福原彰美ピアノリサイタル2016@すみだトリフォニー



きのうは都内での仕事を終えたあと、予定していた福原彰美ピアノリサイタルへ。
すっかり日脚ものびて夕方6時を過ぎてもまだ明るい。会場のすみだトリフォニーへは昨年のちょうど今頃、室内楽新日本フィルの演奏会で行って以来だ。JR錦糸町駅から薄暮の中を歩くこと数分、開場時刻の6時30分少し過ぎて到着。小ホールロビーにはすでにいくつもの人の輪ができている。久々に会い歓談する人、プログラムに見入る人、いっもながらの開演前の心躍る光景だ。

定員250名の小ホールは8割ほどの入り。開演定刻の7時を少し過ぎたところで客電が落ち、福原彰美さんが登場した。濃いネイビーのシンプルなドレス。笑顔で軽く会釈をするとピアノに向かった。実は今回のリサイタルに先立ち、とあるところで彼女の演奏を間近で聴き、そのあと直接話をする機会にも恵まれた(よってこれからは福原さんと呼ばせてもらうことにしよう)。そのときの彼女の印象は、アメリカで15年間過ごし、相応のキャリアを積んだプロのピアニストとは思えないもので、立ち振る舞いから言葉の端々にまで、謙虚さと誠実さにあふれるものだった。まさにやまとなでしこ。当夜のステージの印象もまったくそのままだ。


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すみだトリフォニーホール(小ホール)
2016年5月25日(水)19時開演(18:30開場)
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バッハ/ケンプ編 BWV29より シンフォニア『神よ我ら汝に感謝す』
バッハ/ペトリ編 BWV208より アリア『羊は安らかに草をはみ』
シューマン/リスト編曲 『献呈』作品25より
ブラームス/ピアノ小品集作品118から第1番間奏曲イ短調、第2番間奏曲イ長調
ブラームス/ピアノ小品集作品119 第1番間奏曲ロ短調、第2番間奏曲ホ短調、
第3番間奏曲ハ長調、第4番ラプソディ変ホ長調。
 -休憩-
ショパン/バラード第4番へ短調作品52
ショパン/スケルツォ第2番変ロ短調作品31
ショパン/バラード第1番ト短調作品23
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前半のプログラムはバッハで始まった。カンタータBWV29と208から2曲のピアノ編曲版。BWV29のシンフォニアは無伴奏ヴァイオリンパルティータBWV1006のプレリュードとして馴染みのあるもの。今回は音数が多いというケンプ版による演奏。2曲とももちろんロマン派スタイルの編曲がなされたものだが、コンサート開始にふさわしい穏やかでスムースな弾きぶりで、聴く側の耳と身体も自然と会場とピアノの音に馴染んでいく。ピアノはスタインウェイだが、少し小ぶりなモデル。会場の広さからするとちょうどよいバランスなのだろう(ただ演奏途中、弱音で鍵盤から手を離すとき、ダンパーのせいだろうか、わずかに弦がビビるようなノイズが聞こえることがあった)。バッハ2曲のインロダクションのあと、リスト編のシューマンが続く。ほんの数分の小品だが、いかにもシューマンらしい、うつろうような和声が美しい。バッハと次に続くブラームスとの時代をブリッジする選曲だろうか。

続いては当夜前半のメインであるブラームスの作品118と119だ。
今回のブラームスのこの作品を取り上げるにあたって、これまで慣れ親しんだ解釈を洗い直し、多くの新しい発見をした上できょうを迎えたと、福原さんがプログラムノートに書いている。ともすれば遅いテンポで演奏されがちな、これらブラームスの後期作品の楽譜をもう一度見直し、そこの仕組まれたフレージングやヘミオラ、三度音程の呼応などに光を当て、適正なテンポを再確認したところ、これまでとまったく違った音楽が浮かび上がったと書いていた。実際たとえば作品119の第1番などは、何気なく聴いていると旋律線や拍節、和声展開などがはっきりせず、なんとなくぼやけた印象で始まるのだが、当夜の演奏は冒頭の小節からすべてが明快で、こちらから耳をそばだてて聴きにいかなくても、何の疑問も持たずに音楽が自然に耳に入ってくる感じで、これが福原さんいうところの新たな発見だったのかと、自分なりに合点した。同時に作品119がひと組みのまとまりをもつたセットであることも、各曲の色合いが明確に弾き分けられることで、一層はっきりしてくる。ぼくはピアノ自体に馴染みがないので、音色感やテクニカルなことは不案内だが、福原のさんは絶えず美しい音色で、特に弱音のコンロトールが素晴らしい。一方で作品119の第4番では、堂々としたフォルテの打弦が聴かれたが、それも決してがなり立てるようなものではなく、楽器の特性、会場の大きさや響きに見合う範囲でコントロールされていて見事だった。

20分間の休憩。ホワイエのカウンタで軽くビールを一杯…といきたいところだが、こんなとき下戸はサマにならない。<トーキョーサイダー>なる清涼飲料で一服。強めの炭酸が「くわ~ッ、しみるゥ~!」って…どうみても冴えない。

さて休憩をはさんで、後半はショパンの傑作3曲の堂々たる構成。この3曲、いずれの曲も、構成の大きさ、起伏の拡大、テクニカルなパッセージなど、前半のやや抑え気味の曲調から一転して、ダイナミックな弾きぶりが展開する。小学生低学年の頃からその才能が評価されていた福原さん。おそらく十代前半からこれらの曲を十二分に弾きこなしてきただろう。しかし、手垢にまみれた曲を弾き流すといった風情は皆無。一昔一昔を丁寧に紡ぎだしていく。これはもうテクニックや解釈問題ではなく、彼女の謙虚で誠実な人柄によるものだろう。ショパンをもっとダイナミックに弾く演奏は他にもあるだろうが、2000人の聴衆を前に、強靭にチューニングされた巨大なフルコンサートピアノを力づくで叩きつけるように弾くことにどれほどの意味があるのだろう。ショパンだからといって19世紀風のサロン演奏に回帰するばかりが最善とはいわないが、どこかで折り合いをつけることが必要だ。当夜の福原さんのショパンは、その折り合いの、一つの回答のような気がした。いつか19世紀のプレイエルピアノで彼女の弾くショパンを聴いてみたい。きっとベストマッチするだろう。

一年ぶりとなった当夜のリサイタル。テーマはすべてのものへの<感謝>だそうだ。それを表すようにアンコールでは、自らアレンジしたシューベルトの有名な歌曲<音楽に寄せてAn die Musik>をしみじみと聴かせてくれ、そして最後にショパンの幻想即興曲で一筆書きのような鮮やかなタッチをみせてくれて終演となった。ワレフスカ(Vc)のパートナーに指名されたり、室内楽でも多くの経験をもつのも、譜読みや即応性のレベルの高さによるものだろう。そして繰り返すが、誠実で謙虚な人柄。長らく米国と日本の往復だったが、今般日本に拠点を移すと聞いた。十分なキャリアがあるとはいえ、まだまだ若い。これからの活躍を楽しみにして応援を続けていこうと思いつつ会場をあとにし、少しひんやりとした夜の空気を心地よく受けながら帰途についた。 久しぶりに、心温まる、いい演奏会だった。


福原さんがニューヨークタイムズで好評を受けた時の演奏。



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Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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