フリッチャイの「悲愴」



年々早くなる桜開花のルーティン。当地関東北部の桜も散り始めた。四月最初の週末土曜日。日中は野暮用あれこれで落ち着かず、夕方近くになってようやくひと息。先回のフリッチャイの盤で思い出し、こんな盤を取り出した。


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チャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調「悲愴」。フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団による1959年9月の録音。フリッチャイ(1914-1963)が白血病の闘病から一時的に復帰した際に録音されたと聞く。しかし長い間世に出ることなく年月が過ぎ、40年近くたった1996年に初めてリリースされた。

「悲愴」は格別思い入れのある曲ではないが、それでも手元にある盤を思いつくままに挙げてみると…メンゲルベルク&アムステルダムコンセルトヘボウ(古っ!)、カラヤン&ベルリンフィル(60年代DG盤、70年代EMI盤、88年来日公演ライヴ盤…カラヤンが好きなわけでもないのに3種類も)、ムラヴィンスキー&レニングラード(60年代DG盤)、シルヴェストリ&フィルハーモニア管、マルティノン&ウィーンフィル、バーンスタイン&ニューヨークフィル(新・旧)、小澤&パリ管、モントゥー&ボストン響、アブラヴァネル&ユタ響、他にも何点かあったはずだ。しかしこのフリッチャイ盤にはそれらを差し置いて断然トップの評価を与えたい。

「悲愴」はそうそう気軽に聴ける曲ではない。チャイコフスキーの交響曲の中で聴く頻度としては第5番・第4番・第1番、その次くらいに第6番「悲愴」がくる。やはりこの曲は重いのだ。第1楽章から暗く悲しく、第2楽章の4分の5拍子の軽快な運びも、どこか力なく哀れすら感じる。第3楽章は力感あふれる行進を思わせるが、それだけに終楽章に一気に悲痛の底に沈められるような気分になる。

演奏とその演奏家の人生とを対比させる聴き方はほとんど興味がないが、このフリッチャイ盤に限っては、活躍の真っ最中に病魔に侵された彼の人生と、この悲愴交響曲の演奏とを結び付けてしまう。手兵ベルリン放送交響楽団の弦楽セクションの面々は、病魔と闘う目の前のマエストロへの思いを込めて弓をひいているのだろう。つむぎ出される旋律から涙がこぼれ落ちるかのようだ。フレーズの息は長く、後ろ髪を引かれるかのように綿々と奏される。6個の弱音指示から始まる冒頭、突然のフォルテシモ、再び訪れる静寂とその直後の絶望的なトゥッティ…すべてに意味が込められ、見かけだけの上塗りでない音楽が続く。こうしたフリッチャイの録音を聴くたびに、まさにこれからという壮年期に世を去った彼の若すぎた死を悼まずにはいられなくなる。


手持ちの盤からアップした。第1楽章


同 第3楽章 聴きどころは7分過ぎから。終盤の大団円に向け7分15秒で一気にテンポを落とし、7分30秒前後でテンポを戻し、最後は一気にアチェルランドして走り抜ける。



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