ヴィヴァルディ「グローリア・ミサ」



今週はこのところになく慌ただしい一週間。実はある仕掛かり案件の納期を勘違いしていて、気付いた時にはぎょっとした。何とか取り繕ってセーフ、セーフ!。安堵の週末金曜日を迎えた。帰宅後ひと息ついて一服。結果オーライを祝そうと、こんな盤を取り出した。


202107_Vivaldi_Gloria.jpg


アントン・ヴィヴァルディの「グローリア・ミサ」RV589。ステファヌ・カイヤー(1928-2020)指揮のパイヤール管弦楽団、カイヤー自身が設立したステファヌ・カイヤー合唱団他による演奏。独奏者のリストをみるとオーボエのピエール・ピエルロやオルガンのオリヴィエ・アラン(マリ-・クレル・アランの兄)など見知った名前もある。手持ちの盤は1979年に廉価盤で出たときのもの。「グローリア」の他「キリエ」ト短調RV587、「エルサレムよ、主をほめたたえよ」RV609といった曲がカップリングされている。こちらのサイトによれば録音は1964年。

冒頭の第1曲。「いと高きところ、神に栄光あれ」と合唱が喜びに満ちた旋律を高らかに歌う。何とも晴れ晴れするオープニング。祝!結果オーライに相応しい。この盤を手に入れたのは社会人になって間もなくの頃。もう40年以上前の話だ。レコード屋から持ち帰り、買い揃えたばかりのオーディオセットで聴いた時の感動が蘇える。今聴いても、ややレンジが狭いもののノイズ少なく低域もしっかり効いていて素晴らし録音だ。第2曲では一転、沈鬱な表情のロ短調に変わる。イタリアン・バロック、取り分けヴィヴァルディの曲がもつ明暗がはっきりとしていて、その明暗が躊躇なく振れ幅いっぱいの表現を取る特徴がこの曲でも感じられる。「グローリア」は12曲からなり30分を要する、当時としては中々の大曲だが、それぞれのキャラクタが明快でまったく飽きさせない。しかも時々ヴィヴァルディについて言われる「凡百の協奏曲作家」という面影はなく、「赤毛の司祭」の面目躍如。いずれの曲の十分練られた和声感をもっている。「四季」の三百倍は素晴らしいと思うがどうだろう(^^;


クロアチアと日本の混成チームを鈴木秀美が指揮する。



スコア付き音源。パソコンの画面を追いながらギターでバスパートでも弾いて楽しもう。



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

アンジェロ・ドゥバール&ルドヴィック・ベイエ



週半ばの水曜日。今週初めから四度目の緊急事態宣言が出された都内での仕事を終え、17時過ぎの新幹線で帰途に。帰宅後ひと息ついて… そういえば、きょうはパリ祭。気分だけでも味わおうと、こんな盤を取り出した。


202107_Odebarre_et_Beier.jpg


マヌーシュ・スウィング・ギターのアンジェロ・ドゥパールとアコーディオンの名手ルドヴィック・ベイエ他による「スウィングの空の下で」と題された一枚。2007年録音。日本におけるこの二人の最初の盤だそうだ。少々長くなるが、収録曲を以下に記しておく。

1.パロール・ドゥ・スウィング
2.おまえはマヌーシュ(サンセヴェリーノ参加のオリジナル曲)
3.我が愛するパリ (シャンソンのスタンダード)
4.チャールストンの踊り手
5.パリの空の下(グレコ、モンタン、ピアフが歌った名曲)
6.シラキューズ(A・サルバドールの代表曲)
7.セ・マニフィック(C・ポーター作曲)
8.残されし恋には(S・トレネの代表曲)
9.セ・シ・ボン(シャンソンの名曲)
10.ラ・メール(S・トレネの代表曲)
11.待ちましょう(リナ・ケティの代表曲)
12.詞のないメロディ(メドレー):希望に満ちて(S・アズナヴール)~オートバイの男(ピアフの代表曲)~自転車乗り(P・バルー/F・レイの作品)~汽笛が聞こえる(米のH・ウエスト作)
13.ル・ミュージシャン(サンセヴェリーノ参加のオリジナル曲)
14.リラの門の切符切り(S・ゲンスブールのデビュー曲)


マヌーシュ(ジプシー)スタイルと言えば、まずはパリを中心に活躍したジャンゴ・ラインハルトということになるだろう。ジャンゴ・ラインハルトの音楽そのものは、おそらく十代の頃から耳にしていたと思うが、それがマヌーシュ・ジャズと言われるものであることや、ジャンゴの名前とその音楽をはっきり認識したのは三十代になってから。そして実際に音盤を手に入にしたのはさらに歳を重ねて四十代になってからだ。マヌーシュ・ジャズ・ギターはその独自のスウィング感やギターテクニック、加えてジャンゴ時代の古い音響条件も重なって、他に類を見ない魅力をもつ。

この盤はそんな古きフランスのレトロスペクティブな雰囲気をそのまま現代に再現している感がある。ぼくはこのジャンルの音楽の熱心なファンというわけではないので、ギターのアンジェロ・ドゥパールやアコーディオンのルドヴィック・ベイエについて何も知識を持たないし、手持ちの盤もこの一枚のみだ。言ってみれば、にわかマヌーシュ・ジャズファンの代表のようなもので、そんな門外漢にもその音楽の素晴らしさや楽しさを十分に伝えてくれる。選曲にはお馴染みの定番シャンソン曲も含まれているし、オリジナル曲も妙に凝ったところがない。どこから聴いても、どれを聴いても至極のひとときを約束してくれる。パリ下町のクラブに想いを馳せつつ、夜は更けるのでありました。


手持ちの盤からアップ。「我が愛するパリ」


同 「セ・マニフィック」


アンジェロ・ドゥパール@ライヴ


■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

バッハ「フーガの技法」



週明け月曜日。梅雨空ときどき晴れ間の今日この頃。本日も程々に業務に精励。帰宅後のマンネリ音盤ルーチンも相変わらず。今夜はこんな盤を取り出した。


202107_GG_Art_of_Fugue.jpg


グールドの弾くバッハ「フーガの技法」。例のボックスセット中の一枚。グールドが地元トロントの教会にあるオルガンを弾いている盤だ。ここでは未完に終わったフーガを含むバッハ最晩年のこの作品のうち、第1曲から第9曲までの取り上げている。

最初にこの曲を聴いたのは40年前。社会人になって毎月給料日にレコード屋へ走るのが楽しみだった頃、パイヤール室内管弦楽団の演奏する2枚組のLPを買い求めた。当時の最新録音で、フーガの醍醐味である各パートの織り成す音の綾、そして低音パートが静かに入ってくる際のオーディオ的な快感、そんなことを感じながらよく聴いた。

もともとフーガの技法は楽器指定のないオープンスコアで書かれていて、鍵盤楽器以外の様々形態でも演奏される。フーガの技法と名付けられている通り、音の建築のようなフーガという形式に関する様々な試みがなされた結果、ここで聴くことの出来る音楽の深さと宇宙的ともいえる広がりは、この曲以外では得られないだろう。さすがに、この曲を聴いているとグールドでさえ、演奏家の存在が消えそうに感じる。フーガとしての傑作に留まらず、クラシック音楽の傑作の一つと言われるのもうなづける。


この盤の音源。第1番から9番まで。



グールドの映像。第1~4番を弾いている。



弦楽合奏による第1~4番。



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

ケンプのバッハ



週末土曜日。朝から少々慌ただしい一日。夕方近くになって、ようやく一服。音盤棚を見回していたら、この盤と目が合ったので取り出した。


202107_Kempff_JSB.jpg


ウィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の弾く「バッハ・リサイタル」と称された一枚。その名の通りバッハの作品、それもまとまった組曲ではなく、小品に分類される曲を集めたもの。1953年モノラル録音。手持ちの盤は70年代後半に廉価盤で出ていた<ロンドン永遠の名盤シリーズ>中の一枚。収録曲は以下の通り。

1. 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
2. コラール・プレリュード BWV659 「いざ来れ、異教徒の救い主よ」
3. コラール「主よ、人の望みの喜びよ」(カンタータ第147番 BWV.147より)
4. 3つのコラール・プレリュード:1)わが心からの望み BWV.727
5. 3つのコラール・プレリュード:2)もろ人声あげ BWV.751
6. 3つのコラール・プレリュード:3)喜べ、愛する信者よ BWV.734a
7. シチリアーノ(フルート・ソナタ第2番変ホ長調 BWV.1031より)
8. コラール「目をさませと呼ぶ声が聞こえ」(カンタータ第140番 BWV.140より)

このアルバムの聴き物は第1曲<半音階的幻想曲とフーガ>だ。<半音階的幻想曲とフーガ>…なんとカッコいい曲名だろう。この曲名を目にする度に3回は小声で唱えてしまう。曲名を唱えるだけで、背筋が伸びそうだ。

この曲がバッハの傑作の一つだということに、あまり異論はないだろう。前半の長い幻想曲は、まさにその名の通り幻想的かつ即興的に展開する。バッハが思うに任せて自在に即興で弾いたフレーズをそのまま書き落としたのではないかと思ってしまう。前奏曲とフーガと同じ形式ながら、添え物的な前奏曲には収まりきれないほど壮大なファンタジア。それは続くフーガがむしろ小規模なのではないかと感じてしまうほど。もちろんフーガは期待違わず壮麗だ。ケンプの温厚な弾きぶりは、録音の古さもあって少々インパクトには欠けるだろうか。しかし、これがこの人の身上。マイルドなモノラル録音で聴くのも相応しい。


この盤のケンプの演奏。



ギターによる演奏。当代きってのテクニシャン:ホルヘ・カバレロ。


エレキの速弾きにも最適!



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

F.ソル 幻想曲第7番作品30



週半ばの木曜日。このところ左手の調子が悪く、あまりギターに触れていない。今夜も様子見で楽器ケースは閉じたまま。せめて聴くだけでもと、こんな盤を取り出した。


202107_Kurikova_Sor.jpg


ロシア出身のギタリスト:イリーナ・クリコヴァのナクソス盤。十年近く前からいくつかのコンクールで優勝し話題になっている若手ギタリストで、ナクソスレーベルから3枚のアルバムが出ている。きょう取り上げる盤はそのうちの2枚目の盤で2010年11月の録音。収録曲は以下の通り。申しわけ程度の付いている「アルハンブラの思い出」に違和感を覚えるが、他はそれぞれに聴かせどころの多い楽しめるプログラムだ。

・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV 1007
・フェルナンド・ソル:幻想曲第7番 Op. 30
・マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ:ギター・ソナタ ニ長調 Op. 77
・ホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイ:カリフォルニア組曲
・フランシスコ・タレガ:アルハンブラ宮殿の思い出

きょうはこの中からフェルナンド・ソルの幻想曲第7番を聴いている。
ギター愛好家の多くがソルの最高傑作と評する名曲。序奏に続く変奏曲も、同時代の凡百の変奏曲とは一線を画す。各変奏が単なる技巧的なバリエーションに終わらず、多彩な和声に彩られ美しい。今更ながらクリコヴァの完璧な技巧を褒めたたえるのも野暮だろう。当然ながら余裕をもってこの曲を弾き進めるが、こうした和声の移ろいも十分感じ取っているのがよく分かる演奏だ。後半のアレグレットでの重要な付点音符の扱いもいいし、長い休符前後の間合いなども配慮が行き届いている。クリコヴァの愛器サイモン・マーティーはその大音量で知られるが、オーソドクスなシングルトップから繰り出される音はピュアで美しく。手持ちの音盤にはこの曲を弾いた名手の盤がいくつかあるが、その中でこのクリコヴァ盤はもっとも素晴らしい演奏の一つだ。


手持ちの盤からアップした。幻想曲第7番全曲。


楽譜付き音源。図らずもクリコヴァの演奏。


イザベラ・ゼルダ―。つい数日前にアップされたもの。



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

村上春樹「古くて素敵なクラシック・レコードたち」



ここ数年、本屋ともすっかり疎遠になってしまった。以前は週二、三回はぶらぶらしたものだが、最近は昼飯を食べに出たついでに気が向けば、近くのショッピングモール内の本屋をちょっと覗く程度だ。きょうもそのパターン。「メンチカツ定食・ライス小」の昼飯のあと職場隣接の書店へ。雑誌コーナーを抜けたところで、オッと目をひく表紙があって手に取った。


202107_Haruki.jpg


村上春樹著「古くて素敵なクラシック・レコードたち」。ごく最近出た新刊。「うちの棚から、好きなレコード、面白いレコードを486枚ほど選んでみました」と帯に書かれた通り、村上春樹氏の自身のコレクションから自ら選んだ盤が紹介されている。何でも1万5千枚ほどのレコードコレクションがあって、ジャズが7割、クラシックが2割、ポピュラー・ポップスが1割と書かれていた。ジャズ喫茶のマスターをしていたこともある彼の作品には「本業」のジャズはもちろんだが、クラシックもしばしば登場する。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー等々。作品中の記述からも相当マニアックに聴いていることは周知の通りだ。その彼が、まず100曲ほどを選び、そのそれぞれに数枚のレコードを挙げ、印象を綴っている。その多くは50~60年代の録音で、しかもカラヤン、ベームといった保守本流よりは、ビーチャム、ミトロプーロス、フリチャイ、マルケヴィッチといった音盤セールスとしてはややマイナーな、しかし個性的で印象的な演奏を残した演奏家が多くを占めている。

村上春樹氏と比べるなど、恐れ多いこと甚だしいが、ぼくの手持ちの盤は彼の数分の一の4千枚程。おそらくクラシックが7割、ジャズ2割、その他1割という比率で、クラシックに限って言えば村上氏のコレクションと数量的には同じレベルかもしれない。この本のように100曲ほどを選び、その曲について手持ちのいくつかの盤を比べて印象を綴るというのは中々楽しそうだ。中身はまったく追いつかないが、そのフォーマットだけでもまねてトライしてみようかと思う。


202107_LVB_Archduke_Haruki.jpg

202107_LVB_Archduke.jpg


この本で取り上げられている盤のうちいくつかはぼくの手元にもある。たまたま今夜聴こうと取り出した盤もあった。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」変ロ長調。ジャン・フルニエ(Vn)、アントニオ・ヤニグロ(Vc)、パウル・バドラ・スコダ(pf)による1952年録音のウェストミンスター盤。終止穏やかで心あたたまる演奏の印象は、この曲の一面をよく伝えている。以下はその音源。第1楽章



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事

ハイフェッツのチャイコフスキー



7月最初の週末日曜日。朝から野暮用アレコレで気付けば昼過ぎ。外は梅雨空。何となく気分も晴れないなあと思いながら音盤棚を探索。オッと、こんな盤があったかと目にとまり、この盤を取り出した。


202107_Heifetz_PT.jpg


ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-1987)の弾くチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調。フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団がバックをつける。1957年録音。手持ちの盤は70年代終わりから80年代半ばに出ていたシリーズで、メンデルスゾーンの協奏曲(こちらのバックはミュンシュ&ボストン響)がカップリングされている。

ハイフェッツというと、70年代から80年代にクラシックに血道を上げたぼくら世代にとっては、当時すでに「往年の」という枕詞がつく、いわば過去の巨匠だった。しかし1987年まで存命していたことを考えると、確かのその全盛期はずっと昔のことだったかもしれないが、古色蒼然とした存在でもないように感じる。

実際この演奏は評判通りのもので、19世紀的なロマンティシズムを引きずるような過去のものではない。軽快なテンポは終始崩れず、どんな難フレーズも鮮やかに弾き切る。副主題の提示もテンポをほとんど落とさない。そんな特性から「冷血な演奏」と言われることも多いようだが、こうして聴き直してみると、そうした他に類を見ない解釈できっぱりと弾き切っていて、聴き終えると思わず、スピーカーに向かって拍手を送りたくなる。

やや似た傾向とも言えるフリッツ・ライナーの指揮との相性もいいが、ここではそのライナーのテンポやアインザッツが遅れ気味に聴こえるほど、ハイフェッツの推進力が尋常ではない。第1楽章終盤のアチェルランドはこの曲を聴く醍醐味の一つだが、ハイフェッツの演奏は指揮棒を握るライナーが思わる振り返ってライナーを見やったのではないかと思える程の加速ぶり。第2楽章もお涙頂戴の詠嘆調とは無縁ですっきりと旋律線の骨格を提示する。第3楽章も終始ドライブ感あふれ申し分ない。幾多の腕利きヴァイオリニストが挑む名曲だけに、今でも次々を名演が登場していくるが、そんな現代にあっても俄然異彩を放つ名演だ。


この曲の音源。全3楽章


映画「カーネギーホール」での同コンビによる第1楽章。



■ にほんブログ村ランキングに参加中 ■
■↓↓↓バナークリックにご協力を↓↓■
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
関連記事
プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

カレンダー
06 | 2021/07 | 08
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
最新コメント
カテゴリ
検索フォーム
月別アーカイブ
QRコード
QR
閲覧御礼(2010.10.01より)