ノリントンの第九


ハイ、週末金曜日。今週もそこそこハードに働きましたよ。
8時チョイ過ぎに帰宅後、冷え込む夜は…と、当地市中のど真ん中にある天然温泉に行って暖まってきた。JR駅前わずか300mほどだろうか。その昔は地元では唯一高級オーディオも扱っていた有力な電気屋が廃業し、その店舗跡を掘ったら温泉が出てきたというもの。湯量・泉質とも上々のまち中のいで湯だ。
さて、暖まった身体が冷えないうちに布団に入ってゆっくり寝れば日頃の疲れも…というところだが、やはり週末の晩はくつろいで音楽と戯れたい。…というわけで、今夜も続けて第九を聴くことに。


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あまり古い指揮者ばかり聴いていてもナンだなあと思い、今夜は手持ちの盤の中ではジンマン&チューリッヒトーンハレ盤についで録音時期が新しいノリントン&ロンドン・クラシカル・プレイヤーの盤を取り出した。昨年秋に買い求めたベートーヴェンの交響曲とメルヴィン・タンがソロを弾くピアノ協奏曲が一緒になった激安ボックスの中の1枚。もっとも新しい録音時期といいながら、すでに四半世紀近く昔、80年代終盤の録音。
このコンビの名前から想像する通りの展開だ。しかし一方で、エキセントリックなピリオド演奏、きっとつまらないだろうという、まったく個人的な予想は見事に外される。活気と生気に満ち、推進力にあふれるこの演奏が、重厚長大の典型である第九にこれほど相性がいいとは思ってもいなかった。
この秋には来日し、N響を振ってベートーヴェンの3番や6番を演奏したノリントン。その一部はFMのライヴ放送で聴いたのだが、実のところあまり感心しなかった。この盤の頃と今ではノリントンの解釈も当然変化しているのだろうが、このLCPとのベートーヴェン、取り分け第九はいい演奏だし、第九の魅力をまったく損なわないばかりか、第九の持つ力感や推進力を再認識させてくれる演奏だ。対向配置の弦楽群は、その運動性能の良さと速めのテンポ、短めに切り上げるフレージングとも相まって、曲全体をグイグイを進める推進力となっている。木管群はよく全体の響きに溶け込み、金管群は突き抜けるように響き渡る。そして要所要所で強烈なアクセントを打ち込むティンパニーの雄弁さも他に類をみない。特に第1楽章、第2楽章は素晴らしい。聴いていて、う~ん?と思うようなところがない。ほとんどのフレージングやアーティキュレーションは違和感なく、あるべき姿の第九として響いてくる。一方後半に二つの楽章、取り分け終楽章はやや精細を欠く。やろうとしていることが曲想にマッチしているのかどうかよく分からないのだ。ただの風変わりに聴こえてしまうところがある。もっともこの曲に関しては、大方の好事家の間では終楽章そのものに対して評価が低いのだが(ぼくも同様だ)。…といいながらも、全曲62分を一気に聴いてしまったのも事実。やはり新たな時代を切り開いた偉大な指揮者に違いはない。


この盤の第1楽章前半。いくつかに分割されて全曲がアップされている。



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コンヴィチュニーの第九


週半ばの水曜日。きょうも一日せっせと働いて9時少し前に帰宅。相変わらず夕方から夜にかけて少し咳き込む。もうかれこれ2週間も続いている。発熱はないが、やはり普通じゃない。今度の週末には医者へ行こう。
おとといの晩、イッセルシュテットの第九を聴いて、やはり第九は名曲だなあと感銘も新たにし、今夜も続いて第九を聴くことにした。聴くって誰を?…旧東独勢からスウィトナーかコンヴィチュニーかケーゲルのいずれかにしようとひとしきり悩み、最後はエイヤッとコンヴィチュニー盤を選んだ。1959年の録音。以前一度記事に書いた10年ほど前に出たベルリンクラシックスの激安ボックスセットの1枚(最近一部内容を替えて再発されたようだ)。


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先日のイッセルシュテットは楷書かつ正統派のベートーヴェンだが、ウィーンフィルの音色は明るく、イッセルシュテットもウィーンフィルの自発性を優先して、アンサンブルをきりきりと締め上げている風はない。つまり大らかでしなやかで健康的なベートーヴェン。よくよく聴くと細かなところは、ラフとまではいかないが少々カジュアルなところも散見される。
それに反して今夜取り出したコンヴィチュニーとライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管の演奏は、正統派であることに変りはないが、まったくカジュアルな雰囲気、しなやかさや明るさには縁のない演奏だ。筋肉質の音色と堅実なアンサンブルであるが、厳しく限界まで追い込み、聴く側も緊張を強いられるというものでもない。まったくあるがままに素朴で純粋な演奏といってよい。テンポは堂々として微動だにせず、オケのトゥッティは重量感にあふれる。第3楽章の美しいカンタービレも媚びて歌ったりはしない。これをもって、よくいうところの旧東独の雄:ゲヴァントハウス管の古色蒼然たるサウンドということになるのだろう。がしかし古色蒼然という言葉からイメージする古臭い感じはまったくなく、1959年の録音ながら音の状態も素晴らしい。弦楽群は左右に大きく展開し量感豊か。SN良好、レンジも広く、コントラバスの50Hz以下の基音もしっかりと響いている。木管や金管とのバランスや距離感もいい塩梅だ。唯一、STAXのヘッドフォンで聴き耳を立てていると分かるレベルだが、残量成分の最後のところだけモノラル的にセンター定位で響いてくる。オリジナルのLPと比較していないのが、おそらくCD用のマスタリングでのったものではないかと推察する。


残念ながらの第九の音源見当たらず。同コンビのベートーヴェン第2番第2楽章を。



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イッセルシュテットの第九


珍しく週末土日の更新なく、金曜の晩から三日ぶりにPCに向かっております。
きょうは夕方から寒冷前線の通過で関東地方は一時荒れ模様に。すでに前線は通過し、明日は西高東低MAXの冬型になる見込みだ。 さて11月も残るところ1週間。あれよあれよという間に師走入り…と、何となく季節先取りの気分になって、今夜はベートーヴェンの第九を聴くことにした。手持の盤はおそらく二十指を下らないが、今夜は正統かつ折り目正しい演奏を聴きたくなり、ハンス・シュミット・イッセルシュテットとウィーンフィルによる名盤を取り出した。1965年録音。


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S・イッセルシュテットは1973年に73歳で亡くなっている。ぼくがクラシックに入れ込み始めた頃には鬼籍に入っていたことになり、現役時代の様子もレコードの演奏も知る由もない。彼の演奏に接したのはようやく70年代後半になってからだ。しかも、それほど多くのレコードが現役盤で出ておらず、この第九やブラームスがわずかに手元にあるだけだった。しかし、そのいずれもが実に素晴らしい。中でもウィーンフィルにとっても最初のベートーヴェン全集となった録音は今もって色あせることのない名演だ。
この第九ももちろん文句なしの演奏。第1楽章冒頭から安定感と緊張感のある音楽が展開する。第1楽章の演奏時間は16分28秒とテンポは中庸。音価いっぱいにテヌート効かせて弾き込んでいく弦楽群の充実ぶり、木管群やホルンと中心に同時代のベルリンフィルとは異なり明るい響き、時折突き抜けるような音でアクセントを打ち込んでいく金管群、そしてハリのあるティンパニの連打。英デッカの録音がそれらをクリアにピックアップしていく。第2楽章のスケルツォは、よくあるような激しさともお祭り騒ぎとも異なり、重量感がありながらもどこか大らかで穏やかで、スケルツォ=諧謔曲というに相応しい雰囲気だ。第3楽章は意味深長さを追い求めず、室内楽的にさらりと微笑みながら歌う。


この盤の全曲。第1楽章展開部前半の聴きどころは6分44秒から過ぎから1分ほど続くフーガ風の展開。7分15秒から低弦群の入り。コントラバス奏者の勇姿が目に浮かぶ。展開部のピークと再現部が重なる後半。10分50秒過ぎから弦楽群と木管群が下降音形を繰り返しながら緊張を高める。12分50秒過ぎから13分33秒まで低弦群のピチカートにのってクライマックスへ。何度聴いても興奮を禁じえない。



リスト編のピアノ版で第2楽章。



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最近弾いたギター


ホッとひと息の週末金曜日。がしかし、2週間前に背負い込んだ風邪をこじらせていて、いっこうに咳が収まらない。先週末、かかりつけの内科医に診てもらったが、よくなりかけているようなので抗生物質は不要との判断。消炎剤のトランサミン(トラネキサム酸)と咳止めのメジコンが処方された。しかしその後数日たっても症状変らず。悪化も良化もない状態だ。おそらく喉の奥か呼吸器系まで侵攻した2次感染による炎症が収まっていない様子。やはり抗生物質も加えてもらえばよかったと後悔している。発熱はないし、咳といってもそれほど酷いわけではなく、微妙なところだ。
さて今夜は何か聴く元気もないので、茶飲み話的に最近弾いた楽器について備忘を残そう。いずれも都内某ギター専門店でのこと。ほどほどの情報開示でお許しを。

■ マヌエル・デ・ラ・チーカ 1970年作 松・インドローズ
一度聴いたら忘れないであろう名前の一つ、マヌエル・デ・ラ・チーカ(以下チーカ)。50年代から70年代にグラナダで製作を続けた。以前も書いたが、学生時代のサークルの先輩がこの楽器を使っていてその名を知り、以降もどこか引っ掛かるものがあるギターだ。チーカはこれまで3回ほど見たことがある。これまで見たものは、サントス時代の古いスパニッシュを感じさせるもので、今回もそれを期待し、状態よければ買ってもいいかなあと意気込んで試奏に臨んだ。
結果は予想に反して、かなり現代的要素が入っている作品だった。「ラミレス3世あるいはマドリッド系入っています」という感じだろうか。これまでみたチーカと違ってずっしりと重く。塗装もラッカーのやや厚塗り。音はよく鳴っていたが、かなり現代的な音。低いウルフ設定と枯れた高音を期待していただけに、やや拍子抜けだった。反面、現代的視点でみれば文句のない出来で、665mmの弦長が気にならなければ、いい選択だろう。

■ダニエル・フレドリッシュ 1967年 松・インドローズ
フレドリッシュといえば最近人気の朴葵姫(パク・キュヒ)(写真)が2009年の新作を使っている。一時期はプロのコンサートギタリスト御用達ギターの一つだったが、最近は高齢ということもあってごくわずかの製作本数しかなく、一般にはほとんど流通していない。フレドリッシュは70年代半ばに作風を変え、以降は表板に杉を使い、重装備で音量のある現代的なコンサートギターとなった。今回のものはそれ以前のもので、重量は軽く張りも柔らかい、古典的なスタイルの楽器。1967年といえばフレドリッシュがリエージュの製作コンクールで河野賢と1、2位を分け合った年だ。ただしこの時代のフレドリッシュは、シリアル番号入りのコンサート用と番号ナシのややカジュアルな楽器と2本立てだったという。今回のものはシリアル番号なく、価格もフレドリッシュにしては格安ということから、そのセカンドラインの楽器と思われる。 音はとてもよかった。軽い重量(おそらく1400グラム台)から想像できるようにウルフの設定は低く、高音は50年近いエイジングも加わってよく枯れていて、やや短めの余韻で古風な響きが素晴らしかった。

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■ホセ・マリン 2011年 松・中南米ローズ
グラナダのアントニオ・マリン工房。高齢になったアントニオに代わり、甥のホセ・マリンが多くを取り仕切りながら、ゴンザレスと共に三人の共同作業で明るくよく鳴るギターを作り続けている。マリンの楽器はともかく屈託無く明るくパーンと鳴る。音の立ち上がりが滅法速く、加えて弾きやすい。ステージでの音の通りもいいようで、プロアマ問わず愛好者が多い。今回の楽器は2011年作の新作を購入した、とある社長さんが手放した中古品とのこと。状態よく、値段は新品の半値と御買い得感MAXだ。このマリンも予想通り明るくよく鳴っていた。テンションも強くなく、弾いていて緊張を強いられない。軽く弾いてもよく反応して、音が前に出ていく。ウルフはG#あたりだが、突出した感じはない。どのポジションどの弦でも満遍なく鳴る。ぼくの現在の手持の楽器にはない個性で、あまり出番のない大型のラミレスに替えて、マリンにしようかと思うほどだった。

■アントニオ・ラジャ・パルド 1987年作 松・中南米ローズ
同じグラナダ系ながら、ラジャ・パルドと息子ラジャ・フェレールの楽器は、グラナダ系の明るい音色とやや陰りを感じさせる落ち着きとを併せ持っている。今回みた1987年親父のパルド作は、四半世紀の年月を経ていることもあって低音高音とも程よく枯れ、味わいのある音だった。ラジャ・フェレールの新作トーレスモデルも同時に弾いたが、1987年作の方がずっとよかった。修理跡もあることで値段は30万円台と格安。ちょっとグラッときてしまった。


ところで、米西海岸の大手ギターディーラー:GSI(Guitar_Salon_International)のサイトには同社が扱っているギターの演奏動画がたくさんある。しかもその奏者がみな一流のプロプレイヤー(先日のゴリャチェフも)。音はものによってはかなりイコライゼーションされているので、そのままその楽器の生音というわけではないが、雰囲気と傾向は分かる。今回取り上げた3本のギターの動画もあったので貼っておく。


マヌエル・デ・ラ・チーカ 1969年作



フレドリッシュ 1967年



アントニオ・マリン 1995年作



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ABQ ブラームス弦楽四重奏曲第1番ハ短調


週半ばの水曜日。今週は月曜からそこそこ忙しく、帰宅も9時前後。ひと息つくともう日付けが変る時刻になっていて、のんびりする時間もあまりない。今夜も同様だが、気分を取り直そうと思い、日曜日から三日ぶりにアンプの灯を入れて、音盤棚を物色した。


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古来からの日本人の略称好きも最近少々行き過ぎかと思うだが、クラシックの世界も同様だ。SKD、SKB、VPO、CSO、BPO、シベ2(ツウ)、ブル8(ハチ)、ハルサイ、ドヴォコン…門外漢にはまったくイミフwww。今夜のABQはどうだろう。
ウィーン・アルバン・ベルク四重奏団:ABQによるブラームスの弦楽四重奏曲全曲盤。手持の盤は80年代初頭に出ていたテレフンケン名盤ライブラリーと称する2枚組LP。録音は76年から77年にかけて行われている。ちょうど1970年に結成されたABQが評価と人気を確立した頃だ(そして同団は2008年に解散)。
ブラームスのカルテットはいずれも彼が第1交響曲を書き上げた頃と重なる40歳の頃の作品。古典的様式感と同時に、ロマン派らしい微妙な移ろいと陰影に彩られた和声感がいかにもブラームスだ。内省的で、色恋沙汰の表明のようなキャッチーなメロディはなく、渋さの極みといってもいい。
弦楽四重奏は18世紀以降ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンの作品はもちろん、室内楽として、あるいは音楽の骨格を表現できる必要十分な機能体として成立していたが、当時のエンターテイメントの作品として市中では、ヒットしているオペラのアレンジ物やポプリが人気を集めていた。ベートーヴェンの後期の四重奏やこのブラームスの作品などはそうした巷間の時流からみれば、やはり特殊なというか、作曲家の精神の発露としての意義が強かったのだろう。しかしこうして21世紀にまで生き残り、少なからぬ人々が愛好し続けているということは、やはり中々のことだと、あらためて思う。
クラシックでもジャズやポピュラーでも、カレーにケーキにハンバーグのごときお子ちゃまメニューの音楽ばかりではなく、大人の味わいとしての渋さや苦味あってこそ真の味わい。クラシックに関していえば、ブラームスのカルテットなどは、そうした大人の味覚を持ち合わせているかどうかの、いい試金石だ。


ザグレブの四重奏団による全曲。



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パコ・デ・ルシア LUZIA


終日穏やかな陽射しに恵まれた日曜日。昼をはさんで運転免許更新へ。5年ぶりの写真撮影。ダイエット効果で顔の<腫れ>は正常化したものの、プラス5の年齢変化は隠せないと実感しましたね。有効期限平成30年の文字にも驚く。当県出身の小渕官房長官(当時)が平成の文字を掲げた光景を思い出した。 さて日暮れのひととき、たまたまラジオでフラメンコ音楽が流れたので、そういえば的にパコ・デ・ルシアが1998年に発表したアルバム「LUZIA」を取り出す。


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同じようなギターを弾きながらフラメンコはまったく不案内。フラメンコギタリストを5名あげよと問われたらギリギリ何とか答えられるかというレベルだ。まず、伊藤日出男だろう(^^; サビーカス、モントーヤ…古いなあ。
さてこの盤は彼の14作目のアルバムだそうだ。おそらく正統派というか、歴史的なフラメンコスタイルから見るとパコはフラメンコの技巧をベースにしながらもまったくの別物という評価なのだろう。しかし、それが故に70年代に頭角を現し、以降の人気を得るに至った。フラメンコに興味があったわけではないが、彼が初来日した際にNHKテレビで演奏したときの印象は強烈だった。ギターというのはこんなにも速く音階が弾けるのものなのかと。 手元には70年から80年、人気のピークにあった頃のベスト盤CDと中古のLPが2枚ほど、そしてこのLUZIAがあるだけだが、このLUZIAはとても気に入っていて時々取り出して聴く。ジャズやフュージョン系のアーティストとの協演も数多いパコのイメージだと、圧倒的なテクニックとノリと勢いとで弾き抜けるイメージがあるが、この盤は全体を通してどこか静けさが支配する。冒頭のBuleriaからして、超低音域の響きを伴うカホンに導かれてパコのトレモロが繰り出される展開されていくが、フレーズの合間にはふと寂しさが宿る。この盤の作成中に亡くなった母に捧げられたというのも偶然ではないだろう。


この盤の全曲。
http://youtu.be/bdKxbt0j6Rk


若き日のパコ。



パコも激賞する若手のテクニシャン:グリシア・ゴリャチェフ。



彼が弾くトーレス作のフラメンコギター。彼はクラシックも弾く。「トーレス、ええなあ~」と言いながら弾いている様子が伝わってくる。




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ロリンズ・プレイズ・フォア・バード



晩秋の陽射しが柔らかく差し込む穏やかな土曜の朝。誕生日と同時に背負い込んだ風邪はそれほど酷くはなく、といってイマイチすっきりせずにダラダラと継続。けさ久しぶりに念入りに珈琲を淹れてみたがあまり美味しくはなかった。体調不十分の証し。
昼までまだ少しある時間帯。こんな時間に何か聴くのは珍しいのだが、さて何を聴こうかとしばし思案。重厚長大ロマン派でもなく、軽妙バロックでもなく、こんな時間のジャズもいいかなと、目星もなく音盤棚から取り出したのがこの盤


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ソニー・ロリンズのテナー、ケニー・ドーハムのトランペット。ウェイド・レグのピアノにジョージ・モロウのベース。ドラムスはマックス・ローチ。1956年の録音。、
ソニー・ロリンズの名がタイトルになっているが、どうやら契約の関係らしい。実質はマックス・ローチのバンドにロリンズがジョインしたもので、ロリンズの盤として必聴の盤ということでもなくジャズ愛好家の間ではやや渋好みに受けている様子。A面26分間のバード(チャーリー・パーカー)のミディアムテンポのスィンギーなメドレーが続く。太く暖かいロリンズのテナーにドーハムのやや抑え気味の渋いトランペット。休日の昼間穏やかに聴くにはイイ感じだ。
それにしても…と思うのだ。50年代のジャズのこうした盤を、極東の田舎住まいのオヤジが聴いて、いいの悪いの楽しいのと、ジャズは偉大な遺産だなあと。何もこれは敗戦国ゆえの従属文化でもないだろう。もっともそのオリジンをたどるまでもなく、クラシックに至っては数百年余の歴史と遺産を今も享受しているわけだ。…と、天下国家と人生は語らない当ブログではあるが、ふとシミジミ思うのであります。
さて、午後も楽しく過ごしませう。


この盤の全曲。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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