クナッパーツブッシュ&MPO ブルックナー交響曲第8番ハ短調
週半ばの木曜日。立春は過ぎたが、陽気は行きつ戻りつつ。きょうは冷たい雪混じりの雨が降り続いた。そろそろ季節先取りで「春の祭典」でもと思ったが、いやいやまだ早いなと思い直し、先日来の流れでこの盤を取り出した。

アントン・ブルックナー(1824-1896)の交響曲第8番ハ短調。ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)指揮ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団による演奏。1963年録音。この曲について語られるとき必ず引き合いに出される名盤だ。手持ちの盤は70年代半ばに流通していたウェストミンスターレーベルの東芝EMI盤。かれこれ二十年以上前、出張帰りに大阪東梅田の中古レコード店で買い求めたはずだ。
最近の若い世代のことはわからないが、70年代にブルックナーに開眼したぼくら世代の音楽ファンの多くは、クナッパーツブッシュという指揮者とブルックナーの交響曲、さらに音楽評論家・宇野功芳の名前とがセットで記憶に残っているのではないだろうか。宇野御大の独特な文体と煽情的とも言える表現は宇野節として多くのファンを得た(もちろんアンチもいた)。宇野氏の推すクナッパーツブッシュやシューリヒト、朝比奈隆らのブルックナーが大いにもてはやされ、セールスにも貢献した。実際、この盤のライナーノーツでも宇野氏が健筆をふるっている。ぼくも当時のそんなブルックナー事情にのったクチで、この盤も友人がもっていたレコードを借りてカセットに録り、繰り返し聴いたものだ。
久々に針を下し、通して聴いてみた。
聴く前までは、記憶の彼方になりつつある演奏、今あらためて聴くといささか興覚めするのだろう、まあブログのネタに聴いてみるか…程度に思っていたのだが、その見込みは見事に外れた。そして、かつて宇野氏がこの演奏について熱く語っていた一言一言を思い出し、あらためてこの演奏の素晴らしさを実感した。
1963年の録音ということでステレオ録音技術は完成され、幾多の名録音も出た時期だが、この録音はそうした当時の録音技術レベルと、ブルックナーの交響曲という素材を考えると、はなはだ物足りない録音だ。音そのものはクリアで歪感もないが、ホールトーンは乏しく、パートバランスも十全でない。そう広くないスタジオで窮屈に録られた印象だ。ロイヤルシートに深々と腰かけ、豊かな残響をまとったブルックナーサウンドを楽しめる現代では、ありえないレベルといってもよいだろう。しかし、この演奏を聴き始めて少しすると、そうしたネガティブな要素はまったく意識しなくなる。むしろ録音セッションに同席して、指揮台のすぐ横で聴いている生々しさと、音楽が出来上がるその瞬間に立ち会っている興奮に襲われる。
歌舞伎では「役者の格でみせる」という言葉がある。名セリフを口跡あざやかに語るでもなく、大立ち回りや派手な見得を切るわけでもなく、ただそこのいるだけで舞台が引き締まり、すべての役者が生き生きと立ち回る、そんな状況のことだ。この演奏もまさに指揮者クナッパーツブッシュの格でブルックナーを聴かせてくれる。どこから押しても動じない音楽の構え、どっしりとしたテンポ、骨太ながら繊細な歌いっぷり…。一時代を築き、半世紀後の今も強く訴えてくる名演だ。
この盤の音源。全4楽章。
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