昭和のギター曲集 -13-


かつて親しんだ昭和のギター曲集をたどる記事の続き。まだ続けるのか…もう少しだけ(^^;。 きょう取り出したのはこれ。


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楽譜冒頭に番外低音弦(Kontrasiten)の音程が示されている。
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巻末にはかなり念入りな校訂ノートも。
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ハンス・ダーゴベルト・ブルーガー(1894-1932)による「J.S.バッハ:リュートのための作品集」。大橋敏成監修。全音楽譜出版社刊。この曲集の原書の初版が1921年。1925年に第三版としての改訂があった。そして原書初版から半世紀近く経った1970年・昭和45年にこの日本語版が刊行された。1970年はぼくがちょうど高校に入った年。その後ギターを始め、何年かした頃にこの曲集に出会った。当時、全音出版は小船幸次郎編のバッハ無伴奏チェロ組曲をはじめ、いくつかの意欲的なギター楽譜を出版していた。装丁も薄茶色のシンプルながら格調高いもので、ギターを一人前のクラシカルな楽器として扱おうという意欲が感じられたものだった。 このブルーガー編バッハ曲集では装丁ばかりでなく、監修者のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者大橋敏成の巻頭言にはじまり、ブルーガーによる序文、そして巻末の20ページに及ぶ校訂ノートなど、端々にそうして意気込みがあふれている。実際、当時のギター弾きにとってもバッハの作品、特にリュート作品とされた4つの組曲がまとまって見られる唯一の曲集としてもてはやされ、ぼくら世代の愛好家の多くが手にしたはずだ。

とはいえ、ちょうどこの曲集が刊行された70年代から盛んになった古楽関連のオリジナル回帰や研究などを経て、今となってはこの曲集が最初に刊行された20世紀初頭とは、バッハの作品だけでなく、リュートやギターという楽器そのものの認識も大きく変わっている。そもそもブルーガーがリュートと称し、この曲集の前提としている楽器は20世紀初頭前後にドイツを中心に盛んに使われた番外低音弦付きのバスラウテ(ラウテについてはこちら)であって、17世紀当時のリュートとは別物であることなども、この楽譜が出た当時はあまり議論されなかったと記憶している。この曲集には各曲ごとに番外低音弦の音程が指定されている。その通りにバスラウテの番外低弦を合わせて弾くことがブルーガーの意図を反映させるものになるわけだが、現在ではバスラウテの入手はリュートの入手よりずっと難しい。

今日的視点でこの曲集をあらためてみると、モダンギターでひと通りバッハをなぞるには用を成すだろうが、例えばBWV998など、プレリュード・フーガ・アレグロの調性がちぐはぐで実用に供さないなどの問題点がある。そんな背景もあってか、またその後バッハの様々な全曲楽譜が出てきたことも影響してだろう、このブルーガー編バッハ曲集も80年代半ばには絶版になった。


バスラウテによるBWV995のプレリュード。押弦対象の第1弦から第6弦までは通常のギターと同じ。


6弦モダンギターによる演奏。ブルーガー編含め、ギター用ではイ短調をとる場合が多い。


BWV995の鍵盤譜付き音源



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ヤニグロ(Vc)愛奏曲集



先回の徳永兼一朗に続き、きょうもチェロの小品を聴く。取り出したのはこの盤。


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何度か記事にしたアントニオ・ヤニグロ(1918-1989)の愛想曲集。イタリアで生まれ、壮年期以降をザグレブで送ったアントニオ・ヤニグロ。50年代には次の世代を担う世界最高のチェリストとまで言われ多くの録音も残したが、70年代を前に手の故障で演奏家としてのキャリアを断念せざるを得なくなる。その後は自ら設立したザグレブ室内合奏団の指揮者として活躍。ぼくが高校生の時分、彼の名前に触れたのもチェリストとしてではなく、指揮者としてその合奏団を振ったレコードだった。

それにしてもこの盤は素晴らしい。多分この十数年の間でもっとも取り出すことの多かった盤の中の一つで、本ブログでも過去に何度か取り上げた。手元にあるいくつかのチェロ小品集の中で群を抜いて素晴らしい演奏だ。手持の盤は2004年に日本コロンビアから出た<ヴァンガード名盤選>と称する廉価盤だがすでに廃盤で、結構な中古価格がついている。1961年録音。ピアノ伴奏はアントニオ・ベルトラミ。収録曲は以下の通り。

1.「ゴイェスカス」~間奏曲(グラナドス)
2. シシリエンヌ(パラディス)
3. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番BWV1003~アンダンテ(バッハ)
4. ソナタ ニ短調第2巻の5~アレグロ・スピリトーソ(スナイエ)
5. 夢のあとにop.7-1(フォーレ)
6. 村の歌(ポッパー)
7. わが母の教え給いし歌op.55-4(ドヴォルザーク)
8. 「恋は魔術師」~火祭りの踊り(ファリャ)
9. 白鳥(サン=サーンス)
10. 蝶々(ポッパー)
11. メロディ ヘ長調op.3-1(ルビンシテイン)
12. 夜想曲 嬰ハ短調 遺作(ショパン)
13. グラナディーナ(ニン)
14. エレジー ハ短調op.24(フォーレ)
15. ハバネラ形式の小品(ラヴェル)
16. 熊蜂の飛行(リムスキー=コルサコフ)

お馴染みの…といっていいチェロ小品が並ぶが、時代と地域そして緩急取り混ぜた好選曲。そしてヤニグロのチェロはそれぞれの曲想によって見事に語り口を変え、それぞれの曲の魅力をあふれんばかりに引き出している。全体にゆったりとしたテンポをとり、なおかつフレーズの進行を決して急がない。もちろん技巧のキレと安定性は十二分で、テンポを遅くしていても速度が遅いという感じにはならず、あくまで音楽の呼吸が深く余裕があると言ったらいいだろうか。中でもグラナドス、バッハのBWV1003のアンダンテ、フォーレの2曲が曲の良さもあって光る。火祭りの踊りでの明暗の描き分けとドライブ感あふれるボウイングも素晴らしいし、有名な白鳥では歌い過ぎずに楚々として格調が高い。

自分の好みの盤をあれこれ他人に薦めることはしないように心がけているが、この盤だけは事あるごとに強力プッシュしてしまう。チェロのこうした小品集として手元にはジャンドロン、藤原真理、徳永兼一郎、トルトゥリエ、シュタルケル他の盤があるが、いずれもヤニグロには及ばない。この盤に関して、これ以上ないというくらいの賛辞を送りたい。


手持のCDからアップしてみた。以下の7曲。
「ゴイェスカス」~間奏曲(グラナドス) /アンダンテ(バッハ)
夢のあとに(フォーレ)/火祭りの踊り(ファリャ)
夜想曲嬰ハ短調(ショパン)/エレジー(フォーレ)/熊蜂の飛行(リムスキー=コルサコフ)
この時代によくあったやや左右泣き気味の録音だが、チェロの音は生々しく録られていて申し分ない。よく聴くと思わぬバックグラウンドの音が混じっていて失笑する(ここでは種明かしはしないが…)


フォーレ<夢のあとに>を弾くヤニグロ。シブい!



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昭和のギター曲集 -12-



久しぶりにギターネタ。かつて親しんだ昭和のギター曲集をたどる記事の続き。きょう取り出したのはこれ。


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セゴビア編による「ソルの20の練習曲」
ぼくら世代と限定せずとも、昭和から現在に至るまで、クラシックギター愛好家であれば必携といっていい楽譜だろう。手持ちのものは、長らくこの楽譜のスタンダードであった三木理雄氏監修のもので、奥付には発行/東亜音楽社、発売/音楽之友社とある。昭和40年に初版が出て、ぼくが1974年・昭和49年に手に入れたものは、昭和48年第7刷をなっている。

19世紀古典ギター隆盛期の中にあって、その音楽性の豊かさで間違いなくトップクラスであるフェルナンド・ソル( 1778-1839)の練習曲と、20世紀のクラシックギター界にあってこれもまたトップの存在であったセゴビアによる編纂。その偉大なツートップを冠した楽譜であるから、その権威たるや絶大なものがあった。実際、選ばれた20曲はよく吟味されていて、いずれもギターの個性を生かしながらも、古典音楽の普遍性を保った作品が並んでいる。

ぼくがこの楽譜を手にしたのは、受験が終わって新たな生活を前にした1974年3月。受験勉強から解放された春、この楽譜を広げて嬉々として弾いていたはずだ。当時、クラシックギターを始めて三年程経った時期だったが、この曲集のいくつかはまずまず弾き通せるようになっていた。よく弾いていたのは第17番に充てられている作品6の11、ホ短調のアルペジオの曲。大学で入ったギター・マンドリン系のサークルで、夏休みに入る直前に新入生対象の練習発表があって、そのときに弾いた記憶がある。そして、その後も愛奏曲の一つとなった。 そういえば、その後四半世紀を経て開かれた当時のサークル同窓会で「与太さん、あの17番また弾いてよ」と言われ、驚いたことあった。

ひとつ気を付ける必要があるのは、この曲集はあくまで「セゴビア編」であって、ソルの時代の出版譜と異なる部分がかなりあるということだ。テンポ指定、臨時記号の有無、運指やポジショニングなど、セゴビアの「解釈」が色濃く反映されている。現在ではセゴビア編と初版やコスト編などの相違点について校閲した楽譜も出ているので、見比べてみるのもいいだろう。


第18番(作品29-10) 20曲中、終盤の18から20番はいずれも古典的美しさにあふれる。この18番、セゴビア編ではAndante_espressivoと指示されているが、原典はAndantino。しかも冒頭の音符にはスタカートの点が付されている。つまりこの演奏がオリジナルの曲想に近いもの。ゆっくりめのレガートでロマンティックに弾かれるのはセゴビア解釈ということになる。また、動画にOp.29-22とあるのは誤り。


かつてぼくの名刺代わりの曲だった?!第17番(作品6-11)


第12番(作品6-6)これくらい鮮やかに3度のダブルストップを弾いてくれると本来の躍動感が出てくる。(ソルのあと、タンゴ・アン・スカイ、アルハンブラと続く)



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前橋汀子の小品集



三連休終了。いよいよ秋本番…にしては暑い日が続くが。
さて、本日も程々に業務に精励。帰宅後、先日来の前橋汀子推しで、今夜はこんな盤を取り出した


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前橋汀子の弾く小品集。1996~1997年に録音された盤。収録曲は以下の通り。お馴染みの小品が並んでいる。

1. プニャーニのスタイルによる前奏曲とアレグロ(クライスラー)
2. 精霊の踊り(グルック~クライスラー編)
3. スペイン舞曲(ファリャ~クライスラー編)
4. ノクターン(ショパン~ミルシュタイン編)
5. ウィーン奇想曲(クライスラー)
6. 4つの前奏曲(ショスタコーヴィチ~ツィガノフ編)
7. 感傷的なワルツ(チャイコフスキー~プレス編)
8. 愛の挨拶(エルガー)
9. ヴォカリーズ(ラフマニノフ~プレス編)
10. みつばち(フランソワ・シューベルト)
11. 想い出(ドルドラ)
12. 「ペトルーシュカ」~ロシアの踊り(ストラヴィンスキー~ドゥシュキン編)
13. ハバネラ形式の小品(ラヴェル)
14. ワルツ第15番(ブラームス~ホッホシュタイン編)
15. 「3つのオレンジへの恋」~行進曲(プロコフィエフ~ハイフェッツ編)
16. カヴァティーナ(ラフ)
17. 中国の太鼓(クライスラー)
18. 美しき夕暮れ(ドビュッシー~ハイフェッツ編)

こうしたポピュラー名曲集のたぐいに以前はあまり感心がなく、聴くならコンチェルトだろうと、生意気にも思っていたが、少し前からそう頑なになることもないだろう、むしろ演奏家の素の感性や音色を楽しむにはシンプルなこうした曲も悪くないと思うようになった(今更ながらで恥ずかしい限りだが)。そう思ってカタログをみると、どのソリストも当然のようにこうした曲集を出している。前橋汀子について言えば、エッシェンバッハと入れた協奏曲録音以降、録音でもコンサートでもこうした小品集に力を入れている。このアルバムはその中でも選曲の多彩さから楽しめる一枚だ。 晩年のシゲティに師事した彼女のスタイルは今となっては少し古いタイプに属する。現代の若手演奏家のトップならもっと技巧的にキレのある、シャープな演奏となるところだろう。しかし、情緒に満ちたたっぷりとした表情付けと味わい深く濃い口の音色はヴァイオリンを聴く楽しみにあふれている。中でも、ショパンの嬰ハ短調のノクターン、ラフマニノフのヴォカリーズや、ドビュッシーの美しき夕暮れがひときわ心を打つ。
前橋汀子は現在も精力的に演奏活動を続けている。この盤で伴奏ピアノを弾いているのは妹・前橋由子と若林顕。特に妹の由子氏とはよく共演をしていたが、残念なことに1999年に逝去した。

タイスの瞑想曲。1975年前橋汀子32歳。ごく初期のベータマックスによる録画だそうだ。


近影2017年。2011年の紫綬褒章に次ぐ叙勲。



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前橋汀子のチャイコフスキー



さて、月があらたまって十月。一昨日は台風一過で30℃超えの真夏日スタート。三か月後は正月というのが信じられないが、とまれ年度進行でいえば下期スタート。与太記事続きのこのマンネリブログもなし崩し的に9年目に突入だ。 そういえば職場で拾い読みする日経文化欄<私の履歴書>も、ひと月続いたスカイラーク創業者:横川章氏に替わって、今月から前橋汀子が登場。前橋汀子かぁ…とつぶやきながら、ふと思い出し、先日来のチャイコフスキー推しもあって、こんな盤を取り出した。


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前橋汀子の弾くチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調。スイス在住だった晩年のヨーゼフ・シゲティ(1892-1973)に師事した前橋汀子。この盤はそのスイスでアナログ盤最終期に近い1984年に録音された。クリストフ・エッシェンバッハ指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のバック。お約束通りメンデルゾーンとのカップリング。

録音当時彼女は40歳になったばかりで、心技体とてもよい状況だった頃だ。第1楽章の冒頭からその特徴がよく出ていて、やや深めのヴィブラートと時折ナチュラルにかかるポルタメントも加わり、最近の若い世代にはない濃厚で深い音色が堪能できる。アンセルメ亡きあと低迷が伝えられたこともあるチューリッヒ・トーンハレ管だが、この盤では素晴らしい音響で知られる名門ホール;チューリッヒ・トーンハレの響きも伴ない、広がりと奥行きを兼ね備えた音で、特に木管群の響きが美しい。エッシェンバッハも指揮活動を本格化させ始めた頃。第1楽章のアラ・ポラッカ風(3拍子ではないが)となるところではテンポを落とし、どっしりとした運びでスケール感を出している。

それにしても大迫力の見開きジャケット。篠山紀信撮影の彼女の美しさはいかばかりか。ショーケンとの中が噂されて週刊誌を賑やかしたのも、この盤が録音された頃だったろうか。別刷りのライナーノーツには、オッカケを自認していた深田祐介氏と蟻川幸雄氏が一文を寄せている。ああ、あれから三十年…。今も彼女は第一線のコンサートバイオリニストとして活躍している


1974年前橋汀子31歳。岩城宏之&N響とのチャイコフスキー。途中から映像と音声がずれたり、第3楽章の最後が切れたりと、いささか残念。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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