2014年 述懐 <番外編>



年末になって寒さもひとしお身にしみる。当地関東では暖冬の予報に反して寒い日が続いている。この二日間も時に雨まじりの天気が続いていたが、きょうはようやく晴れ間に恵まれ、昼過ぎは陽射し差し込む方寸の道楽部屋で過ごした。さて、<六弦編>と<音曲編>の本年述懐に加え、きょうはその他部門の<番外編>を記しておこう。といっても、公私身辺事情や天下国家を語るつもりはないので、オーディオねたを少々。


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長らく愛用した三菱2S-305を手放したのが昨年春。その後、以前からサブで使っていた東京神田のオーディオセレクトショップ:リビングミュージック社の小型スピーカーに加え、ハーベスのHL-P3ESRを手に入れ、ひとまず心静かに過ごしていた。しかし今年になってから、大型スピーカーのへ恋慕捨てきれず、あれこれ迷った挙句、夏の終わりにタンノイのスターリングを発注してしまった。お買い得の美品中古だったとはいえ、ほとんど衝動買い。あれほど「もう大型には戻らない」と言っていたはずなのに。まあ、思うようにいかないのが人生だ。そのタンノイとの日々も四ヶ月が過ぎたのだが、実のところ甘い蜜月というほどの時間を過ごしていない。以前の記事にも書いたように、50Hzあたりから下、コントラバスの4弦音域にあたる帯域で踏ん張りがきかず、思いのほか早くロールオフしてしまう。当初不満を持つかなあと思っていた中高音には満足し、問題ないと踏んでいた低音が意外にもかったるいのだ。タンノイと今後より深い関係になるかどうか思案のしどころ。傷が深くならないうちに別れ話を切り出そうかと、不穏な空気の日々が続いている。


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来年に向けて、もう一つ思案中なのは、昨今のデジタル環境への対応だ。レコードとCDの再生用ハードウェアは現在のラインナップでいいとして、やれハイレゾだ、やれDSDだといった昨今の音源状況への対応をどうしようかと考えている。これから新たに音源をストックしていく人は、新しいフォーマットを受け入るのが懸命だと思うが、すでの相当数のストックがあり、今後はもう音源を増やすつもりはない、CDのリッピングやLPのデジタル化で音源をHDDにストックするなんて気が遠くなりそうだ、などと豪語する立場としては、もう新たなフォーマットへ対応する意味はほとんどないだろう。一方で、純粋な技術的興味もないではなく、いわく空気感の表現、いわく微細なニュアンスの表出などと聞くと、体がむずむずしてくる。ひとまずPC経由の音をPCのアナログ出力ではなく、USBからDACへ入れるくらいのことはしようかと、DAC内蔵のヘッドフォンアンプあたりを手に入れて様子をみようかと思案中だ。そんなこんなで、来年も<ギター><音盤><オーディオ>の道楽トライアングル上での黄金バランスを志向し、やがてくる年金生活者という肩書きも意識しつつボチボチやっていくつもりだ。

さて、あす一日残して今年も終わり。勝手なマイペース与太話といいながら、日々アクセスいただいた方々の後押しも実感する日々。コメント、拍手、バナークリックでの応援、ありがとうございました。来年も変わらず、ボチボチ、ウダウダ、ホドホドにやっていこうと思っています。引き続きヨロシクです。


今年の最後に、昭和時代からのお笑い好きとして年忘れの一席を。
再び漫才、もといMANZAIブームだそうだが、今も昔もオーソドクスな掛け合い漫才がいい。今更Wけんじというわけにもいかないので、この二組で年忘れ。昨今TVはほとんど見ないので最近のお笑いコンビもほとんど知らないが、この二組は例外。時間を忘れてYouTubeで聴き入ってしまう程気に入っている。

中川家



博多華丸大吉



最後に長講一席。しみじみと年の瀬の<芝浜>もいいが、今宵は冬の話でパッと明るく終わりましょう。
何度聴いても面白い古今亭志ん朝の<二番煎じ>。2001年に急逝した志ん朝は若い頃ドイツ語を学び、大のクラシック音楽ファン、オーディオファンでもあった。



それではみなさん、よいお年を。


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2014年 述懐 <音曲編>


このブログ、今年2014年は180本余の記事を書き、その中でおそらく150枚程の音盤を取り上げた。10月にはブログ開始から4年が経過し、5年目に入った。記録もしていないので定かでないが、この間、記事にした盤は700枚か800枚になるだろうか。音盤棚の目に付くところにある盤は、大体取り上げたかもしれない。 全在庫4000枚の確認を記事にしていると一生続きそうになるが、そう意識して確認するつもりもないし、土台無理な話だ。もちろん新たな音盤購入は皆無といっていい状態だし、中古レコード店巡りはもうやるつもりはない。魅力的ながらCDのボックスセットに付き合うのもそろそろ止めにしようと考えている。そんなわけで、今年も新たな音盤入手はごく僅かで、もっぱら消極的な在庫確認の日が続いたのだが、新旧合せて、印象に残った盤、よく聴いた盤を記しておこう。


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昨年、ジョージ・セルの録音が本家CBSソニーから少しまとまってリリースされた。その際、ブラームスの交響曲集を入手し、このコンビの精緻かつ活き活きとした演奏に感銘を受けた。今年になって、シューマンとベートーヴェンの交響曲集を加え、いずれも年間を通じてよく聴いた。セル&クリーヴランドのコンビは、LPレコード時代の70年からもちろん承知はしていたが、CBSソニーの扱い方もあってか、決して本来の実力を知らしめるものではなかったと記憶している。今回のCDリリースではリマスタリングで音質も改善され、ようやく喉の渇きをいやした次第だ。
チェロ弾きの相方を得てアンサンブルを楽しむようになったこともあり、チェロの盤も以前と変わらずよく聴いた。新しい優秀な奏者もどんどん出てきているのだろうが、そういう情報を確認して演奏に触れるという段取りそのものが次第に面倒になり、もっぱらヤニグロ、トルトゥリエ、ジャンドロンなど、古い奏者の盤を聴いて、今となっては少し古いそのスタイルに触れつつ、心理的なバイアスも加えてしみじみと楽しんだ。

聴く音楽と季節との関わりも近年はっきりしてきた。春から初夏にはシューベルト、シューマン、メンデルスゾーンなど、心にダイレクトに響く美しい旋律と和声にひかれ、盛夏には独墺から離れ、周辺地域や中南米の音楽を、秋には変わらずブラームスの渋い響き…と、そんな風に音楽と一緒に季節も巡ることをあらためて実感した。同時に、そろそろそうしたマンネリ化したルーチン内でしか音楽も聴かないだろうし、あれこれ手を広げて聴く気力もないなあと、還暦を迎えた年齢を勘案しつつ思う。晩秋からひとしきり室内楽と聴き、あらためてクラシックの原点回帰の気分になったり、年末にはフルトヴェングラーのブライトクランク盤を再認識し、といろいろ「あらためて」や「再認識」が続いたこともあった。
ジャズも手持ちの盤を時折り出して楽しんだが、他のポップスや歌謡曲はあまり聴かなかった。古い歌謡曲やポップスを聴いて懐かしむという行為そのものも、段々と楽しさやノスタルジーを通り越して、少々辛く暗い気持ちの方が先に立つようにも感じる。それもこれも年齢のなせるわざかなあと…。

音盤在庫もいずれ整理しようと思っている。その「いずれ」のタイミングを推し量りつつ、当面差し迫った状況でないのをいいことに先延ばしをしているわけだが、ひと月前に還暦となったのを機にボチボチと…という意識にはなってきた。実は数年前に、音盤に押されて場所を失った書籍数百冊を処分した。処分する前には、後悔の念に襲われるのではないかとも思っていたが、実行してみればあっさりしたもので、どうということはなかった。レコードやCDもと思うのだが、こちらは高校時代に最初に買ったレコードからして、まだ1枚も処分していないという現実があって思案中だ。20年後には手提げ鞄一つに道楽の品を収まる程度にして、跡を濁さずの状況を作りたいのだが、さて実行かなうか、かなわざるか。
…と言った舌の先の乾かぬ内でナンだが、アマゾンでバーンスタインの旧マーラー交響曲全集12枚組が驚きの2,750円と聞いて思案中。LP盤で持っているし、それほどよく聴いている盤でもないが、これを手に入れてLPを処分しようか…。まあ、来年も志とは裏腹に、俗っぽい思案で始まるのだろうか。我ながら、まったく懲りないヤツだ。


手持ちの古い録音の在庫確認に終始する中、最近の演奏家に関しては、もっぱらYouTube音源のお世話になった。ブログ記事に貼り付ける目的で当てもなくサーチする中、いくつか印象的な演奏にも出くわした。ダニエル・ハーディングの名前は以前から承知していたが、YouTubeでみた最近の指揮者の中では印象深く聴いた一人だ。マーラー室内管弦楽団を振った2013年プロムスでのシューマンの第2交響曲も何度が聴いて楽しんだ。



たまたまハーディングのシューマンのついでに聴いた演奏。同じく2013年のプロムスでの、ファリャ<三角帽子>。本来のバレエと合せて楽しんだ。<粉屋の踊り>は19分50秒過ぎから。



ジュシュア・ワイラースタインという若い指揮者がデンマーク放送交響楽団を振ったブラームスの第4交響曲もYouTubeで出会った素晴らしい演奏だった。



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2014年 述懐 <六弦編>


今年もまもなく終わり。月並みな言い方だが、気付けばあっという間の一年。いくつかの楽しいこともあり、心痛むこともありの一年だったが、まずは大過なく過ごせたことを振り返り、自分を取り囲むアレコレに感謝しよう。
さて本年述懐。きょうはブログタイトルのうち<六弦編>、マイ・ギターライフを振り返る。
クラシックギターを始めたのは1970年高校一年のときだから、足掛け四十年余ということになる。といっても長いブランクもあり、本格再開したのは数年前のことだ。再開後は遅れてきた道楽バブルよろしく、楽器調達に他流試合にと楽しく過ごしてきたが、今年はその流れに幾らか変化があった。

◇楽器の整理◇
ここ数年、様々なタイプ・時代の楽器を手元において楽しんできたが、もともと楽器蒐集の目当はない。最初から承知していたことだが、多くの楽器を手元においてもそれぞれの真価を発揮するまでに弾き込めるわけではないことをあらためて自覚し、ピーク時には二桁台数あった楽器の整理進めてきた。
中出敏彦、西野春平、中山修などはすでに数年前に放出、その後英国のデイヴィッド・ホワイトマンの楽器をハウザーモデルとオリジナルモデルの2台を入手。他に19世紀ギターのオリジナルも何本か手に入れた。かつての憧れだったハウザーも2年前に入手。その後も古いスパニッシュの味わいを求めて、事あるごとに試奏も重ねてきた。そんな中、ここにきて新たな出会いがあって、これまでの手持ち5本を一気に手放し、替わってあらたに、ゲルハルト・オルディゲスとサイモン・マーティーの2本を手にした。現在の手持ちは以下の通り。

 ヘルマン・ハウザー3世 2006年
 ホセ・ラミレス3世 1978年
 田邊雅啓 2004年
 ゲルハルト・オルディゲス 2008年
 サイモン・マーティー 2006年
 英チャペル社 1860年代

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チャペル社の19世紀オリジナルとラミレス以外は2000年以降の新しい楽器ということになったが、いずれもそれぞれに味わい深い音で、手にするごとにその音に魅了される。
ハウザー3世は「今更?」の前評判に反して、基本に忠実でしっかりした音と作りに感心。いつ弾いても低音・高音とも太くよく通る雑味のない音で、曲の時代性に関わらず、モダンギターとしての万能性を発揮する。近代ギター製作の保守本流をいく趣きがあるし、1世以来、様々なトライアルは継続していると思うが、商品としては妙なラインアップやバリエーションを安易に作らないのも好感がもてる。
ラミレス3世は70年代後半ラミレス工房最盛期のもの。すでに製作者の名を表すスタンプは廃止された時期のものだが、ぼくの個体は内部に残された痕跡からマヌエル・カセレス作のものと思われる。ラミレスは音の分離が悪いと言われることがあるが、おそらくハウザーあたりとの比較の問題で、よくある国産の楽器よりずっと明瞭で和音の調和・分離とも問題はないし、音もよく通る。そして何より高音の甘くたっぷりとした響きが魅力だ。
田邊ギターも完成から10年になった。低いウルフを伴ったたっぷりとした低音と、すっきりした高音で、手元の音量感以上に音はよく通る。工作精度や材料の扱いも完璧で、10年間弦は張ったままだが、ネックはまったく反りもなく指板・フレットともに、これ以上ない程の精度を維持している。
G・オルディゲスとS・マーティーの2本は今年後半に出会って手に入れた。オルディゲスのハウザー1世モデルは、田邊ギターに華やかさと艶っぽさを加えたような音作り。高音はよく延びて歌うし、低音はふっくらとしたボリュームとよく通るエネルギーを併せ持つ感じだ。楽器店で試奏し5分としないうちに即決。今のところ死角が見当たらないほど惚れこんでいる。
S・マーティーは、後述するチェロとのアンサンブル用に音量感のある楽器を物色する中で行き着いた楽器だ。実は3年程前に一度オファーがあったが、そのときは音量を求める状況でもなくパスしていた。昨今、音量優先の楽器はいくつかの選択肢があるが、今回のS・マーティーは、音量感・エネルギー感と、オーソドクスなギターの音色感を併せ持っている点が気に入った。
19世紀ギターはチャペル社製のオリジナル1台だけを残し、他のオリジナル、レプリカ共に手放した。19世紀ギターも仏系・独墺系・伊系と、それぞれに歴史経緯と音色感を持っていて魅力を感じるが、これ以上それらに関わるには、ぼくの素養が不足しているし、これからそれらを身に付けるのも難しいだろうなあと判断した。


◇アンサンブル◇
楽器は弾いてナンボ。2011年からmixiの集まりに時々出向いて下手なソロを楽しんできたが、一方で以前から、ヴァイオリンやチェロ、フルートとのクラシカルなアンサンブルをやりたいという気持ちがあった。運よく昨年、チェロ弾き、フルート吹きのハイアマチュア2名と知り合い、ときどき合わせる機会を持つに至った。特にチェロの相方とは二ヶ月に一度のペースで遊ぶことができた。最初はピアソラ<タンゴの歴史>で遊びましょ、から始まり、8月にはジャズ・ボッサ(なんちゃってボッサ?!)を弾いてちょっとしたステージで本番デヴュー。年明けの2月には達者なチェロ弾き達の集まりに参加し、メンデルスゾーンの<無言歌>作品109で本番を予定している。ギターやマンドリンという以前から身近にあった楽器とのアンサンブルと違い、クラシカルな正統派楽器とのアンサンブルは実に楽しくもあり、勉強にもなる。

…というわけで、今年の述懐<六弦編>のあれこれ。楽器探しの放浪も一旦終息。アンサンブルの相手にも恵まれ、来年は弾くことに専念したいと思うが、さてどうなるか。 最後に、以前の記事にも貼った音源だが、今年楽しんだアンサンブルの音源をいくつか貼って備忘としよう。


メンデルスゾーン<無言歌>作品109(抜粋)


エルガー<夜の歌>(抜粋)


ジャズ・ボッサの名曲<ブルー・ボッサ>(抜粋)


モーツァルトのヴァイオリンソナタK.304を元曲にした、ピエール・ジャン・ポッロ(仏1750–1831)の三重奏曲。



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ギター工房訪問記 大阪 庄司清英工房 2002年


本年の業務もつつがなく終了!ふ~っ…。きょう26日は仕事納め。あすから年末年始の休みに入る。この休みこそ懸案のアレコレを何とかしよう…と宣言しつつ、もう何度長期休みを無為に過ごしたことか。ホント、年取るごとに無精になっていけない。
さて、今夜は帰宅が少々遅くなり、もう日付が変る直前。オーディオのスイッチを入れるタイミングも逃したので、先日書いた久々の工房訪問記の続きをば。工房訪問記もちネタの最後として、大阪の庄司清英氏の工房を紹介したい。と言っておいていきなりナンだが、ぼくが訪問したのはもう10年以上前のこと。現在の工房へ引っ越す直前の訪問で、ここで紹介する工房は今はもうない。


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庄司工房を訪れたのは2002年11月。ちょうど出張先ポイントのごく近い所に工房があることを知り、翌日は朝から重い会議という晩に大阪入りし、夜8時を過ぎた頃にお邪魔した。周辺は国道1号線沿いのビルが立ち並ぶ街中。その中に一軒、古色蒼然といってもいい民家があって、そこが庄司氏の工房だった。
写真でおおよそ見当がつくと思うが、典型的なギター製作現場という赴き。6畳を二つ並べたようなやや細長い部屋が工房になっていた。仕事で関東から来た、近々1本新調しようと思っている等、こちらの状況を告げると、歓迎と共に気安くいろいろと話をしてくれた。もともとは高知生まれで、長野県のあるギターメーカーの工場で働き始めたのが製作のきっかけと語っていた。庄司氏の楽器はその頃も現在も、年間10本程度の製作本数で、その多くは直接の注文のようだ。楽器店の店頭でコンスタントに見かけることはほとんどないだろう。ぼくも一、二度中古品が出たのを見た程度だ。訪問した日も製作途中のギターを仕上げている最中で、ネックの状態を確認し、糸巻きを取り付けるところだった。


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さっそく、1週間ほど前に出来上がって、納品まで少し寝かせている最中というギターを試奏させてもらった。表板が松、横裏板は極上のハカランダ材、弦長650mmという仕様。当時で100万円の値付けで、庄司ギターの中で最上位グレードのものだった。もう随分と昔のことだし、当時と今とではギターの音色に対するぼくの感度も違うので、あまり自信はないのだが、とてもしっかりした楽器で、低音は強く重く、高音も張り詰めた緊張感と太さがあったと記憶している。当時、中国地方出身の何名かが庄司ギターを使ってコンクールに出ているとも伺った。初級者が軽いタッチで弾いて、楽に音を出すというタイプではなく、きちんとしたタッチで弾いてこそ真価を発揮するタイプの楽器だと思う。

前記のように、ぼくの訪問からほどなくして、現在の工房へ引越しした模様。年間10本の製作本数は変えていないということだから、昔も今も楽器の性格はそう大きく違わないだろうと思う。以前から製作教室を開いたり、コンクールに挑む若者を支援したりと、コミュニケーションの輪も広い様子。年齢も60歳を少し過ぎたところというから、製作家としてはもっとも油が乗っている時期かもしれない。


庄司ギターを使っている演奏動画。



-これまでのギター工房訪問記-
野辺正二(浦和)
中山修(久留米)
堤謙光(浦和)
廣瀬達彦/一柳一雄・邦彦(名古屋)
松村雅亘(大阪)
西野春平(所沢)
田邊雅啓(足利)
田邊工房2014年

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フルトヴェングラーのブライトクランク盤<英雄>


クリスマスイヴ、イヴヴヴwww… 浮世の風情とも無縁で本日も業務終了後、8時過ぎに帰宅。事情あって近所の蕎麦屋で夕飯。丼物・うどんのたぐいはなく蕎麦のみの、田舎には珍しく純なる更科系蕎麦屋。四十前後かと思われるこざっぱりとした亭主はきびきびとした所作で、白い仕事着に、なぜか足元はいつもローファー(^^; 季節限定の柚子切り蕎麦。色白更科娘がかわいくイエローに染まり、中々美味でありました。
帰宅後、部屋を暖め音盤タイム。先日のモントゥーの<英雄>つながりで今夜も<英雄>を。


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フルトヴェングラー&ウィーンフィルによる1952年ウィーン・ムジークフェラインでの録音。今夜取り出したのは90年代初頭にリリースされたブライトクランク盤。この盤を取り出したのは他でもない、少し前に第九を続けて聴いた際に、例のバイロイト1952盤のブライトクランクを聴いて、その音の良さにあらためて感心したからだ。

1954年に亡くなったフルトヴェングラーにとっては晩年といっていい50年代に入ってからの演奏は、40年代壮年期の演奏と比べてイマイチとの評価もある。確かにこの<英雄>も40年代のウィーンフィルとの通称ウラニア盤のようなエモーショナルな表現、聴く者の心に何かを突き刺してくるような表現は影をひそめている。すなわち、テンポ設定は遅く、すべての音の彫りが深くなり、アクセントやスフォルツァンドは鈍いアインザッツで深さを求める。オケの音は8割ほどの力の入れ具合で、常に余裕をもって響く。そうしたフルトヴェングラー晩年の演奏様式がブライトクランク・ステレオによって見事に蘇る。弦楽群、とりわけチェロ・コンバスの深く重い響き、余裕をもったホルンの伸びやかな音、いずれもモノラル録音では味わえない音の広がりがある。擬似ステレオという、いかにもな名称からイメージする作り物的な不自然さはほとんど感じない。オリジナル至上主義も立派な見識だが、音の貧弱さを特別なこだわりを施したモノラル再生装置や、ましてや精神論で補うのも限界がある。昨今のデジタル技術を駆使すれば、十分納得のいく電気的ステレオ化も可能だと思うが、どうだろう。


この盤を同じ年の1952年ベルリンフィルとのライヴを擬似ステレオ化したという音源。PC付属の貧弱なスピーカでは分からないので、ヘッドフォンでどうぞ。演奏そのものの特徴はウィーンフィル盤と似ている部分が多い。細部はセッション録音のウィーンフィル盤の方が演奏・録音ともいい。
http://youtu.be/voz8NTrNUT0

この盤と同じコンビのよる<田園>1952年モノラル盤を個人で擬似ステレオ化したという音源。第1楽章。
やや残響過多だが、うまく出来ていると思う。



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モントゥーの<英雄>


クラシックに親しむようになってから40年以上の月日が経つが、その間最も多く聴いた交響曲はといえば、間違いなくベートーヴェンだ。貧乏学生時代に何とかやりくりして最初に集めたレコードはベートーヴェンの交響曲だった。全9曲、演奏を聴きながら鼻歌で通して合わせる位のことは今も出来る。しかし近年、ベートーヴェンの交響曲をあまり聴かなくなった。ハイドンやブラームス、そしてシューベルト、メンデルスゾーンあたりを聴く機会が多い。学生時代にあれほど聴いたブルックナーやマーラーを鳴らすことも少なくなった。ベートーヴェンで今でもよく聴くのは何故か第2番と第9番。英雄も運命も7番もすっかりご無沙汰だ。そんな中、実は少し前から英雄でも聴こうかという気分になっていて、今夜は久々に懐かしい盤を取り出した。


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ピエール・モントゥーがアムステルダムコンセルトへボウ管を指揮したもの。1962年録音。手持ちの盤は70年代半ばに出ていたフィリップス系の廉価盤レーベル:フォンタナの1枚。学生時代に初めての英雄のレコードを買おうかと思い品定めをした際、リハーサル風景が収録されているという理由でこの盤を選んだ。もちろん廉価盤という条件は大前提だ。今にして思えば、結果的にいい盤を選んだなあと思う。久々に聴いて、この盤の素晴らしさにあらためて感服した。

第1楽章冒頭の二つの和音。コンサートで指揮者の棒を見ているときは、最初の和音に続いて二つ目の和音が鳴るタイミングは当然分かる。しかしレコードやCDで聴いていると、その二つ目の和音のタイミングがわからない。自分なりのテンポ感で聴いたときにピタリとくる演奏とそうでないものがある。久しぶりに聴いたこのモントゥー盤はそれがピタリときた。その二つの和音のあと、主題の提示は少し遅めのテンポかなあと思っていると、まもなくテンポが少し上がってきて、以降はいい感じのテンポになる。弦セクション、管セクションともにアクセントやスフォルツァンドの処理が実にスマートで、音楽が生き生きとよく流れる。当時のモントクーは最晩年の87歳だったが、まったく年齢を感じさせない。モントゥーは晩年までテンポが遅くならず、すべてが明快だったようだが、この録音を聴くと納得する。

弦楽群は対向配置を取っていて、第2主題などは1stヴァイオリンから2ndヴァイオリン、そして木管群へと受け継がれていくのがよく分かる。これは配置と録音だけではなく、モントゥーとコンセルトヘボウの面々がそれぞれのパートの音量バランスやボウイングなど巧みにコントロールしているからに違いない。展開部の盛り上がりやコーダに向かう終結部でも、各パートがよく分離し、力ずくの混濁感は皆無。それでいて迫力にも不足はない。

第2楽章も久々にじっくり聴くと感動的な楽章だ。終盤のフーガはジワジワと盛り上がり、そのピークを承知していながら、やはり鳥肌物だ。この盤に収録されているリハーサル風景は、第2楽章のもので、冒頭の装飾音付の合わせにかなり時間を使っている。後半の楽章も相変わらずコンセルトヘボウの巧さに耳がいく。武骨さとは無縁で流麗に流れる音楽だが、あいまいなところがない。各パートの出入りや分離が明快だ。加えてテンポ感覚が実にいい。少なくてもぼくにはベストのタイミングで次から次へと音が出てくる。ごく自然体でスコアに忠実な演奏のようだが、細かなところまで配慮が行き届いている。

今回記事に書くにあたって、ネットでこの盤についてググッてみると、ぼくの想像以上に評価が高く、あちこちで絶賛の嵐。一時期はCDが廃盤でプレミアムが付いたと聞いて驚いた。 
久々のモントクーのエロイカ。けだし名演でありました。


この盤の全曲。
このYouTube音源はCDからのものと思うが、この盤の特徴がよく分かる。ぼくの手持ちのLPよりも高音質だ。CDで買い直そうかな…。 第1楽章終盤、例のトランペットは<ほぼ>原典通り。第2楽章のフーガは22分3秒から。右手から聴こえてくる2ndヴァイオリンから始まり、ティンパニを伴った低弦群の入り22分42秒で最初の身震い。ホルンの強奏23分10秒で2回目の身震い。ついで23分23秒ティンパニの一撃で更に身震い。そして23分40秒から緊張MAXだ。




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佐渡裕のイベール


先週来の寒波到来、そして街はクリスマスの彩られ、何とはなしに年の瀬の気分になってきた。仕事も来週いっぱいで終わる。今年もあっという間の一年だった。さて来年は…それではみなさん、良いお年を…
おっと、まだ気が早いッスね(^^;
爆弾低気圧通過後、二日ほど晴れたが再び低気圧接近で曇りがちの土曜日。陽射しがないと、昼間も暖房を入れないと寒い寒い。昼をはさんで野暮用外出から帰宅後、アラジンストーヴで暖を取りながらの音盤タイム。少し華やかな管弦楽が聴きたくなって、こんな盤を取り出した。


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イベールの管弦楽曲集。佐渡裕指揮ラムルー管弦楽団の演奏。佐渡裕のデヴュー盤ということもあってか、ナクソスにしては珍しく日本語による解説が折り込まれている。1996年録音というから、もう18年も前ということになる。1989年にブザンソンで優勝。その後最晩年のバーンスタインに師事して世に出、ラムルー管弦楽団の首席指揮者になったのが、ついこの間だと思っていたのだが、かれこれ20年も前の話。いつまでもデヴューしたての若手のイメージを持っているのはぼくだけか…。 さて、この盤。収録曲は以下の通り。イベールの代表作がうまく収録されている。

 1. バッカナール
 2. ディヴェルティメント:前奏曲・行列・夜想曲・ワルツ・パレード・終曲
 3. 祝典序曲
 4. 海の交響曲
 5. 交響組曲「寄港地」 

ぼくはフランス音楽にはまったく疎いのだが、最近になって少しずつ耳に馴染むようになってきた。このイベールの管弦楽曲集も近代フランス音楽の特徴的な曲想を備えていて楽しめる。ときに華やかで、ときに洒脱で、ときにエキゾチックで。名門ラムルー管弦楽団の明るく華やかな音色、そして佐渡裕がエモーショナルにそれを引き出していて、なかなかの出来栄えだと感じる。

<バッカナール>の出だしは、ハチャトゥリアン<ガイーヌ>か、バーンスタインの<キャンディード>かと思わせるような曲想で、佐渡裕が例の調子で熱演している様が目に浮かぶ。もっとも有名な交響組曲<寄港地>はもちろんいいが、< ディヴェルティメント>や<海の交響曲>も抒情性に満ちていて素晴らしい。イベールは劇作や映画とも関係が深く、それらのための音楽も多く作っている。6つの曲からなる< ディヴェルティメント>はそんな中の一つ。「イタリアの麦藁帽子」という劇作の付随音楽として書かれたとのことだが、劇中の場面をイメージさせるような絵画描写的で生気に満ちた音楽だ。原曲は小編成の指定があるようだが、この盤ではフルオーケストラで演奏している。 
この盤は録音も秀逸で、色彩的なオーケストラサウンドを堪能できる。華やかな管楽器群、低弦群の深い鳴り、グランカッサの一撃、いずれも過不足なく収められている。ぼくは佐渡裕の熱心なファンでも何でもないので、彼の活動についてほとんど知るところはないが、この盤は彼のデヴュー盤にして、おそらく代表作ということになるものと思う。


この盤の音源で< ディヴェルティメント>
前奏曲 行列01:15~ 夜想曲06:27~ ワルツ09:13~ パレード12:48~ 終曲14:46~



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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