にイタリアの劇場で聴く序曲の味わいだ。細部のアンサンブルに難がないとは言えないが、それより何より正にこれからオペラが始まるという空気を感じさせる勢いがある。伸びやかなカンタービレ、やや過剰ともいえる抑揚、そして序曲の最後でテンポと音量を上げながら高揚する、いわゆるロッシーニ・クレッシェンド、いずれもピタリと決まり、爽快、痛快の一言だ。
ジュリアーニの編曲も中々よく出来ていて、少々練習が必要ということで今回はボツにしたが、名手が二人揃えば、管弦楽に匹敵する迫真の演奏も可能だ。YouTubeに達者な演奏があったので、原曲と併せて貼っておこう。


<ジュリアーニ編のギター二重奏版>


<原曲>




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中本マリ アンフォゲッタブル!


週末金曜日。一週間が終了。みなさん、お疲れ様でした。ふ~っ。

実は一昨日から左手首に鈍い痛みが続いている。
水曜日の朝、いつも通りに起きて顔を洗っていたとき、ピクッと痛みが走った。何かの拍子に手先をひねったのだろうか。まあ、大したことはあるまいと放っておいたのだが、三日経ったきょうもわずかながら痛みと違和感が残っている。ギターの練習をし過ぎたとか、無理な左手拡張の曲ばかり弾いていたとか、理由がはっきりしていればいいのだが、それもない。『黄金の左手』故障で我が四十年のギター人生もこれまで…となることはないと思うが、手の故障は経験なく少々心配だ。
さて明日は休み。手首の不調は気がかりだが、ちょっとのんびりしましょうか。…というわけで、ネクタイ、じゃなくてウエストのベルトを緩めてリラックス。ジャズのアルバムを取り出した。ちょっと古い、しかしリアルタイムの記憶がしっかりある70年代の中本マリのアルバムだ。

<TBMレーベルのヴォーカルアルバム>           <中本マリ;アンフォゲッタブル!>
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日本の女性ジャズヴォーカルで、ぼくらの世代で思いつく70年代に活躍したのは、笠井紀美子、伊藤君子そしてこの中本マリあたりだろうか。少し前の世代になるとマーサ三宅(古っ!)。もちろん江利チエミもペギー葉山もジャズシンガーのキャリアはあるし、美空ひばりのジャズスタンダードは中々のものだが、ここでは除外しておく。あるいは80年代前後に元祖ネクタイ族のアイドルとして人気が出た阿川泰子や真利邑ケイ、秋本奈緒美の名前もあがってきそうだが、ぼくの感覚では、作られたアイドルとしては成功したのだろうが、およそジャズを歌える歌手という認識はない。中では、中本マリはオーソドックスなジャズをドライブ感あふれる歌いっぷりで楽しませてくれた。写真の盤は、当時録音の良さでも知られたインディーズレーベル、TBM;スリー・ブラインド・マイスに録音した彼女のデビューアルバムだ。確か社会人になって給料日にはレコード屋へ行くことが楽しみであった頃に買った。

CEC製ベルトドライブプレーヤー;ST-930のスイッチを入れてアイドリング回転させること10分。メカがひと通り温まり、回転も安定したところで、Stanton500の針を静かに下ろす。わずかなサーフィスノイズに導かれ、大沢保朗のピアノが短い導入フレーズをなかで、続いて中本マリのタイム・アフター・タイムが部屋にあふれる。あ〜っ、と思わず声が出るほどいい音だ。久々に針を落としてみて、あらためて鮮度の高い音に驚いた。録音は1973年9月、当時彼女はまだ二十代後半だったはずだが、随分と落ち着いた声と歌いっぷりだ。上州弁ネイティブのぼくには英語の発音はよく分からないが、世評では当時から彼女の発音は折り紙付だった。音程は文句無くいいし、ロングトーンの後半でかかるヴィブラートも彼女の持ち味で、いい感じだ。バックを固めるメンバーも当時の腕利き揃い。ギター;横内章次の名前が懐かしい。しかし、今風のやたらとドライブをかけてノリノリの勢いだけで押してしまう演奏にはなっていないところが70年代的だろうか。あくまでスタンダードをスタンダードの様式で弾き、歌っている。クラシックもジャズも時代の様式感は大切だ。過不足なく安心して聴け、かつインスパイアされる。


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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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