アンネ・ゾフィー・ムター&カラヤン モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第3・5番


どうやら関東地方は空梅雨か。湿度は高く、朝晩時折にわか雨はあるが、一向に本格的な雨降りにならない。ぼくが子供だった頃、そう昭和30年代から40年代にかけては、関東地方は年によって水不足になって、東京では断水があったり給水車が出たりといったニュースを見たのを覚えている。その頃はまだ群馬県北部の山あいにはダム建設が盛んに行われていた時代だった。今では水不足ということも滅多に聞かなくなった。


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さて今週もアレコレあったが、何とか週末。ザ・ピーナッツ、地井さん、小野ヤスシ、語りたいこともあるのが、少しは音楽をまともに聴かないといけないなあと、そんなことをつらつら考えつつ迎えた週末金曜の晩。ちょっとwikipediaを覗いていたら、きょうはアンネ・ゾフィー・ムターの誕生日とのこと。それではと、手元にある何枚かの彼女の盤から、確か当時14歳だった彼女のデヴュー盤にあたるモーツァルトの協奏曲を取り出した。バックは言わずと知れたカラヤン。ムターを見出し、世に送り出したその人だ。1978年、フィルハーモニーでの録音。録音技師にはカラヤンの耳といわれたギュンター・ヘルマンスの名がある。

実に久々に聴いたのだが、何という安定感だろうか。カラヤンが主導したと思われる中庸なテンポ、ベルリンフィルのよくブレンドされた響き、そしてムターの14歳とは思えない成熟して落ち着き払ったソロ。独墺あるいは中欧の伝統的な響きと解釈といったらいいだろうか。昨今、こうした落ち着いたモーツァルトはもう聴けないかもしれない。ピリオド奏法、オリジナル回帰、それぞれに主張あってのことだろうが、18世紀当時からの伝統、そこに19世紀末から20世紀初頭のロマンティックな解釈がのり、更にカラヤンのような20世紀の新しい旗手によりリフレッシュされ…そうした流れの結末にあるような演奏だ。
ムターは14歳のときこの盤でデヴューして以来、スター街道を走ってきた。ぼく自身はそれを追っかけてきたわけでもないが、一時期は随分と厚化粧の解釈になった時期もあっようだが、最近またモーツァルトやバロックへの回帰に取り組んでいるとか。さてどんなものなのだろう。すっかり成熟して女性の色香を感じさせる容貌共々気になる存在ではある。


モーツァルトのVn協奏曲第3番を弾き振りをしている近年の映像。デヴューの頃に比べ味付けはかなり濃い口だ。



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S.L.ヴァイス リュートのためのソナタ集 第4巻


今週は月曜と水曜に都内及び横浜方面へ出張。その間の火曜日には当地を(まさに拙宅の上空辺りを)台風が通過と、あわただしく過ぎた。やれやれ金曜、やっと金曜、ふ~っ金曜…。ハイ、お疲れ様でした。振り返ってみると、先週同様、アンプの灯を入れて音楽をきちんと聴くこともなかった。それじゃ、久々に、という気にもならず、しばらく前から音盤の棚を眺めていたが、一向に聴く気分になれず、やっと心を決めて取り出しのが写真の盤だ。


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ナクソスから出ているシルヴィウス・レオポルド・ヴァイス「リュートのための作品集」のうちの第4集を取り出した。このシリーズはもう随分前からリリースされていて、手持ちの盤は十年も前のものだが、現在は十数巻までシリーズが進んでいる。
クラシックギター弾きの常として、リュート音楽にも興味を持った時期があったし、実際30年近く前、ステューデントタイプの楽器が量産メーカーから手の届く価格で売り出されたときはすぐに手に入れて、歴史的な位置付けやら奏法やらろくろく分からないまま音を出して遊んだこともある。結局身に付かなかったし、そもそもギターと歴史的リュートの両立は難しい。
リュートに本格的に取り組んでいる人と違ってヴァイスの組曲も、順番や作曲年代やら、そうした周辺情報に関心を持たぬまま、ただその響きを楽しんでいる。この第4集に収録されているものは、ヴァイスがドレスデンの宮廷に仕えていた時代のもので、第二次大戦で失われた手稿が90年代に入って修復・出版されたと解説にあった。どの曲も一聴してヴァイスの作品と分かる音使い。豊かな響きで深い抒情性を感じさせる。梅雨空のこんな季節にバロックリュートの幽玄な響きに身をゆだねるのも一興だ。


ヴァイスではないがバロック期の音源から二つ。
フランス・バロック期の作曲家;ロベルト・ド・ヴィゼーの作品。スウェーデンの奏者;ヨナス・ノルトベルグのテオルボ。



こちらは、バロック・ギターとテオルボとのデュオ。音楽以前に、バロックギターを弾くアンナ・コヴァルスカの美貌に参ってしまう。



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閲覧御礼! 33333

…まで、あと7カウント。
PC画面の右下にあるアクセスカウンタが、まもなく33333となりますね。
2010年10月開設以来のカウント数。このところは一日80カウント前後。
引き続き、訪問閲覧・ランキング用バナークリック等、ヨロシクです。

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今更ですが…レディー・ガガのフーガ


先日アファナシエフの弾くバッハ平均律の記事を書いた。その後も時々同曲集を拾い聴きしていて、あらためて音楽技法の一つの頂点であるフーガという形式に感服している。ぼく自身、下手なクラシックギターをちょっと弾く程度で和声法も対位法等まともな音楽知識などない。そんな状態であれこれいうのは余りに子供じみていて恥ずかしいのだが、フーガを作る、あるいは即興で演奏するというのは、ジャズのインプロヴィゼーション同様に尊敬し憧れる。音楽の専門教育を受けた人やあるいはトレーニングを積んだ人であれば、あるモチーフを聴かせて、これでフーガを即興で弾いてみてよと言えば、しばし考えたのちに「ととのいました!」とおもむろに弾き出すに違いない。300年前のフーガ即興演奏も現代のジャズの即興も、時代とジャンルは異なるが手法やアプローチはよく似ている。そんなことを考えつつ本日のネタを…少し楽器を触っている連中の間では既に旧聞に属する今更の話だが、備忘もかねて書いておこう。

現代のスーパースター;レディー・ガガ2009年のヒット曲「Bad Romance」のモチーフをイタリアのジョバンニ・ディトーリという音楽家がバロックスタイルのフーガに仕上げた。多分、音楽の専門家であればそれほど難易度の高いアレンジではないのだろうが、モチーフがスーパースターのヒット曲だったこともあって、その組合せの意外性から世界中の楽器愛好家が取り上げるところとなった。ぼくの周囲でも、mixiのクラシックギター仲間による内輪の発表会でアンサンブル編曲版が演奏されている。
四の五の言うより、YouTubeに山ほどある関連音源からいくつかを貼って、この話題の備忘としよう。


■まずはご本家のPVをどうぞ。30秒過ぎのテーマがモチーフ。



■このフーガを世に出した当人のYouTubeチャンネルにあるシンプルなピアノ演奏(ジョヴァンニの友人が弾いているとか)。

彼はYouTube上で和声と対位法のレクチャーを公開しているが、これが中々興味深い。例えば四六の和音と非和声音についての講義はどうだろう。


■フーガとくればオルガンだろう。ペダル音がないの少々寂しいか。



■ストコフスキーばりの管弦楽アレンジ。コンピュータ音源を流して、マイケル・ティルソン・トーマス指揮のサンフランシスコ響にクチパク?をやらせた…というわけではない。オケの映像はチャイコフスキーの第4番とストラヴィンスキー「春の祭典」から抜き出して音源と合わせたという代物。この映像とみて、元の曲のどの部分か察しがつくようならクラシックオタク度95%だ。



■ギターソロでチャレンジ。中々頑張っているが…




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ジョン・ウィリアムスの初期録音 日本デヴューアルバム


梅雨の合間の穏やかな日曜日。午後から陽が射してきて少し暑くなった。風も強かったので軽いフェーン現象だったかもしれない。日中、きのうの続きでだらだらとギターと弾いて過ごす。実は2週間ほど前から左手の親指にわずかながら痛みを感じるようになった。普段ほとんど楽器に触れず、週末に突然負荷をかけるのがいけなのかもしれない。用心しよう。


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夕方、風も少し涼しくなったところで1枚だけレコードを聴くことにし、棚を見回していたらこんな盤が見つかった。1963年キングレコード発売のジョン・ウィリアムスのLPだ。収録曲は以下の通り。トローバとポンセという、当時の盤としては中々玄人好みの選曲だろうか。

 ソナチネ、夜想曲、カスティリャ組曲(以上、トローバ)
 ワルツ、主題と変奏・終曲、12の前奏曲(以上、ポンセ)

ジョンというとCBSのイメージがあるが、CBSと契約したのは1964年で、その前の初期の録音はウェストミンスター他から出されている。ジョンのファンサイトにあるディスコグラフィによればこの盤は1961年の録音で、彼の3枚目のアルバムにあたる。このキング盤はおそらく日本での最初のアルバムだろう。数年前長野への出張帰り、駅前の書店で中古レコードフェアが開かれていて数枚を買い求め、出張カバンに詰め込んで持ち帰ったものの1枚だ。このレコードが出た1963年にジョンは初来日している。

クラシックギターを始めた70年代初頭の高校生の頃、ジョンの演奏がすこぶる気に入っていた時期がある。酔っ払ったようなセゴヴィアや妙なアーティキュレーションのイエペスに馴染めなかったのだ。正確無比できっちり型に収まる演奏という印象で、何よりもその正確さが十代にぼくには魅力だった。この盤はジョンの最も初期のものの一つで、セゴヴィアからプリンス・オブ・ギターの名を冠されていた時期だ。今聴くとさぞやつまらない演奏ではないかと予想しながら針を落としたのだが、見事に裏切られた。
トローバもポンセも、無論正確でおよそミステイクなどとは無縁の弾きっぷりだが、けっして味気ないという印象はない。少なくても当時よくあったラテン系奏者の拍節感のない歌いまわしより余程好感が持てる。普遍的なヨーロッパの音楽を感じさせる弾きぶりだ。録音当時の楽器が何だったか、フレタかアグアドか。録音された音は不要なエコーも少なく、ギターの素の音が聴こえてくるのだが、低音もたっぷりとし高音は妙な甘さはなくすっきりしている。当時寵愛を受けていたセゴヴィアからの影響も随所に感じられる。フレーズが切り替わったときの音色変化、和音の弾き方、ちょっとした見得の切り方など、セゴヴィアの録音を彷彿とさせる箇所かいくつかあった。もちろん音色そのものと音楽の拍節感がまったく違うので、全体の印象は対極にあるように感じる。

70年代までのジョンの盤は手元にいくるかあるが、80年代以降はぼく自身がギターから離れていたこともあってよく知らない。どうもあまりいい評判は聞かないのだが…。YouTubeにあったこの音源も再録後のものだろう。きょう聴いた60年代のレコードとは印象が異なる。



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エドアルド・カテマリオの弾くスカルラッティ


時折小雨がぱらつく曇天の土曜日。終日家にこもって何をするでもなく怠惰に過ごす。昼間久々にギターを取り出し、ほんの付き合い程度に練習。練習といえば聞こえはいいが、単に気ままに弾いただけのこと。きょうはスカルラッティのソナタをあれこれ弾いてみた。聴き馴染んだ曲も多いが、これまでに身を入れて練習したこともないので、難しいところは一人で笑ってごまかしつつ楽譜と格闘と相成った。


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そういえば…と、イタリアのギタリスト;エドアルド・カテマリオがスカルラッティ他イタリアンバロックのチェンバロ曲からの編曲物を弾いた盤があったのを思い出して聴いてみることにした。写真のARTS盤がそれで、確か数年前に買い求めた。お馴染みのスカルラッティのソナタが9曲、それとペルゴレージのソナタ、ディランテのソナタから3曲が収められている。エドアルド・カテマリオは90年代初頭にいつくかの国際コンクールで優勝しているイタリアの名手だ。

カテマリオの弾きぶりは実に明快で歯切れがいい。特に音を引きずらずややスタカート気味にコントロールするところが元のチャンバロを思わせる効果を上げてて中々いい。一方でスカルラッティが時折みせる抒情的な曲想ではテンポを落として表情豊かに弾き進めて、懐の深いところもみせている。スカルラッティや併録されているチマローザやデュランテも、内声部ぎっしりのポリフォニックなバッハなどと違って、旋律一本勝負的なところがあってギターによく合う。この盤でカテマリオはエンリケ・ガルシア1918年作No.202のギターを使っていて、いかにもオールドスパニッシュギターらしいどっしりとした低音と反応のいい高音が録音からもよく分かる。

YouTubeから二つ。
イタリアのテレビ番組への出演。前半はギターそのものの紹介をかねたインタヴュー。後半でバッハ、ソル(画面テロップではジュリアーニと誤記)、ファリャなどを弾いている。この番組では楽器エンリケ・ガルシアを使っている。彼のHPによると、1890年から1935年頃の古いスペイン製ギターをコレクションして使っているようだ。



こちらは今年2012年3月のバッハ・フェスティバルでのライヴ。組曲BWV.996と1004のシャコンヌ。



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アファナシエフのバッハ平均律 BWV.849&873


六月も半ばとなって今年もまもなく折り返し地点だ。週末金曜日。今週も終わったなあ…。ハイ、お疲れ様でした。
そういえば今週は月曜からまったく音楽を聴いていなかった。相変わらず聴く意欲がわかない。前回の記事でアップした作曲家年表であらためて古今の作曲家の名前を見ていても、それじゃあの作曲家のあれでも聴こうかと、そんな連鎖が起こらないのだ。ましてやギターを取り出して練習する気にもなれない。ここ数日も夜はぼんやりPCでネットを眺めているうちに夜が更けた。


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これではいかんと、五日ぶりにアンプの灯を入れた。棚を見回して、以前も一度記事に書いたヴァレリー・アファナシエフの弾くバッハの平均律クラヴィーア曲集を取り出した。第1集、第2集それぞれCD2枚で構成され、今も日本コロンビアから出ている。
もちろん順番に聴いてもいいし、何気なくBGM的に聴くときはそんな聴き方をするが、今夜はだらだらと聴く気分になれず、第1集、第2集それぞれから嬰ハ短調の曲を選んだ。BWV.849と873がそれだ。嬰ハ短調…その語感だけで、身が引き締まり、居ずまいを正して目を閉じたくなる。実際この2曲は各24曲の中でも、深く瞑想し思索する雰囲気を持つ名曲だ。BWV.849の前奏曲。アファナシエフはかなり遅めのテンポを取り、音階の一つ一つの音を確かめるように、階段をゆっくりと上っていくかのように弾き進める。もちろんポリフォニーの音楽なのだが、まるで無伴奏ヴァイオリンを聴いているかのような錯覚さえ覚える。続くフーガもしかり。5声からなるフーガであることが信じられない。フーガというとフレーズを重ねながらゴシック建築を築いていくような感じを持つことが多いが、アファナシエフのこの演奏ではそういう指向が感じられない。音楽は解体されて淡々とすすむような感がある。何とも不思議な感じだが、あるいはバッハのこの曲はそう書かれているのかもしれない。


グリモーの弾くBWV.849



ニコライ・デミジェンコのBWV.873




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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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