アンドレアス・フォン・ヴァンゲンハイム(G)
先日帰宅すると封書一通が届いていた。差出人は現代ギター社代表取締役社長廣瀬利明とある。しばらく前に聞いていたアレのことかな…と思いながら中をあらためると、やはり思った通り。この4月から現代ギター社(GG社)は島村楽器の完全子会社になり、それに伴う社長交代の案内だった。現代ギター社設立以来半世紀以上に渡り関わってきた河野ギター製作所の現社長でもある櫻井正毅氏から廣瀬利明氏に代わり、新社長廣瀬利明氏は島村楽器社長と兼務とのこと。GG社も昨今のクラシックギターや出版全般に関わる時勢の中にあって、中々厳しい経営を強いられていたことは想像に難くない。昨年秋に起きた情報漏洩への対応も影響していただろう。総合楽器販売店として全国展開する島村楽器の傘下で、クラシックギター界の拠り所として発展してほしいと願うばかりだ。 さて、そんなこともあってギター界の来し方行く末を頭に浮かべながら、今夜はこんな盤を取り出した。

アンドレアス・フォン・ヴァンゲンハイム(1962-)というドイツのギタリストが弾くバッハ無伴奏チェロ組曲全曲盤。メジャーレーベルBMGの廉価盤シリーズ;アルテ・ノヴァから1999年にリリースされている。アルテ・ノヴァの盤は10年ほど前にはあちこちの店で見かけた。中でもデイヴィッド・ジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団のベートーヴェン交響曲全集(新ベーレンライター版の楽譜を使い、モダンオケによるピリオド奏法に準拠した演奏で話題になった)や、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(通称Mr.S氏)とザールブリュッケン放送交響楽団によるブルックナー交響曲全集などが話題になった。ギターでもいくつか注目すべき盤を出していて、手元にはきょう取り上げるヴァンゲンハイムの他、オーガスチン・ヴィーデマンによる80年代、90年代のギター音楽だけを集めた盤が2枚、エドゥアルド・フェルナンデスのバッハ;リュート組曲全4曲、ヨハネス・トニオ・クロイッシェによるヴィラ・ロボス練習曲とヒナステラのソナタOp.47がある。
さてヴァンゲンハイムのチェロ組曲。これが中々素晴らしい。手元にあるギターによる同曲の演奏の中でもっとも聴き応えのあるもので、原曲のチェロによる名盤に十分伍して聴ける。この曲を取り上げるにあたっては、当然ギター版の編曲譜としてどの版を使うかがポイントになる。この盤でヴァンゲンハイムは自身の編曲による版を使っているのだが、この編曲が実に適切に出来上がっている。手元には半世紀前に世界に先駆けて出た小船幸次郎の版、同じく日本人の佐々木忠による版、イェーツ版、そして原曲チェロ版がある。原曲のチェロ版からの編曲に当たってはギターでの調の選択とポリフォニックな処理としての低音声部の付加が鍵になる。ヴァンゲンハイムは従来のギター版編曲とは少し異なる調を選んでいる。楽譜は手元にないが、音で聴く限り低音の付加は曲によってはかなり足しているものもあり、あるいは最小限の付加に留めているものもあって興味深い。ただ演奏上は付加した低音はあまり目立たないように右手のタッチをコントロールしていて、曲としてはチェロによる単旋律に近い印象を受ける。そしてその単旋律にあたる楽句のアーティキュレーションが実によく考えられ、また理と情にかなっていて不自然さがまったくないのだ。プレリュードは深く静かに瞑想し(特に第2番のプレリュードは素晴らしい)、メヌエットやジーグなどの舞曲ではリズミックに躍動する。とかく「ギター的」になりがちな演奏が多い中、彼の演奏はギターの特性を生かしながらも、ギター版ゆえの制約、あきらめ、言い訳、限界、そういったものを感じさせない。正統的で古典的な様式感をベースに、バッハの音楽そのものに浸ることができる。日頃からこの曲に接しているチェロ弾きの輩にはいささか奇異な響きに感じられるかもしれないが、虚心にこの演奏を聴けば、また印象が変わるのではないだろうか。
名前に「フォン」と付くことから分かるように彼は由緒ある家柄の出身で1962年生まれ。バーゼルの音楽院を首席で卒業したとのことで、年齢的にも円熟を迎える頃だろうか。この盤以外の録音を聴いていないが、バッハでこれだけ普遍的な様式感に立った演奏をしているのだから、ソルやジュリアーニなどの古典派からメルツやレニャーニあたりの初期ロマン派の曲など、クラシック音楽の潮流の中にあるギター作品をぜひ聴いてみたい。
手持ちの盤からアップした。組曲第4番のプレリュードとジーグ。変ホ長調(Eb)の原曲をロ長調(B)に移している。
同。組曲第6番のプレリュードとジーグ。この曲では原曲と同じニ長調(D)で弾いている。
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