今夜はガツンとHR ディープ・パープル ライヴ・イン・ジャパン

業務切迫につき本日休日出勤。少し遅く9時に出社し結局夜9時頃まで奮闘したが、完全解決には至らず、あす日曜も延長戦となった。しかし多少の進展はあったのは幸い。うだうだ言っても仕方ない。深夜だけど、ガツンと音楽聴きますか。ガツンと言えば…これでどうだ!と取り出したのは、ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」のCDだ。(渋いバッハからいきなり振ってゴメンナサイ)


ディープ・パープル ライヴ・イン・ジャパン   わずかながら手元にある70年代ロックのLP盤


以前も書いたが、ぼくの高校入学が1970年。中学時代は日本のGS;グループサウンズがピークだったし、ビートルズもローリング・ストーンズもラジオのスイッチを入れれば流れていた時代だ。ハードロックのディープ・パープル、ツェッペリン、GFR、ブラスロックのシカゴは高校時代のさなかにあたる。実は中学校時代、ぼくは不良番長グループのバンドに雇われてエレキギターを弾いていたこともある。中学3年のときには同学年のワル達とGSの真似事もやった。バンドスコアなどない時代だったので、借り物のレコードプレイヤーで何度も聴いて耳コピー。アンプが買えないのでラジオを分解した部品で自作し、スピーカーも箱を作ってでっち上げた。自作のアンプは電圧増幅段を12AX7の2段にしたため、ゲインが有り余って発振寸前。エレキをつなげばそれだけでオーバー・ドライブのナチュラル・ディストーション状態だった。まあ、ぼくが有名人になっていたら十分に武勇伝的なエピソードになりそうな話の連続だ。しかし高校時代になって興味はクラシックに移ったので、ディープパープルもツェッペリンも、そんなものもあったなあ程度で終わっていった。写真に映っている70年代ロックの盤は10年ほど前から高校時代の記憶を頼りにポツポツと集めたものだ。

ディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」は今も昔もロック小僧やロックオヤジには定番のアルバムだろう。セッション録音より数段テンションの高いハイウェイ・スターでこの盤は始まる。何度聴いても興奮する演奏だ。ワンコーラス終わったあと、ジョン・ロードのハモンドオルガンが前のめりのテンポで更に曲の煽る。途中のリフはバッハの半音階的進行からアイデアを得たものだそうだ。続くツーコーラスめが終わると、リッチー・ブラックモアのギターが地の底から浮かび上がるように出てきて、有名なギターリフで曲は最高潮を迎える。

日本ではGSレベルのバンドが人気を集めていた時代。今聴いても、曲の構成、楽器演奏の実力などまったく大人と子供の違いがある。ギターのリッチー・ブラックモアだけでなく、キーボードやベースなど他のメンバーも実力は十分。実際のこの盤でも彼らの持ち歌のイントロに、ジャジーなフレーズを使ったり、バロック風のパッセージが出てきたりと、音楽的素養の広さをうかがい知ることができる。他のライブでもジャズやクラシックのかなり長い時間のインプロヴィゼイションを展開することも多かったそうだ。インストゥルメンタルのバンドして何でもこなす実力があったのだろう。単純なコード進行で歌謡曲風の歌を3コーラス歌って終わりにする程度だったほとんどの日本のGSとはまったく次元が違う。メンバーチャンジをしながらも現在まで活動を続けている70年代ロックバンドは多い背景には、彼らの高い音楽性と創造性があるのだとう。
高校時代に横目で見ていたディープ・パープルやツェッペリンを今になって再認識し、時折こうしてヘッドフォンをして深夜の大音量で楽しんでいる。

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マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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