熟考チェッリビダッケのブラームス



秋の好日もちょっと息切れ。きのうきょうと冷たい雨に見舞われた。色付いた欅の葉が一気に濡れ落ちそうな週末だ。実はきょう土曜日、久しぶりに群馬交響楽団の定期演奏会へ出向いた。その始終はあらためて記すとして、今夜はまたまたブラームス。それもこのところずっと聴いている第3交響曲。取り出したのはこの盤だ。


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セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)が70年後半に残したシュトゥットガルト放送交響楽団(SWR)とのブラームスの交響曲全集。ちょうど21世紀に変わった頃にリリースされたもの。手持ちの盤は発売とほぼ同時に手に入れた輸入盤セットだ。

70年代後半というと、チェリビダッケの名が本邦にも届き、まだ見ぬ巨匠への期待感と伝え聞くカリスマ的な存在感とからクラシックファンの間で大いに話題になっていた頃だ。録音が極端に少なかったこともその話題性に拍車をかけた。そして録音よりも先に、読売日響への客演指揮者として日本の聴衆の前に姿を現し、その演奏にも様々な評価が飛び交ったものだ。記憶に残っているのは、日本のオケのスタイルと変えたとまで言われたチューニング方法だ。それまでオーボエのAに合わせて一斉に音出しをしていたスタイルから、弦と管に分けて合わせるようになった(弦はしばしば低弦群だけ独立して合わせた)。演奏表現では弱音に意を尽くした解釈が、当時の日本では評価が分かれた。そうしたトピックスに事欠かなかったチェリビダッケであったが、没後数年してから晩年深く関わったミュンヘンフィルとのライヴ録音が一気にリリースされ、その個性的で説得力のある解釈で大いに話題になったものだ。DGからリリースされらこのブラームスは、晩年のミュンヘンフィルとは異なる、チェリビダッケ壮年期の油の乗り切った演奏が楽しめる。

さて、このブラームス第3番交響曲。晩年と多くの演奏と違ってテンポはやや速めに設定される。そして、そのテンポはごく僅かながらしばしば動かされる。その動きは音量のディナーミクとの連動していて、フレーズの起伏と緊張・解決の連呼を巧みに表現する。また音量の大小だけでなく、同じフォルテやフォルテシモでも、頭にアクセントがつく場合、ふっと抜くようにアクセントはずしてかわす場合といった具合に、変化球を投げ込んでくる。ともかくスコアを徹底的に読み、その表現方法を吟味してから具体的な音響に反映させている感じがひしひしと伝わってくる。この一週間でこの演奏を数回聴いたのだが、聴くたびにその巧みさに感服する。今月に入ってから続けて聴いているブラームスの第3番。安定のベーム、豊潤のバルビローリ、明朗なワルター…それに続けて例えるなら「熟考のチェリビダッケ」といったところだろう。


この盤の音源@1976年。第1楽章終盤6分50秒過ぎ辺りからのクライマックスでは、気合を入れるチェリビダッケの唸り声が聞こえる。第2楽章終盤16分55秒過ぎからはテンポを一段と落とし、息の長いフレーズを歌う。


以下はミュンヘンフィルとの1979年の録音。SWRの録音とは3年違いなので、そう大きな変化はないが、トータル時間は4分程伸びている。



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