マタチッチのブルックナー第7



先日の日曜夜のNHK-Eテレで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮・NHK交響楽団によるブルックナーの第7交響曲の演奏が放映された。N響ヨーロッパツアー・エストニア公演のライヴだった。私は放送予定を承知しておきながらパスしてしまったのだが、その放送をみた知人二人からその日の晩にメールが届いた。二人ともぼくと同年代で音楽好きではあるが、クラシックオタクというわけでもない。しかも一方の知人からのメールは数年ぶりだった。「ブルックナーをきちんと聴くのは初めてだったが、いたく惹きつけられ、最後までも飽かずに聴いた。素晴らしい音楽だった。」二人がほとんど同じような感想を書いてきて驚いた。長大で決して派手ではないブルックナーに初めて接しても心打たれるものなのか…、還暦を越える歳となるうちに、何もしなくても音楽に対する感受性も変化するのか…と、ブルックナーを聴き始めて四十年余のぼくもあらためて思いを巡らせてしまった。そんなことを考えつつ、今夜はそのブルックナーを聴くことにした。取り出したのはこの盤だ。


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ロブロ・フォン・マタチッチ(1899-1985)とチェコフィルハーモニー管弦楽団によるブルックナーの交響曲第7番ホ長調。この曲を聴こうとするとき、手元に何種類かある盤のうち、やはりこの盤に手がのびる。1967年録音。手持ちのLPは40年以上前の学生時代に今はなき中古レコード店・ハンター数寄屋橋店で手に入れた。1971年の初出盤。黒田恭一氏(1938-2009)がライナーノーツを書いている。盤質は今もって良好。10年ほど前に廉価盤で出たCDに比べてもまったく遜色ない音を楽しめる。

今更マタチッチやこの曲の解説は必要もないほど、書籍やネットでも多くが語られている。マタチッチといえば、ぼくら世代には70年代から80年代初頭にかけてのN響客演時の姿が焼き付いている。巨体を揺らしながら登壇し、手刀を切るようなぶっきら棒な指揮スタイルだった。が、日頃冷静なエリート集団のN響が、マタチッチを前にすると人が変わったように身を乗り出して演奏していた。

第1楽章冒頭から実に構えの大きな音楽が広がる。悠揚迫らずとはこの演奏のためにある言葉だろう。ブルックナー開始に導かれて始まるホルン、それに続く弦楽群の息の長いフレーズ。自分も呼吸を合わせて旋律を歌おうと思うのだが、必ずこちらの方が先に出てしまう。急がずあわてず、アルプスの頂きへの長大なアプローチを歩むがごとく進む。チェコの名門スプラフォンによる録音もマタチッチの意図を十全に汲み取るように素晴らしい。チェコフィルの演奏は管楽器群にときどき音程のあやしいところなども出てくるが、弦楽セクションはとてもいい。特にブルックナーで重要なチェロ・コントラバス群の響きも充実していて、開始後1分半から2分あたりの低弦群の入りではスピーカーの右奥方向から、スーッと床面に低弦群の音が伸びてくる。第1楽章の主部に入る前の冒頭数分間だけでも、この盤は価値を失わなわれないだろう。

第3楽章スケルツォもいかにもブルックナーらしい。弦楽群の刻むリズムにのってトランペットが印象的な主題を奏する。一度聴いたら忘れることはないほどインパクトのある主題。中間部の叙情的なトリオも極めて美しい。全曲通して聴くと70分ほど要する曲だが、夜半の音盤タイムでは第1楽章序奏と第3楽章スケルツォだけを聴くこともしばしばだが、これだけでもブルックナーの魅力は一向に失せない。

この盤の音源。全楽章。


ギュンター・ヴァントとNDR響による第3楽章スケルツォ。



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