ニューヨークのため息 ヘレン・メリル


ふ~っ、今週も疲れたぜぇ。これといって大したことはしていないのに…
きょうは午後から都内出張。東京駅近く日本橋側のオフィスビルで仕事だった。夕方用件を終えて外に出るとすっかり陽は落ちている。そうだ!と思い出して丸の内側まで歩いて、復元なった東京駅を眺めてきた。明日から師走。冷気を帯びた都会の空気に中に煌々と輝く駅舎やビル群の光がことのほか美しかった。


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こんな光景を舞台にしたら、下手くそな恋の駆け引きも一気に成就しそうだ。若いときに一度くらい都会暮らしを経験しても良かったなあ…と寝言を言っても仕方ない。ジミ~に音楽でも聴きましょか。
そういえば、きょう11月30日はフルトヴェングラーの命日にあたる。去年も一昨年もこの日に彼の盤を聴いた。が、きょうは都内の光と空気に酔っ払い、フルトヴェングラーという気分ではない。フルヴェン、ごめんよ、またそのうちな…というわけで、都内=ニューヨークのため息;ヘレン・メリルの盤を取り出した。


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あまりに有名な盤なので説明不要か。1954年の録音(私の生年!ついこのあいだ誕生日でした)。収録曲は以下の通り。

1. Don't Explain
2. You'd Be So Nice To Come Home To
3. What's New
4. Falling In Love With Love
5. Yesterdays
6. Born To Be Blue
7. 'S Wonderful

今でもヘレン・メリルといえばこの曲、この曲といえばヘレン・メリルという2曲目の<You'd Be So Nice To Come Home To >がお馴染みだろうか。コール・ポーター、ガーシュイン、ロジャースなどのスタンダードを、録音当時25歳というのが信じられないほどの落ち着き払った歌いぶりで聴かせてくれる。全編クインシー・ジョーンズのアレンジがさえ、随所でクリフォード・ブラウンが渋いトランペットソロで都会的な雰囲気を更に盛り上げてくれる。ヘレン・メリルの甘いウィスパー・ヴォイスだけに頼ることなく緻密に作られているところがロングセラーのゆえんかもしれない。


LP盤で聴けば、ため息もいっそうシミる。



これはいかに…あかんか。



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メルヴィン・タン ベートーヴェン ピアノ協奏曲集


けさ7時、通勤プリウス号の温度計は2℃。当地北関東群馬周辺はこの秋一番の冷え込みとなった。北海道は送電線が倒れるほどの吹雪とか。しかも停電が続いているという。停電といっても厳寒の北海道では単に電灯がつかない、寒いといったレベルでは済まない。室内温度もあっという間に氷点下となり命にかかわる緊急事態だ。通過中の強大な低気圧が早く通り抜け天候回復するといいが。
さてこのところ通勤車中では例のノリントン&LCPによる激安ボックスセットを引続き聴いている。今週は交響曲ではなく、メルヴィン・タンがフォルテピアノを弾いたピアノ協奏曲の盤をカーステレオにセットした。


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きょうはベートーヴェンのピアノ協奏曲の中でも取り分け好きな第3番と第4番を聴いた。カーステレオの貧弱な音響で聴いても、ピリオド・オケのノリントン&LCPのバックで聴くフォルテピアノはとても新鮮だ。スタインウェイのフルコンサートが大排気量のスーパーサルーンとすれば、この盤で聴くフォルテピアノは小排気量ながらキビキビ走る小型スポーツカーをイメージする。おそらく軽いタッチに敏感に反応し、実際の音の立ち上がりも速いのだろう。すべての音が一粒一粒空間に飛び散るように解き放たれる。打弦後のサステインが短いので余計にそう感じる。サステインの短さはディメリットにならない。もともと曲そのものがその当時のフォルテピアノを想定して作られているわけだし、楽器の特性を熟知した当時の作曲家はその特性を十全に発揮するよう音符を並べているに違いない。さらに当時の演奏環境は今のコンサートホールほど大きくデッドではなく十分な残響が得られただろう。音のサステインは部屋の残響が担当したはずだ。こうした演奏を聴くと、むしろ鋼鉄の塊りを力でねじ伏せるような現代のフルコンサートで聴くことの方に違和感を感じてしまう。クラシックギターの世界における20世紀後半以降のモダン楽器と19世紀ギターとの関係に近いものを感じる。

モダンオケとスタインウェイで聴く重厚で強靭な音響は、苦悩と悲劇、闘争と勝利といったような一般的なベートーヴェン像を容易に重なる。一方この盤では、軽快で俊敏な曲想と音響に、音のエネルギーで地面に杭を打ち込むのではなく、空間に音の粒を解き放つようなイメージを持つ。運動性のいいピリオド・オケとフォルテピアノによる演奏はベートーヴェンのイメージさえも変えてしまいそうだ。


ベートーヴェンが使ったというフォルテピアノを復元して弾いている。
ベートーヴェン晩年の作品、六つのバガテルOp.126から後半の3曲。



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マッカリ&プリエーゼ メルツ二重奏曲集


週明け月曜日。天気下り坂で時々雨まじりの寒い一日だった。いつも通りの午前中は定例の会議。きょうは午後も1時間ほど延長戦有りで慌しく終わった。8時前に帰宅。少し前からPCの前に座ってネットを一巡後、たまにはギター曲でも聴こうかと音盤棚をサーチ。何の脈絡もなくクラウディオ・マッカリとパオロ・プリエーゼという二人組みによる、19世紀ギターを用いたメルツの二重奏ばかりを集めたアルバムを取り出した。ちょうど10年ほど前の録音。確か2005年から2006年あたりに仕事で欧州へ何度が出張した際、滞在先で手に入れた。


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実は手に入れた当時はまだギター・カムバック前夜で、メルツの二重奏に特別な思い入れがあったわけではなく、従ってずっと聴くこともなく棚に埋もれていた。その後2007年頃からやや本格的にギターにカムバック。昨年2011年にmixiで旧友Y氏と三十年ぶりに再会し、二重奏に何度か楽しんだ。この盤にも入っている挽歌集;Naenien Trauerliederの三曲も合せた。 収録曲は以下の通り。メルツの二重奏曲がひと通り入っている。すべて1stギターは通常のギターより短三度音程が高いテルツギターの指定だ。

(1) Naenien Trauerlieder
  ・Am Grabe der Geliebten
  ・Ich Denke Dein
  ・Trauermarsch
(2) Unrühe (3) Vespergang (4) Mazurka (5) Ständchen
(6) Deutsche Weise (7) Tarantelle (8) Barcarole (9) Impromptu

ちょうど19世紀前半の半世紀を生きたメルツ。作風としては初期ロマン派の色合いが強い。情緒的な趣き深い曲を多数残した。この盤の収められている二重奏もメルツらしい穏やかなロマンティシズムとうつろうような和声感に満ちている。ドイチェ・ヴァイゼとマズルカはちょうど1年前に隣り町高崎で弾いたことがある。技術的ハードルも低いので中級アマチュアの楽しみにはピッタリだ。挽歌集は三曲からなり、深い情感に満ちた内省的な曲想が美しい。


以前も貼ったこの盤のコンビによるソルの作品54bis



旧友Y氏との二重奏で挽歌集の三曲。Y氏が使っているのはオリジナルのテルツ。ぼくは水原洋作のラコートレプリカ。両名とも練習嫌いにつき出来はご勘弁のほど。



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ヤニグロのチェロ ベートーヴェン チェロソナタ集


きのう土曜日は天気回復。少し雲はあったが寒さも程々で穏やかな晩秋の一日となった。昼前から立て続けに外出していて夕飯も近所のショッピングモール内で済ませて帰宅した。隣り町の高崎では今夜、群馬交響楽団の定期演奏会があって前橋汀子が来演。ぼくの好きはヴァイオリン協奏曲の一つブラームスのコンチェルトを演奏。残念ながら野暮用重なり行くことが出来なかった。ポピュラリティーの強い砂糖菓子のような曲を並べて安直にセールス結果を狙う演奏家が多い中、半世紀に及ぶキャリアと人気を誇りながら、今も正統派の大曲に堂々と挑む姿勢は立派だと思う。


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帰宅後、あすも休みだ、のん気に夜を過ごそうとソファに深く腰掛けて雑誌を眺めていたら案の定そのままうたた寝。気付けば夜半を過ぎていた。まあ予定通りの行動か。日付けが変ってから風呂に入りようやく覚醒。珈琲も用意してアンプの灯を入れ、久々にヤニグロの弾くベートーヴェンのソナタ集を取り出した。
ヤニグロは好きなチェリストの筆頭だ。50年代から次の時代を担うエースとして期待されていたが、60年代半ばに入って手の故障のため指揮活動と後進の指導に専念することになる。今夜取り出したベートーヴェンのソナタ集は、イエルク・デムスと組んで1964年に録音されている。音楽は誠実かつ古典的様式感をベースにした演奏で、技巧・表現とも文句なしの名演だ。手元にこのヤニグロ盤の他、デュ・プレ、フルニエ、マイナルディなどの盤があるが、このヤニグロ盤をベストに推したい。
ベートーヴェンの作品の中で5曲あるチェロソナタは、いわゆるベートーヴェンの激情型のイメージからは少し離れたところにあるように感じる。チェロという楽器の音質、音域を生かしながら音楽はどちらかというと内省的に進む。ときにブラームスかと思われる深く瞑想的な曲想も感じる。ピアノパートの充実ぶりも素晴らしく、チェロと対等の役割を与えられている。オケパートを付け加えて二重協奏曲にしてもいいのではないかと思ってしまうほどだ。その点ヤニグロのチェロの同様、ウィーン三羽烏の一人イエルク・デムスのピアノも実に細やかなニュアンスに満ちていて素晴らしい。

ごく普通の勤め人であるぼくが普段接する音楽愛好者は少数のギター弾きやマンドリン弾きといった限られた範囲でしかないし交友関係も狭い。ギター弾きの中にはぼくも含めバッハのチェロ組曲に取り組む連中も多い。そういう連中と話をするともちろん、チェロはいいねということにはなるのだが、しかしそこから先に話が進まない。ベートーヴェンやブラームスのチェロソナタ、ドヴォルザークの協奏曲に話が及ぶことはまずない。もちろんコダーイやレーガーの無伴奏も…。バッハ無伴奏以外にチェロの曲で思い浮かぶのがサン=サーンスの<白鳥>だけというのはあまりに残念だ。アマチュアの楽器愛好家は、特定の楽器に専念するあまり、広く音楽に接することが少なくなりがちだ。その楽器を離れて音楽一般の話を出来る仲間は実はごく限られていてさびしい限りだ。


ヤニグロの弾くバッハ無伴奏第3番



ヒンデミットがイギリス国王ジョージ5世追悼のため作曲した<葬送音楽>を弾き振り



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ギュンター・ヴァント&NDR響1990年来日ライヴ ブルックナー交響曲第8番


11月も下旬。当地群馬県南部では街路樹のケヤキやイチョウも盛んに葉を落としている。三連休初日のきょう、午前中は雨という予報が少々外れ、ほんのわずかパラついただけで終わった。陽射しはなかったものの晩秋の一日は静かに暮れた。さて、あすも休み。久しぶりに大きめの曲をじっくり聴こうかと、先日買った盤の中からギュンター・ヴァントのブルックナー8番を取り出した。

<若き日のヴァント>
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日本の世間には長老崇拝的なところがあって、相当のキャリアを積みながらも、そのキャリアの真っ最中には大きな注目を集めず、晩年になってから急に脚光を浴びるということがしばしばある。音楽の世界、取り分け高年齢になっても現役を続けられる指揮者でその例をしばしばみる。ギュンター・ヴァントもその一人だ。1912年生まれで2002年に亡くなったヴァントだが、彼が日本で異常なほど注目され人気を得たのは彼が80歳を過ぎてからだった。ぼく自身も彼の名前はベートーヴェンの交響曲などで70年代から馴染みがあったが、ケルンを中心に活躍する中堅指揮者くらいにしか認識していなかった。実際80年代後半までのメディアの扱いもそうだったし、手元にある90年代初頭に出版された音楽の友社刊「指揮者名鑑」にはその名前すら見当たらない。60年代後半から何度か来日して日本のオケを振っているが、大きな話題になった記憶はない。そんなヴァントがにわかに注目され始め、そして一気に寵児となったのは90年代後半から最晩年にかけてだ。この盤は1990年11月サントリーホールでのライヴで、以降の過熱するヴァント人気のきっかけになった演奏。バブル景気崩壊前夜のこの時期、日本には多数の海外演奏家が来日した。このヴァントとNDR響の2週間前には同じサントリーホールでチェリビダッケが同じブルックナーの8番をミュンヘンフィルと演奏している。

いきなり結論めくが演奏はとてもいい。同じコンビによるブラームスの交響曲全集が手元にあるのが、その演奏同様、ひと言でいうと精緻で透明度の高い演奏だ。ブルックナーの8番と聞いてイメージする重量級で腰の据わった圧倒的な音響とは少し方向を異にする。音のテクスチャがどこをとっても明快で音の構造がよく見通せる。室内楽的な演奏といってもいい。ライナーノーツをみると、この演奏でヴァントは管楽器群の編成をだダブらせず、コントラバスも通常の8本から6本に減らした編成をとったと記されている。なるほど…そのことだけでもヴァントの意図が読み取れる。
第1楽章、こうした編成の意図が反映され、オケ全体の音が団子にならず各パートの出と入も明確に進む。フレーズ内での音量やテンポの伸縮をかなり意図的につけているのがよく分かる。オケの編成を大きくし、しかもコントロールが効いていないと、こうした動きについていけないだろう。第2楽章もスケルツォらしい動きの闊達な演奏で、鈍重なところがない。第3楽章のアダージョはまさに室内楽的な演奏で、とこのほか美しい。終楽章も様々なモチーフでフレーズのコントロールが実に丁寧で、美しさと当時にかげりのある曲想に、そうかこの曲にはこんな表情もあったのかと気付かされる。

学生時代からこの曲に親しみ、クナッパーツブッシュ、ケンペ、セル、シューリヒト、マタチッチ、チェリビダッケ、朝比奈隆などの名盤を折々に楽しんできたが、このヴァント&NDR響の演奏もそれらに勝るとも劣らない優れた演奏だ。


最晩年の演奏。8番;第4楽章の最後。
ワグナーチューバの咆哮。止りそうなくらいにテンポを落として20秒から静寂に戻ったあと、45秒で一旦トゥッティを確立し、更に1分05秒で確定し、1分30秒から最後の大団円に突入する。


マタチッチ&N響による全曲




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悩ましくも楽しい弦の選択


2週間ほど前、手持ちのギターのうち田邊雅啓2004年作ロマニリョスモデルとデイヴィッド・ホワイトマン2009年作ハウザー1世1940年モデルの弦を張り替えた。もう半年近く前にそれぞれオーガスチンの赤ラベルと黒ラベルを張ってそのままになっていたもの。もっぱらウィークエンドギタリストで弾く頻度もそれほどでもなく、ケースにしまっておく時間の方が圧倒的に長い。従って劣化がひどいということもなく、少しボケたくらいの方が古風な音調でいいという場合もあって、久しく交換していなかった。


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オーガスチンの赤・黒ラベルはどちらかといえばテンションのゆるい方だったので、今回は趣向を変えて同社のリーガル・高音弦と青・低音弦というハードテンションの組合せを張ってみた。張り替えて二日ほどして弦の状態が落ち着いたのち、あれこれ弾いてみたが何となくしっくりこない。一週間おいてもやはり同じ。楽器と弦の一体感が乏しい。タッチの強弱に対するレスポンスがリニアでなく、ある程度以上の強いタッチでないと音が立ち上がらないのだ。技術的に余裕の持てる曲、手に馴染んだ曲を弾くには右手はかなり強いタッチも可能だが、いつもそうばかりもできない。音色もやや金属的に響く。

張り替えたばかりで少々惜しい気もしたが、気持ちよく弾けなくては意味がないと思い、昨晩2本のギターとも弱めのテンションの弦に張り替えた。今回はたまたま手持ちがあったダダリオ(プロアルテ)のライトテンションを選んだ。一晩おいて落ち着いたところで今夜弾いてみるとこれが中々いい。
弱いタッチから強いタッチまで音がリニアに追従する。ハードテンションでは強いか弱いかの両端で弾き分けるにはいいが、中間ニュアンスが出し難かった。今回はそのストレスを感じない。音の伸びもよくなったようだ。もちろんタッチを強くしていくと、ハードテンションより手前で頭を打ってしまうが、通常アマチュアが楽しむ程度のタッチであれば問題はない。少し極端な例えをすると、ハードテンション弦はプラスティックの棒を指で叩いている感じがするのに対し、ローテンション弦は右手の指先に弦に馴染んで絡みついてくる。

弦の選択は中々悩ましい。弦の特性だけでなく楽器との相性も重要ファクターだ。今回の2本のギター、田邊ロマニリョスモデルとホワイトマンハウザーモデルはいずれも重量1400グラム台と昨今のモダンギターとしては軽量で、低音ウルフトーンの設定も低めでF#付近にある。つまりは50年代あたりまでのやや古いスパニッシュギターの伝統を引き継いだ楽器だ。やはりこの時期の楽器には弱めのテンションが適当なようだ。弦が持つエネルギーが小さくでも楽器全体がよく反応する。当時はまだガット弦が使われていたことを考えると当然の結果だろうし、ギターが弾かれるステージも小さくて響きが十分ある場所であれば、それでまったく過不足なかったに違いない。横・裏板にメープルやシープレスを使ったより軽い楽器なら尚更その傾向は強く、更にテンションの低い弦がマッチするだろう。

一方60年代以降(ラミレス3世以降といってもいいだろう)の1600グラム以上ある重くてガッチリした楽器では、より強いエネルギーを楽器に与える必要があることから、楽器が持つ本来のポテンシャルを発揮するにはハードテンション弦が適当だろう。そのためには相応の強く鋭いタッチが求められる。心得たプロの手によればそれが可能で、その強いエネルギーを楽器が受け止め、より大きな音量とエネルギーを持った音を、よりデッドで広いステージへも届けることができるのだろう。実際手元にある1978年製のラミレス3世はハードテンションを張ることでリニアなレスポンスと輝かしい音を引き出すことが可能だ。ラミレス3世にローテンションを張ったこともあるが、それなりに面白い音ではあるが、楽器の目的に見合った音ではなかった。 またダブルトップにワッフルバーとった現代最先端のギターでは、その多くが2,000グラムを超えるものも多く、上記のセオリーでいくとハードテンション弦が適しているように思えるが、実際には軽いタッチでの反応する設計になっているようで、必ずしもハードテンション弦が適しているともいえず、ローテンションがマッチする場合もあるようだ。そのようなタイプの楽器を持ち合わせていないでこれ以上のコメントはやめておこう。

…と、ここまでもっともらしく書いておいて、ちゃぶ台をひっくり返すようでナンだが、正直なところ弦による違いは楽器の印象同様はなはだデリケートで、弾く側のコンディションで変化する。きのうはイイ感じだったのに、きょうはまるでダメといった感さえある。コンディションに加えて心理的バイアスも加わる。ハイテンションだからローテンションだから、このメーカーだからあのメーカーだからと…。一度や二度のインプレッションで判定を確定させる自信はぼくにはない。それに少々古くなった弦の音も曲によっては味わい深い。楽器も弦も最後は弾き手が作り出す音楽次第だ。まあ、それをいったらお仕舞いだが…

ギターの弦はヴァイオリン族に比べ随分と安い。6本セットで千円前後に多くの種類があり、やや特殊なものでも三千円余。同じギターが弦の選択で随分と印象を変えるので、アクセサリー感覚で取り替えてみたくなる。次の機会に以前購入してそのままになっているアクイーラ社の<ペルラ>を試してみるつもりだ。


ガット弦の製作


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ポール・パレー&デトロイト響 19世紀フランス作品集


なんて音楽を知らないのだろう…最近つくづくそう思い、我ながらいやになってしまう。世には多くの楽曲がある。例えそれをクラシックのある時代に限っても途方もなく、およそ盆暗サラリーマンの呑気な余技で手に負えるものではない。まあ、そんなことはとうの昔から分かっているし、分相応に自分の手に負える範囲で楽しむしかないのは百も承知だ。しかし、好き嫌い、わかるわからない以前に、知らないというのはまったく手の施しようがなく愕然とする。突然そんなことを考えたのは、きょう取り上げたこのポール・パレー&デトロイト響による19世紀フランス作品集を手にしたからだ。

<シャブリエ>
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先日トルトゥリエのボックスセットと一緒に買ったタワーレコードの企画物;ビンテージシリーズの中のもの。収録曲は以下の通り。

Disk1
 (1)交響曲変ロ長調OP.20(ショーソン)
 (2)バレエ「ナムーナ」第1組曲(ラロ)
 (3)歌劇「イスの王様」序曲(ラロ)
 (4)歌劇「サムソンとデリラ」~バッカナール(サン=サーンス)
Disk2
 (1)気まぐれなブーレ(シャブリエ)
 (2)楽しい行進曲(シャブリエ)
 (3)狂詩曲「スペイン」(シャブリエ)
 (4)田園組曲(シャブリエ)
 (5)歌劇「いやいやながらの王様」~ポーランドの祭り(シャブリエ)
 (6)歌劇「グヴァンドリーヌ」序曲(シャブリエ)
 (7)歌劇「いやいやながらの王様」~スラヴ舞曲(シャブリエ)
 (8)交響詩「死の舞踏」Op.40(サン=サーンス)
 (9)英雄行進曲OP.34(サン=サーンス)
 (10)フランス軍隊行進曲OP.60-4(サン=サーンス)

大手販売店の企画物だからそこそこのセールス成績を見通してのことだろうし、それほど奇抜な秘曲・珍曲のたぐいではもちろんない。にも関わらずここにリストされた曲のうちぼくが知っている曲は三分の一ほどしかなかった。作曲者名やその代表作はみな馴染みがあるにも関わらずだ。もともと独墺系楽曲に偏重しているぼく自身の嗜好もあってフランス音楽は馴染みがないというのが大きな理由だが、ベートーヴェンやブラームスの<同曲異演>盤を何組も聴き漁る前に、まだ知らない曲に耳を傾けなくてはいけないと痛感した。

ショーソン唯一の交響曲OP.20は以前FMで聴いたことがある。そのときの記憶はもう残っておらず、この盤であらためて聴き直した。第1楽章冒頭の憂愁かつ荘重なイントロダクションが印象的だ。主部に入るとフランス物という先入観をくつがえす厚い響きと構成。どこかフランクの交響曲ニ短調に通じる響きやワグナー「ラインの黄金」に似たフレーズがあるなあと感じていたら、ショーソンはフランクに学びワグナーにも傾倒してバイロイトへもよく通ったとWikipediaに書かれていて納得した。随所に魅力的なメロディーがあふれ、もっと演奏されてもいい曲だろう。
ラロのバレエ曲や序曲はこの盤で初めて聴いた。曲を聴いているとそのまま華やかな舞台をイメージできる楽しい曲だ。シャブリエは狂詩曲「スペイン」ばかり有名だが、この盤で取り上げられている元はピアノ曲の組曲「スペイン」や他の序曲・小品はいずれもリズムの扱いが巧み、かつ色彩的なオーケストレーションが印象的だ。シャブリエ作品の中心をなすピアノ曲もまとめて聴いてみたくなる。

ぼくにとっては馴染みの薄いフランス物だが、以前記事に書いたピエール・デルヴォーの盤なども忘れた頃に取り出して聴いてみると、文句なしに美しく楽しい。理詰めて建造物を構築する感のあるドイツ物とは少々異なり、知覚した印象をそのまま音のパレットに広げたようなフランス物には独自の魅力があることはよく分かる。音盤棚にあふれる独墺系の盤を少し整理して、フランス物やイタリア物あるいは古楽に触手を伸ばそうかと考えてしまう。


この盤に入っているシャブリエ<気まぐれなブーレ>を指揮するポール・パレー。
オケはORTF(現フランス国立管弦楽団)



シャブリエのピアノ曲<道化の行進>



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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