Sonny Stitt Sits in with the Oscar Peterson Trio



ひと月前には予想していたなかったコロナ禍第6波の広がりは未だ収束の気配なく、きょうで一月も終わりだ。週明け月曜日。都内での仕事を終え、いつもの時刻に帰宅した。さて、今月最後の音盤タイム。今夜はジャズ。こんな盤を取り出した。


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ソニー・スティット(1924-1982)とオスカー・ピーターソン・トリオによるセッションアルバム。収録曲は以下の通り。収録曲は以下の通り。1959年パリ録音(ボーナストラックの3曲は1957年LA録音)。

1. I Can't Give You Anything But Love
2. Au Privave
3. The Gypsy
4. I'll Remember April
5. Scrapple From The Apple
6. Moten Swing
7. Blues For Pres, Sweets, Ben & All The Other Funky Ones
8. Easy Does It
-Bonus Track-
9. I Didn't Know What Time It Was
10. I Remember You
11. I Know That You Know

ジャズの編成あれこれあれど、何といっても楽しいのはピアノトリオ+ホーン、いわゆるワンホーン・カルテットだ。このアルバムはそのタイトル通り、サックスの巧者ソニー・スティットがお馴染みのオスカー・ピーターソンのトリオと組んでリラックスしたプレイを繰り広げる。名手二人のセッションによくある「火花を散らすようなセッション」ではなく、お互いを尊重するようにそれぞれのソロワークを引き立てる役どころに徹している。その結果、アルバムとしては強烈なインパクトがあるという性格のものではなく、あくまで曲とそれぞれのソロが中心だ。
とかく天才的なチャーリー・パーカーと比較されるソニー・スティットだが、この盤のようにスタンダードを肩の力を抜いてプレイする彼は、それだけで十分楽しく満足できる。


この盤の音源。バラードの「The Gypsy」


同 「I Can't Give You Anything But Love」



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ヴァント&NDR響ブルックナー交響曲第8番ハ短調1990年東京



一月最後の週末土曜日。昼から野暮用外出。夕方近くに帰宅した。先日来のブルックナー推し。今夜はこんな盤を取り出した。


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ギュンター・ヴァント(1912-2002)指揮北ドイツ放送交響楽団(NDR響)によるブルックナー交響曲第8番ハ短調。1990年11月3日サントリーホールでの来日公演ライヴ録音。

日本の世間には長老崇拝的なところがあって、相当のキャリアを積みながらも、そのキャリアの真っ最中には大きな注目を集めず、晩年になってから急に脚光を浴びるということがしばしばある。音楽の世界、取り分け高年齢になっても現役を続けられる指揮者でその例をしばしばみる。ギュンター・ヴァントもその一人だ。1912年生まれで2002年に亡くなったヴァントだが、彼が日本で異常なほど注目され人気を得たのは彼が80歳を過ぎてからだった。ぼく自身も彼の名前はベートーヴェンの交響曲などで70年代から馴染みがあったが、ケルンを中心に活躍する中堅指揮者くらいにしか認識していなかった。実際80年代後半までのメディアの扱いもそうだったし、手元にある90年代初頭に出版された音楽の友社刊「指揮者名鑑」にはその名前すら見当たらない。60年代後半から何度か来日して日本のオケを振っているが、大きな話題になった記憶はない。そんなヴァントがにわかに注目され始め、そして一気に寵児となったのは90年代後半から最晩年にかけてだ。この盤は1990年11月サントリーホールでのライヴで、以降の過熱するヴァント人気のきっかけになった演奏。バブル景気崩壊前夜のこの時期、日本には多数の海外演奏家が来日した。このヴァントとNDR響の2週間前には同じサントリーホールでチェリビダッケが同じブルックナーの8番をミュンヘンフィルと演奏している。

いきなり結論めくが演奏はとてもいい。同じコンビによるブラームスの交響曲全集が手元にあるのが、その演奏同様、ひと言でいうと精緻で透明度の高い演奏だ。ブルックナーの8番と聞いてイメージする重量級で腰の据わった圧倒的な音響とは少し方向を異にする。どこをとっても明快で音の構造がよく見通せる。室内楽的な演奏といってもいい。ライナーノーツをみると、この演奏でヴァントは管楽器群の編成をだダブらせず、コントラバスも通常の8本から6本に減らした編成をとったと記されている。なるほど…そのことだけでもヴァントの意図が読み取れる。

第1楽章、こうした編成の意図が反映され、オケ全体の音が団子にならず各パートの出と入も明確に進む。フレーズ内での音量やテンポの伸縮をかなり意図的につけているのがよく分かる。オケの編成を大きくし、しかもコントロールが効いていないと、こうした動きについていけないだろう。第2楽章もスケルツォらしい動きの闊達な演奏で、鈍重なところがない。第3楽章のアダージョはまさに室内楽的な演奏で、とこのほか美しい。終楽章も様々なモチーフでフレーズのコントロールが実に丁寧で、美しさと当時にかげりのある曲想に、そうかこの曲にはこんな表情もあったのかと気付かされる。

学生時代からこの曲に親しみ、クナッパーツブッシュ、ケンペ、セル、シューリヒト、マタチッチ、チェリビダッケ、朝比奈隆などの名盤を折々に楽しんできたが、このヴァント&NDR響の演奏もそれらに勝るとも劣らない優れた演奏だ。


この盤の音源。全4楽章


第4楽章終盤。最晩年2000年の演奏。ヴァント88歳。オケは取り上げた盤と同じ北ドイツ放響。編成は大きく、コントラバスは10本!


全4楽章はこちら


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クレンペラー&NPO ブルックナー交響曲第9番ニ短調



先日ブルックナー第8番を聴いたのをきっかけに、一連の交響曲にあらためて触れようと、こんな盤を取り出した。


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ブルックナーの交響曲第9番ニ短調。オットー・クレンペラー(1885-1973)指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団(NPO)による1970年の録音。見開きのジャケットの隅に、購入1976年と記してあった。大学3年のときだ。当時、ギターを弾きながらも、クラシック音楽の広く深い森に魅力を感じ、自作のチープな管球アンプとダイヤトーンのフルレンジスピーカで夜となく昼となく音楽を聴いていた。貧乏学生ゆえに自由にレコードを買える環境ではなく、もっぱらFMエアチェックが頼りだった。ブルックナーに開眼したのものその頃で、先日も書いた通り第4番に始まり、5番、7番、8番、ややもどって3番、6番そして9番と聴き進めていった。中でも9番は特別な印象をもつ曲だった。ブルックナーが晩年、病状が悪化する中で作曲を進めたものの、第3楽章を書き終え、第4楽章を途中まで書いたところで帰らぬ人となった。そうした事情と曲そのものの印象とから、ブルックナーの白鳥のうたとも言われる。それほどに深い信仰世界と神秘性を感じさせる、ブルックナー作品の中でも別格の曲だ。

いわゆるブルックナー開始をはじめ、空虚五度や半音階的転調、トリスタン和音など調性からの逸脱を感じさせる響き、荘重なコラールとそれに続くゲネラルパウゼなど、聴くほどにその稀有壮大な曲想とそれまでにない和声感に言葉を失う。音楽を評するとき、もっとも多用されるのは言葉のひとつが「美しい」という言葉だろうが、この曲については、軽々に美しいという言葉を口にするのがはばかられる。それだけに、オーディオセットを前にして安易に聴くときでさえ、聴き終えた後はしばらく何も耳にしたくないほどの重い荷物を背負ったように感じる。ちょっと聴こうかというほどお気楽には相対することが出来ない曲だ。

クレンペラーとNPOによる演奏は、そうしたこの曲の性格をまったくそのまま音にしたもので、およそ何か仕組んで聴かせどころを作ろうとか、耳に心地よく響かせようとか、そうした意図は皆無といってよいもの。対向配置の弦楽群はピラミッドバランスの音響のベースを作り、その上に派手さのない金管群がのることで、この曲の随所で聴かれるオルガン的響きを展開する。手持ちの盤は先に記した通り1976年、下宿先から帰省した折に都内まで出かけ、数寄屋橋ハンター辺りで手に入れた記憶がある。国内初出時の盤だと思うが、現在も良好な盤質で、サーフェイスノイズが聴こえるか聴こえないか位のボリューム設定で聴く限り、ブルックナーの複雑な和声を十分解像して聴かせてくれる。リマスタリングされた最近のCDの音質にも興味があるのだが、さてどんなものだろう。


この盤の音源。第1楽章


カラヤンとウィーンフィルによる第2楽章


大野和士氏による解説



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イヤーパッド交換



数年ぶりにヘッドフォンのイヤーパッドを交換した。


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確か数年前に交換したはず…と思ってブログ記事をサーチしたら、何と8年前の2014年1月だった。ついこの間と思っていたのに、もうそんなに経ったかと驚いた。 かれこと20年以上愛用しているソニーのCD900ST。思えば近年、音楽を聴く時間の多くでこのヘッドフォンを使っている。もちろん気合を入れて聴こうというときはオーディオセットに灯を入れ、スピーカーと対峙することになるが、平日の夜はダイニングテーブルに置いたノートPCとヘッドフォンの組み合わせが多い。乱暴に扱っているつもりはないが、数年でパッドがボロボロになるのも無理はない。

以前の記事にも書いたように、ソニーCD900STは元々業務用として製品化された。その後評判を呼んで一般コンシューマ向けにも広まった。今でもテレビなどに映るスタジオ内の光景でよく目にする。そういうルーツもあって安易なモデルチェンジもなく、構成部品のほとんどが補修用として単独で手に入る。前回同様、今回も部品を取り寄せようと思っていたが、イヤフォン・ヘッドフォンの専門店「eイヤフォン」で部品を購入すると交換作業も無償でやってくれるというので、それにのることにした。

先日、都内の仕事帰りに秋葉原の少しはずれ、銀座線・末広町駅近くの同店に立ち寄った。小さなビルとはいえ、1階から5階まですべてがイヤフォン・ヘッドフォンとその関連商品。iPod以来の潮流にスマートフォンも加わって、今や若い世代にとってのオーディオはイヤフォン・ヘッドフォンがデフォルトなのだろう。ぼくらの若かりし頃とは隔世の感がある。 狭く急な「アキバ仕様」の階段を登って5階へ。愛用者の多いCD900ST用のパーツは専用コーナーがあって、すべてのパーツが揃っている。今回はイヤーパッドとウレタンリング。レジにもっていき会計を済ませたあと、待つこと5分程で交換完了。写真の通りに蘇った。

交換する前は、そろそろお役御免で違うモニタータイプを手に入れようかとも考えていたが、こうしてきれいになった姿をみると、まあ、このままでいいかと納得。次回交換のときには、こちらも後期高齢者となってお役御免か…などど思いつつ、若い客で賑わう当世流オーディオショップをあとにし、帰途についた。


もはやCD900STは老害!という見方もうなづける(^^


ソニーの後継機種としてはMDR-M1STがある



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群馬交響楽団第573回定期演奏会



きのう土曜日、群馬交響楽団(群響:グンキョウ)定期演奏会へ。群響の演奏会は昨年夏の東京公演を聴いて以来、半年ぶり。本拠地高崎での定期演奏会は昨年5月以来だ。


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ブルックナー/交響曲第8番ハ短調WAB108(ハース版)
広上淳一指揮・群馬交響楽団
2022年1月22日(土)16:00~ 高崎芸術劇場
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2019年秋、群響にとって念願だった新本拠地となる高崎芸術劇場が完成。さて新たな出発…と思っていた矢先にコロナ禍に見舞われた。日本中の多くのオーケストラ同様、2020年の演奏会はほとんどが中止を余儀なくされたが、昨年2021年の春以降はほぼ予定通りの開催にこぎつけた。今回は人気・実力ともトップレベルの広上淳一の指揮による大曲ブルックナーの第8交響曲。広上氏の指揮は2014年にブルックナーの8番は2016年に、それぞれ群響の演奏で接している。

ブルックナーの交響曲に初めて触れたの二十歳になった頃。4番、5番、7番、8番、9番と多くのブルックナーファン同様のステップで親しんでいった。取り分け第8番には心酔し、当時N響を振ったマタチッチのFMエアチャックを繰り返し聴いた。この曲を聴くと必ず、数十年前のこととなった当時の光景を思い出す。きのうもそんなかつての心象を思い起こしながら会場に向かった。

年末年始の頃は楽観的な気分もあったコロナ禍だが、結局第6波到来。この日も県内感染者が急増する中での開催であったが、例によって会場運営は不安のないもので、2階席端に陣取り開演を待った。定刻の16時を少し回って団員入場。続いて広上氏が現れる。客電が落ち、大曲90分一本勝負の開始となった。

広上氏のキャラクターとブルックナーの交響曲という組み合わせ。昨今の事情に疎いぼくにとっては少々予想がつきにくいものだったが、第1楽章冒頭のフレーズが始まってすぐ納得した。陽性のブルックナー…そんな言葉が思い浮かんだ。いや、これまでブルックナーを陰性と思っていたわけではないのだが、どうしてもかつての巨匠時代の演奏、聴き親しんだ若い頃の心象、敬虔な宗教徒ブルックナー、そんないくつかの要素から成り立っていたぼくのイメージがいささか古臭いのだろう。ブルックナーの交響曲いうと俗世とは遠いもので、その響きは大規模な管弦楽を駆使しながらも抑制的で、曲想は泰然自若、悠揚迫らず…そんなイメージを持っていた。広上氏の解釈はそんな先入観を端から取り払う。

この曲で重要なホルンパートは常に明るい音色でのびのびと吹く(時折りピッチが不安定だったのが残念)。ローブラスもやや強め。管楽器群にやや押され気味の弦楽群もフレーズの抑揚は明瞭で、しばしばスフォルツァンドの強めのアクセントが加えられる…そんな具体的な音響から出てくる音楽は終始明るく前向きだ。同時に全体としてのフレーズの肌合いはレガートで、第2楽章スケルツォなどは、かつてのカラヤン風のノンアクセントで滑らかな歌わせぶり。マタチッチのようなゴツゴツした感触はない。第3楽章も天上の音楽というよりは、世俗の美しく楽しい歌をイメージする。終楽章のコザック隊の進軍は、戦いに向かうというよりは、勝利の凱旋のように響く。

…と、こんな風に書くと少々ネガティブな印象だったのかと思われそうだが、そんなことはない。長丁場を飽かずに聴かせる曲作り、古いイメージをまとったブルックナー象からの解放等、大規模な管弦楽曲として、先入観なしにこの曲を再現すると、こういう響きになるということを実感しつつ、90分一本勝負を堪能できたのは、広上氏の解釈あってのことだ。群響もそれに応える好演。新しいホールの良好なアコースティックも得て、新年に相応しい明るく前向きなブルックナー体験だった。


ブルックナーあれこれ。よく編集された紹介動画。


マタチッチ&N響によるブルックナー第8番第2楽章。 懐かしい80年代N響の面々。


まろ×淳一


広上氏のリハーサル。例によって!マークが出るが、「YouTubeで見る」をクリックすればOK。



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ベートーヴェン弦楽四重奏曲第15番イ短調



気付けば二十日も過ぎて今月も下旬となった。寒さとコロナ感染続く中、今週もせっせと働き週末金曜日。きょうは都内での仕事帰りに所用あって御茶ノ水をひと回りしてから帰途に。8時を少し過ぎに帰宅した。夜半前の音盤タイム。数年ぶりにこんな盤を取り出した。


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ベートーヴェンの後期四重奏曲。ラサール弦楽四重奏団による後期作品集の3枚組。第13番から第16番が収録されている。今夜はその中から第15番イ短調作品132の盤を取り出した。1977年3月録音。ベートーヴェン弦楽四重奏の手持ちの盤では、バリリSQの全集、ウィーン・アルバン・ベルクSQの中期作品集(最初の録音)、数年前に手に入れたライプツィッヒ・ゲヴァントハウスSQによる全集、それとこのラサールSQ盤の後期作品集がある。

ぼくにとって、ベートーヴェンのカルテットはそうそう頻繁に聴く曲ではないが、聴き始めるとやはりその深い内容と充実した響きに心奪われる。 一方で後期作品ともなると、その規模大きさ、和声の複雑さ、そして曲調の深遠さから、およそエンターテイメントの概念からは遠く、そうそう楽しく聴く音楽ではなくなる。そんな中にあって第15番イ短調は、明快なメロディーラインや和声感、穏やかで心温まる緩徐楽章など、あまり深刻にならずに聴ける曲だろう。

全5楽章中でも取り分け、素朴な舞曲調の第2楽章や教会旋法からなるコラール風の主題が清らかに流れる第3楽章、そしてアラ・マルチアの第4楽章から続く終楽章と、明快な短調主題とその展開にベートーヴェンらしさが聴ける。初めて聴いても心惹かれるだろう。総じてこの第15番は深刻な曲調が多い後期弦楽四重奏の中にあって、過度な深遠さとは無縁と言ってよく、素直に充実したベートーヴェンの音楽が楽しめる佳曲。凍てつく冬の夜に聴く渋いベートーヴェンのカルテットはまた格別だ。


この盤の音源。第1楽章。



全曲(但し第2楽章が割愛されている)。この曲でもっとも視聴回数が多かった演奏。


第3楽章の終盤から第4楽章・第5楽章。スコア付き音源。
長い第3楽章の終盤が静かに終わり、4分30秒からアラ・マルチアの第4楽章へ。6分5秒からレシタチーボ風の経過句を経て6分45秒から第4楽章。



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ダイアナ・クラール「Love Scenes」



年明けの仕事始めから二週間程過ぎた。三月の年度末までの業務もほぼ具体的な案件が確定し、このまま行けば大過なく年度末を迎えられそうだ。唯一最大の懸念は変わらずコロナ感染リスク。出来る用心をするしかない。 さて、週半ばの水曜日。今夜はジャズ。久しぶりにこの盤を取り出した。


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ダイアナ・クラール(1964-)ヒット作の一つ「ラヴ・シーンズ(Love Scenes)」。1997年録音。…金髪美人+上品なピアノ+実力派ヴォーカル=ダイアナ・クラール。95年に「オンリー・トラスト・ユア・ハート」でデビューするなり一躍脚光を浴び、高い人気と評価を獲得した…というプロファイルがネットにあったが、それでほぼ言い当てている。このアルバムではダイアナ・クラールのヴォーカルとピアノ、バックにはクリスチャン・マクブライトのベースとラッセル・マローンのギターを従えたトリオ編成で、お馴染みのスタンダードを聴かせてくれる。この編成は彼女が敬愛するナットキングコールのトリオを同じもので、以前の記事にも書いた通りこの編成でナットキングコール・トリビュートのアルバムも出している。録音の良さもあってか、一時期オーディオのデモストレーションによく使われていたのを思い出す。

ドラムレス編成のため、クリスチャン・マクブライトの繰り出すベースラインが曲の運びをコントロールする場面が多い。第1曲「All or Nothing at All」からしてベースのイントロダクションでスタートする。和声感の希薄なやや不安げなベースラインにのってダイアナ・クラールが歌い出し、やがてピアノの短いリフが絡みながら、曲のサビになって一気に調性が確立。暗いトンネルから抜け出たときのような開放感が広がる。一聴は百聞にしかずで、こうしたいささかややこしい説明しか出来ず歯がゆい限りだ。また他のチューンでも彼女の歌とピアノと共にラッセル・マローンのギターが存分の楽しめるのも嬉しい。

ダイアナ・クラールの声はやや太めのアルトだが、ハスキーという程ではない。妙に媚びたりチャーミングな表現をみせたりすることはなく、どちらかといえば淡々と歌っていて少々表情に乏しいとさえ感じる。ビジュアルに反して男性的な歌いっぷりと言えるだろうか。それでも歌の間に弾く彼女のピアノはいい感じだし、歌の決めどころでは力の入った表情も見せる。ラッセル・マローンのギターもリラックスした弾きぶりで飽きずに楽しめる。ベストセラーになるのもうなづけるアルバムだ。


このアルバムの第1曲「All or Nothing at All」。モノトーンなイントロから始まり、次第に色彩と活気を帯びていく。


「I Don't Know Enough About You」


トニー・ベネット(1926-)とのデュオアルバムプロモーション音源。このアルバムを完成させたときトニー・ベネットはすでに90歳を超えていたのでは…



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マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
音楽とクラシックギターに目覚めて幾年月。道楽人生成れの果てのお粗末。

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