エルナンデス・イ・アグアド
ついにというか、ようやくというか、エルナンデス・イ・アグアドを手に入れた。






楽器そのものに多少なりとも興味のあるギター弾きであれば、このギターに関しては説明を待たないだろう。通称アグアドと称されるこのギターは、マヌエル・エルナンデス(1895-1975)とヴィクトリアーノ・アグアド(1897-1982)の共作により、主として50年代から70年代、350本余が作られた。当時から名器の誉れ高く、サインツ・レヒーノ・デ・ラ・マーサ、ジョン・ウィリアムスをはじめ、多くの演奏家が愛器とした。ぼくがその名を知ったのはギターを始めた高校生の頃だったと記憶しているが、もちろん当時もその後も自分には縁のない、単なる高嶺の花であった。
真っ当な勤め人としての生活に専念し、30代から40代とギターとも疎遠をなっていたが、五十路に及んでカムバック。遅れてきた春のごとく、道楽バブルを謳歌することになったのだが、そんな中、かつての憧れの楽器への恋慕がつのり、そのいくつかを手に入れた。それでもまだアグアドは雲の上の存在であった。しかし五十路を終え、還暦を迎える頃になり、ほどほど真面目に生きてきた人生、一度くらいそんな楽器を手にしてもバチはあたるまいと思い、アグアド探しが始まった。そうは言いながら当初は半信半疑。名器として誰しもが一目おく存在ゆえ価格も第一級。流通する数も多くはない。本気で探し始めたここ数年で10本近いアグアドを試奏したものの、音の状態ほか諸条件でピンとくるものはなかったのだが、この夏、出会ったのが手元にある個体だ。
以前の記事にさわりを書いた通り、手に入れたのはボサノバやアコースティックなフュージョンで活躍した故佐藤正美氏の遺品である。2015年に佐藤氏が亡くなったあと都内の楽器店で売りに出たが、すぐに売済となった。その後紆余曲折があったようで、少し前にGG社から紹介され試奏した。弾き始めてすぐ音は気に入った。少し間をおき、再確認して購入を決めた。1973年作#443。弦長660mm。
70年代にはすでにアグアドの体調も悪く、マルセリーノ・ロペスやベルサール・ガルシア他の助っ人による製作も相当数あったとも言われ、60年代こそがアグアドの全盛期、70年代は格下といった評価もよく聞く。しかし、ここ数年でかなりの数を試奏し、購入直前にも数本を集中的に弾いてみて、製作年代よりも1本1本の個体差の方がずっと大きいという印象をもった。同じ60年代でも、軽く発音する古いスパニッシュテイストを感じさせるものもあれば、少し重めで剛性感の高い楽器もあって、まったく別の系統かと思う程違っていることもあった。弦長もアグアドの標準は655㎜とされるが、60年代の660㎜もあるし、特注だろうが640㎜もある。ボディーサイズも何台か確認したが、60年代と70年代と大きな違いはない。そもそも通称アグアドではあるが、木工作業の多くはエルナンデスが担当していたはずだ。そうしたことから製作年代よりも個体差という、ぼくなりの結論に至った。
今回手に入れた1973年作は660㎜のフルサイズボディーながら重量は1470グラムと大きさに比して軽量で、低音から高音まで一応に軽やかに発音し響きが豊か。低音共鳴(ウルフトーン)はGとF♯の間くらいだが、ドロップDでも6弦は十分にボリューミーだ。手に入れた手前味噌という側面があるだろうが、「いつまでも弾いていたくなる、他の楽器はもう要らない」という感覚を抱く楽器だ。もちろん佐藤正美氏がプロフェッショナルとして数々のライヴやレコーディングを通じて弾き込んできたという要素も大きいだろう。そういえば、10年程前からお付き合いのある高崎市の石原昌子先生が使っているアグアド(先代の母君から受け継いだ楽器)も1973年作でシリアル番号も数番違い。何度も拝借して弾いたことがあるが、その都度、その軽い発音と豊かな響き、ピュアな美音、それでいて音に核があって客席までよく通る音に感心したものだ。製作時期が極めて近いこと、また長期間に渡って弾き込まれてきたことなど、共通点があるのかも知れない。
そんなわけでクラシックギター人生半世紀にしてようやく楽器探し打ち止めの一幕。あとはせっせと弾くばかり。いずれつたない演奏音源をアップしたいと思う。
エルナンデス・イ・アグアドの640㎜ショートスケールを使っていた小原聖子氏の貴重な音源。マドリード王立音楽院流デ・ラ・マーサ直伝の正統派タッチの継承者。演奏スタイルの好みはおくとして、音は美しく、技巧のキレも十分だ。
このアグアドを使っている佐藤正美氏の演奏二題。90年代初頭のテレビ映像。
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