ケニー・ドリュー ダーク・ビューティ


連日の暑さも一週間も続くと身体が慣れてくるのか、35℃を超えるか超えないか程度の気温だと、きょうはいくからしのぎやすいといった気さえしてくる。このブログでも、暑いのは苦手、赴任先はシベリアかインドネシアかと問われたら迷わずシベリアを選ぶと再三書いてきたのだが、実はこのところ以前より暑さに強くなっているような気がしてならない。その原因を自分なりに考えたところ、一つだけ思い当たることがあった。ようするにメタボ状態が進み、皮下脂肪・内臓脂肪がたっぷり付いて、それが暑さをガードしているようだ。ナチュラルな自家製断熱材の補強が進んでいるという、情けない話…。


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さてきょうは火曜の晩。8時少し前に帰宅して風呂と食事を済ませ、ひと息付いたところ。軽くジャズでも聴こうと取り出したのが写真の盤。50年代のケニー・ドリューはバリバリのビバップ系ピアニストだったが、あまりパッとせず、それが理由かどうか知らないが60年代になってヨーロッパに移り住み、そこで活路を見出すことになる。特に80年代にはかなりソフィスティケートされたジャズのアルバムを出して、それがオシャレなジャズとして女性ファンの心をつかんでヒットした。このダーク・ビューティは1974年の録音で、彼がまだそうした商業路線ともいうべき方向へ行く直前の、ハードにスィングする演奏が楽しめる。
とはいってもさすがに70年代半ばのヨーロッパ。アメリカ50年代のビバップ全盛のサウンドとはひと味もふた味も違う。世はすでにフュージョンのトレンドも出始めている頃。このアルバムでも十分エネルギッシュなドライブ感あふれるスィングを聴かせるが、例えば典型的なブルース進行の第1曲ラン・アウェイでも、単なるノリだけ押すことなく、ベースやドラムも中々細かいことをやっていて、洗練されたアンサンブルとして成立している。


このアルバムの第1曲ラン・アウェイ



It could happen to you。同じ曲の90年代晩年の演奏がやはりYouTubeにあるが、別の曲かと思うほどまったく違う仕上がりになっている。適度なスィング感があるこの録音の方がずっといい。




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モンテヴェルディ ガイストリッヒ・コンツェルテ


猛暑の日曜も暮れる頃。つい一時間ほど前に午睡から覚め、熱い珈琲で目を覚ましたところだ。きょうも一歩も外へ出ず、終日エアコンのお世話になって自室にこもって終わった。ぐうたら生活ますます極まるの感有りだなあ…明日からまた仕事だというのに。


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さて、少しは気分を引き締めようかと音盤棚を探索。写真の盤を取り出した。恥ずかしながら40年も音楽を聴いているのに、モンテベルディがルネサンスからバロックへの移行期に活躍したイタリアが作曲家であること程度の知識しかなく、まとめて聴いたこともなかった。以前も書いたがネットで知遇を得た方からLP盤をまとめて譲っていただいた中に、モンテベルディや同時代の宗教曲の盤がいくつかあることは確認していたが、これまで針を落としていないことに気付き、そういえば的に取り出した。収録曲は以下の通り。モンテベルディがサン・マルコ寺院の楽長だった頃、17世紀半ばに書かれた「宗教的・倫理的森」を称される作品群から取られている。

・よろこべ、シオンの娘よ
・主をおそれる者は幸いである
・天よ、声を聞け
・もろもろの国よ、主をほめたたえよ
・聖母マリアに栄光あれ
・天においては神に栄光あれ

多くのぼくら世代の音楽愛好家同様、バロック期やそれ以前の音楽には高校時代からNHKFMの朝の番組で親しんではいた。モンテベルディの名ももちろん番組にも出てきたし、有名な「聖母マリアの夕べの祈り」や「マドリガーレ集」などはその後も何度か耳にしているから、こうしてあらため聴いてみてもまったく違和感はなく、初期バロック風の作風と宗教的雰囲気を楽しむことができる。
特にこの盤に収録された曲は宗教典礼に従ったミサ用の曲でなく、様々な舞曲や華やかなヴォカリーズなど、世俗的要素や初期イタリアオペアの要素も取り入れられていて理屈抜きに楽しい音楽だ。
このアルヒーフ盤で指揮をとっているユルゲン・ユルゲンスはこの分野で有名な指揮者で、60年代に多く宗教曲の演奏を残している。通奏低音のメンバーをみると、リュートにオイゲン・ドンボワ、キタローネにミヒャエル・シェーファーの名があった。

通奏低音といえば、昨年から少しお付き合いのある古楽器奏者;竹内太郎さんのHPに興味深い記事があった。竹内さんはロンドンを本拠地に活躍しているリュート・ギター属の古楽器奏者で、たまたまこの7月に帰国してサントリーホールでモンテベルディの「聖母マリアの夕べの祈り」の演奏に参加したとのこと。そのときの様子が2012年7月18日の日記に記されている。これを読むをヨーロッパでの古楽演奏経験豊富な竹内さんがみた日本の演奏スタイルの特徴がよく分かって興味深い。その後、竹内さんとメールをやり取りしたのだが、やはり400年の歴史に支えられた現地での古楽演奏と、古楽スタイルをようやく模索しだした日本との差は大きく、それを埋め合わせるよりは、日本には日本の古楽スタイルがあっていいのではないかという結論になった。
ぼく自身も前古典からバロック期、それ以前の音楽の大きな森にはいずれ踏み込みたいと思っているのだが、その森の大きさと深さを前にいささか躊躇している。


楽しいマドリガーレ。Damigella tutta bella;邦題は「きれいなおネエちゃん」というところか。



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アンチェル&チェコフィル 管弦楽名曲集 vol.1


当地群馬県南部はきょうも午前中から35℃超えの猛暑。節電、省エネ…ごもっとも。しかしせっかくの休日を暑い暑いと不快にダラダラ過ごすのも不健全だろう。というわけで昼前からエアコンの効いたリビングにPCやらギターやら持ち込んで、快適にダラダラ過ごしている。まあ結局ダラダラ、ぐうたらに変わりないということか。


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このところ本ブログへのアクセス数は80名前後で長期安定。一方拍手数やバナークリックはすっかり低迷。訪問者がほぼ固定化、しぶしぶ駄文にお付き合いいただいている、というのがぼくの現状認識だ。大体、一流の評論家や著名人のものならともかく、ド素人がCD聴いて底の浅いアレコレを語ったものなど読んで、そう面白いはずはないのだ。もっぱら自己の備忘のためと思って継続している。 まあ、そんなことも考えながら、もういい加減にせいと言われそうだが、このところ続いているアンチェル&チェコフィルの演奏をきょうも取り上げる。先日聴いた管弦楽名曲集vol.2とペアでリリースされているvol.1(こちらで試聴も)を取り出した。前回のvol.2が中欧物。このvol.1がロシア・スラヴ物という企画。収録曲は以下の6曲。録音は1958年~1964年。

  1. グリンカ;歌劇≪ルスランとリュドミラ≫ 序曲
  2. ボロディン;交響詩≪中央アジアの草原にて≫
  3. リムスキー・コルサコフ;スペイン奇想曲 作品34
  4. チャイコフスキー;イタリア奇想曲 作品45
  5. チャイコフスキー;序曲≪1812年≫ 作品49
  6. スメタナ;歌劇≪売られた花嫁≫ 序曲

他の盤同様この演奏も、キレの良さ、緊張感と集中力の高さに耳がいく。冒頭第1曲のグリンカは例のムラヴィンスキー&レニングラードのライヴ盤に勝るとも劣らないスピード感だ。手持ちの盤で調べてみたらムラヴィンスキー&レニングラードが4分50秒、かなりの快速調と思われるマルケヴィッチ&ラムルー管が5分20秒、そしてこのアンチェル盤は5分と4秒…なるほど納得だ。録音がややオンマイクで録られていることもあって、ヴァイオリン群の快速フレーズが実にクリアで、熱っぽさがダイレクトに伝わってくる。もちろんベルリンフィルはもっと上手いかもしれない。しかしチェコフィルの弦楽群は十分上手いし、キレのよさと集中力は並大抵ではない。きっと練習ではアンチェルにびっちり絞られたことだろう。一転、ボロディンではエキゾチックな二つのテーマを十分に歌い込んでいく。このところアンチェルの盤を集中的に聴いて分かったことだが、彼の演奏はキッチリ、スッキリした造形とそれに見合うキレと緊張感のある音作りをベースとしながら、例えばブラームスやこの盤のボロディンにように抒情的な要素を持つ曲では長いフレーズもたっぷりと歌っていく。曲に応じた二つの顔を実にうまく使い分け、いずれもが集中力と緊張感に富む演奏だ。3曲目のスペイン奇想曲は緩急が交互に現れる構成だが、アンチェルの描き分けが見事。
オーケストラピースの中でも好きな曲の一つ≪売られた花嫁≫序曲はグリンカ同様の快速調の演奏。この曲の開始、弦楽群がザワザワと集散を繰り返しながら盛り上がりトゥッティが確立される様は、いつ聴いても実に胸のすく展開で、オーケストラという合奏形態の完成度の高さに感動する。

さて手元にはまだ何枚かアンチェルの盤があるが、この辺で一旦休止。前回の記事に書いたピアニスト高橋綾さんのサイトからも刺激を受けたので、他の盤も少し探してみよう。


グリンカ;歌劇≪ルスランとリュドミラ≫ 序曲



アンチェルの指揮姿を。トロントに移り住んだのちのグールドとの協演。



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アンチェル&チェコフィル ムソルグスキー 展覧会の絵


今週火曜日あたりから暑さ復活。きょうは当地周辺の町々で軒並み35℃超えの猛暑日となった。昼過ぎに用件あって勤務先の工場内を少し歩いたのだが、あっという間に汗だく。こんなときに外でしばらく動いていたら、日頃から外での仕事に慣れていない中高年などは確実に熱中症だろう。そんなこともあって夕方から職場の同僚数名を暑気払い。下戸のぼくはいつも通り変り映えしない烏龍茶で、正にお茶を濁してお開きとなった。

さて、少し前から続けてカレル・アンチェルとチェコフィルの演奏を聴いて記事にしてきたが、きょうもその続き。実はアンチェルの盤を聴きながらネットを検索したら、内容がアンチェル一色のサイトに出会った。このサイトを開いているのは高橋綾さんというピアニスト。サイトの記述をみて、その周到な調査や文献や記録へのアプローチに感服し、失礼ながらメールを送ったところ、翌日さっそく返信をいただいた。その返信によれば高橋さんは、アンチェルにひかれ現地チェコにまで赴いて墓参りをし、アンチェルの弟子にもあったという。また現在はチェコ語で書かれたアンチェルの伝記に取り組んでいて、いずれはアンチェルに関する本を出したいとのことだった。正に筋金入りのアンチェルファンだ。机上のリサーチに留まらない傾注ぶりと行動力は完全にプロフェッショナルの仕事で、ぼくのようにのんべんだらりと音盤に聴き入っているだけのグータラとは次元異なる深いものを感じる。桐朋では音楽学を専攻された由。単なるピアノ弾きに留まらない才能と感性をお持ちなのだろう。この駄文をご覧の方もぜひ高橋さんのサイトをご覧いただきたい。


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そんなこともあって今夜もまたアンチェルの盤を取り出した。いつものコンビ、チェコフィルと入れたムソルグスキー/ラヴェル編の「展覧会の絵」。1968年1月の録音で「禿山の一夜」がカップリングされている。「展覧会の絵」について以前も何度か記事にした。このアンチェル盤は巷間特別に評価が高いというものではない。しかし、あらためて聴いてみると、他の盤には感じない密度と緊張感を聴き取ることが出来る。曲は第1曲のプロムナードからやや速めのテンポと、短めのフレージングで進む。金管群も音価を短めに切り上げる。一音一音に重心をのせテヌート効かせた解釈とは対照的だ。しかし不思議と先を急ぐ感じや軽い感じはしない。その理由を考えてみたのが、先に書いたとおり、音楽全体に緊張感が高く、音と音の隙間にもエネルギーを感じることが理由にように思える。またチェコフィルの音は他の盤の記事でも書いた通りキレがあって美しいが、この曲では時にあえて荒削りなタッチで、ロシア風のスケール感を表現している箇所もある。また時折聴こえてくる金管群のヴィブラートを伴った音は、この時代の東欧やロシア圏オケの特徴の一つで懐かしくもある。総じてやや速いテンポとキレのいい歩みではあるが、一方で<古城>や<ビイドロ>での暗い表情や歌いっぷりも違和感がない。
ぼくがこの曲、展覧会の絵で一番注目するのは<カタコンベ>だ。この<カタコンベ>のもっとも素晴らしい演奏はと問われれば迷わずチェリビダッケ&ミュンヘンフィルの1993年録音と答えるが、このアンチェル盤も狙った方向は異なるが、劣らず素晴らしい。金管群の熱演はときに力余って音程が怪しい箇所もあるのだが、終始緊張感に満ちている。終曲<キエフの大門>は格調高く中庸のテンポで入るが、最後に一気に速度を落とし巨大なスケールを描いて大団円となる。


アンチェル&チェコフィル1958年アスコーナでのライヴ録音から。
カタコンベ



ババ・ヤガ~キエフの大門



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ビリー・ホリデイ アット・ストーリーヴィル


先週末から始まったプレ夏休みの四連休が終わった。この四日間は久しぶりにオーディオのボリュームを上げてドンッパチッと少々派手に聴いた。もっとも暴力的な大音量というわけではなく、あくまで家庭の小部屋でその音源に相応しい音量でという節度はあっての話だ。音楽再生の音量や音質はときとして演奏の印象を一変させることがある。映画に例えれば、家庭のテレビと劇場のスクリーンの違いくらいには、家庭の再生音楽でも変ってくる。もちろんストーリーや本質的な感動が変るわけではないが、新たな発見や価値を見出すことも多い。このところ、あまり身を入れて音楽を聴くことがなかったが、この休み中は久々に再生音楽を聴く楽しみを味わった。


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さて、あすから仕事という晩。四日間の再生音楽三昧を少しクールダウンしようかと、ジャズボーカルの盤を選んだ。ビリー・ホリデイがボストンにある有名なクラブ;ストーリーヴィルに出演した際の放送録音から13曲をピックアップした有名な盤だ
ビリー・ホリデイを聴くとき、どうしても彼女の壮絶な人生と照らし合わせながら聴いてしまう。この盤が録音された1951から53年当時も、彼女自身や彼女の周辺も決して穏やかな状況ではなかっただろう。しかしこのクラブセッションでは、どこかリラックスし明るい表情の歌唱が聴ける。以前記事に書いた最晩年の作<レディ・イン・サテン>とは随分と雰囲気が違う。ライナーノーツによれば彼女自身、「…自分のクラブを持ちたい。一生に一度くらい、何時から出番というような指図を受けないで済む、自分の店を持ちたい…」と語っていたそうだ。このストーリーヴィルでのリラックスした彼女の歌いっぷりはそんなところから来ているのかもしれない。当時すでにトップシンガーとして何でも思いのままに出来たのではないかと想像してしまうが、案外スターの実態は違うのかもしれない。


放送局アナのイントロダクションがあってからステージが始まる。4曲続きます。



この盤に入っている<恋人よ我に帰れ>。スタン・ゲッツがバックを付けている。



こちらは1944年彼女が29歳のときのスタジオセッションでの同曲。さずが声質が若く正に絶頂期だ。



この盤の話題から離れるが、ザ・ピーナッツが1966年にエド・サリバンショウに出演したときもこの曲<恋人よ我に帰れ>を歌った。



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アンチェル&チェコフィル ブラームス 交響曲第1番他


実は先週の土曜日から四連休のプチ夏休み中だ。ぼくの職場では例年この時期に有給休暇を一斉取得して連休設定にしている。昨日あたりから少しずつ暑さも戻りつつあって、きょうも昼を過ぎたあたりから陽射しも強くなってきた。野暮用も済ませたので、ちょっと音楽で暑気払いでもと思い音盤棚を見回した。どうしようかと思ったが、乗りかかった船、引き続きアンチェルの盤を引っ張り出した。


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ブラームスの1番と悲劇的序曲が収められている盤。これも数年前にスプラフォン・ヴィンテージ・シリーズで出た廉価盤の中の1枚だ。 ここしばらく音量を上げてまともにスピーカーを鳴らしたことはなかったが、きょうは休日の昼ひなか。フルボリュームでブラームスを楽しむことにした。

このところアンチェルを続けて聴いていて思うのだが、彼の基本的姿勢は音楽の骨格をしっかりとらえ、過度な贅肉は付けずにスッキリした造形で曲を進める。その典型は先日記事にした管弦楽名曲集などを聴くとよく分かる。一方で、ブラームスともなるとその基本路線にほどよいロマンティシズムがのる。もちろん贅肉は付かないのだが、音の密度が増し重量感が加わってくる。この盤の第1番も同様だ。第1楽章の序奏から悠然としたテンポで曲は始まる。彼のイメージからするともう少し速いテンポを予想するが見事に裏切られ、重厚なドイツ本流の音楽が流れてくる。ティンパニーの51打目で序奏が終わると、音楽は木管群に受け渡される。最初に出るオーボエ、続くフルート、いずれもしみじみとして味わい深い。主部に入ってもテンポは遅めで堂々たる歩む。しかも各パートの入りのアインザッツが明確で縦の線も遅れずにビシッと合っているため、緊張感が保持される。第2楽章ではチェコフィルの弦楽群が美しく歌う。終楽章も第1楽章と同様の印象だ。終楽章ではテンポこそ中庸だが、各楽器群の明確な描き分けもあって重戦車が団子状態で突き進むという、この曲にありがちな印象は皆無。キリッと引き締まった造形で進み、中盤からややテンポを上げて次第に高揚感を煽っていく。コーダに入って終わりまでの1分間はいつ聴いても高ぶる音楽だ。アンチェルとチェコフィルは緊張感を保ち続けて最後の和音が鳴らし切る。
併録されている悲劇的序曲も文句無しの出来栄えだ。もちろんこの曲自体の素晴らしさに感動するが、ここでも各パートのフレーズが明確に描き出され、ブラームス流の古典回帰とロマンティシズムの融合が見事だ。


この盤に収められている『悲劇的序曲』の音源を貼っておく。 素晴らしい!



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アンチェル&チェコフィル ブラームスの2番・ドッペル


続けてアンチェルいきます(^^!
先日の管弦楽名曲集、そして昨夜はスメタナを聴き、そういえばとアンチェルの他の盤もいくつかあるのを思い出した。ブラームスの交響曲が1番と2番それとドッペル。新世界、展覧会の絵、ヤナーチェックも…。そんなことを思い出しながら音盤棚を眺めていて、ブラームスの2番を取り出した。数年前に出た『スプラファン・ヴィンテージ・コレクション』と題したシリーズ中の1枚。オリジナル志向には反するが、CDの長時間収録のメリットを生かして、交響曲第2番に加えて、ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲、通称ドッペルがカップリングされている。2番は1967年、ドッペルは1963年の録音だ。


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実はこのCDにドッペルがカップリングされていることをすっかり忘れていた。第2番の印象を書こうかと思いながらプレイヤーのボタンを押したのだが、ドッペルが収録されていることに気付き、こちらから聴き出しのだが、何のことはない、このドッペルの圧倒的な演奏に引き込まれてしまった。
ドッペルコンチェルトについては過去にも書いた(こちらこちらも)。名手二人とブラームスの重厚かつ濃厚なロマンティシズムを表現できるコンビが必要な、中々の難曲だ。このアンチェル&チェコフィル番でソロを取っているのは、ヴァイオリンがヨゼフ・スーク、チェロがアンドレ・ナヴァラ。チェコとフランスという珍しい組み合わせだ。
出だしのオケのトッティから実に素晴らしい響きが展開する。これまで紹介したアンチェルの盤では、現代的な颯爽としたスタイルとキレ味のいい曲作りが印象的だったが、このブラームスは一転、濃厚なロマンティシズムを十全に表出している。フレーズはやや後ろ髪を引かれるかのようにネバリ、音価もテヌート気味にたっぷりとキープしている。アクセントでのアインザッツも深く重い。正にこのドッペルに必要な要素をすべて盛り込んだような音楽作りだ。スークとナヴァラのソロはやや近めの音像でクリアに録られていて、冒頭オケのトッティのあと、ナヴァラのソロなどは少しボリュームを上げて聴くと目の前で弾く弓さばきが見えそうだ。

併録されているブラームスの第2番もやや遅めのテンポで進みながら、ブラームスらしい長いフレーズでの緊張と弛緩を繰り返しながら次第次第に熱を帯びていく。ドッペル同様この曲の録音も素晴らしく、終始チェコフィルの音が美しく録られている。とりわけ弦楽群はコントラバスの4弦の音もしっかりと聴こえ申し分ない。
今回この盤を久々に取り出し、音楽の骨格と同時に細部まで聴こうとやや音量を上げて聴いてみて、多くの新たな発見があった。現代とロマンティックの双方を演じ分けるアンチェルの多面性、そしてこれほど素晴らし演奏だったとは…。これまでしっかりと聴いていなかった自分を恥じるばかりだ。


この盤の音源があったので貼っておく。
例によってYouTubeの音質ではこの演奏の真価は十分に分かるとは言い難い。
ドッペルコンチェルトの第1楽章



ブラームスの2番から第4楽章



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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