今でこそ日本全国の主要都市にオーケストラはあるし、県単位でもプロ・アマ含めてオーケストラは必ずある。学生オケにも随分レベルの高いところがある。しかし群馬県のようなローカル色の強い地方に60年以上前からプロのオケがあって毎月定期演奏会を続けてきたという事例は稀だろう。
群馬交響楽団がかつて2019年まで本拠地にしていたのが高崎にある群馬音楽センターだった。このホールは1961年・昭和36年に竣工した。当時の建設費の半分1億円を市民の寄付で充当したというから大したものだ。日本の近代建築に傑作を残したアントニン・レーモンドの設計で、当時としては画期的な音楽専用ホール。その外観は今見ても斬新で美しい。さすがに内部を含めて老朽化し、またホール内部も昨今のコンサートホールに比べると残響が少ない。群響にとっては新しいホールの建設が悲願であったが、2019年秋、ようやく高崎芸術劇場が出来上がり、新たな本拠地となった。

さて、きょうは先回聴いたウェーバーとメンデルスゾーンと前後して収録されたモーツァルトとメルカダンテのクラリネット協奏曲の入った盤を取り出した。指揮は豊田耕児(1933-)、そしてクラリネットには当時カラヤン時代のベルリンフィルで首席を張っていたカール・ライスター(1937-)が来演した。当時43歳、世界のトップオケの首席で、すでにクーベリック&ベルリンフィル、カラヤン&ベルリンフィルと二度モーツァルト録音があるライスターが、日本のローカルオケと協演すること自体、奇跡のような出来事だった。
この録音についてカール・ライスターは「私は過去、クーベリックそしてカラヤンと二度モーツァルトのこの曲を録音したが、今回の録音が最も気持ちよく臨むことができた」と語ったそうだ。そのコメント通りの演奏で、このモーツァルトはのどかな雰囲気に満ち、終始穏やかに進む。世界のカール・ライスターを迎えていささか緊張している群響の面々に指揮の豊田耕児は、いつも通りリラックスしてやりましょうとでも言ったのではないかと思ってしまう。もちろんカール・ライスターの妙技を聴く盤に違いないが、群響はそのバックとしての役割は十分に果たしているし、その前提としてライスターに気持ちよく吹ける雰囲気を提供したことを考えると、豊田・群響のコントロールは十分な成果を上げているといってよい。ぼくは幸い当時のこのコンビでのモーツァルトを実演でも聴いている。ウェーバーのオベロン序曲、モーツァルトのクラリネット協奏曲、そしてメンデルスゾーンのイタリアをいうプログラムだった。カール・ライスターは指揮者の豊田耕児の横に椅子を置き、それに腰掛けて吹いていたのを思い出す。メルカダンテの曲はこの盤で初めて聴いた。イタリアオペラの系譜に属する作曲家で、作風としてはモーツァルトをイタリア風にしたとでも言ったらいいだろうか。明るく軽快な曲だ。
先回の記事に書いた盤、そしてきょうの盤が出された1980年。その夏8月に温泉で有名な群馬県草津町で「草津音楽アカデミー」(現:草津国際音楽アカデミー&フェスティバル)が始まった。今年で42回を数える恒例のイヴェントとなったが、群響はずっとこのフェスティバル・オケの中心を担っている。
この盤の音源。モーツァルト:クラリネット協奏曲第1楽章
同 メルカダンテの協奏曲
昨年の草津アカデミーでは武満徹作品がテーマの一つとなり、ギターも登場した。渡辺香津美と鈴木大介。例によって!マークが出るが、「YouTubeで見る」をクリックすればOK。
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テレビ番組の影響か、昨今おらが群馬の評価はイマイチだ。民度が低いの、山と温泉しか思い浮かばないのと見当違いの認識が流布されている。実は県民は200万人(ほぼ)いるし、勤労者のほとんどは県内で雇用されている。農業県としてもちろん第一級だが、工業製品出荷も中々のものだ。走り屋ご用達の水平対向エンジン搭載のスバルは当地の産。日本で食べられるハーゲンダッツアイスクリームは国内唯一の当県工場で作られている。戦後の宰相を福田(父)・中曽根・小渕・福田(子)と四人も輩出した。そして何よりの誇りは地方プロフェッショナルオケの草分けである群馬交響楽団があることだ。 きょうは先回の記事に続き、地元では群響「グンキョウ」の名で親しまれている群馬交響楽団の録音を取り上げる。取り出したのは1980年録音のウェーバーとメンデルスゾーンが収録されたLP盤だ。

群馬交響楽団の旧本拠地:群馬音楽センター。アントニン・レーモンド設計の名建築だ。

群響の歴史は戦後間もなくの頃にさかのぼる。映画「ここに泉あり」(昭和29年・1954年)の世界だ。しかし高度成長期の60~70年代の活動は正直なところ低迷が続けた。ぼくが高校の頃、70年代初頭の定期演奏会は、ステージ上の団員と客席の聴衆が綱引きをしたら客が勝つのではないかというほどの入りのこともあった。取り上げるプログラムも古典派から初期ロマン派に限られ、より大規模で複雑な後期ロマン派や近現代の曲が取り上げられることはほとんどなかった。そんな群響に転機が訪れたのが70年代から80年代に移ろうとしているときだった。当時ベルリンで活躍していたヴァイオリンの豊田耕児(1933-)が指揮者に迎えられた。彼の本場ドイツ仕込みの音楽を群響に徹底的に教え込んだという。そうした結果の最初の成果がこのレコードだ。
もう40年近く前のことになるが、このレコード聴いたとき、そしてこのコンビの演奏会を聴いたとき我が耳を疑った。これがあの群響かと。それまでぼくの知る群響は、ともかくひと通り演奏できるというレベルで音に精細はなく、管楽器はいつも音がひっくり返りという印象しかなかった。ところが豊田耕児の指揮する群響は颯爽として弓をひき、アンサンブルは引き締まって整い、弦と管がよくブレンドしてバランスのよい響きだった。きょう久々にこのレコードの針を落とし、当時のそうした懐かしい思いがこみ上げてきた。
ぼくの大好きなオーケストラピースの筆頭であるウェーバーのオベロン序曲。いまの感覚で聴くと確かにいくつか気になるところもないではない。弦はもっと艶やかに、そして表情豊かに歌ってほしい、第2主題を吹くクラリネットはもっとたっぷり吹いたらどうか、ピアニシモで入ってくる管楽器群の音程がいささかあやしい等々。しかし、当時としては格段の進歩だったし、世に残る録音をこれをきっかけに何枚も出すという、大きな節目の時期の演奏だ。メンデルスゾーンのイタリア交響曲は、開放的な曲想ゆえか群響の面々もリラックスしているのが分かる。弦楽群の音が明るく思い切りがいい。豊田耕児の音楽作りはアンサンブルをよく整え、各パートのバランスを細かに指示して、楽曲そのものに語らせるているのだろう。無理がなくナチュラルでフレーズがよく流れる。このレコードのあと豊田耕児と群響のコンビは、当時ベルリンフィルの首席だったカール・ライスターを招いて一連のレコーディンやコンサートを行うなど、80年代初頭の第一期黄金期ともいうべき時期を迎えることになる。
この盤の音源。メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」第1楽章 1980年録音
同 第3楽章
ウェーバー「オベロン序曲」
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六月最後の週末。土日とも野暮用少々。あたふたと過ごす。きのうの夕方、少々時間があったので。折からの暑さをエアコンで癒しつつ、先回のモーリス・ジャンドロンが弾くショパン「序奏とポロネーズ」の記事で触れたこの盤を取り出した。

モーリス・ジャンドロン(1920-1990)が当地の群馬交響楽団(群響:グンキョウ)を振ったブラームス交響曲第4番ホ短調。1980年9月録音。レコード帯に大きくデジタル録音とうたわれている。
思えばこの年1980年は群響とその周辺にとって、映画「ここに泉あり」(昭和30年・1955年)以来の画期的な年となった。ヨーロッパで現役バリバリの活躍をしていた豊田耕児を迎えて音作りとアンサンブルを徹底的に叩きなおし、カール・ライスターやジャンドロンとの協演やレコーディング、草津音楽アカデミーの開催等々、それまでにないほどの大きな変化があった年だった。
1980年といえばデジタル録音が一気に主流になりつつある時期でもあった。アナログ期の完成された音に比べ、デジタル録音の個性を強調するがあまり、甲高く痩せた音の録音も散見された時期でもある。しかし井阪絃率いるカメラータトウキョウのデジタル録音は、この群響の録音にも現れているように、そうしたネガティブな要素がない。まるでアナログ期の延長のようによくブレンドされた落ち着きのある音で収録されている。このブラームスは群響の本拠地(当時)群馬音楽センターで収録されたものだが、ホールのデッドな音響特性を反映して豊かな響きこそないが、各パートは明瞭に分離していているし、全体のバランスも良好だ。
実はこの盤を手にするまで指揮者としてのジャンドロンを知らなかった。ジャンドロンはもっぱらチェリストと思っていたが、メンゲルベルクやシェルヘンにも就いていたというから決して余技ではなかったのだろう。この盤でブラームスの交響曲を取り上げ、指揮者ジャンドロンとしての存在を知らしめることにもなった。当時ジャンドロンの弾くバッハ無伴奏チェロ組曲の盤を聴いていたが、その解釈は正統かつ中庸を心得たものだった。このブラームスも時代こそ違うが、バッハ同様オーソドクスな解釈で曲を組み立てている。大見得を切るようなところはないし、フレーズの歌い方もまったく自然だ。弦と管のバランスも、何かが突出するようなところはない。
そんな解釈と初めての指揮者であるジャンドロンと録音に臨んだ群響の硬さもあるのか、前半二つの楽章はいささか精彩を欠く。弦の歌い方は踏み込みが浅く、どこかよそよそしい感じがするし、管の音程も少々あやしいところが散見される。ところが第3楽章に入った辺りで空気が一変。録音セッションで何があったかは不明だが、明らかにオケの響きが違う。弦楽群はフレーズの抑揚が大きくなり、デモーニッシュなスケルツォに相応しい響きになってくる。トッティのフォルテも鋭く重さも加わり、ようやく音楽が動き出す。終楽章のパッサカリアは最もよい仕上がりだ。 この録音から四十年余。現在の群響は当時より数段上手くなっているし、ホールも新しくなった。今となっては「かつての記録」かも知れないが、当時を知る者としては感慨深い記録だ。(当時の群響の録音がまだいくつか現役でリストされている。このジャンドロンとの録音も入手可能だ。)
最近になってYouTubeが自動生成するトピックスに群馬交響楽団が加わったようで、この盤の音源もあった。第1楽章
同 第4楽章
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梅雨も佳境ながら陽射しのある日は容赦なく気温も上昇。程なくやってくる灼熱の夏を予感させる。さて週末金曜日。いつもの時刻に帰宅。夜更け前の音盤タイム。久しぶりにチェロを聴こうかとこの盤を取り出した。

モーリス・ジャンドロン(仏1920-1990)の弾くチェロ小品集。フルニエ、トルトゥリエ、ナヴァラ、ジャンドロンとフランスには名チェリストが多い。ジャンドロンは指揮者としても活躍し、晩年当地群馬交響楽団にも来演。ブラームス交響曲第4番の録音を残している。この盤は十年程前に廉価盤で出た際に買い求めたのだが、すでに廃盤。収録曲は以下の通り。お馴染みの小品が並ぶ。1960年ジャンドロン40歳のときの録音。ピアノ伴奏はジャン・フランセ。
1. セレナード 作品54の2 (ホッパー)
2. オンブラ・マイ・フ (歌劇≪セルセ≫からラルゴ) (ヘンデル)
3. 白鳥 (≪動物の謝肉祭≫から) (サン=サーンス)
4. トロイメライ (≪子供の情景≫から) (シューマン)
5. くまんばちの飛行 (リムスキー=コルサコフ)
6. ロッシーニの主題による変奏曲 (パガニーニ)
7. ギターレ 作品45の2 (モシュコフスキ)
8. 愛の悲しみ (クライスラー)
9. スペイン舞曲 第1番 (歌劇≪はかなき人生≫から) (ファリャ)
10. コラール≪主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる≫ (J.S.バッハ)
11. 序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 作品3 (ショパン)
12. 常動曲 (フィッツェンハーゲン)
13. アンダルーサ (スペイン舞曲 第5番) (グラナドス)
14. ユモレスク 作品101の7 (ドヴォルザーク)
チェロの小品集というのは、夜更けに聴く音楽として最も相応しいものの一つだろう。手持ちの盤にも、カザルスに始まり、フルニエ、ヤニグロ、トルトゥリエ、シュタルケル、藤原真理、徳永兼一郎といったそれぞれに個性的な演奏があって、折にふれ楽しんでいる。中ではヤニグロの盤がもっとも聴く機会多く、このブログでもすでに何度か記事にした。ヤニグロの安定感と切れのある技巧、そして深い呼吸とフレージングの演奏を聴くと、どうしても他の演奏が性急かつ不安定に聴こえてしまう。ジャンドロンの演奏もそんな感じがあって、実のところあまり聴くことがなかった。こうしてあらためて聴いてみると、いかにもフランス系の感覚的な即興性やいきの良さ、ときにさりげない弾きっぷりに感心した。選曲もこうした特質を生かす明るく、よく流れる曲が選ばれている。モシュコフスキではヴァイオリンかと思わせるハイトーンのフレーズを鮮やかに奏で、クライスラーの愛の悲しみやバッハのもっとも美しいコラールの一つBWV639も控え目にさりげなく歌う。
そんな中、さきほどからショパンの「序奏と華麗なるポロネーズ」を聴いている。ショパンの作品の大半はピアノ曲だが、数少ない(確か数曲ほどだったか)室内楽曲において、チェロのための重要なレパートリーを残している。この曲もチェロソナタト短調を並ぶそんな曲の中の一つだ。ジャンドロンは速めのテンポでサクサクと弾き進めていて、もってまわったようなところがない。同じこの曲をトルトゥリエが10分以上かけているところを、ジャンドロンは8分を切る。技巧の切れはいいが、それを見せ付けるようなところがなく、サラりと聴かせる感じがいかにもフランス的で洒脱だ。
この盤の音源。ショパン「序奏とポロネーズ」
同曲 ライヴでのジャンドロン 1966年
セル&クリーヴランドの黄金期を支えた一人、リン・ハレル(1944-)による演奏。
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あす6月23日は「はげ山の一夜」にちなむ日…ということらしい。何でもこの曲の背景として「聖ヨハネ祭(6月24日)の前夜に不思議な出来事が起こる」というヨーロッパの伝承があるあり、その伝承による「はげ山に地霊チェルノボグが現れ手下の魔物や幽霊、精霊達と大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていく」というロシア民話がベースになっているとのこと。ぼくのような極東の片田舎のオジサンにはとんとお呼びでない史実だが、まあそんなものかと合点して、今夜はこの盤を取り出した。

エルネスト・アンセルメ(1883-1969)と手兵スイスロマンド管によるロシア管弦楽曲集。
今さら解説するまでもないだろうが、エルネスト・アンセルメは元数学者にして、のちにフランス物やバレエ音楽を得意とする指揮者として活躍した。特にスイスの仏語圏(スイスロマンド)を代表するオーケストラであるスイスロマンド管弦楽団を振って英デッカに残した一連の録音はステレオ初期の名盤として人気を博した。今夜取り出した盤はタイトル通りロシア近代の管弦楽曲を集めたもので、収録曲は以下の通り。
1. 交響詩「はげ山の一夜」(ムソルグスキー-リムスキー=コルサコフ編)
2. 歌劇「サルタン皇帝の物語」~くまんばちは飛ぶ(リムスキー=コルサコフ)
3. 序曲「ロシアの復活祭」(リムスキー=コルサコフ)
4. 歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲(グリンカ)
5. 同「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りと合唱(ボロディン-リムスキー=コルサコフ編)
6. 交響詩「中央アジアの高原にて」(ボロディン)
7. 歌劇「三つのオレンジへの恋」~行進曲とスケルツォ(プロコフィエフ)
久々にフルボリュームで聴いてみたが、60年代英デッカ黄金期を伝える実に鮮やかできらびやかな音質にあらためて驚いた。ゴージャスという言葉がぴったりだ。日本では東京オリンピック以降60年代後半から70年代にかけてステレオ装置が一般家庭にも普及し出したが、英デッカ録音は独グラモフォンの重厚さや米コロンビアのやや乾いた音質に比べ鮮烈に響いたに違いない。この盤もマイクロフォンを各パートごとに設置してそれぞれ楽器の音は明確にピックアップした上でミキシングするという、英デッカのマルチポイント録音の特徴がよく出た録音だ。コンサートホールで聴くオーケストラのバランスとは明らかに違うのだが、これはこれで再生音楽としての楽しみを堪能させてくれる。
「はげ山の一夜」で鳴るグランカッサの音は、音というよりは部屋の空気を静かに揺すぶるように響き、不気味な妖怪達のうごめきや周囲を吹き抜ける冷ややかな風をイメージさせる。但し、これ(コンサートホール聴くグランカッサの空気感に近いイメージ)を実感するには40Hz程度の低音域まで素直に出るオーディオシステムが必要だ。こういう録音を聴くと作曲家や演奏家の意図をきちんと理解するには相応のオーディオシステムが必要だと思ってしまう。ほどほどのシステムだと、どうしても耳につきやすいメロディーや中音域のハーモニーだけに神経がいきがちだ。従来この曲はもっぱらリムスキー・コルサコフ編曲の版が演奏されてきたが、近年はその他の版でも演奏されるようになってきた。その辺りの事情は「展覧会の絵」に似ている。下記に貼ったアバドによる演奏が一つのサンプル。
アンセルメが1969年に亡くなったあとスイスロマンド管弦楽団は長らく低迷。一方英デッカは80年代のデジタル録音時代を迎えてフランス物・ロシア物の色彩的な管弦楽曲の再録音を迫られ、アンセルメと同じくスイス生まれのフランス系指揮者シャルル・デュトアと手兵;モントリオール交響楽団のコンビに白羽の矢を立てて録り直すことになる。
この盤の音源。アンセルメとスイスロマンド管。14秒過ぎからのグランカッサの響きが出ればオーディオの低域再生能力は及第か。
原典版の演奏。例によって!マークが出るが、「YouTubeで見る」をクリックするばOK。
ジャズ・フュージョン界の大御所ボブ・ジェイムスによって70年代半ばに大ヒットした版。
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先回書いたセル&クリーヴランド管のドヴォルザークの記事でも触れたもう一枚の名盤。今夜はこちらを取り出した。

ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調。ジョージ・セル指揮クリーヴランド管による1958年の録音。2枚組のセットで、この8番の他7番と9番「新世界から」、スメタナ「モルダウ」と歌劇「売られた花嫁」から4曲が収録されている。
セルのドヴォ8を言えば、先回の記事に書いた名盤の誉れ高い晩年1970年録音のEMI盤が真っ先に思いつく。ぼくも長らくEMI盤を愛聴していたが、機会があればこの1958年盤を聴いてみたい思っていて、十年程前遅ればせながらこの盤を手に入れた。
練習の厳しさで知られたセルだが、ことドヴォルザークに関しては練習が短く終わったそうだ。セルの母親がボヘミア人でその血を受け継ぎ、理屈ではなく血で演奏するからとの由。即興的なルバートも一番多かったそうだ。クリーヴランドの団員もセルのドヴォルザークを楽しみにしていたと聞く。実はこの盤を手に入れたとき、EMI録音に比べ聴き劣りするのではないかと案じつつプレイボタンを押したのだが、冒頭の主題が出るなり、そんな危惧は一瞬にして吹き飛んだ。
まったく素晴らしい演奏だ。EMI盤に比べると各楽章ともほんの数秒だけ速いテンポだが、聴感上は決して急ぐ気配はない。他のセルの演奏から想定するテンポよりはずっとゆっくりだ。どんなフレーズも丁寧かつ、いと惜しむかのように切々と歌う。相変わらず各パートの分離が明瞭で、耳につく旋律だけでなく第2ヴァイオリンやヴィオラにこんなモチーフが隠されていたのかと驚く。木管やホルンもいつもながら惚れ惚れする上手さだ。
以前この盤をCDプレイヤー2台を切り替えて聴いたことがあった。EMI盤とこの盤をスイッチで切り替えて比べてみると、その音色の違いの大きさに驚く。このソニークラシカル盤(CBS盤)はすべての音が際立って明瞭で、奏者の弓使いや息づかいまで分かるほどリアルな音。一方EMI盤はよく言えば各パートの音がブレンドされ、ホールやや後方の席でゆったり聴く感じだ。一枚ベールがかかった音といってもいい。どちらがこのコンビらしいか、あるいはどちらが魅力的かと問われたら、今ならこのソニークラシカル盤と答えるだろう。そして、それほどリアルな音像を耳元で展開しながら、およそ雑なところがない。各楽章ともこの曲に相応しい美しい歌いっぷりだが、終楽章のコーダなど、ここぞというときの爆発的なエネルギーと疾走感も圧倒的に素晴らしい。
この盤の音源。全4楽章
カラヤン&ベルリンフィル1973年来日時のリハーサル@NHKホール。本番衣装も着ているし、おそらくはコンサート当日のゲネプロ(ドレスリハーサル)だろうか。さっと通して確認という感じのリハだ。カール・ライスター(CL)、ジェイムス・ゴールウェイ(FL)…みな若い。コンマスはミシェル・シュワルベか。ぼくはこのとき浪人生時代。受験勉強そっちのけでNHKFMの生中継に聴き入っていた。
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少し前に聴いたセルのハイドンで久しぶりに感激し、きょうは音盤棚を見渡してこの盤を取り出した。

ジョージ・セル(1897-1970)と手兵クリーヴランド管弦楽団によるドヴォルザーク第8番ト長調。1970年録音EMI盤。長い盤歴をもつセルのラストレコーディングにあたる。セルとクリーヴランド管弦楽団が最初で最後の来日を果たしたのが万博の年、1970年5月。それに先立ち同年4月にこのドボルザークが録音されている。来日時の素晴らしい演奏を繰り広げて帰国したセルは、その二ヵ月後1970年7月に亡くなった。そういうことを思いながら聴くせいか、このドヴォルザークにはどこか静けさと寂しさを感じずにはいられない。手元にはこのコンビによるCBS時代の同曲の盤もあるが、かなり印象が違う。
当時、世界トップクラスのアンサンブル能力を誇ったこのコンビの演奏だ。録音セッションといえども最高のパフォーマンスを発揮している。が、決して大音響で他を圧するというよう演奏でない。第1楽章冒頭のチェロパートの奏でるフレーズからして、やや抑え気味の表現だ。ここは普通ならもっと歌わせたくなるところだろう。展開部に入ってもヨーロッパ調の、弦楽群を中心にしたよくブレンドされた音響イメージが続く。もっと派手にドンチャンやる演奏が多い中、さずがセル晩年の境地と言いたくなる素晴らしい響きだ。ポピュラーな第3楽章ではやや遅めのテンポを設定し、淡々と美しいメロディーが奏される。そしてこうした抑えた表現がより一層聴き手の心をかきむしる。昨今のオーケストラも指揮者も、目立つパフォーマンスや選曲にばかり意識がいくのか、ともかく「大声で歌う」ような演奏が増えてきた。端整で、内に情熱を秘めながらも抑制が効かせ…そういう演奏はもう中々出てこないのか…。セルの演奏を聴いているといつもそう思う。
YouTubeにある音源がいずれも手持ちCDとかけ離れた音質だったので、手持ちの盤からアップしてみた。第3楽章
同 第1楽章
カップリングされている「スラヴ舞曲ホ短調」
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