クリュイタンスの第九



前回の記事で聴いたクリュイタンスのベートーヴェン。さすがの貫禄とあらためて感心し、その流れで今夜は本丸を聴こうと、こんな盤を取り出した。


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ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調。アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリンフィルハーモニーよる全集中の一枚。手持ちのセットは十数年間に激安ボックスセットで出たときのもの。その後もパッケージを替えて幾度となくリリースされている。もっともぼくら世代の愛好家には、70年代廉価盤セラフィムシリーズのLP盤でお馴染みだろう。録音は1957~1960年。すでにベルリンフィルのシェフはカラヤンの時代になっていたが、そのボスを差し置いて、ベルリンフィルにとっては初めてのステレオ録音でのベートーヴェン全集となった。

クリュイタンス(1905-1967)と聞くとベルギー/フランス系指揮者というプロフィルからして、ベートーヴェンは?と思う向きもいるだろうが、実はワグナーとはじめドイツ音楽にも精通し、当時彼の指揮するベートーヴェン・チクルスはチケットがすぐに売り切れたと、何かの本で読んだことがある。実際このベルリンフィルとのベートーヴェンも素晴らしい出来栄えだ。

まずベルリンフィルの音がいい。重厚かつしなやかな音色で、その後のカラヤン時代やその前にフルトヴェングラー時代いずれとも違う音色感だ。弦の響きはしっかりした低弦群に支えられたピラミッド型のエネルギーバランスだが決して重くはなく、ヴァイオリン系はピッチがよく合い整っていて、絹糸をつむぐようにしなやかに響く。木管や金管はやや渋めの音色で弦とよく調和して申し分のないバランスだ。それらととらえた録音も、独グラモフォンのそれとは違い、ステレオ感を左右いっぱいに広げ、中高音に少しだけピークを持たせている。そのあたりがヴァイオリン系のシルキーでしやなかな音色につながっているのだろう。

クリュイタンスの解釈は細かなアンサンブルにはほとんど頓着せず、曲の流れと大きなフレージングを重視。縦のアインザッツは深く、バンッ!でもズワンッ!でもなく、ズワ~ンッと響く。こうした特質から、例えば第3楽章の緩徐楽章は取り分け素晴らしい歌にあふれていて、オケの巧さもあってワルター盤をもしのぐかと思わせるほどよく歌う。第1楽章冒頭から悠然したテンポ設定で始まり全楽章で73分を要していて、フルトヴェングラーのバイロイト盤並だ。ベートーヴェンの交響曲全集はあまたあるが、往時のベルリンフィルの素晴らしい音色と、クリュイタンスの重厚かつしなやかな歌いっぷりを楽しめるこの盤は、録音から半世紀以上経った今でもバリバリの現役イチオシだ。


この盤の音源。全4楽章。この演奏の第1楽章は本当に素晴らしい。これまでに聴いた演奏の中で最も好きなものの一つ。


第4楽章コントラバスのパート練習。かねてよりスコアを眺めつつ「ここは合うのか?」と思っていた6分30秒からのフレーズ。これをチェロ・バス(それとファゴット)がユニゾンで弾いてどれほど合うのだろうか…。



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ベートーヴェン序曲集



十二月も半ば。少し前から身辺諸事情あって公私ともに慌ただしい。年末進行というような業種ではないが、今月末納期の案件が際どいデッドラインで進行中。予断を許さない状況だ。本日も居残り仕事少々で帰宅。ひと息ついて…さて、ちょっと気合を入れようかと、こんな盤を取り出した。


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アンドレ・クリュイタンス(1905-1967)の指揮するベルリンフィルによるベートーヴェンの序曲集。ぼくら世代のクラシックファンには懐かしいセラフィムレーベルの廉価盤。久しぶりに取り出してみたら、まだパッケージのフィルムもそのままで新品かと思うほど。もちろん手に入れた当時はしばしば引っ張り出して聴いていたから、手付かずできれいなわけではない。盤面も状態良好で、オルトフォンSPUでトレースするその音もいまだにフレッシュだ。収録曲は以下の通り。1958~60年の録音。

Side_A
《レオノーレ》 序曲 第3番 作品72b
劇音楽《エグモント》 序曲 作品84
Side_B
歌劇《フィデリオ》 序曲 作品72c
バレエ音楽《プロメテウスの創造物》 序曲 Op.43
劇音楽《アテネの廃墟》 序曲 作品113
《コリオラン》 序曲 作品62

今も昔もクリュイタンスとベルリンフィルによる一連のベートーヴェン録音について語られるとき出てくるのは「初期の作品や偶数番号の曲にその良さが表れている…」というコメントだ。実際この序曲集と前後して手に入れたこのコンビの盤は第1番と第2番のカップリングだった。その後、他の番号曲も聴くようになってから、どうやらそうしたコメントはいささかステレオタイプなもので、奇数番号曲も劣らず素晴らしい演奏だと分かってきた。偶数番号=古典的な様式感と均整の取れた構成、奇数番号=革新的で豊かな感情の表出、といった前提があって、それとクリュイタンスの資質に当てはめたことによるのだろう。それもあながち間違ってはいないだろうが、虚心にこのコンビの演奏に耳を傾けてみれば、奇数番号のいかにもベートーヴェンらしいとされる曲想にも、スケールが大きく、かつ、しなやかな響きで、それらの曲の魅力を表出していることを実感するはずだ。

この序曲集は交響曲全曲録音と併せて録られたものだが、演奏も終始一貫してベルリンフィルの重厚ながらもしなやか音がステレオプレゼンスいっぱいに展開され、申し分のない出来だ。合奏の縦の線を合わせることにはほとんど関心がないのか、今風のアンサンブル精度優先の演奏からみると、ベートーヴェンの厳しさが出ていないといったそしりを免れないのかもしれないが、おそらく当時のベルリンフィルのアンサンブル流儀だったのだろう。しかし聴こえてくる音楽は、そうした精度の優劣をまったく感じさせないもので、渋さと艶やかさを兼ね備えた弦楽群やオケ全体の響きにブレンドされる木管群など、唯一無二の響きの圧倒される。


この盤の音源で「エグモント」序曲


同じくバレエ音楽「プロメテウスの創造物」 序曲。第1交響曲の出だしと類似した和声進行で始まる。


同 「コリオラン序曲」



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ベルガンサ「7つのスペイン民謡集」



スペイン物連投…。前回の記事で聴いた盤の続き。


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テレサ・ベルガンサ(1933-)がスペイン・ラテン系歌曲を歌った「The Spanish Soul」と題された3枚組。前回に続き、きょうはDISC1のファリャ「7つのスペイン民謡集」を聴くことにした。7つの曲は以下の通り(全3枚のリストは前回の記事参照)。

1. ムーア人の織物
2. ムルシア地方のセギディーリャ
3. アストゥーリアス地方の歌
4. ホタ
5. ナナ(子守歌)
6. カンシオン
7. ポロ

題名通りの歌曲集で、スペイン各地に伝わる民謡や踊りのリズムなどを元に7つの小品に仕立てた曲集だ。極東の彼方からスペインを眺めると、どうも画一的なイメージを持ってしまうが、おそらくスペイン人にとっては、歴史的に諸王国の集まりであった経緯もあって、それぞれの地方でアイデンティティがあり、「一緒にしてくれるな」と言い出すのだろう。数年前、スペイン国内州独立の動きが伝えられたことからもそれは分かる。この7つ民謡集はスペインのほぼ東西南北に渡る地方からモチーフが採られている。陽気な歌あり、内に秘めた情熱あり、歌詞も他愛のない民衆の戯言から成るようだ。オリジナルのピアノ伴奏歌曲以外にチェロやヴァイオリン等によるもの、伴奏をギターに置き換えたものなどが古くから知られていて、スペイン歌曲というジャンルとしてももっともポピュラーな曲の一つだろう。15分で巡るスペイン民謡紀行という趣きの佳曲だ。


ベルガンサによる60年代の録音音源。


ギター伴奏による歌唱。


チェロとギターによる「ナナ」



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ベルガンサ「代官と粉屋の踊り」



先回のグラナドスで思い出し、スペイン物の流れでこんな盤を取り出した。


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テレサ・ベルガンサ(1933-)がスペイン・ラテン系歌曲を歌った「The Spanish Soul」と題された3枚組。もともとクラヴェスレコードから出ていたものを、例によってブリリアントレーベルがライセンスを受けてリリースした盤。指揮者ヘスス・ロペス=コボスの盤を探しているときに出くわして手に入れた。あまり聴く機会がない曲の入っているので、少々長くなるが収録曲を以下にリストしておく。

DISC-1
・ファリャ:「代官と粉屋の女房」
・ファリャ:7つのスペイン民謡

DISC-2 スペイン歌曲集
・グラナドス:「トナディーリャス(昔風のスペイン歌曲集)」~「悲しむマハ」第1~3番、「内気なマホ」、「控えめなマホ」「トラ・ラ・ラとギターのつまびき」
・トゥリーナ:「カンシオン形式の詩」Op.19~「献呈(ピアノ独奏)」「けっして忘れないで」「唄」「二つの恐れ」「恋に夢中」
・トゥリーナ:「サエタ」「幻影」op.37-5(「セビーリャへの歌」より)「ファルッカ」op.45-1
・グリーディ:「6つのカスティーリャの歌」~「向う、あの山の高みに」「夜番さん!」「スカーフで誘え、牡牛を」「あんたのハシバミの実は欲しくない」「当ててごらんと言ったって」「サン・ホアン祭の朝」
・トルドラ:6つの歌~「陽気な羊飼いの娘」「母さん、ぼくは一対の目を見た」「サン・ホアン祭の朝」「誰も幸せにはなれまい」「小唄」「お前を知ってから」

DISC-3 エマよさようなら~南米歌曲集
・ヴィラ=ロボス:「こわれたギター」「さよならエマ」「18世紀の詩人の歌」「古風なサンバ」「希望」「シャンゴ」
・ブラーガ(1888-1948):「オキニンバ」「草むしり」「子守唄」「聖ジョアンのわらべ歌」「新しい機械」「小さな家」
・グァスタビーノ(1912-):「二人兄弟のミロンガ」「兄弟よ」「チャパナイのブドウの木」「バラと柳」「パンパマーパ」「鳩のあやまち」「渇きの底から」「きれいな柳の枝」「サン・ペドロの男」

テレサ・ベルガンサ(M)
フアン・アントニオ・アルバレス・パレホ(p)
ヘスス・ロペス=コボス(指揮)
ローザンヌ室内管弦楽団[DISC-1]
録音:1986年[DISC-2] 1983年[DISC-1,3]

今夜はこのうち1枚目をプレイヤーにセットした。さきほどからヘスス・ロペス=コボス指揮ローザンヌ室内管弦楽団によるファリャの「代官と粉屋の女房」が流れている。

のちに「三角帽子」として再構成されることになるこの「代官と粉屋の女房」。当初パントマイムの音楽として1916年に完成したという。1管編成と弦5部にピアノ、打楽器は無しという小編成オケを前提に書かれている。「三角帽子」と同じく二幕構成ながら、「三角帽子」にあるトランペットとティンパニによる景気のいい「序奏」や有名な「粉屋の踊り」などはなく(「粉屋の踊り」の出だしだけがある)、また打楽器も使われないことから、全体的な印象はかなり異なる。 「三角帽子」の華麗なオーケストレーションに馴染んだ耳には少々地味に感じるが、スペインの片田舎風情としては、むしろこのくらいの響きの方が適当かもしれない。打楽器なしでも弦楽群の刻むリズムは十分躍動的だし、木管群のソロもひなびた味わいで中々聴かせる。

1983年のデジタル録音。高音質で評判だったクラヴェスレコードの録音ということもあって、小編成ローザンヌ管の美しい響きが部屋に満ちて心地よい。前後左右の広がりに加え、コントラバスの最低音もダブつかずしっかり聴こえてきて、小編成オケの響きを堪能できる。


この盤の音源。第1部&第2部


こちらは改編後お馴染みの<三角帽子>踊り付き。スペインの指揮者ファンホ・メナとBBCフィルによるプロムスでの演奏。粉屋の踊りは19分30秒から。



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デ・ラローチャのグラナドス



先日、少し前に書いた益田正洋氏の弾くグラナドスの記事のコメントをいただいた。そう、いい演奏だよなあ、益田氏のギターも素晴しいが、そもそもグラナドスの曲だいい…と思い出し、それではと、今夜はこんな盤を取り出した。


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アリシア・デ・ラローチャ(1923-2009)の弾くグラナドス作品集。70年代初頭にリリースされたこの2枚組の盤には、グラナドスの代表作である組曲<ゴエスカス>と組曲<ロマンティックな風景>が収められている。確かこの盤も出張先の大阪梅田の中古レコード店で安く買い求めた。ゴヤの絵をあしらったジャケットが中々ノスタルジックで気に入っている。

ぼくらのようなクラシックギター弾きにとってグラナドスやアルベニスといったスペイン近代の作曲家は、ギターのオリジナル作品を書いた作曲家と同等以上に馴染み深い。グラナドスの作風は、ショパンやシューマン、リストなどロマン派の保守本流的要素とスペイン的な民族色とを兼ね備え、更にそこへフランス印象派のエッセンスがちちばめられている。こう書くといささか散漫な作風のように思われるが、これらのごった煮というわけではなく、曲によって作風がシフトするとでも言ったらいいだろうか。組曲<ゴエスカス>は甘美なロマンティシズムというよりは内省的でほの暗い側面が強く、組曲<ロマンティックな風景>はその名の通り、より抒情的で優しさと憧れに満ちている。トゥリーナやレスピーギといった、同じ近代ラテン系作曲家と比べると明らかに内省的で静けさの勝る音楽だ。


この盤の音源。デ・ラローチャの弾く組曲<ゴエスカス>
1.愛の言葉00:00 2.窓辺の語らい08:15 3.ともしびのファンタンゴ18:32 4.嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす23:57 5.愛と死(バラード)30:16 6.エピローグ「幽霊のセレナード」42:32 7.わら人形50:03


組曲<ゴエスカス>のアナリーゼ


続編はこちら→https://youtu.be/8IXrAqLGmM8

組曲<ロマンティクな風景>の楽譜付き音源。ラローチャの演奏とのことだが、いつの録音だろうか。



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ラミレス2世1935年



「与太さん、例のギターのメンテナンスが完了したので、よかったら見に来ませんか」
現代ギター社営業担当K氏より連絡有り。ハイハイ、行きますよ!と過日、都内での仕事を早めに切り上げ、池袋・要町へと急いだ。


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古びたケースから取り出したのは、ホセ・ラミレス2世(1885-1957)1935年作のギター。思わず「おおっ!」と声をあげた。弾き傷と年月によるエイジングとで見事に時を刻み込んだスプルースの表板。美しい板目が神々しくさえあるハカランダの裏板。古色蒼然とした風貌から放たれるオーラが尋常ではない。音を出す前からギターが勝手に何かを奏でそうな気配。昨年みた絶品トーレスに勝るとも劣らない、すこぶる状態のいい個体だ。


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85年の歴史を背負った楽器だが、この度細部にわたるメンテタンス・調整を受け、楽器の物理的状態はとてもいい。表板の割れ修理跡はしっかり補修されている。指板は交換されているようだが、ネック・フレットの状態含めて気持ちいいほど整っている。表板・横裏板ともセラックで軽くリフィニッシュしてあるが、もちろん厚化粧になっておらず、美観とエイジングが程よくミックスした理想的な状態だ。 弦長は648㎜。ナット幅は正確には測らなかったが、おそらく50㎜程度。比重の大きい横裏板のハカランダ材のためか、予想よりはしっかりとした重量感がある。とはいえ現代のギターに比べるとずっと軽量だ。糸巻はオリジナルのフステロ製39㎜ピッチが不調だったので交換。39㎜ピッチがもはや入手難とのことで、軸穴を埋め木し35㎜ピッチに直してある。


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この楽器、かの中野二郎(1902-2000)の遺品であったものを御弟子さんが引き受け、事情あってこの度の放出になった由。大正から昭和、平成に至る日本のギター史を背負ってきた一人である中野二郎氏の遺品と聞いて、思わず来し方80年余に思いを馳せた。手元にある荒井史郎(1930-2019)著「ギターに魅せられて」にこんな記述がある。

…中野先生のお宅で私が(中野氏から借りて)レッスンに使用していたギターは、スペインのホセ・ラミレスII世1935年作だった…中略…昭和11年(1936)に名古屋の楽器店「景文堂」によって輸入されたホセ・ラミレスII世作ギターは各種類10本。中野二郎はじめ、弟子の小越達也、京都の貴家健而たちが、当時100円から300円で買い求めたと聞いている…

今回のこの楽器はこの10本の中の1本に違いない。そして驚くべきことに以前、旧友Y氏から借りてしばらく弾いていたラミレス2世も同じく1935年。そのときもY氏から上記のような逸話を聞いていた。そのY氏のラミレス2世のラベルには「6」のスタンプが押されていて、今回のものには「10」が押されていた。かつて昭和11年に名古屋に到着したラミレス2世10本にうち2本に出会って実際に触れることが出来たのは、中々歴史的なことじゃないかと感じる。

ここまで歴史を背負った楽器。もはや音などどうでもいいという気分になったが、せっかくの機会、もちろんその音も楽しんだ。慎重に調弦をしてゆっくりと弾き出す。1930年代スペイン製と聞いただけで予想される音、マヌエル・ラミレス、サントス・エルナンデス、ドミンゴ・エステソ他いわゆる戦前のオールドスパニッシュのイメージそのもの。低音レゾナンスはF#辺にあって6弦ローポジション全域でふっくらと豊かな低音が響く。中高音も反応よくはじけるように鳴る。弦の張りは柔らかくビブラートもよくかかり、タレガの小品などを弾くと正にツボだ。すべての音が楽器全体から軽く立ち上がり空間に放たれる。 現代的視点であえてネガティブな点をあげつらうとすれば高音域でサステインが短めで、ポンと鳴ってすぐに収束するということくらいだろうか。もっともこれはこの当時の楽器全般がもつ個性といった方がいい。実際、試奏したときの部屋(現代ギター社GGサロン)は残響豊かで、音のサステインは部屋のアコースティックが受け持ってくれるという考えが成り立ち、弾いていて不足感はなかった。

この楽器、すでに「相応の」プライスタグも付けられ、現代ギター社GGショップ内の楽器コーナーに設置された湿度管理ケースに中に鎮座している。楽器の物理的状態、発音、自らが背負った歴史、そもそもラミレス2世ギターの個体が少ない…それらを勘案すれば、プライスタグの数字も納得の逸品だ。


エヴァ・ベネクが弾くラミレス2世1943年作。低音のウルフトーンが低く(おそらくF~F#)設定されていて、時折り6弦ローポジションの低音がドスンッと響く。そして高音は軽やか。この当時のラミレスは、まだ軽く作られ古いスパニッシュの味わいをもつ楽器だった。


ラミレス2世1949年作 この時代のギターはゴルペ板さえ気にならなければフラメンコ用・クラシック用と意識する必要はない。



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今年も年末三点セットでGo!



さて師走に入って一週間。年の瀬の気配もまだ希薄だが、きょうは恒例の年末三点セットで一気に師走モードへ自らを駆り立てよう。以前からこの与太ブログにお付き合いいただいている輩には、またその話かと、うんざりされそうだが、マンネリもときに大切。年に一度のことゆえ、どうかご容赦を。さて、本ブログのローカルルールにて年末の三点セットとは以下のものを指す。

・ベートーヴェン;交響曲第九番ニ短調
・三波春夫;長編歌謡浪曲<俵星玄蕃>
・早明ラグビー

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まずは第九だ。今宵は本命フルトヴェングラーを取り出そう。フルトヴェングラーの第九は様々な音源のものが出回っているが、今日まで広く定番として親しまれていたバイロイト盤(1951年バイロイト祝祭管弦楽団とのライヴ)LPに針を落とすことにした。写真のジャケットはぼくら世代にはお馴染みだろう。
第1楽章は<雄渾>という形容詞の説明サンプルといいたくなるような演奏だ。18分近くかけてじっくりと腰を据えて進むテンポ、深く沈みこむピアニシモ、低い重心から力強く立ち上がるクレッシェンド…この盤を聴くのは久しぶりだが、やはり素晴らしい。第九と聴くとこの第1楽章だけを繰り返し聴きたくなるほどだ。第2楽章のスケルツォはややテンポを上げて畳み込むようなスリリングな展開を聴かせてくれる。そして第3楽章のアダージョでは再び瞑想的な深みのある展開で、何と19分余をかけてこの楽章を歌いぬく。ここまで聴くと合唱入りの第4楽章がオマケとさえ思えてくる。



さて三点セットの次は三波春夫の長編歌謡浪曲<元禄名槍譜 俵星玄蕃>。
御存知の通り、三波春夫の芸能活動は浪曲師として始まった。歌謡浪曲というジャンルを作り出し名曲を生み出したが、その中でこの「俵星玄蕃」は曲の構成、歌唱部分の馴染みやすいメロディー、ドラマティックな語り部分と歌唱部との絶妙なブリッジなど、最高傑作と言ってよい。10分近くに及ぶ歌謡曲としては異例の規模。曲のクライマックス…雪を蹴立てて、サク、サク、サク、サク、サク、サク、「先生~!」「おぉ~そば屋かぁ~」のくだりは、当時忠臣蔵のあらすじも何も知らない田舎の高校生であったぼくの記憶の奥底に刻まれた。そんなことを思い出しつつ、リサイクルショップのジャンク箱から捕獲してきたLP盤に針を下ろそう。
まず何より三波春夫の口跡(今風に言うと活舌/滑舌か)が素晴しい。浪曲で鍛えたというよりは天性のものだろう。出だしの静かな語りの導入部は浪士達が主君を思って耐え忍んだ月日をそのまま表現しているかのようだ。中盤の浪曲調、山鹿流陣太鼓の一打ち、二打ち、三流れ…ストラビンスキーばりの変拍子で始まり、クライマックスに向けて「時は元禄十五年十二月十四日…」と畳み掛ける講談調、いずれも明快な語りと抑揚が素晴らしい。そして「先生~!」「そば屋かぁ~」で興奮はピークになる。3つの歌唱部分を間に挟んで語りでつなぐ構成もオペラの演奏会形式上演のようだ。スコアの指示はMaestosoに違いないと思わせる最後の歌唱部分は浪士たちの堂々たる歩みをたたえるようでグッとくる。



三点セットの最後は毎年12月第1日曜日に行われる関東大学ラグビーの早明戦だ。早稲田が<心の母校>であるぼくにとって、年に一度、唯一テレビの前に陣取ってスポーツ観戦する日。昨年2019年のワールドカップで大いに盛り上がったラグビー。しかし80年代のラグビーは今より数段面白かったように思う。ひたすら前へ出る<重戦車軍団>の北島・明治、それを悲壮感あふれるタックルで食い止め一瞬の隙をつく展開でトライを奪う<ゆさぶり>の早稲田。幾多の名勝負を残したが、中でも印象深く歴史に残る1987年雪の早明戦。小兵スクラムハーフ堀越、2年生FWにはのちに監督になった清宮。ノーサイド直前、ゴール前のペナルティキックでゴールを狙わず執拗に押し込む明治、守る早稲田…。 80年代後半の早明戦は思い出に残る名勝負がいくつもあった。12対24の劣勢から後半終了間際に追いつき、今泉のトライ(とそのあとのゴール)で同点に追いついた試合も記憶に残る。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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