武満徹 ギターのための12の歌

数日続いた暑さが遠のき、梅雨空の一日。気温低く窓からは冷気が流れ込む日曜日となった。
以前買って手元にあると思っていた武満徹『ギターのための12の曲』の楽譜が見当たらず、先日あらためて購入した。一緒に届いた佐々木忠編の一連のバッハ編曲集と合わせて、机の横にツンドク状態だったが、きょうの午後少し弾いてみた。


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1970年代後半に編まれたこの曲集は、当時親しまれていたポピュラーソングを、武満徹がこれ以上ないくらいロマンティックにアレンジしたものだ。現代音楽の旗手である彼の違った一面を残す貴重な曲集でもある。いずれも難易度が高い。古典派のようにお気軽に初見で楽しむようなわけにはいかない。全曲を収録したCDで以前から親しんでいた中で目を付けていた、ジョセフ・コスマの『失われた恋』をひとしきり弾いてみた。原曲に親しんだ記憶はないが、一聴して誰もだ感じるであろうノスタルジーにあふれた曲だ。きょうのような鬱々とした曇り空をバックに弾くにはいっそう相応しい。切々と哀愁せまるメロディーに、弾いているうちに気分もどんどん滅入ってくるのだが、それも音楽だ。

技巧的には他の曲に比べ易しく、二、三度通して弾くうちに細かいことを言わなければ何とか曲のイメージは出来上がった。もう少し練習してアンコールピースに加えよう。が、つたない演奏をアップするにはまだ時間がかかりそうなので、YouTubeに鈴木大介の音源があったので貼っておく。





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ブラームス クラリネット五重奏曲ロ短調 ウィーン八重奏団


6月25日土曜日。前日の猛暑はいえ気温も数度下がったものの、雨まじりの天気で湿度も高く、蒸し暑い一日だった。きょうは終日楽器遊び。隣り町渋川市の公民館イベントに招かれ、所属するマンドリン楽団で30分ほどのステージを受け持った。老若男女が集うイベントということもあって、宮崎アニメソングや、懐メロなど、こうしたイベントや施設慰問ではお馴染みに曲目。お気軽な曲ではあったが、それでも節電で空調オフのホールということもあって、メタボなぼくなどは大汗をかいてしまった。
帰宅後、前日からの寝不足もあって爆睡。夜半に目が覚めてからシャワーを浴びてようやく一服。何か聴こうかと思案し、久しぶりに室内楽、それも梅雨時の湿った空気にクラリネットの音色が似つかわしいかなと、ブラームスのクラリネット五重奏曲のレコードを引っ張り出した。


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この盤で演奏しているウィーン八重奏団は、ウィーンフィルのコンサートマスターだったウィリー・ボスコフスキーが主宰していた四重奏団に、クラリネット・ファゴット・ホルン・コントラバスが加わって構成された楽団だ。60年代入り、ボスコフスキーがウィーンフィル四重奏団や指揮者としての活動に移るため勇退。第一ヴァイオリンがボスコフスキーから、この盤でも演奏しているアントン・フィーツに代わったとライナーノーツに記されている。ちなみに、この盤でクラリネットを吹いているアルフレード・ボスコフスキーは、ウィリー・ボスコフスキーの弟とのこと。

ブラームスのクラリネット五重奏曲は、モーツァルトのそれと共にクラリネットの名曲の一つだ。クラリネットの音色というと、少々コミカルなイメージを持つが、ブラームスやモーツァルトの手にかかると、一転深みのある音楽を奏でる。このブラームスの五重奏曲も、いかにもブラームス風の落ち着きと憂いと優しさに満ちている。特に第2楽章の美しい歌は比類がない。ここでいう美しさとは言うまでもなく、耳あたりのいいキャッチーなメロディーということではない。憧れと悲しみ、希望とあきらめ、出会いと告別、そうしたものが隣り合わせになった、ブラームス特有の美しさだ。とかく軽く見られがちな第3楽章もいい。スケルツォ風の軽快な運びながら、クラリネットが楽天的になり過ぎないメロディーを吹き、弦楽合奏がそれを支える、聴き応えのある楽章だ。

この盤には少し珍しいワグナーのクラリネットと弦楽のためのアダージョが収められている。ワグナーの器楽曲・室内楽はごく少ない。室内楽では未完に終わった弦楽四重奏曲とこの曲のみが残されている。巨大な楽劇と調性音楽の極限を追求したワグナーとは思えないほどロマンティックな叙情性にあふれた佳曲だ。


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フリッチャイ&ベルリンフィル ドヴォルザーク 新世界より


今週後半は梅雨空一転、猛暑日の連続となった。きょう金曜日、当地関東内陸部はフェーン現象も加わったのか、乾燥した熱風が吹き抜ける一日となり、埼玉県熊谷市では6月として最高記録となる39.7℃、拙宅のある前橋でも38℃近くまで上がった。
さて一週間が終わり週末。先週から続いている左手首の痛みはだいぶ癒え、普通に楽器を弾くには特に支障はないレベルとなった。指を大きく拡張しようとすると少々突っ張る感じがするし、手首からさき全体に重い感じも残っているが、様子をみながらボチボチやっていこう。

ところで、このブログではCDやレコードを聴くごとに駄文を記しているわけだが、このところ気合を入れて音楽を聴くことがめっきり少なくなった。思えば十代後半から二十代半ばの十年間は実によく音楽を聴き、そして吸収した。学生時代にはラジカセに毛の生えた程度のボロオーディオで一日数時間は聴き入った。ブルックナーの8番を聴き、そのあとマーラーの2番を聴き、さらに終楽章はもう一度聴き、あるいはバッハ平均律を全曲聴いたあとで、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番『ハンマークラヴィア』を聴き、なんてこともよくあった。多くの曲のフレーズも頭の中に入っていて、曲が始まれば、指揮者よろしく手振り身振りと一緒に、ずっと鼻歌でジョイントできた。昨今は音楽を聴く量は確実に減ったが、当時の貯金のおかげか、久々に聴く曲でも音が流れ始めると一気にその世界に引き込まれ、鼻歌まじりに同化していく。


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そんなことを思いながら、今夜はドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』を取り出した。ぼくの好きな指揮者の一人であるフェレンツ・フリッチャイがベルリンフィルを振った1959年のステレオ録音盤だ。実のところ、新世界をあらためて聴こうという気分にはほとんどならないし、ドヴォルザークの交響曲では9番よりもむしろ8番や7番を好む。にもかかわらず、この盤を取り出したのは、曲はともかく、ひとえにフリッチャイとベルリンフィルのコンビによる演奏・音に触れたかったからだ。このコンビについては以前記事に書いた。同曲の名盤と称されるものはいくつもあって、ことさらこの曲のファンでもないぼくの手元にも、アンチェル&チェコフィル、ケルテス&ウィーンフィル、カラヤン&ベルリンフィル、クーベリック&ベルリンフィル、コンドラシン&ウィーンフィルなどの盤がある。しかし、ここ何年か、この曲を聴こうとしたとき選ぶのは決まってフリッチャイ盤だ。

この演奏、何といってもベルリンフィルの音色が素晴らしい。カラヤン以降、さらにはアバド以降とはまったく別の楽団ではないかと思わせる重量感と深みのある音、そしてアインザッツ。フルトヴェングラーから代替わりしながらも、まだカラヤン色に染まり切っていない時代の『独逸の楽団』の音といったらよいだろうか。第1楽章から音楽は実にゆったり流れる。第2主題のあとに出るト長調のモチーフ(これを第2主題とする論もある)では、ぐっとテンポを落とし、更に付点付の音符にテヌートをかけ、テンポの変化を強調して、見事なギアチェンジが決まる。ドヴォルザークが異国米国でこの曲を作った際の望郷の念をフリッチャイが背負っているかのような曲の運びで、万感胸にせまる、グッとくる解釈だ。第2楽章以降も音楽は終始落ち着いた歩みで進む。弦楽セクションの音は重量感を伴って渋く深く響く。金管楽器群も余裕と底力を感じさせ、木管群もやや古風ながらふくらみのある音色だ。つまり統一された音色感と、音楽の目指す方向とが見事に一致している。

結局のところ、60年代前半のベルリンフィルが素晴らしいというのが、今のところのぼくの結論だ。カラヤン&ベルリンフィルの盤も総じて60年代のものがいい。伝統の独墺様式を残したベルリンフィル、録音技師;オットー・ゲルテスやギュンター・ヘルマンス、録音場所のベルリン・イエスキリスト教会…黄金のトライアングルともいうべきコンビネーションが輝いていたのは60年代までだったといっていいだろう。フリッチャイの『新世界より』はこうした良き時代の産物でもあり、白血病に侵され、度重なる手術を重ねていたフリッチャイ晩年の思いが詰まった演奏でもある。

YouTubeにフリッチャイがスメタナのモルダウを振っている練習光景があったので貼っておこう。
オケはシュトゥットゥガルト放送響だ。



そして、こちらは本番だ。




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ロッシーニ・クレシェンド セラフィンのロッシーニ序曲集



穏やかな日曜日。午前中、旧友のギター弾きY氏が来宅。昼過ぎまで二重奏やら音楽談義で楽しく過ごした。高校・大学を通じて1年上だった彼とはこの3月にネット上のコミュニティーで偶然巡り合い、30年ぶりの再会を果たした。それを機に、19世紀の古典ギター全盛期に使われていた楽器を使った二重奏を楽しんでいる。4月には川越で行われたイベントでパガニーニの協奏ソナタを合わせ、今回は7月末のイベントに向けて何かやろうかという相談。未確定だが、メルツ作曲のNaenien Trauerliederの3曲と、カルリのお馴染みの作品34を取り上げることで本日仮決定となった。

彼が持参した楽譜を初見で合わせながら曲決めをしたのだが、その中に、ジュリアーニが編曲したロッシーニの歌劇『セヴィリアの理髪師』序曲があった。当時、人気の歌劇の新作が上演され市中の人気を得ると、それらのギターアレンジやピアノアレンジの楽譜がすぐに出版された。人々は家庭やサロンでそれを弾き、時には一緒に歌い、楽しんだ。ジュリアーニやメルツには実に多くの歌劇からの編曲物があって、往時のこうした需要の多さや人気をうかがい知ることができる。事のついでに原曲を聴こうかと、トゥリオ・セラフィン指揮ローマ歌劇場管弦楽団のレコードを取り出して二人で聴いた。


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根っからのオペラ指揮者だったセラフィンによるこのロッシーニ序曲集は、正にイタリアの劇場で聴く序曲の味わいだ。細部のアンサンブルに難がないとは言えないが、それより何より正にこれからオペラが始まるという空気を感じさせる勢いがある。伸びやかなカンタービレ、やや過剰ともいえる抑揚、そして序曲の最後でテンポと音量を上げながら高揚する、いわゆるロッシーニ・クレッシェンド、いずれもピタリと決まり、爽快、痛快の一言だ。
ジュリアーニの編曲も中々よく出来ていて、少々練習が必要ということで今回はボツにしたが、名手が二人揃えば、管弦楽に匹敵する迫真の演奏も可能だ。YouTubeに達者な演奏があったので、原曲と併せて貼っておこう。


<ジュリアーニ編のギター二重奏版>


<原曲>




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中本マリ アンフォゲッタブル!


週末金曜日。一週間が終了。みなさん、お疲れ様でした。ふ~っ。

実は一昨日から左手首に鈍い痛みが続いている。
水曜日の朝、いつも通りに起きて顔を洗っていたとき、ピクッと痛みが走った。何かの拍子に手先をひねったのだろうか。まあ、大したことはあるまいと放っておいたのだが、三日経ったきょうもわずかながら痛みと違和感が残っている。ギターの練習をし過ぎたとか、無理な左手拡張の曲ばかり弾いていたとか、理由がはっきりしていればいいのだが、それもない。『黄金の左手』故障で我が四十年のギター人生もこれまで…となることはないと思うが、手の故障は経験なく少々心配だ。
さて明日は休み。手首の不調は気がかりだが、ちょっとのんびりしましょうか。…というわけで、ネクタイ、じゃなくてウエストのベルトを緩めてリラックス。ジャズのアルバムを取り出した。ちょっと古い、しかしリアルタイムの記憶がしっかりある70年代の中本マリのアルバムだ。

<TBMレーベルのヴォーカルアルバム>           <中本マリ;アンフォゲッタブル!>
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日本の女性ジャズヴォーカルで、ぼくらの世代で思いつく70年代に活躍したのは、笠井紀美子、伊藤君子そしてこの中本マリあたりだろうか。少し前の世代になるとマーサ三宅(古っ!)。もちろん江利チエミもペギー葉山もジャズシンガーのキャリアはあるし、美空ひばりのジャズスタンダードは中々のものだが、ここでは除外しておく。あるいは80年代前後に元祖ネクタイ族のアイドルとして人気が出た阿川泰子や真利邑ケイ、秋本奈緒美の名前もあがってきそうだが、ぼくの感覚では、作られたアイドルとしては成功したのだろうが、およそジャズを歌える歌手という認識はない。中では、中本マリはオーソドックスなジャズをドライブ感あふれる歌いっぷりで楽しませてくれた。写真の盤は、当時録音の良さでも知られたインディーズレーベル、TBM;スリー・ブラインド・マイスに録音した彼女のデビューアルバムだ。確か社会人になって給料日にはレコード屋へ行くことが楽しみであった頃に買った。

CEC製ベルトドライブプレーヤー;ST-930のスイッチを入れてアイドリング回転させること10分。メカがひと通り温まり、回転も安定したところで、Stanton500の針を静かに下ろす。わずかなサーフィスノイズに導かれ、大沢保朗のピアノが短い導入フレーズをなかで、続いて中本マリのタイム・アフター・タイムが部屋にあふれる。あ〜っ、と思わず声が出るほどいい音だ。久々に針を落としてみて、あらためて鮮度の高い音に驚いた。録音は1973年9月、当時彼女はまだ二十代後半だったはずだが、随分と落ち着いた声と歌いっぷりだ。上州弁ネイティブのぼくには英語の発音はよく分からないが、世評では当時から彼女の発音は折り紙付だった。音程は文句無くいいし、ロングトーンの後半でかかるヴィブラートも彼女の持ち味で、いい感じだ。バックを固めるメンバーも当時の腕利き揃い。ギター;横内章次の名前が懐かしい。しかし、今風のやたらとドライブをかけてノリノリの勢いだけで押してしまう演奏にはなっていないところが70年代的だろうか。あくまでスタンダードをスタンダードの様式で弾き、歌っている。クラシックもジャズも時代の様式感は大切だ。過不足なく安心して聴け、かつインスパイアされる。


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ハイドン 交響曲第82番『熊』ほか A・フィッシャー盤


当地北関東の前橋は、朝方ひとしきり雨が降り、日中は薄曇りの一日。室内で静かにしていれば暑からず、少し動き回ると汗ばむ。東電管内の関東地方は本格的な暑さを前に節電対応の準備中。職場でも、きょうあたりの気温と湿度なら、例年はエアコンを入れるところだが、7月以降の本格的節電を前に、心と身体の慣らし運転中。窓を開けて暑さをしのいでいる。
そんな一日が終り、8時少し前に帰宅。音楽でちょっと気の早い暑気払いはどうかと、古典的な整った響きの音楽が聴きたくなり、ハイドンの交響曲集を取り出した。以前記事に書いた、アダム・フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団による全集版だ。


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全33枚の中から今夜引当てたのは、有名な第82番『熊』の他、第83番『おんどり』、第84番を含む盤だ。いつものように、井上太郎氏の本のページをめくりながら聴く。のちのベートーヴェンにみられる、より堅固で大きな曲の構え、より強く激しく深刻な感情の表出、拡大された管弦楽手法などといった点で、ハイドンの交響曲が一段低くみられる向きもあるようだが、ぼくにとってハイドンは、整然した曲の構成と主題の取扱い、和声の緊張と弛緩、転調の妙、そしてリズムの躍動にあふれていて、いつ聴いても音楽を聴く感興にあふれている存在だ。

第82番『熊』は全編躍動感にあふれながらも、時折長調から短調へ転調する経過句では、ぴりっとした緊張感が走る。終楽章の推進力も素晴らしい。ト短調の第83番『おんどり』は、さらに一層深みを感じさせる傑作だ。ハイドンがこの曲を作曲した1786年の2年後、1788年にモーツァルトの有名なト短調の交響曲第40番が出版されている。井上太郎氏も、モーツァルトはハイドンのこのト短調の交響曲を聴いて参考にしていたことは十分考えられると指摘している。

ところで、クラシックギター弾きが取り上げる古典的な曲、ソルやジュリアーニ、カルリ、少し時代が下って初期ロマン派にかかるコスト、メルツ…そうした作曲家の作品をギターで弾くにあたり、クラシックの古典である、ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンやシューベルトといった作曲家の作品に親しむことは、有効かつ必要なことだと感じる。しかしギター弾きに中には、ギター曲だけに親しみ、クラシック音楽一般にあまり興味を示さない人が実は多い。多分、そういう人たちにとってギターは現代の楽器であり、それで奏でる音楽が200年前の音楽だということがイメージしにくいのかもしれない。
少なくても18世紀後半から19世紀半ばにかけてのギター曲の多くは、当然ながら同時期のクラシック音楽と同じ語法の上に成り立っている。ギターでどう弾くかを悩んでいる我々は、まずクラシック一般の音楽に触れ、その語法を耳と感覚で会得することが一番の近道であり、かつ楽しみにつながると思う。加えて200年前のヨーロッパの歴史や風俗をイメージしながら古典曲を弾けば、より楽しみも広がると思う。ハイドンの弦楽四重奏や交響曲はその題材として最適だと思うのだが、どうだろう。


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チック・コリア・アコースティックバンド


昨晩は予定通り前橋文学館にてmixiのギター仲間によるイベント。お互いの演奏を聴き合ったり、楽器を弾き比べたりと、ギター三昧の三時間を過ごした。当地群馬や隣りの栃木からのメンバーを中心に7名が参加。中には東京から一人ギター担いで参加した若い女性もいて驚いた。ぼくは予定していたメルツ2曲とバッハの無伴奏チェロ組曲第1番からメヌエットを弾いた。前の記事に書いた通り、イメージトレーニングは十分だったが、指のコントロールが不十分で及第点にも及ばずの出来(ほら、言った通りでしょ。口ほどにもないって)。まあ仕方ありませんね、練習していないのだから。


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さて当地前橋はこのところ梅雨らしい天気が続いている。ややひんやりした空気ながら、少し動くと汗が出る。昼飯はさっぱり蕎麦でもと思い、隣り町の蕎麦屋まで20分ほど車を走らせた。ご覧のような風情の蕎麦然とした蕎麦屋だ。テーブル横のカウンターに、ジョーダンワッツのスピーカが置いてあった。店主の趣味らしい。肝心の蕎麦は、香りこそいまいち立ってこない感じだが、歯ごたえよく、喉ごしさわやかであった。


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明日から仕事という晩、久々にジャズのアルバムを選んだ。チック・コリアが伝統的なジャズコンボスタイルのアコースティック編成で臨んだアルバムだ。昨年秋に廉価版で出ていたのを見つけた買った。才気あふれるチック・コリアと最強のリズム隊;ジョン・パティトゥッチ(b)とデイブ・ウェックル(ds)が繰り広げる、クールでコンテンポラリーな響きが冴えわたる。湿った部屋が一気に乾いてくるようだ。スタンダードの「枯葉」や「いつか王子様が」でも、安きに流れない緊張感のあるフレーズとインタープレイと繰り広げられる。圧巻はアコースティック版「スペイン」。とにかくメッチャ巧く、メッチャかっこいい。


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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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