シゲティのバッハ無伴奏



世間はお盆休みにかかる日曜日。ちょっと車で遠出。一日ぶらぶらして夕方過ぎに帰宅した。出かけた先の手土産で簡単な夕飯を済ませて一服。ひと息ついてアンプの灯を入れ、先日のクイケンの続きでこんな盤を取り出した。


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ハンガリー生まれの往年のヴァイオリニスト:ヨーゼフ・シゲテイ(1892-1973)によるバッハ無伴奏ヴァイオリンのための作品集。手持ちの盤は70年代後半に廉価盤LPで出ていたときのもの。当時この盤を選んだ理由は簡単。その頃廉価盤で手に入る唯一の全曲盤だったからだ。しかし、今となってはそうした現実的な理由を除いても、この盤を選んでおいてよかったと思うことしきりだ。

ぼくはもちろんシゲティの全盛期をリアルタイムで見聞きした世代ではない。そのためか、シゲティはコンサートプレイヤーとしてよりは、後半生の指導者としての実績の方が記憶に残っている。特に日本人の潮田益子や前橋汀子が、シゲティに師事していたことも、そういう印象につながっているのかもしれない。このバッハの無伴奏はそんなシゲティが還暦を過ぎ、晩年に差し掛かる少し前の録音といっていいだろうか。録音は1959~1960年。すでに録音システムはステレオ録音への移行を完了している時期だが、この録音はモノラルで録られている。

BWV1001に針を降ろす。モノラル録音独特の浸透力のある音が深く響き渡る。録音状態はすこぶるいい。ゆったりとしたテンポと深いボウイング。一音一音確かめるかのように弾き進める。流麗、華麗、そういう言葉の対極にある演奏だ。往時のシゲティは新即物主義=ノイエザハリッシュカイト(懐かしい言葉!)な演奏スタイルとされていたが、今こうして現代的視点で聴くと、十分にロマンティックで、濃い口の音色と歌いっぷりだ。時おり音が揺れたり、音程に不安定なところがあるのは、この当時すでに指摘されていた技巧の衰えゆえだろうか。しかし、ロマン派のヴィルティオーゾの曲ではないし、それが曲を聴く上での妨げになる感じはない。モノラル録音もこうした音数の少ない独奏曲などでは、ステレオ録音に比してさしたるディメリットを感じない。

話は飛ぶが…
例えばNHKラジオのニュースをAMとFMとで切替えて、聴き比べてみると面白い。話し手も内容も同じでありながら、ニュースの読み上げに関しては確実にAMの方が聴きやすく、内容が把握しやすい。特に外部ノイズの多い車で走行中にカーステレオで切替えてみると-聴瞭然だ。AMの再生周波数帯域は狭く、振幅も圧縮されている。FMに比べ忠実度は劣るが、話を伝えるという機能としてはむしろ優れている。音楽と肉声とを単純に比較できないが、古いモノラル録音やAMラジオから流れる音楽に時として浸透力や説得力を感じることにも一脈通じる。忠実度は低いがゆえに、音そのものより、音楽の成り立ち、音楽が伝えようとしている核心といったものに耳を傾けざるを得ないこともあるだろう。古い蓄音機で聴くSP盤にこそ音楽のリアリズムを感じると主張する人がいるのもうなづける。このシゲティのバッハなどは、そうした主張の論拠といってもいい録音だ。そしてその真髄を聴き取るには最新のオーディオ装置でなく、少なくても60年代までのシステム、すなわち効率の高い軽量コーンのスピーカーを大型の箱に入れ、帯域を欲張らないトランス結合のアンプを使い…と、そんなシステムを使いたくなる。あるいは、古い木製キャビネットのラジオを用意し、当時標準的に付いていた裏面のPU端子に圧電型ピックアップのプレイヤーをつないで聴く…。もっとも、今どきそんな酔狂なことを実現するのは、流行りのハイレゾ導入よりずっと手がかかるだろうが…。ちょっと古いシゲティの録音を聴いていると、ふとそんなノスタルジックなシステムで聴きたくなる。


この盤とほぼ同時期リリースのLP盤音源。BWV1001。リュート曲としてのBWV1000のフーガは5分26秒過ぎから。 冒頭少し間があって18秒過ぎから演奏が始まる。


終曲にシャコンヌを含むパルティータ第2番ニ短調。 こちらも同様、冒頭少し間がある。



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マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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