思秋期


曇りがちながらも比較的暖かい一日。さて11月もまもなく終わりだ。ここ一ヶ月ほど会社ではタイ洪水影響による部品調達懸念への対応に追われきた。報道されている通り、自動車や電気製品の生産にグローバルな影響が出ている。ひと月以上たった今も現地の状況は好転しているとはいいがたく、産業全体への影響は3月の震災のときよりも長期化するのは間違いない。ぼくの関わっている製品でもいくつかの部品の納期が見えない状況が続いていたが、きょうまでのところで何とかやりくりできそうな状況になってきた。…というわけで、今夜はわずかながら気分も弛緩。リラックスして昭和歌謡でも聴きましょうかね。


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思秋期。岩崎宏美のヒット曲だ。何でも岩崎宏美の高校卒業に合わせて阿久悠が作詞をし、黛ジュンの兄にして昭和歌謡きってのメロディーメーカー三木たかしが曲を付けた名作だ。VI-II-V-I(ex.Am-Dm-G-C)というバロック時代からの王道コード進行をとっていて、これは同じ三木たかしの作曲による奥村チヨ『終着駅』と同じ進行だ。メロディーのよさに加えて、終盤で2度にわたってキーを上げて盛り上げる編曲のいい。この曲が流行った時分はまだ20代でガチガチのクラシックオタクだったから、テレビの歌番組でこの曲を歌う岩崎宏美の記憶はほとんどない。あらためて聴きだしたのは四十を過ぎてからだ。人生長生きするものだ。

この曲に関してはオリジナルの岩崎宏美よりも、カヴァーしている歌手の歌いっぷりが印象的だ。中森明菜はカヴァーアルバム『歌姫』の中で、千住明の華麗なオーケストレーションをバックに切々とささやくように歌っていて、何度聴いてもグッときてしまう。坂本冬美もいい。透明な歌声で伸びやかに歌うが、どこか憂いを含んでいる。岩崎宏美も近年この曲を再び歌っているが、少々豪華に歌い過ぎで、…思う秋の日…という風情はない。しのごの言うよりもYouTubeの音源を聴くのがいいだろう。

坂本冬美。のびのび歌っているが、どこか押さえた感じがいい。
この曲はやはりヴァイオリンのオブリガートを付けたくなるのだろう。


中森明菜。この曲の決定版としたい。千住明の素晴らしいオーケストレーション。どやっ!



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来週はコンサート@高崎


来週末12月3日(土)、隣り町の高崎でギターのコンサートがある。同市内でギター教室を主宰している石原昌子先生とその関係者を中心にする演奏会だ。合奏やアンサンブル中心のコンサートだが、独奏と二重奏も数曲予定されている。実は私もゲストとしてお邪魔し、石原先生との二重奏を弾くことになっている。
今回取り上げるのは19世紀半ばにウィーンで活躍したヨハン・カスパール・メルツという作曲家の二重奏曲で、ギター2本のうち1本はテルツギターという普通のギターに比べ短三度(3フレット分)音程の高い楽器を使う。なおかつ今回はギター2本とも19世紀当時の楽器を使って演奏するという、ローカルな当地としては中々マニアックな企画だ。以下、宣伝をかねてパンフレットから抜粋しておく。

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★★フレンズギターコンサート_石原昌子と仲間たち_vol.7★★
<日時> 2011年12月3日(土) 午後1:30開場/午後2:00開演
<会場> 高崎シティギャラリー・コアホール  高崎市高松町35-1/高崎市役所北隣
<入場料> 500円
<共催> 石原昌子ギター教室/VIVA高崎ギターアンサンブル
<出演>
・石原昌子、同門下生 ・高崎経済大学ギタークラブ
・高崎経済大学OBアンサンブル ・VIVA高崎ギターアンサンブル
<曲目>
・ドイチェ・ヴァイゼ ・マズルカ
・みかんの花さく丘 ・アストゥリアス ・禁じられた遊び
・踊り明かそう ・花 ・「ロミオとジュリエット」組曲第2番よりモンタギュー家とキャピュレット家
・アゲハ蝶 ・戦場のメリ—クリスマス ・早春賦
・バロック風;春が来た ・スペインの花  ほか


<19世紀ギターあれこれ>               <K・ブランドル作テルツ>
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曲目の最初にあげた2曲、「ドイチェヴァイゼ」と「マズルカ」がメルツの二重奏だ。初期ロマン派の香り高い佳曲で、技術的にはさほどややこしいところもなく楽しめる。第1ギターパートのテルツギターには、旧友Y氏から借用した19世紀中盤ドイツの名門アントン・シュタウファー工房の職人;カール・ブランドルが作ったオリジナルテルツギターを使う。私が受け持つ第2ギターパートは通常のギターで、手持ちの故・水原洋氏2004年作の仏ラコートのレプリカにするか、それとも19世紀終盤に作られた仏ラミー社の楽器にするか思案中だ。練習はすでに3回ほど合わせたが、アクシデントさえなければ、無難に弾き終えられそうだ。

以前シャコンヌの演奏を絶賛したジョン・フィリーと相方がモダンギターで弾いている動画があったので貼っておこう。ゆっくりめのテンポで、いささか生真面目過ぎるかな…



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『英雄』…健在なり


昨晩はグールドの記事を書いたところで不覚にもPCに向かったまま寝入ってしまった。
本日まとめてアップです。

きょう土曜日は昼前から野暮用あって出かけ3時少し過ぎに帰宅した。外は陽射しに恵まれ、銀杏の葉が黄金色に輝きながら風に吹かれて舞い始めている。11月も残り少なくなってきた。この時期になると毎年決まってやることがある。そう、手帳選びだ。といってもこのところ選ぶことは終わり、もっぱら英国レッツ社製の手帳を使っている。先日、近所のショッピングモールに入っている紀伊国屋に注文していた来年の手帳が入荷して取りに行ってきた。

R0011095.jpg  1週間横開き 愛用のLAMY製3色ボールペンとシャープペン


かつて文房具に随分と凝った時期がある。机の引き出しの一つにはその頃の残骸である筆記具が並んでいる。B級グルメならぬB級文具マニアとでも言おうか、少々値が張るのはモンブランの#149とパーカーのデュオフールドくらい。あとは安物ばかりだ。
そんな中に『英雄』というロゴの入った一群の中国製万年筆がある。ぼくら世代以上の方は記憶にあるかどうか。60年代後半に中国から数百円で買える格安の万年筆が入ってきた。当時の新聞記者が「書き心地も悪くない」とほめたことからブームになったことがある。何のことはない、パーカー万年筆のコピー品である。すぐにブームさめたものの、ぼくは高校・大学とこの万年筆を使っていた。
それから幾年月。そんな記憶もすっかり忘れかけていた頃、アメ横商店街にあったフレンド商会という文具店で60年代当時のデッドストックの『英雄』を見つけて買い求めた。さらに2000年代になって仕事で中国に行った際、まさか『英雄』万年筆はないだろうと宿泊先近くのデパートを覗くと、何と今も『英雄』ロゴの筆記具は健在だった。


R0011078.jpg  中国製「英雄」万年筆


一時期はワープロで打った文書の最後に万年筆でサインを入れたものだが、いささか気障だと悟り、最近は私信以外そういうこともしなくなった。そういえば、ある雑誌の女性座談会で『どんなにオシャレなブランド製スーツを着ていても、取り出した筆記具がノベルティーでもらったような100円シャープペンではまったく興ざめよね。男性は手帳と筆記具には派手ではない趣味のいい品を持ってほしい。ポイントアップ間違いなしよ。』と女性陣が口を揃えて言っていた。しかしレッツ社の手帳とラミー社#2000シリーズの黒づくめで渋く固めているつもりだが、まったくポイントアップの恩恵にあずかっていない。どうしたものだろう。

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G・グールド&ストコフスキー ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番『皇帝』


このブログ定期的に覗いているという知人から「最近、グールドの記事が多いね。」とコメントがあった。そもそもこのブログは取り上げる盤や話題に何かバランスを取ることもなく、思うに任せての与太記事だ。しかし、そういう印象を受ける人がいるということは、何か時に応じて傾向があるのかもしれない。確かにグールドは好きだし、その盤も様々に音楽の感興を与えてくれる。格別クラシックオタクというほどでないその知人も、ゴールドベルク・ヴァリエーション(再録盤)と平均律を持っていて、グールドだけは他のピアニストと明らかに違うという。そんなやり取りがあったこともあって今夜はグールド、それも今まで取り上げていなかった協奏曲の盤を聴くことにした。


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ベートーヴェンの第5番の協奏曲。1966年5月、ストコフスキー指揮のアメリカ交響楽団との協演の盤だ。当時グールドは34歳、ストコフスキーは84歳。グールドはベートーヴェンのピアノ協奏曲を全曲録音しているが、ストコフスキーとはこの5番のみ。他はバーンスタインやゴルシュマンと合わせている。手持ちのLPはまだCBSがソニーの軍門に下る前、1966年の国内盤で発売元は日本コロンビアになっている。
『皇帝』というサブタイトル通り、この曲は堂々と恰幅よく演奏されるのが常だ。しかしグールドのアプローチはまったく異なり、何ともリリカルで繊細にこの曲を扱う。出だしからテンポを少々遅めに取り、ピアノに与えられたフレーズをともかく丁寧なタッチでいつくしむように弾いている。第2楽章のアダージョ・ウン・ポコ・モッソはもちろんだが、ロンドの第3楽章でさえ、ときに神秘的な静寂が支配する。テクニカルな面でまったく不安のないグールドだから速いパッセージも華麗に弾ききるのだが、力ずくのところがない。つまりフォルテシモさえも抒情的に扱っている。そして抒情的ではあるが主情的に弾き散らかしているわけでなく、音楽の骨格は古典的な様式感の上にしっかり乗っていて安定している。この演奏は『皇帝』という自信に満ちて堅固なイメージでなく、若き日の憧れに満ちた第5協奏曲だ。


YouTubeに、グールドの地元トロントのオーケストラと協演した第5協奏曲の動画があったので、冒頭の一部だが貼っておこう。指揮はチェコの名匠;カレル・アンチェルだ。アンチェルを見ていると彼の弟子で日本でも人気の高かったヴァーツラフ・ノイマンの指揮振りを思い出す。



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諏訪内晶子 バッハ ヴァイオリン協奏曲


通勤車中のCDリスニング。一昨日に続けて諏訪内晶子の盤を聴こうと、今朝は2006年録音のバッハ;ヴァイオリン協奏曲集をカーステレオにセットした。バッハのヴァイオリン協奏曲第1番と第2番、二つのヴァイオリンのための協奏曲、そしてヴァイオリンとオーボエのための協奏曲。いずれもバッハ器楽曲中の名作で、取り分け二つのヴァイオリンのための協奏曲はぼくのお気に入り最上位に位置する大好きな曲だ。


R0011072.jpg   Bach_Concert_for_Two_Violin.jpg


この盤ではヴァイオリン独奏を諏訪内晶子が受け持つと同時に指揮も務めているという。ピアノやヴァイオリンの『弾き振り』はバロックから古典期までの曲ではよくあるスタイルだ。とはいえこのバッハの曲で独奏パートが休みの間、終始オケを実際に指揮しているわけではなく、曲作りを彼女が主導し、具体的な指示や演奏時のアインザッツを彼女が行なっているということだろう。従ってこの演奏は独奏部分とオケ部分合せて曲全体として諏訪内流に仕上がっているものと思う。オーケストラは80年代初頭に当時の若手腕利きを集めて指揮者アバドによって設立されたヨーロッパ室内管弦楽団が受け持っている。

いずれの曲も一聴して極めて流麗で颯爽とした演奏だ。独奏者もオケもモダン楽器を使いながらも、多分にピリオド奏法に近い弾き方をとっている。ヴィブラートはほとんどかけず、音の立ち上がりに際しては深いアクセントはおかずに速いボウイングで音をスッと立ち上げ、また音価も短めにとって、スッと終わらせている。その結果生じる音符と音符の間を埋め合わせるようテンポは速めになる。深いアインザッツと共に音価いっぱいにテヌートを効かせるロマン派後期から20世紀前半に主流だった奏法とは対極だ。

では清涼飲料水のようなさらりとした演奏かというと、これがそうでもない。この演奏では諏訪内の指示とオケの性格とが相まって、独奏・オケ部とも各声部の動きが実に闊達だ。ほんの2小節程度のフレーズであっても、その中でのディナーミクを大きく変化させているし、各声部の絡み合いもそれぞれが積極的に仕掛けていて緊張感を高めている。特にチェロ・コントラバスの低弦群が実に表情豊かで、曲全体が生き生きと躍動している。このあたりはチェロやコントラバスの基音までしっかり再生されないと印象が異なってくるだろう。オーディオ装置は音楽を聴く単なる手段ではあるが、その再生能力次第で演奏者の意図がきちんと分かるかどうかのサンプルのような演奏であり録音だ。この盤では低音域の処理が上手く行なわれているためか、車付属のカーオーディオでもまずまずの音で楽しめる。帰宅後、自室のオーディオセットで聴き直したが、さずがに愛器;三菱ダイヤトーン・スピーカー2S-305はその点完璧だ。低弦群の表情、ヴァイオリンのボウイングのニュアンス、演奏者の息遣い、音楽を楽しみ理解するために必要な情報を漏らさず、デフォルメせずに聴かせてくれる。
バッハのヴァイオリン協奏曲はいずれも素晴らしい。対位法を駆使してモチーフが各声部で絡み合う様、ホ長調の第2番を除き短調を取ったことによる深い情緒表現など、何度聴いても飽きない名曲だ。


YouTubeには様々演奏がアップされているが、サンクトペテルブルグ音楽院の室内オーケストラによる演奏で二つのヴァイオリンのための協奏曲;第1・2楽章。音楽は少々前のめり気味だが、生き生きとした演奏だ。それに…美人揃い。



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諏訪内晶子 ドヴォルザーク ヴァイオリン協奏曲ほか


関東地方は週明けの昨日から冷え込みが続き、今朝の当地前橋の最低気温は3℃まで下がった。日中は陽射しも十分で穏やかな日和だったが、夕方から再び寒くなってきた。このところ通勤の車中でCDを聴いていると先日書いたが、余程の高級車と整備されたカーオディオセットでないと、強弱の幅が広いクラシック音楽を車中でまともに聴くのは難しい。最弱音と最強音が同居する後期ロマン派などは全滅に近い。まともに楽しめるは、バロックから古典期の比較的ダイナミックレンジの狭い曲だろうか。きょうは諏訪内晶子がオーケストラをバックにソロをとる盤を持ち込んだのだが、やや大きめの音量にセットして何とか聴き通した。


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諏訪内晶子がチャイコフスキーコンクールで最年少優勝してから早くも20年。比較的慎重にリリースしているアルバムも十指を下らないだろう。いずれも高い評価を受けている。ぼくも初期のアルバム以来何作かを手にした。彼女の演奏は10年近く前の2000年前後に2度コンサートでも聴いている。シュニトケの協奏曲を群馬交響楽団と協演したときにアンコールで弾いたラヴェルのツィガーヌは、デッドで鳴らない高崎の群馬音楽センターの隅々まで圧倒的な音量で響き渡って驚いた経験がある。そんなときでも彼女は極めて冷静で表情一つ変えないし、額に汗一つかかない。クールビューティーそのものだ。

きょう聴いたこの盤には、サラサーテのツィゴイネルワイゼン、カルメン幻想曲、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲と小品『マズレック』が収められている(こちらで試聴も)。曲目をみてわかる通り、キーワードは『スラヴ』だ。先のラヴェルのツィガーヌもそうだが、彼女がスラブ的なものに惹かれ選曲しているのは間違いない。サラサーテの技巧的な曲はいずれも比較的速めのテンポで弾き進めている。切れのいいテクニックを駆使し、同時に中音域から低音域に独自の力強さがある。ブラームスの影響も多分に感じられるドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲も腰高にならず、しかも男性顔負けに力強い。がしかし、そこにスラヴの土の匂いを感じるかと言うと少々希薄だ。

いずれもの曲も純音楽として何の文句の付けようのない完璧な演奏には違いないが、それ以上にグッと来るものがない。実際のコンサートのときもそうだったが、川の向こう岸で完璧な演奏をあっさりこなしているという感じなのだ。このあたりは五嶋みどりとは対照的だ。また音楽とは直接関係ないことだろうが、やや過剰に演出されたジャケットデザインや(素のままで十分美しいのに…)、更には彼女の周辺で持ち上がったスキャンダラスな話題なども、ぼくにとってややネガティブな印象に追い討ちをかける。多分こんな印象は、いくつかの断片的な体験や周辺情報から受けたまったく私的な印象で、音楽だけを聴いていれば客観的にはそんな気配は微塵もないのかもしれない。そこのところは、耳と情を切り分けられない浅薄な愛好家の独断と、ひとこと断りを入れておきたい。一方で、素の彼女が楽曲に同化して熱っぽく弾くさまを見てみたいとも思うのだが、どうだろう。


比較的最近の2009年BBCプロムスでの映像が5本アップされている。その中からきょう取り上げた盤でも弾いているカルメン幻想曲の後半とインタヴューの様子を貼っておこう。インタヴューでは、彼女が使っているストラディバリウス(かつてハイフェッツが使っていたもの)についても語っている。こうしてリアルな彼女を見ていると、ごくナチュラルでぼくの偏見はいささか的外れかとも思う。








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ジュリアン・ブリームの初期録音


ブログタイトルの看板に偽り無きよう、たまにはギターネタを。
少し前に手に入れたボックスセットに加え、以前から持っていたLPなど、このところジュリアン・ブリームの盤を聴き直している。今夜は隣り町のギター指導者A先生からお借りした比較的初期の2枚組のレコードからバッハを聴いている。1967年発売の盤で豪華な見開きジャケット。松田二郎が紹介文を、京本輔矩が曲目解説を書いている。しかも収録曲の楽譜が載っているあたりが当時のギター音楽への姿勢と意気込みを感じる。収録曲は、バッハのシャコンヌ、組曲ホ短調からサラバンドとブーレ、前奏曲・フーガ・アレグロなど、ヴィラ・ローボスの5つの前奏曲、トゥリーナのタレガ賛歌、モレノ・トローバのソナチネ、いくつかのソルの作品など収められている。前記のボックスセットには含まれていないシャコンヌが珍しい。残念ながらこの盤には録音に関する詳細のクレジットがないが、他の資料などからして、いずれも50年代後半から60年代初頭の録音、シャコンヌはモノラルなので1956年録音の音源と思われる。


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録音当時の20代後半から30代前半だったブリームだが、バッハはいずれも落ち着いた運びで、後年の印象とはやや異なる。テンポは決して急がず、かつ正確なビートにのって弾いている。ギター的な崩しや方言とも言えるような歌い回しはほとんどない。後年、やや主情的な歌いまわしや、フレーズの切り替えで見得を切るようなところが出てくるブリームだが、この盤のバッハではそれを感じない。中ではニ長調で弾かれる前奏曲・フーガ・アレグロがいい。前奏曲は明るさに満ち、弾いていても気持ちのいい曲だが、ブリームはやや押さえ気味に淡々と弾き進めている。フーガもしかりでテンポは安定していて、とかくギター弾きの弱点と言われる拍節感もしっかりしている。アレグロでは一転して闊達な表情を見せるが急がずに進む。現代の若いテクニシャンならもっと快速調で飛ばすところだろうが、アレグロとはいえ勢いで弾き急がず、一つ一つの音の丁寧に弾き進める若きブリームはやはり中々のものだ。1960年前後のギター界を想像すると、こうした普遍的なバッハ解釈は革新的だったに違いない。

BWV1001のフーガを弾いている動画を貼っておこう。弾いている楽器はロマニリョス。ロゼッタのアラベスク模様からそれと分かる。いつ頃の演奏だろうか。90年代、交通事故に遭う前頃だろうか。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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