マイスキー&アルゲリッチ イン・コンサート2003



ある筋から誘われて、今更ながらのLINEユーザーに。iPhone用アプリを入れてアカウントの登録。何気なくやっていたら、ぼくの電話帳に登録されている人すべてに<友だちへの追加許可>が送信されてしまった。もう何年も会っていない人から、どう考えても用のない人まで。送られた相手もびっくりしただろう。一旦、アカウントを削除。あらためて慎重に登録した次第。かつてはコンピュータのへヴィーユーザーを自認していた時期もあったが、今やすっかり訳の分からぬオッサンになってしまった。嗚呼
さて、週末金曜日。あすの朝は早い時間から出かける用事があるので、あまり夜更かしも出来ないのだが、ちょっとだけヨ…と、こんな盤を取り出した。


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ミーシャ・マイスキーとマルタ・アルゲリッチによる2003年ブリュッセルでのコンサートライブ。収録曲は以下の通り。

 1. バレエ「プルチネルラ」 ~イタリア組曲~ チェロとピアノのための (ストラヴィンスキー)
 2. チェロ・ソナタ ハ長調op.119 (プロコフィエフ)
 3. チェロ・ソナタ ニ短調op.40 (ショスタコーヴィチ)
 4. バレエ「石の花」op.118 ~ワルツ~ チェロとピアノのための編曲 (プロコフィエフ)

アルゲリッチとマイスキーはひと世代違う感じだが、しばらく前から共に世界のトップであることには違いはない。実は二人が初めて会ったのは70年代初頭。その後70年代後半からは度々共演するようになったとライナーノーツに記されている。随分前から、あるいはマイスキーが国際的に知られる存在になる前からデュオを組んでいたことになる。アルゲリッチはいつの頃からか、ソロ活動よりもピアノを始め他の楽器とのデュオを活動の中心におくようになった。ネルソン・フレイレ、クレーメル、そしてマイスキー等々。このうちマイスキーとのデュオがコンサート、録音とも最も活発だろうか。
マイスキーとアルゲリッチという当代トップの二人の演奏という前に、このアルバム、ロシア物でかためた選曲がまずいい。ストラヴィンスキーの<プルチネルラ>で華やかに始まり、プロコフィエフで豊かな歌が歌われ、そしてショスタコーヴィッチで深い抒情と悲劇性につつまれる。本格的にして、エンターテイメントとしても文句なしだ。もちろん、どちらが主役とはいわず、まさに双頭のデュオ。単なる伴奏にとどまらないアルゲリッチの表現意欲満々の弾きぶりで、曲もいきいきと迫ってくる。


2010年独ルールでの演奏会。はじめマイスキーとアルゲリッチでシューマンの<アダージョとアレグロ>。続いてメンバーが加わり、同じくシューマンの五重奏曲。


プロコフィエフ<チェロソナタ・ハ長調作品119>



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思う秋の日



秋深し…淡々と日々過ぎていく。人生、こんなに短かかったなんて、前もって言ってよ…
さて、今宵はノスタルジックに昭和歌謡でも聴きましょうかね。取り出したのはこの盤。だいぶ前にも一度記事にしていた。再掲。

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岩崎宏美のヒット曲<思秋期>。何でも岩崎宏美の高校卒業に合わせて阿久悠が作詞をし、黛ジュンの兄にして昭和歌謡きってのメロディーメーカー三木たかしが曲を付けた名作だ。VI-II-V-I(ex.Am-Dm-G-C)というバロック時代からの王道コード進行をとっていて、これは三木たかしお得意のパターン。メロディーのよさに加えて、終盤で2度にわたってキーを上げて盛り上げる編曲もいい。この曲が流行った時分はまだ20代でガチガチのクラシックオタクだったから、テレビの歌番組でこの曲を歌う岩崎宏美の記憶はほとんどない。あらためて聴きだしたのは四十を過ぎてからだ。人生長生きするものだ。

この曲に関してはオリジナルの岩崎宏美よりも、カヴァーしている歌手の歌いっぷりが印象的だ。中森明菜はカヴァーアルバム『歌姫』の中で、千住明の華麗なオーケストレーションをバックに切々とささやくように歌っていて、何度聴いてもグッときてしまう。坂本冬美もいい。透明な歌声で伸びやかに歌うが、どこか憂いを含んでいる。岩崎宏美も近年この曲を再び歌っているが、少々豪華に歌い過ぎで、…思う秋の日…という風情には少々遠い。

20年近く前の坂本冬美。のびのび歌っているが、どこか押さえた感じがいい。


中森明菜。この曲の決定版としたい。千住明の素晴らしいオーケストレーション。どやっ!


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バッハ カンタータ<われらが神は堅き砦>



予報通り冬型の気圧配置となって、関東では昨夜からきょうにかけ<木枯らし1号>吹き抜ける一日となった。それでも昼間の陽射しはたっぷり。日中の室内ではポカポカと暖かく過ごした。さて、先日の記事でふれた淡野弓子著「バッハの秘密」に触発されたこともあって、きょうの日曜にちなむこの盤を取り出した。


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バッハのカンタータ<われらが神は堅き砦>BWV80。例によってブリリアントクラシックスのバッハ全集ボックスの1枚。ネーデルランド・バッハ・コレギウムによる演奏。フリーデマン・バッハが付け加えた打楽器とトランペット等は除かれた編成で演奏されている。
ルターの宗教改革記念日である1724年10月31日に際し作曲されたとされ、ルーテル派教会暦では10月31日を前にした日曜日を現在も記念日として礼拝を営むそうだ。ルーテル派のコラールとしてもっとも有名なものの一つである<われらが神は堅き砦=神はわがやぐら>が使われている。メンデルスゾーンの交響曲第5番<宗教改革>でも使われている有名なテーマだ。全8曲以下の構成。

 第1曲 合唱『われらが神は堅き砦』(Ein feste Burg ist unser Gott)
 第2曲 アリア『神より生まれし者はすべて』(Alles, was von Gott geboren)
 第3曲 レチタティーヴォ『思い見よ、神の子とせられし者よ』(Erwage doch, Kind Gottes)
 第4曲 アリア『来たれ、わが心の家に』(Komm in mein Herzenshaus)
 第5曲 コラール『悪魔が世に満ちて』(Komm in mein Herzenshaus)
 第6曲 レチタティーヴォ『さればキリストの旗の下に』(So stehe denn bei Christi blutbefarbten Fahne)
 第7曲 二重唱『幸いなるかな』(Wie selig ist der Leib)
 第8曲 コラール『世の人福音を蔑ろにせしとも』(Das Wort sie sollen lassen stahn)

第1曲冒頭からニ長調の壮大なコラールで開始される。声楽四声による大規模なカノンで、オルガンの重低音も加わって壮麗に響く。第2曲では弦楽の少しせわしない動きをバックに、ソプラノが例のコラール<神はわがやぐら>を歌い、バスがそれを支える。ソプラノにユニゾンで合わせるオーボエがなかなかよいアクセントになっている。第3曲、バスのレチタティーヴォに続き、第4曲ではロ短調に転じてオブリガート・チェロに導かれソプラノのアリアが美しく歌われる。
ぼくは特定の宗教的背景を持たないので、このカンタータの元になっている<われらが神は堅き砦>のテキストそのものにはまったく不案内であるが、全編を通して陽性の響きに貫かれ、冒頭の壮麗なコラールに加え、オーボエやオーボエダカッチャのオブリガートが美しさを引き立てる、素晴らしい曲だ。
バッハは彼が過ごしたその土地土地で、教会歴にそった毎日曜のミサのためのカンタータを作曲していった。300年をへた今、それをたどるように毎週一曲ずつ、そのときの教会暦に沿ったカンタータを聴くという試みは、多くのバッハファンがすでに行っているところだが、今更ながらぼくもその軌跡をたどってみようかと思っている。


合唱団をおかず、各声部1名による小編制。ジェズアルド・コンソート・アムステルダム(おそらく)による演奏。躍動的で小編成ながらまったく不足感はない。録音状態もいい。ヘッドフォンで聴いていてもオルガンのペダル音とコントラバスの低音がしっかりと聴こえる。 冒頭からカノン風にテーマが引き継がれ1分14秒にコントラバスとオーボエが例のコラールを提示して全声部が合体する。 2分45秒オルガン奏者がモニター用に付けているヘッドフォンはイヤーパッドにS字のイニシャル。ゼンハイザー社のものですね。19分50秒から、オーボエダカッチャのオブリガートが美しい。


ヘルヴェッヘによる演奏。フリーデマン版を使用。冒頭からトランペットも加わり、より華やかな響きだ。



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カザルスの無伴奏チェロ


秋真っ只中。
きょう10月22日は1973年に96歳で没したパブロ・カザルスの命日。以前書いた記事を再掲しておこう。


今夜はカザルスの盤からバッハの無伴奏チェロを聴くことにした。といっても手元にあるカザルスの盤はごくわずかで、きょう取り出したバッハ無伴奏と、以前記事に書いたホワイトハウスコンサート、それと小品集があったかとなという程度だ。

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カザルスのこの録音は1930年代後半のSP時代のもので、現在まで継続してEMIのリストに載っている。LP3枚組の写真の盤はイタリアのMAESTOSOというレーベルの輸入盤で1986年のリリース。当時都内のどこかの店で安く売られていたのを買った記憶がある。おそらくEMIからのライセンスを受けてのものだろうが、ライナーノーツもなく詳細は不明。少し調べてみたがMAESTOSOというそのレーベルも今は見当たらなかった。

この盤には久しく針を通していなかったし、30年代の録音ということで、さすがに古色蒼然とした演奏かと思いながら1枚目の組曲第1番に針を下ろした。軽いスクラッチノイズに続いてト長調のアルペジオ風のお馴染みのフレーズがスピーカーから流れてきた。予想よりもずっとフレッシュな音に驚く。もちろん帯域は狭いし、音のエッジはそがれているのだが、その分聴きやすく、ノイズもほとんど気にならない。本家EMI盤や現行CDはどんな音なのだろうか。少なくてもこの盤も音質を理由に聴くのをためらうようなものではない。

録音当時六十を過ぎたばかりのカザルスはまだ技巧的に破綻はなく表現も意欲的だ。テンポも総じて速めだし、当時としては画期的といわれたダイナミックなボーイングのテクニックもよくわかる。但しそれはいずれも当時の水準であって、21世紀の基準に照らすといささか難があることは否めない。バッハの無伴奏は第1番から第6番まで順に難易度が上がっているといわれる。第1番に続いてハイポジションを多用する難曲の第6番も聴いてみた。こちらは冒頭のプレリュードの音形がやや不安定に聴こえる。これはぼくらがすでに20世紀後半以降の高い技巧の演奏に慣れてしまっているからだろう。加えてSP時代の録音技術に起因する音のふらつきもある。
表現としてはもっと19世紀的なロマンティシズムを引きずっているものと思っていたが、第1番も第6番も十分現代的かつ意欲的だ。フレーズの頭に長めのボーイングで少し音を引っ張る特徴があるものの、テンポや拍節感はほとんど違和感はない。この曲を発掘し、のちに続くチェリストにとってのバイブルとしたカザルスの原点の曲であり、壮年期の充実した記録だ。

バッハ無伴奏チェロ第1番。1954年カザルス77歳のときの演奏。場所はカザルスが故郷スペインのフランコ政権に背を向けて移り住んだ仏プラドの教会。


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福田進一(G) <19世紀ギター・デヴュー>



早いもので十月も下旬。秋たけなわではあるが、ここ数日気温は高め。関東内陸の当地にある拙宅でも夜の風呂上りは半袖Tシャツでオッケーな状態。もっとも豊富な皮下脂肪ガードによるのだろうが。
さて、どうやらギターねたの記事の方がバナークリックの成果もあるようなので、今夜もギターを聴くことにしよう。妙な動機付けだけど…

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本邦ギター界の第一人者といってよい福田進一が19世紀ギターで古典ギター黄金期の作品を取り上げた盤。例によって日本コロンビアの廉価盤クレスト1000シリーズ中の一枚(こちらで試聴も)。1994年録音。きのうの鈴木大介の盤同様、埼玉県の秩父ミューズパークで録られている。収録曲は以下の通り。

ナポレオン・コスト(1805-1883)
夢 作品53の1
フェルナンド・ソル(1778-1839)
エチュード イ長調 作品6の12
エチュード ハ長調 作品29の17
エチュード ロ短調 作品35の22
エチュード ホ長調 作品31の23
モーツァルト「魔笛」の主題による変奏曲 作品9
ワルツ ホ長調 作品32の2
ディオニソス・アグアド(1784-1849)
華麗なロンド 作品2の2
ナポレオン・コスト(1805-1883)
交響的幻想曲よりアンダンテ 作品38の14
スペインの歌「カチューチャ」によるカプリス 作品13
ヨーゼフ・カスパル・メルツ(1806-1856)
ハンガリー風幻想曲 作品65の1
夕べの歌~吟遊詩人の調べ、作品13より

クラシックギター界で、いわゆる19世紀ギターがプロアマ問わず取り上げられだしたのはいつ頃だろうか。ぼく自身は80年代半ばから十数年間、ギターとは少々疎遠な時期があったので定かでないのだが、この盤が「19世紀デヴュー」と称されてリリースされたことからみても、おそらく90年代に入ったあたりからではないだろうか。ぼくがギターにカムバックした2000年初頭にはすでにインターネットでも盛んに情報が行き交っていた。もちろんギターを弾き初めた70年代初頭から、例えば当時の楽器の代表格ともいえるルネ・ラコートの名前と姿は見知っていたが、まさか自分がオリジナルの19世紀を手にしようとは、ギターを再開した2000年代初頭にも思ってもみなかった。
19世紀ギターは20世紀以降のモダン楽器とは音色、発声、手にした感触、いずれも大きく異なる。ギター弾きにはお馴染みのソル、ジュリアーニ、カルリをはじめ、多くの19世紀のギター作品が当時弾かれた、そのままの姿を再現しようと思うとき、必然的に楽器も当時のスタイルのものを手にしたくなる。一般のクラシック、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパンも、現代の楽器と当時の楽器とでまったく趣きがことなる。今となっては、どちらが正統ということも意味がないかもしれないが、一度はオリジナルの形を見知っておくべきだろう。

さてこのアルバム。名器ラコートのオリジナル楽器を使い、美しいアコースティックの秩父ミューズパークという絶好の環境を得ているのだが(少々残響過多ではある)、演奏そのものに古典的な薫りがいささか乏しい。出てくる音、そしておそらく弾き方もモダン楽器の色合いが強い。器用かつぬかりのない技巧で鮮やかに弾いてはいるのだが、古典作品としての気品、ほのかなロマンティシズムといったものが伝わってこない。この盤を取り上げておきながら、ネガティブなことを書くのは失礼千万であるのだが…。今から20年前ということもあって、おそらく福田氏自身、いままた同じような企画に取り組むとすれば、また違った演奏になるかもしれない。

古楽器一般を操る井上景によるコスト<夢>作品53-1。
使用楽器は英チャペル社のものとか。ぼくのチャペルとは少し仕様が異なる。


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ベーレント(G) ジュリアーニ ギター協奏曲イ長調



朝からダッシュで業務に精励。ここしばらく引っ掛かっていた仕事を何とか夕方までに片付けて、心おきなく定時で退勤(^^; ホッとひと息の週末金曜日。このところの金曜深夜のお楽しみ、テレビ東京<孤独のグルメ>まで少々時間があるので、二日ぶりにアンプの灯を入れ、こんな盤を取り出した。

なぜか同じ盤が2枚集まってしまった(^^;
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戦後ドイツ、ギター・マンドリン界の重鎮、ジークフリート・ベーレントの弾くマウロ・ジュリアーニ(1781-1829)のギター協奏曲イ長調作品30。イムジチ合奏団のバック。1968年10月オランダ、フィリップススタジオでの録音。手持ちの盤は80年代初頭に出ていたグラモフォンの廉価盤シリーズの一枚。アルバムタイトルには<イタリアのギター協奏曲集>とあり、ジュリアーニ他に同時代のフェルナンド・カルリ(1770-1841)の単楽章の協奏曲作品140、それとヴァヴァルディの通称ギター協奏曲と称される例のハ長調とニ長調の2曲が収められている。

この盤は高校時代から実によく聴いた。中学から同窓だった友人が当時はまだレギュラープライスだったこの盤を持っていた。それを借りたり、二人で聴いたりと、幾度となく楽しんだのを思い出す。取り分けジュリアーニの協奏曲は、さすがにウィーン古典派全盛期に彼の地で活躍していたのもうなづける佳曲で、古典的な構成と和声感、ロッシーニ風とでもいったらいいだろうか、明るく清涼な曲想。さらにバックを務めるイムジチがさすがの素晴らしさで、ギターでこれほど本格的な音楽が出来るのかと驚いたものだ。当時に記憶では、ギターソロはあまり感心しなかったように覚えているのだが、こうしてあらためて聴くと、なかなかどうして、健闘している。バックのイムジチは実に朗々とした響きで、この曲のもつ古典的を体裁を余すところなく表現している。第1楽章は堂々とした序奏付きのソナタ形式、第2楽章は短調に転じ、シチリアーノのリズムにのせて抒情的なフレーズが続く。第3楽章はアラ・ポラッカのロンドアレグレットで快活なリズムにのって、ギターの特性にあった、いかにもジュリアーニ調のフレーズに彩られている。

大学の終わり頃、一年先輩の旧友Y氏がこの曲をマンドリンアンサンブルをバックに演奏したのを思い出す。ぼくも楽譜を持っていないにも関わらず、耳コピーで第1楽章を拾い弾きしたものだ。そういえば、高校・大学と一年先輩だったその旧友Y氏。現代ギター誌最新号の<特集「スペインのフォリア」の魅力>で、古楽器奏者:竹内太郎さんらの記事に関連して、フォリアを題材にした楽曲について筆を執っている。

全曲。エルミン・エッガー(1975-)というギタリストと台北のオケとのこと。使用楽器は見た感じでは…フレタかな(ヘッド形状、19フレットに切れ目無し、表板の材質・色合いから)。



朴葵姫(パク・キュヒ)による第3楽章アラ・ポラッカ。使用楽器はフレドリッシュ。
アラ・ポラッカ(ポーランド風に)指定の曲を3つあげなさい。という質問があれば、1.チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章中間部、2.ベートーヴェンの三重協奏曲第3楽章、そして3.この曲の第3楽章…かな。


ぺぺ・ロメロによるジュリアーニの協奏曲2曲他。
イ長調作品30は冒頭から22分過ぎまで。マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団
https://youtu.be/a61aVhMWuTI


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バーンスタイン バーバー<弦楽のためのアダージョ>


何気なくネットを見ていたら、きょうはバーンスタインの命日と出ていた。ちょうど25年か…と、あらためて感慨にふけってしまった。


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ぼくと同世代の多くのクラシックファン同様、バーンスタインを通じて多くの音楽を知った。といっても彼の盤をたくさん持っているわけでもないのだが、限られた手持ちの盤、特に70年代に手にした盤は本当によく聴いた。中でもマーラー。ニューヨークフィルと録音した旧盤の第5番、第9番はぼくにとってのマーラー開眼のレコードだった。その後、ウィーンフィルとの一連のベートーヴェンやブラームスは、彼がアメリカ人でありながら、ヨーロッパの伝統に根付いた音楽を聴かせてくれたことで、愛聴盤になった。

今夜は手持ちの盤の中から、<Classics in America>という題された独グラモフォンの2枚組のコンピレーション盤を取り出した。そのタイトル通り、ガーシュイン、アイヴス、コーポランドといったアメリカの作曲家の作品が取り上げられ、バーンスタイン、小澤、フィードラーといった指揮者とロスアンジェルスやサンフランシスコのオケによって演奏されている。
2枚目のCDに収められているサミュエル・バーバー<弦楽のためのアダージョ>を選んでプレイボタンを押した。バーンスタイン指揮ロスアンジェルスフィルによる80年代初頭の録音。この曲が有名になったのは、ケネディーの葬儀で使われたからという説がある。他でもしばしば偉人の死に際して演奏される。
冒頭からやるせなさと絶望を想起させる旋律が続く。過去を思い出すかのように、曲は静かに、しかし執拗に同じ旋律を繰り返しつつ強さと激しさを内に秘めながらエネルギーを増していき、やがて高音域の強奏で頂点に達する。そして再び静寂が訪れ、冒頭の旋律を回帰しつつ曲を閉じる。

1990年10月14日 レナード・バースタイン没 享年72歳 合掌

この盤の音源。


オリジナルの弦四版。


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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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