朝比奈隆のブルックナー第8



先日、知人と話をしていてふと出た「大フィル」の名で思い出し、久しぶりにこんな盤を取り出した。


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朝比奈隆(1908-2001)指揮・大阪フィルハーモニー交響楽団によるブルックナーの交響曲第8番ハ短調。1994年サントリーホールでのライヴ録音。手持ちの盤はちょうど20年程前に一連のブルックナー演奏がミドルプライスで発売されたときに買い求めたもの。当時、朝比奈隆人気はピークになっていた。ライナーノーツで知ったのだが、この演奏の前に当地前橋にも同じ曲目で来演しているという。その頃ぼくは音楽から少し離れていたので残念ながらその演奏は聴いていない。ブルックナーの8番はもう40年以上前から様々な演奏で親しんできたが、この朝比奈&大フィルの演奏は格別だ。

すでに朝比奈&大フィルのブルックナー演奏のスタイルが確立している時期のもので、迷いも疑問もなくすべてが身体に染み付いた状態で演奏していたのだろう。音楽の構えが大きく、感情の高ぶりを発散させずに。むしろ杭を打ち込んでいくように音楽を深く掘り下げることでエネルギーに満ちた強固な基盤を作りながら音楽を進めていく。音楽を耳に付きやすい横に流れるメロディーとしてではなく、重層的な構造物としてとらえているのだろう。そうしたことすべてがブルックナーに相応しい。第1楽章はやや押さえ気味に曲は進む。第2楽章はしっかりと大地を踏みしめるようなテンポのスケルツォだが音楽はよく流れていく。悠揚せまらずという言葉が相応しい第3楽章のアダージョは息の長いフレージングにオケがよく付いていく。にわかの客演指揮ではこうはいかないだろう。手兵大阪フィルも大健闘だ。第4楽章終盤では少々息切れの感がなくもないが、この曲を最後まで緊張とエネルギーを切らずに演奏するには、やはり肉とワインで育った体力が必要なのかもしれない。

朝比奈隆の演奏を様々の視点からその良し悪しを指摘することはいくらでも出来るだろうが、老境に達した一人の指揮者と彼に従い全身全霊をささげる団員達との組み合わせが結実した演奏をそういう視点で聴くものでもあるまいと思う。


手持ちの盤からアップした。第2楽章スケルツォ。


終楽章。93歳になる前日2001年7月8日のライブ。この5カ月後2001年12月29日に逝去した。



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