2014年 述懐 <番外編>



年末になって寒さもひとしお身にしみる。当地関東では暖冬の予報に反して寒い日が続いている。この二日間も時に雨まじりの天気が続いていたが、きょうはようやく晴れ間に恵まれ、昼過ぎは陽射し差し込む方寸の道楽部屋で過ごした。さて、<六弦編>と<音曲編>の本年述懐に加え、きょうはその他部門の<番外編>を記しておこう。といっても、公私身辺事情や天下国家を語るつもりはないので、オーディオねたを少々。


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長らく愛用した三菱2S-305を手放したのが昨年春。その後、以前からサブで使っていた東京神田のオーディオセレクトショップ:リビングミュージック社の小型スピーカーに加え、ハーベスのHL-P3ESRを手に入れ、ひとまず心静かに過ごしていた。しかし今年になってから、大型スピーカーのへ恋慕捨てきれず、あれこれ迷った挙句、夏の終わりにタンノイのスターリングを発注してしまった。お買い得の美品中古だったとはいえ、ほとんど衝動買い。あれほど「もう大型には戻らない」と言っていたはずなのに。まあ、思うようにいかないのが人生だ。そのタンノイとの日々も四ヶ月が過ぎたのだが、実のところ甘い蜜月というほどの時間を過ごしていない。以前の記事にも書いたように、50Hzあたりから下、コントラバスの4弦音域にあたる帯域で踏ん張りがきかず、思いのほか早くロールオフしてしまう。当初不満を持つかなあと思っていた中高音には満足し、問題ないと踏んでいた低音が意外にもかったるいのだ。タンノイと今後より深い関係になるかどうか思案のしどころ。傷が深くならないうちに別れ話を切り出そうかと、不穏な空気の日々が続いている。


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来年に向けて、もう一つ思案中なのは、昨今のデジタル環境への対応だ。レコードとCDの再生用ハードウェアは現在のラインナップでいいとして、やれハイレゾだ、やれDSDだといった昨今の音源状況への対応をどうしようかと考えている。これから新たに音源をストックしていく人は、新しいフォーマットを受け入るのが懸命だと思うが、すでの相当数のストックがあり、今後はもう音源を増やすつもりはない、CDのリッピングやLPのデジタル化で音源をHDDにストックするなんて気が遠くなりそうだ、などと豪語する立場としては、もう新たなフォーマットへ対応する意味はほとんどないだろう。一方で、純粋な技術的興味もないではなく、いわく空気感の表現、いわく微細なニュアンスの表出などと聞くと、体がむずむずしてくる。ひとまずPC経由の音をPCのアナログ出力ではなく、USBからDACへ入れるくらいのことはしようかと、DAC内蔵のヘッドフォンアンプあたりを手に入れて様子をみようかと思案中だ。そんなこんなで、来年も<ギター><音盤><オーディオ>の道楽トライアングル上での黄金バランスを志向し、やがてくる年金生活者という肩書きも意識しつつボチボチやっていくつもりだ。

さて、あす一日残して今年も終わり。勝手なマイペース与太話といいながら、日々アクセスいただいた方々の後押しも実感する日々。コメント、拍手、バナークリックでの応援、ありがとうございました。来年も変わらず、ボチボチ、ウダウダ、ホドホドにやっていこうと思っています。引き続きヨロシクです。


今年の最後に、昭和時代からのお笑い好きとして年忘れの一席を。
再び漫才、もといMANZAIブームだそうだが、今も昔もオーソドクスな掛け合い漫才がいい。今更Wけんじというわけにもいかないので、この二組で年忘れ。昨今TVはほとんど見ないので最近のお笑いコンビもほとんど知らないが、この二組は例外。時間を忘れてYouTubeで聴き入ってしまう程気に入っている。

中川家



博多華丸大吉



最後に長講一席。しみじみと年の瀬の<芝浜>もいいが、今宵は冬の話でパッと明るく終わりましょう。
何度聴いても面白い古今亭志ん朝の<二番煎じ>。2001年に急逝した志ん朝は若い頃ドイツ語を学び、大のクラシック音楽ファン、オーディオファンでもあった。



それではみなさん、よいお年を。


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2014年 述懐 <音曲編>


このブログ、今年2014年は180本余の記事を書き、その中でおそらく150枚程の音盤を取り上げた。10月にはブログ開始から4年が経過し、5年目に入った。記録もしていないので定かでないが、この間、記事にした盤は700枚か800枚になるだろうか。音盤棚の目に付くところにある盤は、大体取り上げたかもしれない。 全在庫4000枚の確認を記事にしていると一生続きそうになるが、そう意識して確認するつもりもないし、土台無理な話だ。もちろん新たな音盤購入は皆無といっていい状態だし、中古レコード店巡りはもうやるつもりはない。魅力的ながらCDのボックスセットに付き合うのもそろそろ止めにしようと考えている。そんなわけで、今年も新たな音盤入手はごく僅かで、もっぱら消極的な在庫確認の日が続いたのだが、新旧合せて、印象に残った盤、よく聴いた盤を記しておこう。


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昨年、ジョージ・セルの録音が本家CBSソニーから少しまとまってリリースされた。その際、ブラームスの交響曲集を入手し、このコンビの精緻かつ活き活きとした演奏に感銘を受けた。今年になって、シューマンとベートーヴェンの交響曲集を加え、いずれも年間を通じてよく聴いた。セル&クリーヴランドのコンビは、LPレコード時代の70年からもちろん承知はしていたが、CBSソニーの扱い方もあってか、決して本来の実力を知らしめるものではなかったと記憶している。今回のCDリリースではリマスタリングで音質も改善され、ようやく喉の渇きをいやした次第だ。
チェロ弾きの相方を得てアンサンブルを楽しむようになったこともあり、チェロの盤も以前と変わらずよく聴いた。新しい優秀な奏者もどんどん出てきているのだろうが、そういう情報を確認して演奏に触れるという段取りそのものが次第に面倒になり、もっぱらヤニグロ、トルトゥリエ、ジャンドロンなど、古い奏者の盤を聴いて、今となっては少し古いそのスタイルに触れつつ、心理的なバイアスも加えてしみじみと楽しんだ。

聴く音楽と季節との関わりも近年はっきりしてきた。春から初夏にはシューベルト、シューマン、メンデルスゾーンなど、心にダイレクトに響く美しい旋律と和声にひかれ、盛夏には独墺から離れ、周辺地域や中南米の音楽を、秋には変わらずブラームスの渋い響き…と、そんな風に音楽と一緒に季節も巡ることをあらためて実感した。同時に、そろそろそうしたマンネリ化したルーチン内でしか音楽も聴かないだろうし、あれこれ手を広げて聴く気力もないなあと、還暦を迎えた年齢を勘案しつつ思う。晩秋からひとしきり室内楽と聴き、あらためてクラシックの原点回帰の気分になったり、年末にはフルトヴェングラーのブライトクランク盤を再認識し、といろいろ「あらためて」や「再認識」が続いたこともあった。
ジャズも手持ちの盤を時折り出して楽しんだが、他のポップスや歌謡曲はあまり聴かなかった。古い歌謡曲やポップスを聴いて懐かしむという行為そのものも、段々と楽しさやノスタルジーを通り越して、少々辛く暗い気持ちの方が先に立つようにも感じる。それもこれも年齢のなせるわざかなあと…。

音盤在庫もいずれ整理しようと思っている。その「いずれ」のタイミングを推し量りつつ、当面差し迫った状況でないのをいいことに先延ばしをしているわけだが、ひと月前に還暦となったのを機にボチボチと…という意識にはなってきた。実は数年前に、音盤に押されて場所を失った書籍数百冊を処分した。処分する前には、後悔の念に襲われるのではないかとも思っていたが、実行してみればあっさりしたもので、どうということはなかった。レコードやCDもと思うのだが、こちらは高校時代に最初に買ったレコードからして、まだ1枚も処分していないという現実があって思案中だ。20年後には手提げ鞄一つに道楽の品を収まる程度にして、跡を濁さずの状況を作りたいのだが、さて実行かなうか、かなわざるか。
…と言った舌の先の乾かぬ内でナンだが、アマゾンでバーンスタインの旧マーラー交響曲全集12枚組が驚きの2,750円と聞いて思案中。LP盤で持っているし、それほどよく聴いている盤でもないが、これを手に入れてLPを処分しようか…。まあ、来年も志とは裏腹に、俗っぽい思案で始まるのだろうか。我ながら、まったく懲りないヤツだ。


手持ちの古い録音の在庫確認に終始する中、最近の演奏家に関しては、もっぱらYouTube音源のお世話になった。ブログ記事に貼り付ける目的で当てもなくサーチする中、いくつか印象的な演奏にも出くわした。ダニエル・ハーディングの名前は以前から承知していたが、YouTubeでみた最近の指揮者の中では印象深く聴いた一人だ。マーラー室内管弦楽団を振った2013年プロムスでのシューマンの第2交響曲も何度が聴いて楽しんだ。



たまたまハーディングのシューマンのついでに聴いた演奏。同じく2013年のプロムスでの、ファリャ<三角帽子>。本来のバレエと合せて楽しんだ。<粉屋の踊り>は19分50秒過ぎから。



ジュシュア・ワイラースタインという若い指揮者がデンマーク放送交響楽団を振ったブラームスの第4交響曲もYouTubeで出会った素晴らしい演奏だった。



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2014年 述懐 <六弦編>


今年もまもなく終わり。月並みな言い方だが、気付けばあっという間の一年。いくつかの楽しいこともあり、心痛むこともありの一年だったが、まずは大過なく過ごせたことを振り返り、自分を取り囲むアレコレに感謝しよう。
さて本年述懐。きょうはブログタイトルのうち<六弦編>、マイ・ギターライフを振り返る。
クラシックギターを始めたのは1970年高校一年のときだから、足掛け四十年余ということになる。といっても長いブランクもあり、本格再開したのは数年前のことだ。再開後は遅れてきた道楽バブルよろしく、楽器調達に他流試合にと楽しく過ごしてきたが、今年はその流れに幾らか変化があった。

◇楽器の整理◇
ここ数年、様々なタイプ・時代の楽器を手元において楽しんできたが、もともと楽器蒐集の目当はない。最初から承知していたことだが、多くの楽器を手元においてもそれぞれの真価を発揮するまでに弾き込めるわけではないことをあらためて自覚し、ピーク時には二桁台数あった楽器の整理進めてきた。
中出敏彦、西野春平、中山修などはすでに数年前に放出、その後英国のデイヴィッド・ホワイトマンの楽器をハウザーモデルとオリジナルモデルの2台を入手。他に19世紀ギターのオリジナルも何本か手に入れた。かつての憧れだったハウザーも2年前に入手。その後も古いスパニッシュの味わいを求めて、事あるごとに試奏も重ねてきた。そんな中、ここにきて新たな出会いがあって、これまでの手持ち5本を一気に手放し、替わってあらたに、ゲルハルト・オルディゲスとサイモン・マーティーの2本を手にした。現在の手持ちは以下の通り。

 ヘルマン・ハウザー3世 2006年
 ホセ・ラミレス3世 1978年
 田邊雅啓 2004年
 ゲルハルト・オルディゲス 2008年
 サイモン・マーティー 2006年
 英チャペル社 1860年代

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チャペル社の19世紀オリジナルとラミレス以外は2000年以降の新しい楽器ということになったが、いずれもそれぞれに味わい深い音で、手にするごとにその音に魅了される。
ハウザー3世は「今更?」の前評判に反して、基本に忠実でしっかりした音と作りに感心。いつ弾いても低音・高音とも太くよく通る雑味のない音で、曲の時代性に関わらず、モダンギターとしての万能性を発揮する。近代ギター製作の保守本流をいく趣きがあるし、1世以来、様々なトライアルは継続していると思うが、商品としては妙なラインアップやバリエーションを安易に作らないのも好感がもてる。
ラミレス3世は70年代後半ラミレス工房最盛期のもの。すでに製作者の名を表すスタンプは廃止された時期のものだが、ぼくの個体は内部に残された痕跡からマヌエル・カセレス作のものと思われる。ラミレスは音の分離が悪いと言われることがあるが、おそらくハウザーあたりとの比較の問題で、よくある国産の楽器よりずっと明瞭で和音の調和・分離とも問題はないし、音もよく通る。そして何より高音の甘くたっぷりとした響きが魅力だ。
田邊ギターも完成から10年になった。低いウルフを伴ったたっぷりとした低音と、すっきりした高音で、手元の音量感以上に音はよく通る。工作精度や材料の扱いも完璧で、10年間弦は張ったままだが、ネックはまったく反りもなく指板・フレットともに、これ以上ない程の精度を維持している。
G・オルディゲスとS・マーティーの2本は今年後半に出会って手に入れた。オルディゲスのハウザー1世モデルは、田邊ギターに華やかさと艶っぽさを加えたような音作り。高音はよく延びて歌うし、低音はふっくらとしたボリュームとよく通るエネルギーを併せ持つ感じだ。楽器店で試奏し5分としないうちに即決。今のところ死角が見当たらないほど惚れこんでいる。
S・マーティーは、後述するチェロとのアンサンブル用に音量感のある楽器を物色する中で行き着いた楽器だ。実は3年程前に一度オファーがあったが、そのときは音量を求める状況でもなくパスしていた。昨今、音量優先の楽器はいくつかの選択肢があるが、今回のS・マーティーは、音量感・エネルギー感と、オーソドクスなギターの音色感を併せ持っている点が気に入った。
19世紀ギターはチャペル社製のオリジナル1台だけを残し、他のオリジナル、レプリカ共に手放した。19世紀ギターも仏系・独墺系・伊系と、それぞれに歴史経緯と音色感を持っていて魅力を感じるが、これ以上それらに関わるには、ぼくの素養が不足しているし、これからそれらを身に付けるのも難しいだろうなあと判断した。


◇アンサンブル◇
楽器は弾いてナンボ。2011年からmixiの集まりに時々出向いて下手なソロを楽しんできたが、一方で以前から、ヴァイオリンやチェロ、フルートとのクラシカルなアンサンブルをやりたいという気持ちがあった。運よく昨年、チェロ弾き、フルート吹きのハイアマチュア2名と知り合い、ときどき合わせる機会を持つに至った。特にチェロの相方とは二ヶ月に一度のペースで遊ぶことができた。最初はピアソラ<タンゴの歴史>で遊びましょ、から始まり、8月にはジャズ・ボッサ(なんちゃってボッサ?!)を弾いてちょっとしたステージで本番デヴュー。年明けの2月には達者なチェロ弾き達の集まりに参加し、メンデルスゾーンの<無言歌>作品109で本番を予定している。ギターやマンドリンという以前から身近にあった楽器とのアンサンブルと違い、クラシカルな正統派楽器とのアンサンブルは実に楽しくもあり、勉強にもなる。

…というわけで、今年の述懐<六弦編>のあれこれ。楽器探しの放浪も一旦終息。アンサンブルの相手にも恵まれ、来年は弾くことに専念したいと思うが、さてどうなるか。 最後に、以前の記事にも貼った音源だが、今年楽しんだアンサンブルの音源をいくつか貼って備忘としよう。


メンデルスゾーン<無言歌>作品109(抜粋)


エルガー<夜の歌>(抜粋)


ジャズ・ボッサの名曲<ブルー・ボッサ>(抜粋)


モーツァルトのヴァイオリンソナタK.304を元曲にした、ピエール・ジャン・ポッロ(仏1750–1831)の三重奏曲。



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ギター工房訪問記 大阪 庄司清英工房 2002年


本年の業務もつつがなく終了!ふ~っ…。きょう26日は仕事納め。あすから年末年始の休みに入る。この休みこそ懸案のアレコレを何とかしよう…と宣言しつつ、もう何度長期休みを無為に過ごしたことか。ホント、年取るごとに無精になっていけない。
さて、今夜は帰宅が少々遅くなり、もう日付が変る直前。オーディオのスイッチを入れるタイミングも逃したので、先日書いた久々の工房訪問記の続きをば。工房訪問記もちネタの最後として、大阪の庄司清英氏の工房を紹介したい。と言っておいていきなりナンだが、ぼくが訪問したのはもう10年以上前のこと。現在の工房へ引っ越す直前の訪問で、ここで紹介する工房は今はもうない。


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庄司工房を訪れたのは2002年11月。ちょうど出張先ポイントのごく近い所に工房があることを知り、翌日は朝から重い会議という晩に大阪入りし、夜8時を過ぎた頃にお邪魔した。周辺は国道1号線沿いのビルが立ち並ぶ街中。その中に一軒、古色蒼然といってもいい民家があって、そこが庄司氏の工房だった。
写真でおおよそ見当がつくと思うが、典型的なギター製作現場という赴き。6畳を二つ並べたようなやや細長い部屋が工房になっていた。仕事で関東から来た、近々1本新調しようと思っている等、こちらの状況を告げると、歓迎と共に気安くいろいろと話をしてくれた。もともとは高知生まれで、長野県のあるギターメーカーの工場で働き始めたのが製作のきっかけと語っていた。庄司氏の楽器はその頃も現在も、年間10本程度の製作本数で、その多くは直接の注文のようだ。楽器店の店頭でコンスタントに見かけることはほとんどないだろう。ぼくも一、二度中古品が出たのを見た程度だ。訪問した日も製作途中のギターを仕上げている最中で、ネックの状態を確認し、糸巻きを取り付けるところだった。


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さっそく、1週間ほど前に出来上がって、納品まで少し寝かせている最中というギターを試奏させてもらった。表板が松、横裏板は極上のハカランダ材、弦長650mmという仕様。当時で100万円の値付けで、庄司ギターの中で最上位グレードのものだった。もう随分と昔のことだし、当時と今とではギターの音色に対するぼくの感度も違うので、あまり自信はないのだが、とてもしっかりした楽器で、低音は強く重く、高音も張り詰めた緊張感と太さがあったと記憶している。当時、中国地方出身の何名かが庄司ギターを使ってコンクールに出ているとも伺った。初級者が軽いタッチで弾いて、楽に音を出すというタイプではなく、きちんとしたタッチで弾いてこそ真価を発揮するタイプの楽器だと思う。

前記のように、ぼくの訪問からほどなくして、現在の工房へ引越しした模様。年間10本の製作本数は変えていないということだから、昔も今も楽器の性格はそう大きく違わないだろうと思う。以前から製作教室を開いたり、コンクールに挑む若者を支援したりと、コミュニケーションの輪も広い様子。年齢も60歳を少し過ぎたところというから、製作家としてはもっとも油が乗っている時期かもしれない。


庄司ギターを使っている演奏動画。



-これまでのギター工房訪問記-
野辺正二(浦和)
中山修(久留米)
堤謙光(浦和)
廣瀬達彦/一柳一雄・邦彦(名古屋)
松村雅亘(大阪)
西野春平(所沢)
田邊雅啓(足利)
田邊工房2014年

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フルトヴェングラーのブライトクランク盤<英雄>


クリスマスイヴ、イヴヴヴwww… 浮世の風情とも無縁で本日も業務終了後、8時過ぎに帰宅。事情あって近所の蕎麦屋で夕飯。丼物・うどんのたぐいはなく蕎麦のみの、田舎には珍しく純なる更科系蕎麦屋。四十前後かと思われるこざっぱりとした亭主はきびきびとした所作で、白い仕事着に、なぜか足元はいつもローファー(^^; 季節限定の柚子切り蕎麦。色白更科娘がかわいくイエローに染まり、中々美味でありました。
帰宅後、部屋を暖め音盤タイム。先日のモントゥーの<英雄>つながりで今夜も<英雄>を。


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フルトヴェングラー&ウィーンフィルによる1952年ウィーン・ムジークフェラインでの録音。今夜取り出したのは90年代初頭にリリースされたブライトクランク盤。この盤を取り出したのは他でもない、少し前に第九を続けて聴いた際に、例のバイロイト1952盤のブライトクランクを聴いて、その音の良さにあらためて感心したからだ。

1954年に亡くなったフルトヴェングラーにとっては晩年といっていい50年代に入ってからの演奏は、40年代壮年期の演奏と比べてイマイチとの評価もある。確かにこの<英雄>も40年代のウィーンフィルとの通称ウラニア盤のようなエモーショナルな表現、聴く者の心に何かを突き刺してくるような表現は影をひそめている。すなわち、テンポ設定は遅く、すべての音の彫りが深くなり、アクセントやスフォルツァンドは鈍いアインザッツで深さを求める。オケの音は8割ほどの力の入れ具合で、常に余裕をもって響く。そうしたフルトヴェングラー晩年の演奏様式がブライトクランク・ステレオによって見事に蘇る。弦楽群、とりわけチェロ・コンバスの深く重い響き、余裕をもったホルンの伸びやかな音、いずれもモノラル録音では味わえない音の広がりがある。擬似ステレオという、いかにもな名称からイメージする作り物的な不自然さはほとんど感じない。オリジナル至上主義も立派な見識だが、音の貧弱さを特別なこだわりを施したモノラル再生装置や、ましてや精神論で補うのも限界がある。昨今のデジタル技術を駆使すれば、十分納得のいく電気的ステレオ化も可能だと思うが、どうだろう。


この盤を同じ年の1952年ベルリンフィルとのライヴを擬似ステレオ化したという音源。PC付属の貧弱なスピーカでは分からないので、ヘッドフォンでどうぞ。演奏そのものの特徴はウィーンフィル盤と似ている部分が多い。細部はセッション録音のウィーンフィル盤の方が演奏・録音ともいい。
http://youtu.be/voz8NTrNUT0

この盤と同じコンビのよる<田園>1952年モノラル盤を個人で擬似ステレオ化したという音源。第1楽章。
やや残響過多だが、うまく出来ていると思う。



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ギター工房訪問記 浦和 野辺正二工房 2002年


久しぶりのギター製作工房訪問記。といっても、もう10年以上昔の話で恐縮です。
2002年5月。ところは埼玉県浦和。60年代からギター製作の一人者として評価の高かった野辺正二氏の工房を訪問した。ぼくが40代半ばになったちょうどその頃、諸事情重なってギターを再開する気分になり、ついては1本楽器を新調しようかと考えたのが事の発端だ。

休日の昼下がり、JR浦和駅へ。まだ持ち始めて間もなかった携帯電話から電話を入れると、二男の野辺雅史氏が車で迎えに来てくれた。浦和市内の閑静な住宅地にある立派な門構えの野辺宅。20畳はあろうかという広間に通された。落ち着いた色合いと調度品。製作した楽器も飾ってある。プライベートなコンサートには打って付けの広さと響き。しばし雅史氏と歓談したあと、工房を案内してもらった。当時は父正二氏と二人の子息の三人で製作にあたっていた。工房内は作業工程によっていくつかに分かれていて整理が行き届いている。広さも、ぼくが知る個人工房の中ではもっとも広い。


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長身の野辺正二氏が作業の手を休めて、いろいろと興味深い話をしてくれた。東京オリンピックを機に世の中、身辺の様相が一変したこと、楽器の命である材料は、その東京オリンピック当時のものがまだストックしてあるという。小屋裏には大量の材料ストック。このときすでに40年近い年月、自然乾燥下に置かれていたことになる。
仕上がったばかりの楽器2本試奏させてもらった。共にいい材料が使われ、簡素な装飾と抜かりのない工作精度で仕上げられていた。ボディーシェイプはアグアドを思わせる。音はびっくりするようなものではない。突出したところもなく、すべてがごく自然に響く。余計な倍音はほとんどなく、木質系の、穏やかながらよく通りそうな音だった。おそらく、こういう楽器が長年の弾き込みでこなれてくると、飽きのこない、まさに燥し銀のごとくと、たとえられるような名器になっていくのだろうと感じた。

帰りがけに、「お土産というほどのものではないが」と雅史氏から、材料のハカランダ端材をカットしたコースターをいただいた。 残念なことに、この訪問から2年後の2004年、野辺正二氏は急逝。写真に写っている後姿も今はない。また野辺ギター工房はその後浦和から埼玉県美里町へ移り。現在は二男の雅史氏が、父から受け継がれた良材を使って製作を続けている。また長男の成二氏は浦和でギター製作とアンティークの店を構えている。


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<世界初のデジタル録音盤> スメタナSQのモーツァルトK.421


きょう12月14日で思い出すのは赤穂浪士の討ち入り。この時期になると年末三点セットと称した記事をアップしたくなるのだが、毎年繰り返すのもナニかなと去年はお休み。そして今年もお休みだ。以前からこのブログに付き合っていただいている輩には、またかぁの与太話だが、何それ?という向きは一昨年のこの記事を
ところできょうの昼下がり、音盤棚を探っていて貴重な盤を見つけた。スメタナカルテットによるモーツァルトのLPだ。弦楽四重奏曲第17番変ロ長調<狩>K.458と第15番ニ短調K.421が収録されている。


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きちんと整理していないのではっきりしないのだが、手元にはおよそ2000~2500枚程のアナログレコードがある。以前も記した通り、ぼくはコレクターでも何でもなく、若い頃はマイナーな廉価盤をショボショボと買い、30代、40代と音楽とは疎遠な状態で過ごしてその後復活、十年ほど前にネットで行き着いたデッドストック所有者からの箱買いや、出張の折の中古レコード店行脚で集めるともなく集まった。この10年余で急増したこともあって、中にはまったく針を通していない盤も多々ある。このスメタナSQのモーツァルトもそんな1枚で、きょう初めてジャケットを広げた。この盤は1972年に作られた世界初のデジタル録音盤として有名な盤だ。事の詳細はこちらのサイトを見ていただきたい。かいつまんで言えば…60年代から日本コロンビア(DENON)はNHKと共同でデジタル方式の録音・再生の開発を進めていた。それが初めて結実して商品として世に出たのが、このスメタナSQのレコードというわけだ。レコードのデジタル録音が一般化する数年前、そしてCDが登場する10年前。まだ<PCM録音>という呼称も使われていた時期だ。 


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手持ちの盤は以前、@100~300円で箱買いした盤の中に入っていたもので、まったくの未聴品。今夜初めてジャケットが開けられ、拙宅のレコードプレイヤーの上で40年余の眠りから突然起こされたことになる。見開きジャケットに記されたスメタナSQの紹介と曲の解説に加え、PCM録音に関する解説が記された付録が付いている。1972年というと大阪万博から2年後、第一次オイルショックの前年。そしてこの盤がその後大きな変貌を遂げるオーディオ世界の最初一頁を記したことになる。

第2面のモーツァルト弦楽四重奏曲第15番二短調K.421をCEC:ST930のターンテーブルに載せる。回転が安定した頃合を見計らって、オルトフォンSPUの針を静かに降ろす。ごく僅かなトレースノイズに続いて第1楽章の憂いに満ちた主題が静かに流れ出す。一聴して、そのクリアかつ深みのある音色の驚いた。デジタル録音初期のものの中には、音のエッジが立ち過ぎた録音も散見されるが、この盤にはそれがない。レコードとCDを比較して、アナログレコードの良さを訴える記事はよく見かけるが、ぼく自身はレコードの音の方がいいとは思わない。しかしこの盤に関しては、同じ録音のCDと比較したわけではないので、はっきりしたことは言えないが、LP盤に軍配を挙げるかもしれない。各楽器の音色やボウイングのかすかなコントロール具合、胴鳴りを伴ったチェロ。それらが手に取るように聴き取れる素晴らしい録音だ。

スメタナSQはこの盤のジャケット写真からも分かる通り、ステージでは暗譜で演奏する。音符そのものはもちろん、互いのパートとの関連も含めて曲の隅々まで全員が掌握して演奏に望んでいる証しだろう。曲についての解説はあちこちのサイトで語られているだろうから、付け加えるものもない。緊張感の中にも終始控え目な憂いの表現を感じさせる第1楽章。スメタナSQはかなりゆっくりとしたテンポで弾き進める。内省的な主題が支配する第2楽章。メヌエットの主部とトリオの対象がとりわけ際立つ第3楽章では、スメタナSQのシフトチェンジが鮮やかだ。終楽章はシチリアーノ風の主題による変奏曲。全楽章を通してスメタナSQの演奏は、弦楽器が本来持つ木質系の自然な音色と豊かな倍音が美しい。もちろん曲が曲だけに、無理に音量を稼いだり、力で迫力を前面に出すようなところは皆無だ。
やがて百年になる音楽録音史上の記念すべき1枚は、日本の技術によって作られた。現在もCDフォーマットで手に入る。機会があればCDと比較して聴いてみたい。


ハーゲンSQによる演奏。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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