益田正洋のグラナドス



きょうで九月も終わり。いつも通り7時を少し回って帰宅。ひと息ついて今夜はギター。この盤を取り出した。


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益田正洋(G)によるエンリケ・グラナドス(1867-1916)の作品集。収録曲は以下の通り。グラナドスの比較的初期の、出世作ともいうべき重要な作品が収められている。

<12のスペイン舞曲 作品37>
第1番 ガランテ/第2番 オリエンタル/第3番 ファンダンゴ
第4番 ビリャネスカ/第5番 アンダルーサ/第6番 ホタ
第7番 バレンシアーナ/第8番 サルダーナ/第9番 ロマンティカ
第10番 メランコリカ/第11番 サンブラ/第12番 アラベスカ
<詩的ワルツ集>
序奏/第1ワルツ Melodico/第2ワルツ Tempo de Valse noble
第3ワルツ Tempo de Valse/第4ワルツ Allegro humoristico
第5ワルツ Allegretto/第6ワルツ Quasi ad libitum
第7ワルツ Vivo/終結への序奏/第1ワルツ Melodico

<12のスペイン舞曲>は藤井眞吾編曲による第2番をのぞき益田氏自身の編曲による。楽譜も少し前に出版された。また、<詩的ワルツ集>は益田氏の師でもある福田進一の編曲。足掛け5年をかけて録音され、グラナドス没後150年となった2016年にリリースされた。2010~2015年秩父ミューズパーク音楽堂での録音。 ギターソロによるスペイン舞曲12曲全曲録音は世界初録音とのこと。そういえば、確かにギター弾きにはお馴染みの曲が並ぶのだが、こうしてスペイン舞曲全曲を通して聴く機会はありそうでない。ひとまとまりの曲集がこうして本来あるべき形で、かつ高いレベルの邦人演奏家によって聴けることは貴重だ。

ぼくは自称ギター愛好家ながら実は今も昔もギター界の話題にはうといのだが、益田正洋氏が現在日本において実力・キャリアとも兼ね備えたもっとも優れたギタリストの一人であることは間違いない。実際、すで20枚を超えるアルバムをリリースし、そのいずれもが明確な意図をもって編纂されている。よくある名曲集、セールス狙いの企画物とは一線を画すアルバムばかり。この盤も、長らく氏があたためてきたものをグラナドス没後150年に合わせてリリースされた。

演奏は現在望みうる最上のものといえる出来栄えだ。どの曲も音楽は自然に流れ、これがピアノ曲からの編曲であることを感じさせない。ギターの最も魅力的な音域の中高音が奏でるメロディー、それを下支えする力強い低音弦の響き。名器ロマニリョスから繰り出される音は、益田氏の素晴らしいタッチを受け、まばゆいばかりに輝く。この盤の録音に使われた楽譜を見る限り、特に左手の技巧難易度はアマチュア中級には手に負えないレベルだが、もちろん技巧面での不安はまったく感じさせない、余裕をもった弾きぶりだ。 選曲、解釈、音色、録音…いずれも高いレベルで、久しぶりにギター演奏の醍醐味を味わった1枚だった。


この盤のPV。録音風景他


手持ちの盤からアップした。スペイン舞曲op.37から「第3番」と「第10番」


同 詩的ワルツ集から「序奏」と「第1ワルツ」



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ナージャ 「It ain't necessarily So」



朝晩はめっきり涼しくなった。気付けば九月も残すところ僅かだ。季節の二極化とも言えるような昨今だが、今年はコロナ禍も加わり、何がなんだが分からぬうちに夏が始まり、そして終わり…。そんな年寄じみた感慨にふけってしまう。むべなるかな。
さて、気を取り直して今宵もまた変わらぬルーチン。先日聴いたナージャ・ゾネンバーグのブルッフの協奏曲で思い出し、こんな盤を取り出した。


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ナージャ・ゾネンバーグ(1961-)のヴァイオリン小品集<It Ain't Necessarily So>。1992年録音。手持ちの盤は先日のブルッフ同様、十数年前にEMI廉価盤シリーズとしてリリースされたときのもの。収録曲は以下の通り。お馴染みの小品が並ぶ。

 1.前奏曲とアレグロ(プニャーニのスタイルによる)(クライスラー)
 2.歌劇「ポーギーとベス」~It Ain't Necessarily So(ガーシュウィン/ハイフェッツ編)
 3.「ベルガマスク組曲」~月の光(ドビュッシー)
 4.バンジョーとヴァイオリン(クロール)
 5.愛の悲しみ(クライスラー)
 6.愛の喜び(クライスラー)
 7.前奏曲(ガーシュウィン/ハイフェッツ編)
 8.カンタービレ(パガニーニ)
 9.みつばち(フランソワ・シューベルト)
 10.ジ・イージー・ウィナーズ(ジョプリン/パガニーニ編)
 11.組曲「動物の謝肉祭」~白鳥(サン=サーンス)
 12.「ハフナー・セレナード」~ロンド(モーツァルト/クライスラー編)
 13.ジプシーの女(クライスラー)
 14.「スペイン民謡組曲」~アストゥリアーナ(ファリャ/コハンスキ編)
 15.「スペイン民謡組曲」~ホタ(ファリャ/コハンスキ編)
 16.歌劇「3つのオレンジへの恋」~行進曲(プロコフィエフ/ハイフェッツ編)
 17.テンポ・ディ・メヌエット(プニャーニのスタイルによる)(クライスラー)
 18.ヴォカリーズop.34-14(ラフマニノフ)

80年代後半から次々に登場した才能あふれる女性ヴァイオリニストに中にあって、ナージャはひときわ異彩を放つ存在として注目された。ファッショナブルなヴィジュアルも加わって人気も急上昇。次々と新譜がリリースされた。ぼくはその頃、音楽そのものから少々離れていたこともあって、当時の人気ぶりはほとんど知らない。この盤を2000年代になってから手に入れ、初めて彼女の演奏にふれた。

美しくも奔放、情熱の輝き…そんな当時の彼女のキャラクターは、この盤のジャケット写真にも現われている。廃墟の中に場違いに置かれた椅子。長い脚を投げ出し天を見上げるナージャ。このジャケットだけ見ていたら、クラシカルなヴァイオリンのCDとは誰も想像できないだろう。そんな音楽以外の魅力的な要素に引き付けられつつプレイヤーのボタンをオンする。

そうした邪念?!は差し置き、演奏は実にいい。手元にはハイフェッツに始まり、この手の小品集がいくつかあるが、それらの中でもこの盤は、最も魅力的な盤の一つだ。正確な音程、切れ味鋭いボウイング、硬軟併せ持つ歌いっぷり、いずれも予想以上の素晴らしさだ。この手の小品集の醍醐味はソリストの歌いっぷりということになるが、新人はとかく力尽くに、ベテランは崩し放題、などということもよくある。ナージャはいずれの曲でもかなり大胆にテンポとディナーミクを振るが不自然さはなく、むしろ聴きなれたこれらの小品を新たな光で照らし、こんな表現が可能だったのかと気付かせてくれる。ノン・ヴィブラートの場面が多く、ここぞというときに正確な音程をキープしたまま効果的なヴィブラートを加え、ときにポルタメントもまじえる。伴奏をつけるサンドラ・リヴァースのピアノも脇役をわきまえながらも、中々に雄弁に主張し、総じてアルバムとしての完成度は高い。 ナージャは90年代半ばにちょっとしたアクシデントがあって一時期、第一線から遠ざかっていたようだが、近年また復帰し活躍中のようだ。


アルバムのタイトルにもなっている2曲目のガーシュインの「it ain't necessarily so」
「ポーギーとベス」の中の一曲にして、ジャズのスタンダード。


ドビュッシー「月の光」。テンポと弱音のコントロールが秀逸。


トランペットを吹く若き日のナージャ



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バッハ「ミサ曲ロ短調」



最近バッハのカンタータにご執心の知人が「YouTubeで聴いたカール・リヒターのミサ曲ロ短調が素晴らしかった!」と少々興奮気味にメールを送ってきた。ロ短調ミサかぁ…しばらく聴いていないなあと思い出し、今夜はこの盤をプレイヤーにセットした。


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廉価盤ボックスセットの雄:ブリリアントクラシックスのバッハ全集中の2枚。言わずもがなのことではあるが、ロ短調ミサはバッハの数ある作品のうち、もっとも素晴らしい曲の一つだ。この曲に初めて触れたのはかれこれ40年以上前の学生時代。確かクレンペラー盤の演奏だったと記憶している。四畳半の下宿にしつらえた貧弱なオーディオセットではあったが、冒頭のキリエに戦慄を覚えたことをはっきり思い出す。

ロ短調ミサはバッハの作品中、マタイ受難曲と双璧といえる存在ではあるが、曲の性格は当然異なる。そして、ぼくのような声楽に馴染みのない、またその歌詞を聴きながら宗教的な意味合いを感じ取る素地がない聴き手には、マタイよりこのロ短調ミサの方が、音楽として親近感を感じながら楽しめる。マタイではエヴァンゲリストによるレシタチーヴォを交えつつ進行する<物語>としての側面が強いに対し、ミサ曲ロ短調はお馴染みのミサ曲の様式により音楽だけで進行する。そのあたりが声楽曲を<器楽的に聴く>ぼくのような聴き手には耳に馴染みやすい理由だろう。

冒頭、キリエの合唱とそれに続くフーガから一気にこの曲の魅力に引き込まれる。以降も全編バッハの対位法が駆使され、バッハファンならずとも身悶えるほどの音楽的感興に満ちている。一方でソリストの歌うアリアも美しいものばかりだ。同時にそうしたアリアにいくつかには器楽の魅力的なオブリガートが付く。例えば前半<グロリア>の中でアルトの歌う<Qui sedes ad dexteram Patris>にはオーボエダモーレの、そして続くバスの歌う<Quoniam tu solus sanctus>にはコルノ・デ・カッチャ(狩のホルン)によるオブリガートが付され、それを聴くだけでも心おどる。

ブリリアント版バッハ全集で多くの声楽曲を担当しているネーデルランド・バッハ・コレギウムに比べ、この盤でロ短調ミサを受け持っているハリー・クリストファー指揮ザ・シクスティーンの演奏は数段洗練された印象を受ける。合唱、オケ、ソリスト、いずれも立派なもので、1994年に録られた音の状態も上出来だ。その名の通り16名の合唱団をベースにした団体で、規模や編成はBCJあたりと同一のもの。村治佳織(G)が英デッカに移籍したあと、現地の合唱団とコラボしたアルバム<ライア&ソネット>をリリースしたが、その合唱団がハリー・クリストファーの主宰するこのザ・シクスティーンだった。手元にはやや古い重厚長大スタイルのクレンペラー&ニューフィルハーモニア盤、先鋭的なピリオドスタイルとは一線を画しつつ、穏かなバッハ演奏を展開するヤーコブス&ベルリン古楽アカデミー等の盤があるが、このザ・シクスティーンによる演奏も、それらとは異なるアプローチながら水準の高いクリアな演奏で、勝るとも劣らない。


この曲は冒頭のこの10分強だけでも価値有り。クレンペラー盤の第1曲キリエ・エレイソン「主よ、あわれみたまえ」
悲痛な叫びのような冒頭句。そしてそれに続くフーガが素晴らしい。各声部が入り混じりながら進み、最後にバスパートが入ってくる様はフーガの醍醐味。バスパートの入りは…2分23秒 4分55秒 6分59秒 8分41秒 12分44秒あたり


アルトが歌う、オーボエダモーレの美しいオブリガート付きアリア<Qui sedes ad dexteram Patris>


2012年プロムスでの全曲。冒頭から10分過ぎまでのオケと合唱によるフーガはこの曲の魅力のダイジェストといってもいい程だ。ハリー・ビケット指揮イングリッシュ・コンソートによる演奏。ハリー・ビケットはトレヴァー・ピノックを継ぐ2007年からのイングリッシュ・コンソート三代目のシェフ。
41分30秒過ぎからオーボエダモーレのオブリガート付きのアリア。この演奏ではカウンターテナーが歌っている。45分45秒過ぎからコルノ・デ・カッチャ(狩のホルン)のオブリガート付きアリア。1時間33分20秒過ぎから:フルートトラベルソのオブリガート付きアリア。



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ナージャ・ゾネンバークのブルッフ



四連休も終わって勤労生活に復帰。きょうも程々に仕事していつもの時刻に帰宅した。ひと息ついて、相も変らぬ音盤ルーチン。久しぶりにこんな盤を取り出した。


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ナージャ・ソレルノ=ゾネンバーク(1961-)のヴァイオリン。ブラームスとブルッフのヴァイオリン協奏曲を収めた1枚。エド・デ・ワールト指揮ミネソタ管弦楽団がバックを務める。1988年録音。手持ちの盤は十数年前に出たEMI廉価盤シリーズの1枚。ロマン派ヴァイオリンコンチェルトの名曲二つを収めたお買い得盤だ。今夜はこのうちブルッフの協奏曲第1番ト短調を聴いている。

ヴァイオリン協奏曲の名曲というと、まずはベートーヴェン、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ブラームスが四大協奏曲ということになるだろうか。それらに加えてシベリウス、ブルッフ、ヴィニャフスキー、ヴュータンといったあたりもぞれぞれに独自に魅力がある。中でもブルッフの第1番ト短調は他の有名コンチェルトに勝るとも劣らない、むせ返るようなロマンにあふれる佳曲。ヴァイオリンソロの名人芸だけでなく、オーケストラ部の充実した響きもこの曲の魅力だ。第3楽章はブラームスの協奏曲第3楽章をイメージさせるジプシー風主題がラプソディックに展開される。

ナージャの演奏は、当時の<過激><奔放>といった、ややネガティブな評どこ吹く風といった赴きで、このロマンティックな名曲を堂々と弾き切っている。音程が正確でボウイングの切れがよいヴァイオリニストにときとして感じるように、一聴すると線が細いようにも聴こえるが、曲の盛り上がりに従って十分ボリュームと太さのある音でスケール豊かに弾き進める。弱音のコントロールも完璧で、そのあとにくるフォルテシモとのコンビネーションによって、一層ダイナミズムの大きさが際立つ。エド・デ・ワールト指揮ミネソタ管弦楽団のバックも荒っぽいところがなく雰囲気のあるオーケストラサウンドで申し分ない。


2001年のPROMSでのナージャ。第2楽章途中から最後まで。


テレビのバラエティでもお馴染みの木嶋真優を迎えてブルッフ・トーク



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J・ウィリアムスのバリオス



シルバーウィーク四連休の最終日。宅内アレコレで終了。夜半前になってホッとひと息音盤タイム。今夜はこんな盤を取り出した。


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ジョン・ウィリアムズ(1932-)がバリオスの作品だけを入れた盤。ジョンは90年代に入ってバリオス作品を再録しているが、このLPは70年代半ばの最初の録音。当時クラシックギター弾きの間でバリオスが人気となってきた頃のもの。大聖堂、郷愁のショーロなど、ちょうど学生時代真っ只中だったぼくもせっせと弾いた記憶がある。その後バリオスは次第にクラシックギターのレパートリーとして定着し、そのギター的な音使いや親しみやすい曲想から、現在も人気が高い。その意味でこのジョンのレコードはその後現在まで続くバリオス人気のバックボーンを成した一つのマイルストーンとも言える。収録曲は以下の通り。

<A>
大聖堂
マドリガル(ガヴォット)/メヌエット/マズルカ・アパッショナータ/
練習曲/前奏曲/森に夢見る
<B>
ワルツ第3番/クエカ/サンバのしらべ/マシーシャ/
最後のトレモロ/郷愁のショーロ/クリスマス・キャロル

かなりデッドな音響の録音。この盤の少し前に出た「アストリアス」でのやや過剰な残響とは対照的だ。それでも音のバランスは良好。大聖堂の第1曲<宗教的なアンダンテ>では、当時使っていた楽器イグナシオ・フレタの男性的な重低音がどっしりと響く。全体的にはジョンらしい端整な演奏で、細かなタッチまでよく聴き取れる。

今も人気の高いウルグアイ生まれのアグスティン・バリオス=マンゴーレ(1885-1944)。人気の大きな理由はそのポピュラリティーだ。ジョンはバリオスを称してギター界のショパンだと言っているが、それは少々言い過ぎのような気もする。そういう発言を聞いてしまうと、ジョンはその程度にしかショパンを聴いていないのかと、少しがっかりもする。しかしまあ、そう目くじら立てず、中南米風サロン音楽、バッハ模倣…として聴いていればそれ以上も望まない。今や「クラシックギター」と称する、その「クラシック」に対する認識も様々だ。バリオスがクラシックギターの代表的レパートリーと言われる現実も、むべなるかなというところだろうか。


ジョン・ウィリアムズの弾くバリオスのワルツ第3番。楽器をスモールマンに換えた後年の演奏。


前奏曲ト短調


期待の新人:大谷恵理架による「フリア・フロリダ」 使用楽器はハウザー1世1937年作



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L・ローズ&グールドのバッハ:ヴィオラダガンバソナタ



四連休真ん中の日曜日。野暮用少々済ませたあと、あてもなく過ごす。夜半前になって一服。先日来聴いているヨーヨー・マつながりで思い出し、こんな盤を取り出した。


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ヨーヨー・マやリン・ハレルの師としても知られるチェロのレナード・ローズ(1918-1984)がグレン・グールド(1932-1982)と組んでバッハの「ヴィオラダガンバとハープシコードのためのソナタ」BWV1027~1029を弾いた盤。もちろんここではヴィオラダガンバをチェロ、ハープシコードをピアノで演奏している。例のグールドのボックスセット中の1枚。1973~74年録音。

グールドは孤高のピアニストのように思われるが、合わせ物もいくつかの録音を残している。バッハやベートーヴェンの協奏曲、シューマンのクァルテット、シェーンベルクのヴァイオリンソナタなど。そしてきょうの盤もそんな中の1枚だ。

第1番のソナタBWV1027の第1楽章が思いのほかゆっくりとしたテンポで始まる。グールドとローズが会話しているというよりは、どちらともなく遠慮がちに探り合っているかのようだ。もっと堂々と確信をもって始まる演奏が常だが、これは意外だった。以降も楚々として控えめに曲は進む。第2番、第3番も印象としてはまったく変わらない。グールドが弾くピアノを聴くときいつも感じるのは、その静寂感だ。どれほど強い打鍵や音の洪水がある曲でも聴き終えてみると、不思議な静寂感が曲を支配しているように感じる。その印象がこの合わせ物でもまったく変わらずにある。

ローズがどんな風に感じて弾いていたのか知るすべもないが、少なくてもチェロを朗々と鳴らし、構えの大きな音楽を志向してはいなかったろう。グールドの世界観や解釈に賛同したのか、全体としては控えめで、曲の構成よりは一つ一つのフレーズに込められたニュアンスを再現しようとしているように感じた。そしてもちろん、グールドのピアノはチェロの伴奏に留まっていない。極めて雄弁に音楽を引っ張り、しばしばチェロがピアノのオブリガートのように響く。グールドのピアノの個性と合わせ、どの曲もアダージョあるいはアンダンテのゆっくりとした楽章の表現が秀逸。深くそして美しい。


この盤を音源。第2番ニ長調BWV1027の第3楽章Andante。


同 ソナタ第3番ト短調BWV1029 全3楽章。
Vivace・Adagio (4:52)・Allegro (9:49)



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ヨーヨー・マ 「Inspired by Bach」



週末金曜日。今週もあれよあれよという間に終了。人生もあれよあれよだなあ…嗚呼。 
さてさて、芋づる式音盤ルーチン。先回の続きでヨーヨーマの盤を聴こう。取り出しのはこの盤。


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ヨーヨー・マの弾くバッハ無伴奏チェロ組曲。「Inspired by Bach」と題されたこのアルバムは1994年から1997年にかけて、映画監督、建築家、俳優など当代を代表する様々なアーティストとコラボレーションした映像作品から、その音源のみを取り出したアルバム。第5番では坂東玉三郎が参加して話題になった。

滅多に新譜を買うことはないのだが、この盤は発売早々に手にした記憶がある。しかし実のところあまり聴いていない。これはまったくぼくの個人的な思いだが、そもそもバッハの無伴奏作品はチェロであれヴァイオリンであれ、聴き手に相当の負荷を強いる。つまりあまり安穏とは聴けない。もちろんBGMにもならない。他方、その重い負荷とヨーヨー・マの巧すぎる演奏とのマッチングに何かしっくりしないものを感じ、あまり取り出すことがなかった。しかし、きょうこうして第4番を聴いてみて、その浅はかな認識をあらためた。

この4番の演奏でヨーヨー・マはとても控え目で、まるで自省するかのように弾いている。プレリュードは通常この曲でよく聴く演奏に比べ半分程度かと思うような音量で始め、最初のピークに向かって1分近くかけてゆっくりと登っていく。巧いプロとアマチュアの決定的な違いは何か。弱音のコントロールは間違いなくその一つだろう。名人中の名人であるヨーヨー・マとアマチュアを比較するのは見当違いもはなはだしいが、この4番を聴いていると、あらためてその感を強くする。弾き急がず、鳴らし過ぎず、曲の持つフレーズ感のうち最も大きく長いそれに照準を合せて、しかしそれと悟られないように自然に歩みを進めていく。巧さを通り越して、時にあざとささえ感じるヨーヨー・マだが、この演奏はそうではない。もしかするとそれは、他のアーティスト、それも音楽家以外の人との共同作業という過程で、ヨーヨー・マの意識の何割かが相手側へのアプローチや配慮、相手側から得るインスピレーションといったものに向けられたためではないか。第4番の演奏は曲の性格もあるのだろうが、とりわけその感が強い。


手持ちの盤からアップした。第4番変ホ長調のプレリュード


同 第6番ニ長調のプレリュード


この盤の元となった映像コラボレーション。玉三郎と第5番のサラバンド。



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マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
音楽とクラシックギターに目覚めて幾年月。道楽人生成れの果てのお粗末。

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