ジュリーニ&NPO モーツァルト交響曲第40・41番



気付けば九月も終わり。この夏は身辺諸事あわただしく、あっという間に終わった。加齢と共にますます月日の経過が速くなる。健康寿命もあと何年だろうか。気付けば人生も終わりだ。…ふと、そんなことを考えながら、きょうも日が暮れ、夜半のひととき。このところのジュリーニ盤で勢いづき、今夜はこんな盤を取り出した。


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モーツァルトの交響曲第40番ト短調と41番ハ長調がカップリングされた盤。カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団(NPO)の演奏。ジュリーニ(1914-2005)壮年期1965年の録音。彼唯一のデッカ録音とのこと。手持ちの盤は1980年に発売された廉価盤シリーズの1枚。これもどこかの中古レコード店で手に入れたはずだが、ほとんど針を通した形跡はない。オルトフォンの針を降ろすとノイズレスのフレッシュな音が飛び出してきた。

演奏はいずれも折り目正しい正統派だ。壮年期のジュリーニは晩年とは違って少しはイタリア的なカンタービレかと思っていたので、その正統的な解釈に少々肩透かしをくわされた。テンポは中庸で各声部の誇張感がなくバランスすこぶる良好。フレーズはやや短めに切り上げていく。つまり全体として見通しのいい音楽に仕上がっている。録音も演奏に相応しく、英デッカの録音にときどきある響きの強調感もなく、やや小編成と思われるオケの音が演奏同様に折り目正しく響く。世評でもこの時期のジュリーニのモーツァルトはとても良いと言われている。 この録音から10年ほど経った70年代後半から、ジュリーニはにわかにメジャーな存在となりドイツグラモフォンを中心に多くの録音を残した。この盤はそうした還暦以降晩年までのジュリーニとは違った魅力を感じる一枚だ。


40番ト短調。第1楽章冒頭から展開部途中まで。この盤と同じコンビ、同時期1964年の演奏とある。モノラル。


この盤の音源。第40番第1楽章。


1989年にフィルハーモニア管と再録したモーツァルトのレクイエムから「涙の日(ラクリモーサ)」 この曲をもっとも美しく歌い上げた演奏の一つかな…



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ジュリーニ&LAPO ブラームス交響曲第1番ハ短調



九月最後の週末土曜日。季節もよくなり、万事に心地よい時期になった。きょうは終日あれこれ外出。夜半前にひと息ついて、さて先日来の続きで気になっていたこの盤を取り出した。


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カルロ・マリア・ジュリーニ(1914-2005)とロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団(LAPO)によるブラームスの交響曲第1番ハ短調。1981年11月のデジタル録音。手持ちの盤は当時の独プレス輸入盤LP。この盤も例によって出張先の大阪で買い求めたはずだ。ほとんど針を通した形跡はなく、針圧4グラムのオルトフォンSPUの針を下すとフレッシュな音が飛びだしてきた。

ジュリーニは1978から1984年の間、LAPOの音楽監督を務めた。先回続けて記事にしたシカゴ響と密接な関係にあった時期とも重なる。つまりはジュリーニがドイツグラモフォンの看板指揮者の一人として大いにもてはやされた時期ということになる。当時、イタリア出身のジュリーニがLAPOのシェフになったと聞いたときは少々意外な感じがしたことを覚えている。シカゴ響と違って、西海岸のLAPOはいかにもアメリカ的なイメージが先入観としてあり、それとジュリーニのイメージが結びつかなかったからだ。そんな当時の記憶を呼び起こしながらこの盤を聴くと、なるほど、まるでLAPOの看板が欧州のオケに書き換わったような響きで驚いた。

第1楽章の冒頭から悠揚迫らずという表現がぴたりのテンポと響きで開始。そのテンポは主部に入ってもまったく変わらず、いやむしろさらに遅くなったのではないかと感じるほどの速度設定で進む。当初LAPOの響きがそのテンポについて行けず、いささか緊張感を維持できないうような箇所もあるが、次第にこちらの耳が慣れてきたこともあって違和感なく、その大河のような流れの響きに身を任せられるようになる。第2、3楽章はジュリーニの美点がもっともよく発揮されて実に味わい深い。終楽章も一つ一つのフレーズを丁寧かつ克明に描き出す。例のアルペンホルン風のフレーズ、それに続くトロボーンのコラール、そしてハ長調のテーマと、いずれも深い呼吸でありながらやや控えめの抑揚で中々渋いところを見せてくれる。終盤、勢い余ってオケを煽りたくなるようなフレーズもグッとこらえ、最後の最後までスケール大きさを失わず大団円を迎える。第1楽章提示部を繰り返していることを考慮しても、演奏時間53分超えは長さばかりでなく、この演奏のスケール感をも表している。


この盤の音源。


ウィーンフィルと1991年の録音。ジュリーニとウィーンフィルは1989~91年にブラームスの交響曲を全曲録音している。ウィーンフィルの音はさすがにLPOの一枚上をいく。


以下のURLで本盤録音と同時期と思われるLAPOとのライヴ演奏で指揮姿が見られるが、音質が悪く残念。
https://youtu.be/wYPusUWtOKE


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ジュリーニ&シカゴ響 ムソルグスキー組曲<展覧会の絵>



週半ばの木曜日。今年度上期業務の目途もつき、いくらか気分よく帰宅。ひと息ついて、先回のジュリーニ&シカゴで思い出し、同じコンビによるこんな盤を取り出した。


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カルロ・マリア・ジュリーニ(1914-2005)指揮シカゴ交響楽団(CSO)によるムソルグスキー(ラヴェル編)の組曲<展覧会の絵>。1976年4月の録音。手持ちの盤はグラモフォン国内盤。プロコフィエフの古典交響曲がカップリングされている。記憶が正しければ2005年頃出張の折に、例によって大阪梅田の名曲堂阪急東通り店でワンコインにて買い求めた。前回のドヴォルザークは1978年録音でデジタル録音で録られていたが、二年前にこの盤はまだアナログ録音。ちょうどメジャー各社がデジタル録音に切り替えたのが70年代の終盤だった。

ドヴォルザークではショルティに飼いならされたCSOから中欧風の響きを引き出していたジュリーニだが、この盤では曲の性格もあって、スーパーオケCSOのパワーと機能性を生かした演奏を聴くことができる。出だしのプロムナードから明るい音色と明快なアーティキュレーション。それでも剛直という感じはなく相変わらずオケ全体の響きのバランスは極めて良好で、強奏部分でも音が混濁することがなく、見通しがいい。テンポは急がずもたれず、どの曲も妥当と感じるレベルだ。

重々しい<ビドロ>やそのあとの短調に転じた<プロムナード>でも、過度に引きずるような表現はなく、終始節度を保つ。一方で、<殻をつけたひなの踊り>や<サミュエル・ゴールドベルクとシュミュイレ>などは、もう少しスリリングかつおどけた表現があってもいいように感じる。 <カタコンブ>から終曲に向けてはCSOのパワーが遺憾なく発揮される。金管群の荘重な響き、打楽器群の張りのある音、いずれも素晴らしい。加えて、木管や弦楽群も合せて響きの透明感とバランスを終始失わないジュリーニの見事なコントロール。久々に取り出して聴いたが、実にあっぱれな名演奏だ。


この盤の音源。


60年代壮年期のジュリーニ。フィルハーモニア管弦楽団との演奏。この曲には自信があるのだろう、複雑なオーケストレーションにも関わらず暗譜で振っている。



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ジュリーニ&シカゴ響 ドヴォルザーク交響曲第8番ト長調



先週に続く三連休が終了。気付けばすっかり涼しくなり、九月も下旬。きょうもボチボチ仕事して、いつもの時刻に帰宅した。夜半近くなって、音盤タイム。ネットをブラブラしていて、ある記事にぶつかり、そういえば的にこんな盤を取り出した。


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カルロ・マリア・ジュリーニ(1914-2005)指揮シカゴ交響楽団(CSO)によるドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。1978年の録音。手持ちの盤は、すでにLPからCDへ移行が進みつつあった1985年にリリースされたLP盤。すでに国内LPプレスは減少していたこともあってか、この盤はドイツグラモフォンの直輸入盤に日本語の帯が付されてミッドプライスでリリースされたている。お馴染みの黄色ラベルにもMade in Germanyの文字が誇らしげに記されている。 録音された1978年といえばショルティとシカゴ響の全盛期。デッカにぼう大な録音を残した黄金期の真っ最中だ。一方で、ショルティのやや剛直で力任せの音楽とバランスを取るように、シカゴ響はジュリーニを首席客演指揮者として迎えていた時期でもある。この盤はジュリーニがロスアンジェルスフィルのシェフに就いた時期に録音されたもので、64歳のジュリーニが充実した音楽を繰り広げている。

ジュリーニの演奏はこの時期以降、ロスアンジェルスフィルとの録音を聴くと総じてテンポは遅くなり、音楽の彫りが深くなるのだが、このCSOとのドヴォルザークには、テンポの遅さが耳につくというものでない。中庸ないしはやや遅めではあるが、音楽は淀みなく美しく流れる。ヴィオラ奏者だったジュリーニらしくといったらいいだろうか、内声部にも注意を払いオケ全体のバランスが実にいい。同時にこの曲の持つ民族的な味わいよりは、常に抑制が効かせた、正統的で古典的ともいえる表現が優先する。
第1楽章の印象的なチェロパートのメロディーからして、決して歌い過ぎず整然と響く。美しい第3楽章も過度にノスタルジックにならない。終楽章も抑え気味の悠然としたテンポで進み、シンフォニックでスケール豊かな音楽に仕上がっている。ショルティの元では、ともかくデカい音響とエネルギッシュな響きを聴かせていたCSOが、中欧の伝統あるオケのように渋い響きと柔らかいアインザッツで応えているのも興味深い。やはりオケの響きは指揮者次第でこうも変るのかと実感する演奏でもある。


この盤の音源。全楽章。


1990年ロイヤルコンセルヘボウとのライヴ。終楽章。シカゴ響との演奏より一層精緻で美しい。



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サラ・ヴォーン「アフター・アワーズ」



秋分の日を迎える週末日曜日。野暮用あれこれで日が暮れて、気付けば夜半間近の時刻。 さて、今夜はジャズを聴こうかと音盤棚を見回し、こんな盤を取り出した。


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ジャズボーカルの大御所サラ・ヴォーン(1924-1990)37歳の年、1961年録音のアルバム「アフター・アワーズ」。彼女は1949年と1958年にも同名のアルバムを作っている。この盤の収録曲は以下の通り。

1. My Favourite Things from The Sound of Music
2. Every Time We Say Goodbye
3. Wonder Why
4. Easy To Love
5. Sophisticated Lady
6. Great Day
7. Ill Wind
8. If Love Is Good To Me
9. In A Sentimental Mood
10. Vanity

サラ・ヴォーンがマンデル・ロウのギターとジョージ・デュヴィヴィエのベースの伴奏を従え、お馴染みのスタンダードをしっとりを歌うバラード集。彼女は後年、バニー・ケッセルやジョー・パスといったギタリストと同じようなテイストのアルバムを作っているが、その走りとなった盤。ピアノやドラム入り編成に比べ、ギターとベースだけの歌伴は独自の雰囲気があって、こうしたバラード集には好ましい。カーメン・マクレエほどではないものの、晩年はかなりコテコテの黒人オバサン(風)になったサラ・ヴォーンだが、この盤を吹き込んだ1961年当時はまだ三十代で、音程はもちろん表情付けやフェイクの加減など過度にならず実に上手い。クラシック的にいえば、バラードの様式感をしっかりおさえ、適切なアーティキュレーションで歌っている…というところか。暑さもようやく癒えて、秋の夜長を楽しむには好適なアルバムだ。


この盤の2曲目<Every Time We Say Goodbye> いい雰囲気!


<Vanity>



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モーツァルト 交響曲第25番ト短調K.183



先々回の記事に書いたモーツァルトのレクイエム。その記事を読んだ知人(特にクラシックマニアというわけではない)から、映画「アマデウス」でこの曲を知って、その後CDも手に入れたはずだとメールがあった。確かに「アマデウス」はレクイエムの周知に大きく貢献した。そういえば、あの曲も「アマデウス」によって随分と知られるようになったはずだと思い出し、こんな盤を取り出した。


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モーツァルトの交響曲第25番ト短調K.183。オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団。1956年録音。コシュ・ファン・トゥッテ序曲K.588、アダージョとフーガK.546、それと交響曲の第25番、29番、31番<パリ>というカップリングが実に魅力的な盤だ。

戦後まもなくEMIの名プロデューサー:ウォルター・レッグがロンドンの腕利きミュージシャンを集めて結成したフィルハーモニア管弦楽団。その実力がいかんなく発揮され、各声部が明瞭に分離しかつ音場感を保った秀逸な録音、そしてそれらの特性とクレンペラーの明晰な音楽作りがマッチして、素晴らしい演奏を繰り広げる。オケは対向配置。時代性もあって重厚長大の大編成で、音はどっしりと大地に根を張ったような組立てではあるのだが、鈍重さはまったくない。実際、この25番の第1楽章などは、予想を覆えすほど速めのテンポで突き進み、引き締まった響きと適切なアーティキュレーションで、この曲冒頭の緊張感が表現される。第3楽章メヌエットなどは、もっとゴリゴリやるかと思うと、意外にもしなやかだ。フィルハーモニア管の弦楽パートは実に優秀で、整ったアンサンブルとピッチの揃ったすっきりとした音色で、重量感としなやかさを併せ持つ。その向こうから聴こえてくる木管群のよく通る音色も印象的だ。クレンペラー&フィルハーモニア管のステレオ録音は、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、いずれも傾聴に値する名演が並ぶ。


クレンペラー盤の音源。第25番全曲


タカーチ四重奏団創立メンバーのガボール・タカーチ=ナジ(1956-)がシェフを務めるワインバーガー室内管弦楽団による2016年のライヴ。中々の攻め具合!


楽譜付き音源。パッと見の譜ヅラはいたってシンプル。音楽の躍動がそのままグラフィックに描かれているかのようだ。音源は上に貼ったタカーチ=ナジとワインバーガー室内管弦楽団によるもの。



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バリオス「フリア・フロリダ」



三連休最終日。野暮用少々の他はのんびりと過ごす。昼間は久しぶりにギターを取り出し2時間ほど練習。メカニックなスケール練習のあと、こんな曲をさらってみた。


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パラグアイの作曲家・ギタリスト:アグスチン・バリオス・マンゴーレ(1885-1944)作曲の小品「フリア・フロリダ」。広げた楽譜は鈴木大介監修バリオス選集の第1巻。バリオス53歳の1938年、悪化した心臓病の治療のためコスタリカに滞在していた際、援助を受けていた建築家にしてギター愛好家だったフランシスコ・サラサールの姪フリア・マルチネス(フリア・ロドリゲスとも)のために作られたと、ある資料に書かれていた。付された「フロリダ」は花盛りの、華やかな、といった意味で、曲目全体としては「花のように美しいフリア」をいう意味合いになるようだ。コスタリカといえば美人が多いことで有名。この曲が贈られたフリア嬢もさぞや美しかったに違いない。この曲はそんなことを連想させるロマンティックな小品だ。加えて、バリオス作品の中では技術的難易度が程々で、ぼくらアマチュア連中の間でも人気高い。

曲目にはバルカローレ(舟歌)と付されている。海や舟にちなむ曲には古典様式として8分の6拍子(あるいはその変形)が与えられることが多い。この曲も舟歌の定石通りに8分の6で書かれ、波にゆれる小舟を表現する低音音形のパターンが繰り返される上に、甘美なメロディーが流れる。フレーズはごく自然に流れながらまとまりがあり、分かりやすい。6弦をDに下げる調弦とニ長調の調性は、モダンギターがもっとも豊かに鳴るセッティングの一つだ。ゆったりとした響きと自然なフレーズ、時々織り成される転調や半音階進行など、短いながらも弾いていて楽しく、心和む小品だ。
そんなポジティブな気分で楽器に向かい、気分良く弾き始めるが、ゆらゆらゆれる8分の6拍子の程よいローリングを感じながら、その上にのるメロディーをレガートかつフレーズの起伏を感じさせるように弾くのは、どっこい、中々難しい。


タチアナ・リツコヴァによる演奏


マット・パルマ―という奏者。楽器は木ペグのトーレス・レプリカ。


ピアノでも弾きたくなる曲想のようだ。


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マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
音楽とクラシックギターに目覚めて幾年月。道楽人生成れの果てのお粗末。

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