ラトルのマーラー<千人の交響曲>



週半ばの水曜日。都内での仕事を終え7時過ぎに帰宅。ひと息ついてネットを眺めていたら、きょうはマーラーの交響曲第8番<千人の交響曲>が初演された日と出ていた。1910年(明治43年)のきょうミュンヘンにおいてマーラー自身の指揮、ミュンヘンフィルの前身カイム管弦楽団他によって初演されたそうだ。そんな記事を見たこともあって、それではと、こんな盤を取り出した。


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グスタフ・マーラー( 1860-1911)の交響曲第8番変ホ長調<千人の交響曲>。数年前にタワーレコードで叩き売られていたときに手に入れたサイモン・ラトル(1955-)マーラー全集ボックス中の#7。2004年バーミンガム市響他との録音。1986年の第2番から始まったラトルのマーラー録音は2004年のこの第8番の録音をもって全集として完結。当時すでにベルリンフィルのシェフに就いていたラトルがなぜ古巣のバーミンガム市響と録音したのかは定かではない(一部には予算抑制との噂も…)。この全集ボックスでは第5番、第10盤がベルリンフィル(ぞれぞれ2002年、1999年録音)、第9番がウィーンフィル(1993年録音)、その他がバーミンガム市響と組んでいる。このEMIレーベルのボックスセットはその後のEMI⇒ワーナーへ吸収に伴い、現在ではワーナーレーベルからパッケージが変更になって出ている。

ぼくはラトルの熱心なファンではないので語るほどのものはないのだが、彼のマーラーを聴く限り、勢いで押していくタイプの演奏ではない。マーラーのこの大曲ともなれば、もっとオケをガンガン鳴らして迫力で聴かせる手もありそうだが、この録音で聴く限り極めて精緻で室内楽的ともいえる演奏を繰り広げる。だから各パートの複雑な音の絡み合いも手に取るように聴こえてくる。スコアを徹底的に読み込み、各パートのバランスに腐心した結果だろう。ゲーテの書いた「永遠に女性的なる者」によって高みへ引きあがられていくフィナーレはいつ聴いても感動的だ。まさに一条の光が射してくるように、それまでの複雑な音の綾が解きほぐされ、透明でありながら力にもあふれる合唱がオルガンと共に響き渡る。


フィナーレ最後の6分間。ラトル&ナショナル・ユース・オケ@2002年プロムス。この演奏を受ける形で2004年にかつての手兵バーミンガム市響と録音セッションがもたれた。学生時代にかじったゲーテのテキストもすっかり忘却の彼方だが、<ファウスト>に書かれた「永遠に女性的なるものが、われらを高みへと引き上げる」という言葉に疑いなく納得したくなるフィナーレだ。


パーヴォ・ヤルヴィとhr響(フランクフルト放響)他による演奏。



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