ノリントンのベートーヴェン
きのうの続き。きょうはシンフォニーを。

ロジャー・ノリントンと彼が設立したロンドン・クラシカル・プレイヤーズ(LCP)によるベートーヴェン交響曲全集(メルヴィン・タンとのピアノ協奏曲全曲も含む)。1986~88年の録音。ピリオドオケによるベートーヴェンとしては初期のもの。前後してブリュッヘンやガーディーナーなどの録音が出るようになり、ピリオドオケによるベートーヴェンあるいは古典派交響曲演奏の隆盛期を迎えることになる。またノリントンはその後1997年に着任したシュトゥットガルト(SWR)放送交響楽団とライヴ演奏で再録音している。
ぼく自身これまでピリオドオケによる演奏に特別な興味はなく、手元に十数組あるベートーヴェンの交響曲全集もみなモダンオケによるものばかりだった。中ではデイヴィッド・ジンマン&チューリッヒトーンハレと高関健&群馬交響楽団による全集がモダンオケながら新しい研究成果を取り入れた演奏で、いくらか<ピリオド寄り>といえるものだった。数年前に隣り町でギター・マンドリンの指導をしている新井貞夫先生からブリュッヘン&18世紀オケが素晴らしいと聞き、そろそろピリオドオケも聴いてみようかと思っていた矢先に<7枚組2千円!持ってけ泥棒>的に叩き売られていたのを見つけて手に入れた。
演奏はすで多くが語られている通りのもので、モダンオケに慣れた耳には全てが斬新で驚きに満ち、次から次へと展開するフレッシュな曲想に、これが聴き馴染んだ曲かという刺激が続く。しかしクラシックを聴き始めて40年余にもなるとさすがに耳年増になっているのか、いろいろな想定や予想がつき、事前に心と耳の準備も出来る。またFMや実演でピリオドスタイルのオケ演奏に接したこともある。その上で先鋭ピリオドオケによる演奏であることを承知でプレイボタンを押しているから、脳天逆落とし的にびっくり仰天というほどのことはない。つまりは「ああ、来たなぁ」という想定内の斬新さであり驚きだ。
それに古典的様式感や音楽表現の基本が変わっているわけではない。もちろん楽器や編成の違いはあるがそれ以上に、切るべき音をどの程度で切るか、延ばすべき音をどの程度延ばすか、アクセントの強さと深さはどうするか、クレシェンドやディクレシェンドをどのタイミングから始め終わらせるか…そうした音楽を作る上での解釈としてゆだねられる幅の内、どこで手を打つかでこれほど演奏の印象が変わるという証明でもある。当たり前のことだが、例外的な部分を除き、フォルテ指示の箇所をピアノで演奏しているわけではない。その点当初ピリオド演奏がエキセントリックな解釈のように受取られたこともあったが、今は古典的音楽表現の許容幅の中でのポジショニングという認識になっているように思う。
第1番から第9番まで、いずれもよく整ったアンサンブルと明るい音色で前へ前へと進む音楽の推進力が素晴らしい。しばしば強打されるティンパニーは雷鳴のごとく辺りの空気を一変させ、突き抜けるようなホルンは生命の飛翔を後押しするかのようだ。ベートーヴェンの交響曲中、今ではもっとも好きな曲の一つである第8番では各パートが入り組んだヘミオラやリズムの妙が実に明快に聴き取れるし、この曲独自の跳躍する音の面白さもモダンオケ以上に効果的に提示される。第3番<英雄>は重厚長大に慣れ親しんだ耳にはいささか軽量級に過ぎるかと懸念したが杞憂に終わった。第1楽章から速めのテンポでたたみかけるように進み、ティンパニや各パートのアクセントが曲にクサビを打ち込みように決まる。この演奏を聴いたあとでモダンオケの、それもやや古いスタイルの独墺系オケの演奏を聴いたら、きっとそちらの方に「なぜそれ程までに重い荷物を力ずくで引っ張っていくような演奏をするのか」と違和感を感じるだろう。また各パートがはっきり分離してそれぞれの動きがよく分かるので、モダンオケでは埋もれがちなフレーズがあちこちで顔をのぞかせ、こんなことをやっていたのかと気付かされるポイントが多々ある。そしてベートーヴェンがいかに革新的であったかもあらためて実感する。あまたあるウィーン古典派の温厚かつ予定調和的な曲があふれていた当時に、これらベートーヴェンの曲がこうした演奏で響き渡る様はさぞ刺激的で聴衆を驚かせたに違いないと、再認識させられる。
この盤の第8番の音源。第1楽章4分過ぎからの展開部、4分25秒過ぎから佳境に。。
第3番の第1楽章。10年前、2008年冬シュトゥットガルト放送交響楽団との来日公演@サントリーホールと思われる。フル編成モダンオケにピリオド風の味付け。奇異なところはまったく感じない。素晴らしい解釈とそれをオケに徹底させた手腕は大したものだ。ヴァイオリンは対向配置、コントラバスはウィーンフィルのニューイヤーコンサートで見られる後方一列(高関健&群馬交響楽団でもしばしばこの配置を取っていた)。管楽器の一部とティンパニーが古楽仕様かと思う。
7分24秒;通常の演奏では聴き逃しがちなホルンのスケールで展開部の佳境に入る。弦楽群がフーガ風に短いパッセージを繰り返しながら次第に緊張を高める。7分40秒あたりからヘミオラも入って更に盛り上がり、7分56秒にティンパニーとトランペットの一撃。そして8分14秒の短二度の激しいぶつかり合いで頂点を迎える。そして8分20秒からの弦のトゥッティによる単純な音形が展開部の山場の終わりを告げるように奏され8分24秒からの木管群のメロディーへつながる。
第8番。この盤の録音と同時期・同コンビによる演奏。音声モノラル。
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