ジョン・フィールド ピアノ協奏曲第1番変ホ長調


春の訪れというにはまだ気が早いだろうが、いやに暖かい夜。
きょうは9時ちょうどの帰宅。ひと息ついてアンプの灯を入れ…と、変らぬというかマンネリの日々。このところ何を聴こうかとレコード棚の前で悩む時間がいっそう増えた。悩んでいるうちに半分聴いた気分になってしまうほどだ。さてきょうは…と、いつも通り物色していたら、こんな盤を見つけた。


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アイルランド生まれの作曲家:ジョン・フィールド(1782~1837)のピアノ協奏曲第1番。フンメルとのカップリング。フェリシア・ブルメンタールのピアノ、フルムート・フロシャワー指揮ウィーン室内管弦楽団。原盤ユニコーン。1972年8月と印刷されている日本コロンビアの盤。これも以前箱買いしたLP数百枚のうちの1枚だ。
ピアノ音楽を格別好んでいる向き以外でフィールドの音楽を親しんでいる人は少ないだろう。ぼくもショパンのピアノ曲で有名になった夜想曲という形式を最初に書いた作曲家という、まあどうでもいいようなトリビア的知識しかない。時代的には初期ロマン派というところだろう。19世紀初頭には欧州各地やロシアを旅して人気を博したようだ。

第1楽章は屈託のない曲想で始まり、ピアニスティックなフレーズにあふれている。終盤短調に転調するあたりは中々聴かせる。併録のフンメル同様、ピアノ・ヴィルティオーソ作曲家の創始と言われるのも理解できる。ただそれ以上の格別な深みは感じられず、世の中から忘れ去られても仕方ないかとも思う。第2楽章はスコットランド民謡風のフレーズで中々美しいなあと思いながらライナーノーツを眺めていたら、実際にスコットランド民謡「首都エジンバラの1マイル以内で」という歌に基づいていると書いてあって合点した。第3楽章はバグパイプを模した印象的なフレーズで始まり、快活なロンドとなる。世にあまり知られていないこうした曲を聴くのは、200年前のその時代をダイレクトに思い起こすようでもあり、いわゆる名曲のように手垢にまみれている感じもなく、中々味わい深い。


ピアノ協奏曲第1番



フィールドが創始者といわれるノクターン。第2番。



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別れのサンバ


今夜は一層冷え込んでいる。これから2月初旬まで寒さも佳境だ。
9時少し前に帰宅。凍てつく夜。暖をとりつつステレオセットの灯を入れる。安直なティーバッグの紅茶を淹れて、ちょっとだけ何か聴こうか。


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先日YouTubeを見ていて、久々に長谷川きよしの歌声に接した。2012年のライブ音源。変らぬ声とギター。元気に活動継続中だ。仙道さおりとのコンビネーションもすっかりお馴染みになった。
「別れのサンバ」については、だいぶ以前の記事に書いた。あらためて繰り返さないが、ぼくだけでなく同世代には強烈な印象を残した曲だった。今夜もSPUの針を3回続けて降ろして聴き入ってしまった。ああ、あれから45年かぁ…。遥かに来てしまったなあ。




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マタチッチ&N響 ワグナー管弦楽曲集



業務多忙の中、何とか1月分の予定を片付け、ひとまず休心。昨夜は勤務先同僚と飲み会あって夜半近くに帰宅した。一夜明けて、きょう土曜日は朝から曇り空。気温高め。気圧の谷通過後はまた寒さが戻るらしい。昼をはさんで野暮用を一つ済ませたあと、しばらく放っておいたオーディオセット周辺のホコリを払い、少々気分すっきり。ついでに音もだそうかと、こんな盤を取り出した。


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マタチッチとN響によるワグナーアルバム。1968年9月新宿厚生年金会館でのセッション録音。手持ちのCDは90年代初頭に出ていた廉価盤シリーズの1枚。現在はリマスタリングした盤が手に入る
ぼくら前後の世代にとって、マタチッチとN響は懐かしく親しみを感じる存在だ。マタチッチの真価は60年代来日時のオペラ公演だという向きも多いが、その頃はまだハナタレ小僧だったぼくには馴染みがない。やはり70年代中ば、そして最後の来日となった84年の来日だ。84年の来日は、これが最後となるだろうと、みなが心の中で思いながら、コンサートであるいはテレビで聴き入った。
このワグナーアルバムはそれより少し前の時代のもの。マタチッチもまだ70歳になったばかり。そしてN響も若かった。厳しい欧州メディアなどはN響を指して学生オケレベルと評したこともある時代だ。
しかしここに聴くマタチッチ&N響のゴツゴツした肌触りと骨っぽさ、そして真摯な姿勢は、もう今のN響では聴けないのではあるまいか。70年代のN響はこんな音だったなあと思い返す。マタチッチの指示だろうが、すべての音は太く強くエッジが立っている。そして残響の乏しい当時の日本のホールがその音を際立たせる。ブレンドされた柔らかな響き、切れ目なく美しくつながるフレーズ、そういったものとは無縁の演奏だ。そしてかつてのクナや後年のチェリのように曲が進むごとにテンポを落として巨大な造形を作り上げるという手法ではなく、マタッチは速めのインテンポと骨格の太さで音楽のスケール感を築く。そんなゴツゴツした感触だからこそ、タンホイザーの冒頭やジークフリート牧歌などの緩徐部で見せる歌いっぷりにグッときてしまうのだ。


最後の来日となった1984年の演奏。マタチッチは晩年になってもテンポが落ちなかった。



こんな曲も振っているのかと驚いた。マンドリン合奏愛好者には馴染みの深いボッタキアリ。歌劇「影」シンフォニア。



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トルトゥリエ:チェロリサイタル


さて、今夜も少々遅くなった。10時少し前に帰宅。ひと息ついてPCに向かっている。

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このところ一日のアクセス数はコンスタントに120~150IP。1年ほど前からほとんど変っていない。記事の一番下にあるブログランキングのバナーを押す人は少なく、日に数名いるかいないか。従ってランキングは10位と低迷。しばらく前までは常に上位3位に入っていた時期もあるが、まあ泣かず飛ばずのこのブログを象徴している。そしてまもなくカウンターが10万を数える。…といって何が変るでもなく、相変わらずの「五目野菜あんかけチャーハン」的な内容で継続いたします。


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もう休むべき時間だが、ふと思いついてトルトゥリエの弾く小品集をターンテーブルにのせた。以前も一度記事に書いた盤だ。1972年1月来日時、世田谷区民会館での録音。岩崎淑がピアノ伴奏を付けている。ぼくの記憶が間違っていなければ、この1972年来日のとき、NHKの「世界の音楽」に出演した。立川澄人と鳥飼久美子のあの懐かしい番組だ。そのときはドヴォルザークのチェロ協奏曲を弾き振りして第3楽章を演奏した。この盤を聴くとそのときの様子がよみがえってくる。
収録曲は以下の通り。お馴染みのチェロ小品が並ぶ。

<A面>
バレンティーニ:チェロ・ソナタ第10番ホ長調 グラーベとアレグロ
ショパン:前奏曲第4番ホ短調
パガニーニ:ロッシーニの主題による変奏曲ニ短調
ドヴォルザーク:ロンド・ト短調
サン=サーンス:白鳥
パガニーニ:無窮動
<B面>
グラナドス:ゴエスカス間奏曲
サラサーテ:サパテアード
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
トルトゥリエ:ビシュネット
マスネ:エレジー
フォーレ:夢のあとに
フォーレ:蝶々イ長調
ショパン:序奏と華麗なるポロネーズ・ハ長調

こうして並べるとやはりB面の曲に目がいく。チェロの小品の中でもっとも好きな曲の一つであるフォーレ:夢のあとに。一体この曲を何度聴いただろうか。夜のしじまに深く響き渡る。一方、ショパンの序奏と華麗なるポロネーズもその名の通り華やかで気分が晴れ晴れする曲だ。トツトゥリエのチェロは、その少し鼻にかかったような独自の音色が何ともいえない。フランス人らしいさっと一筆書きを見せるような弾きっぷりは、先日記事にしたジャンドロンなどとも共通するかもしれない。
実は昨年末に実現したチェロ弾き相方とのデュオは3月にまた合わせることのなっていて、現在選曲と楽譜の準備中。フォーレの夢のあとには私からの強いリクエストで当日合わせで遊ぶ予定にしている。


以前も貼ったトルトゥリエのマスタークラスの様子。


フォーレ:夢のあとに ジャン・ワンとセルシェル。



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アバド逝去


きょう20日朝、クラウディオ・アバドが亡くなった。
週明け月曜日。今月は中々に業務ひっ迫。少々居残り仕事をして9時少し前に帰宅。ひと息ついて自室を暖める頃には日付が変ろうという時刻。PCのスイッチを入れて渋茶をやりつつぼんやりネットのニュースを眺めていて訃報に接した。享年80歳。合掌。
アバドも80歳だったのか…。まずそう思った。ぼくが音楽をせっせと聴きだした70年代中盤には若き旗手にして次世代を担う指揮者だった。一方でその頃、彼のブラームスやチャイコフスキーを聴きながら、呼吸の浅さと前のめりの音楽に、アバドのどこがいいのかとも思ったものだ。
その後カラヤン亡きあとのベルリンフィルのシェフをなり、近代化と国際化を推し進めたアバドだが、同時にベルリンフィルを軽量化しただの、譜読みの浅さを指摘する声も絶えなかったと記憶している。ぼく自身はそういうわけで、決して彼の熱心なファンではなかったのだが、手持ちのいくつかの盤に聴く彼のしなやかで健康的な音楽作りがぴたりとくるものもあって、特にメンデルスゾーンやマーラーには愛着を持っていた。


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今夜はそんなことを思いつつ、シカゴ響とのマーラーの第5交響曲の盤を聴くことにした。アバドにとっては最初のマーラー5番。1980年録音。手持ちの盤はカートンボックス入りの独グラモフォン輸入盤。確かお茶の水界隈の中古レコード店で買い求めたはずだ。¥1,450のプライスタグがまだ付いていた。ハンナ・シュヴァルツが歌う「リュッケルトの詩による5つの歌曲」がカップリングされている。
結果論として振り返ってみると、アバドはやはり80年代までのロンドンフィルやシカゴ響との時代がベストではなかったかと感じる。このシカゴとの演奏も颯爽としていて、かつ力ずくにならずにシカゴ響のパワーをうまく制御してしなやかな歌を引き出しているように思う。そして注意深く聴くと各声部がよく分離してクリアに聴こえてくる。シカゴ響の特性もあるだろうが、70年代までの独グラモフォンの音響バランスとは明らかに違う。例のアダージェット楽章も、明るくクリアで清々としていて、これはこれでいいマーラーだなあと思うのだ。


晩年はこのルツェルンのオケを指揮して、ベルリンフィル時代には見られなかった活き活きとした演奏をした。5番全楽章。冒頭44秒に観客席でちらっと映っているのはポリーニだ。


アダージェット



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カラヤン&BPO 新ウィーン楽派作品集


三連休明けから二日。寒さつのる中、せっせと仕事をしております。
きょうは都内霞ヶ関にて某庁若手キャリアとの打合せ。彼らの頭のよさには本当に感服する。こちらが半日考えてようやく理解したことを、彼はものの5分で理解し、なおかつこちらの認識間違いまで適確かつ簡潔に指摘する。とかく風当たりの強い役人達だが、凡人がやったら何倍もの人手と時間がかかるだろう。能力もモチベーションも高い彼らをもっと厚遇して働いてもらいてもらった方がいい。居酒屋タクシーくらい大目にみてやったらと思うのだ。 そんなことを考えつつ、平々凡々の当方は9時少し前に帰宅。日付が変る時刻になってホッとひと息。心静かに何か聴こうと思い、こんな盤を取り出した。


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カラヤンが70年代半ばに録音して当時大いに話題となった、新ウィーン学派作品集から抜粋盤CD。収録曲は以下の通り。

 1. オーケストラのためのパッサカリアop.1(ウェーベルン)
 2. 叙情組曲からの3章(ベルク)
 3. 3つのオーケストラ曲op.6(同)
 4. オーケストラのための変奏曲op.31(シェーンベルク)

19世紀ロマンティシズムが行き着いた先、新たな扉を開けつつも、そのロマンティシズムの濃密さがいやが上にも表出する新ウィーン学派の作品のあれこれがコンパクトに収められている。ぼくは発売当時のオリジナルな形式での盤を欲しいと思いつつ、このダイジェスト盤だけで長らくお茶を濁している。ウェーベルンのパッサカリアなどは、その曲名からも分かる通り、古典的様式感に根ざしながら、20世紀音楽への足がかりを探るかのように展開する。何かブラームスの室内楽を聴いているような気さえしてくる。ベルク:叙情組曲のひんやりとした肌触り、そして緊張と解決の交錯する曲想が素晴らしい。カラヤンとベルリンフィル絶頂期の精緻なアンサンブルと統一された音色感が際立つ名演だ。


この盤のウェーベルン:パッサカリア


同じくカラヤン&BPOのベルク:叙情組曲から、2. Andante amoroso 3.Adagio apassionato



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テンシュテット&BPO シューマン 交響曲第3番変ホ長調「ライン」


昨夜来の寒波到来で今夜も冷え込んでいる。関東内陸部の当地は日照に恵まれる昼間はさほどではないが、朝晩の冷え込みは中々厳しい。特にこれからひと月が寒さのピークだ。
さて年が明けて今年の仕事が始まり、最初の一週間が終わった。週末金曜の夜。幸い明日から三連休。部屋を暖めて夜更かしGo!


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年頭の聴き初めにシューマンのライン交響曲を聴いたが、あの記事を書いてからも三回ほど全楽章を聴いている。今夜もあの晴れがましい第1楽章を聴きたくなって音盤棚をサーチ。コンヴィチュニー、サヴァリッシュ、クーベリック、カラヤンと名前をなぞり、これにしようと取り出したのは、テンシュテットとベルリンフィルによるEMI盤。1978年録音。このブログにはテンシュテットはたびたび記事にしている。ベルリンフィルとの数枚のアルバム、ロンドンフィルとのマーラー全集、いくつかのライヴ盤、いずれも素晴らしい演奏だ。
長らく東独で活躍していたテンシュテットが「50歳の新人」として東側に知られるようになったのは70年代後半になってからだ。70年代初頭、スウェーデンで亡命。その後ボストンやベルリンでの客演が話題を呼んだ。あちこちのオケから客演のオファーがあり、それに応えた演奏はいずれも名演であったと伝えられている。
このシューマンもベルリンフィルのパワーと重量感あふれる響き、そしてこの時代にはベルリンフィルからすでに失われつつあったやや暗い音色、それか相まって、ドイツ的と聞いてぼくらがイメージする要素をことごとく具現化した演奏を繰り広げていく。第1楽章の推進力、レガートながら線の太いフレージングもいいが、第4楽章の荘重な響きは他に類をみない。第5楽章は一転して歯切れよく、軽やかさをも感じさせながらも、音楽は終盤に向かって次第に熱気を帯びていく。全曲を通して、スタジオセッションであることを忘れてしまいそうになるほど、ライヴ感に満ちた演奏だ。


クリスチャン・エーヴァルト指揮NHK交響楽団による第1楽章。80年代の終わり頃だろうか。ぼくにとって馴染みのあるメンバーが揃っていた頃。N響がもっともドイツ的な響きを持っていた時代だ。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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