田邊ギター 16歳の夏



青春真っ只中の16歳になったマイ田邊ギター。このところ滅法調子がいい。


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田邊雅啓さんは現在栃木県足利市で伝統的手法にこだわったギター製作を続けている。大学を出てから長野県上田の石井栄ギター工房で修行ののち独立。2001年から故郷の足利に工房を開いて製作を始めた。たまたまその頃、久しく中断していたギター演奏を再開するにあたり、新しい楽器を探していたときに名前を聞き及び、拙宅から車で1時間ほどの距離に工房があることもわかって、早速お邪魔したのが以降のお付き合いの発端である。ちょうどその頃田邊さんは名匠ホセ・ロマニリョスの製作マスタークラスをスペインで受講、その教えと伝統的なスパニッシュギターの製作手法に忠実なギター製作を本格化させていた。最初に訪問したときに試奏した修行時代の作品と、その音作りの姿勢にひかれ、ぼくはすぐに新作のオーダーを決めた。一つ一つの製作工程を深く吟味しながらの製作は、およそ商業ベースの効率的な製作スピードからはほど遠く、ぼくの注文品完成も2004年6月まで2年近く待つことになった。

表面板はヨーロピアンスプルース。濃い冬目がはっきり出ている良質のもので、田邊さん曰く「最高グレードのもの」とのことだ。裏板は音の面からはあえてハカランダにすることもないだろうとの判断でインディアンローズウッドとし、写真でわかる通り、裏板中心部にはメープル材で少しオシャレをお願いした。指板の黒檀は極めて緻密な良材が使われている。実際、16年を経過した現在も指板表面は滑らかな艶を放ち、伸縮が皆無なのかフレットのバリも出てこない。ヘッド、ロゼッタ、3ホール式のブリッジ等にも高い工作技術を示す美しい、しかし派手さとは無縁の装飾が施されていて、見る度にため息がもれるほどだ。糸巻きは黒檀ツマミの米国スローン社製。塗装は全面セラック仕上げ。弦長648㎜。ナット幅52㎜。重さ1440g。

ナットとブリッジのサドル(骨棒)には、長手方向の厚みにわずかにテーパーが付けられていて、そのテーパーに合わせて作られたぞれぞれの溝に差し込むとピタリと収まる。また一般的に骨棒は低音側で高く、高音側で低く作られ、指板と弦の高さが決まるようになっているが、この田邊ギターは低音側も高音側もほぼ同じ高さとし、指板の厚みを低音側から高音側にかけて厚くなるように加工されている。ラミレスなどに見られる手法だ(ラミレスはさらに従来通りのサドル側傾斜も残る)。結果としてサドルとブリッジ木部の溝とは高音側も低音側もほぼ同じ面積で接触し、より確実な結合になる。また指板面にはわずかにR処理がしてある。

田邊ギター:ロマニリョスモデルの特徴は、低めに設定されたウルフトーンから繰り出される、どっしりと響く深い低音と、端正で伸びのある高音にある。決して派手にガンガン鳴る楽器ではないが、西洋音楽の基本バランスである低音をベースとしたピラミッド型の音響構成を作りやすく、バロックからソルやジュリアーニあたりまでの曲を表現するにはベストの楽器だと思う。外国語ではギターが女性名詞であることから、有り体に例えるなら、知的で清楚で優等生的な女性のイメージだ。反面、近代スペインのアルベニスやグラナドスなどの作品(ギターへの編曲物)やラテン系の艶っぽさ、熱っぽさを歌い上げるには、少々甘さと粘りが足らないと言えなくもない。

総じてこの頃の田邊さんの作品は、本格的な製作に取り掛かった彼のモチベーションの高さが随所に現れている。時々メンテナンスでこの楽器を彼に見てもらうとき、「いやあ、いい楽器だなあ」と彼自身がいつも感嘆する。手元にある何本かの楽器の中で、バランスの良さ、和音の分離、豊かな低音の響き、高音のサステインは最も優れているものの1本。現在、弦はサバレス社のニュークリスタル&カンティーガのノーマルテンションを張っているが、音色の統一感にも優れ、適度な張りの強さと相まって十分なサステインを確保し、申し分のないマッチングである。ときにやや線が細いと感じこともあるが、しっかりしたアポヤンドで弾くと緊張感のあるよく通る音で鳴ってくれるので、これは楽器の個性として弾き手が歩み寄るポイントかもしれない。あるいは太めの音の弦、オーガスチン社のリーガルや、アクイーラ社のペルラあたりを張るとまた印象が変わる。

実はこのギター、数年前にはこのブログに時折りコメント入れてくれる「みっちゃん」さんのところへ送ったり、近所のギター弾きの知人に預けたり、また少し前にはやはりブログへのコメントがきっかけで時折りメールやり取りをするようになったOさん宅へ送って試奏してもらったりして、第三者委員会的なコメントも受け取っている。そのいずれもがおおむね上記のような印象に近い内容だった。

このギターを製作した2003~2004年当時以降、田邊さんの評価は急速に高まった。最近はハウザー1世モデルやトーレスモデルなどの製作が多いようだが、端正な音色でバランスがよく、タッチの良否に応えてくれる、低音がしっかりとしたギターを望むなら、このロマニリョスモデルは少々の製作期間を待つ価値十二分に有りだと思う。


田邊ギターで弾いた音源の再生リスト。少し前にアップしたもの。こんな演奏をサンプルにしては田邊ギターに申し訳ないが、新たに録音する時間もなかったのでご容赦を。
佐藤弘和氏の小品三題
https://www.youtube.com/playlist?list=PLjAvYRun0efNUm3Yvw_QQEiqmEIfYk2wC

初級定番曲三題…数年前の録音。
何だかヒドい…(^^;
https://www.youtube.com/playlist?list=PLjAvYRun0efNJHgnBPU02uKzWvj3TO0mq


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No title

私もこのギターを弾かせて頂いた一人です。

このギターは楽器としての性能の高さ、
高い工作精度から生まれる演奏性の良さが素晴らしかったです。
田邊さん自身の清楚な音色の中に、
ロマニリョスのテイストを感じられるものもあって、
とても素敵な楽器となっておりますね。

このギターの表面板ですが、
ハウザー3世が娘カトリンがまだ家業を継ぐか決まっていなかった頃に、
ハウザー家の材料をいくらか欲しい人に分けた事があったそうです。その時に、田邊さんも紹介を受けて数セット入手した材で、今ではもう入手不可能なプレミアムなスプルースという事です。当然、それも使い切っており今はないとの事。

このギターは3時間ほど弾き込んで、じっくり見せてもらいましたが、
冬目が濃くて、太い、全体の色合いも濃厚で、ハウザー2世のような雰囲気のあるスプルースだと感じました。実際かなり似ていると思いませんでしょうか。
近年の新作ギターで、海外国内含めて、こういう材は殆ど見た事がありません。

将棋駒の世界では、黄楊材において
こういう材を赤柾と呼ぶのですが、まさにこれはスプルース版の赤柾そのものです。しかも、縦の木目に対して、横方向にハーゼとも異なる、綺麗なチラチラした感じの模様が見えると思います。これは完全な柾目取りの場合だけに見られるもので、人によっては真柾と呼んだりします。本当に極上の材料の証です。

田邊さんには、何度もリペアでお世話になっていますが
彼の特徴としては、職人として目がとても良い事、手先の技術が凄い事、
音のセンスが良い事、これまでこなした修理調整の圧倒的な経験値の高さを
感じます。それと何と言っても人柄の良さですね。

日本人製作家の最高クラスのものから
一生物のギターを欲しいという人がいたら、迷わず彼を勧めます。
オーナーが惚れ込んでしまう為か、中古も滅多に出てこないし
新作が出ても、速攻で売れてしまうので試奏もなかなか出来ませんが。

ついつい熱くなって長文失礼しました。

Re: No title

ブチャラティさん、コメントありがとうございます。
もう少しゆっくり弾いてもらってよかったのですが…(^^; でも短時間ながら、このギターの個性を掴んでいただいたようで、さすがです!
表板の色合いの変化は、16年とはいえ紫外線に当たっていた時間は限られるので、「日焼け」ではなく、木材内部の樹脂成分の変化によるものかなあと感じています。濃い冬目と相まって、いい感じになってきたなあと思います。

なるほど、将棋駒の世界もいろいろあるのですね。ハウザーの材料ストックは膨大で、特に表板は太い原木の根っこからある程度上の限られた領域から採られたものを使っているとも聞きました。まさに赤柾の領域と同じでしょうか。ハウザーが材料を放出したのは、確か2000年代初頭だったと記憶しています。様々なグレードが出されたようで、一時期アストリアスの辻モデルにも使われていたのを思い出します。放出の理由は定かでありませんが、税金対策とも聞きました。真偽のほどはわかりませんけどね。

田邊ギターの中古は本当で出てきません。同じように寡作で知られる何人かの製作家の楽器は時折り見かるので、単純に数の問題だけではないでしょう。楽器とのしての良否に加え、おっしゃる通りの彼の人柄ゆえという要素も大きいかと思います。 機会があれば、またどこかで田邊ギターに触れてみて下さいませ。

No title

通りすがりのギター好きです。
(と言ってもほとんど毎日立ち寄らせていただいてますが笑)
素晴らしい楽器ですね!
写真だと弦高がかなり高めに見えますが、どのくらいに調整しておられるのでしょうか?

Re: No title

通りすがりさん、コメントありがとうございます。
弦高さは…12フレット弦下で、6弦4㎜、1弦3㎜。中間点の5フレット弦下で、6弦2.3mm、1弦1.8㎜というところです。ブリッジ部分の写真では、(3ホールのため)サドル部の弦当たり角度がかなりあるので弦高が高いように見えたのかもしれませんが、まあ標準的なセッティングかと思います。弾きにくさはなく、またビビりや裏打ちもなく、いい状態です。

No title

わざわざお答えいただきありがとうございました。
量産品しか弾いたことがありませんが、標準とはいうものの4mm、3mmだとハイフレットでの押弦が結構キビシく感じます。
手工品だとそのあたり違うのでしょうか。
それとも単なる腕の違いですかね・・・。
いつか弦高についての記事をあげていただければと期待しています。

Re: No title

弦高の設定は、弦の選択、弾き手のタッチ等、様々な要素が絡むので難しいですね。4㎜-3㎜はほぼ標準的ではありますが、私の手持ちの楽器でも、もう少し低いものもあります。 また3.5㎜-2.5㎜くらいまで下げたこともありますが、私の場合はタッチによりビビりが出る状態になりました。その辺りの兼ね合いで、楽器ごとに決めるのが現実的かと思います。

トリプルホールの弦交換

トリプルホールの楽器持っているのですが、弦を外す時が毎度ひと苦労です。特に1弦がしまってきびしいです。張る時は問題ないのですが。何か一工夫あればご教示いただけると助かります。

Re: トリプルホールの弦交換

別の通りすがり…さん、こんばんは。コメントありがとうございます。
私は弦交換が好きなので(^^;なので、その辺りの面倒くささはお楽しみ要素です!
弦を外すときは、ホールの前・後ろともに、ニッパーで弦を切ってしまいます。そうすれば、弦の端をつまんで引っ張り出すのも容易かと…
弦交換の際は、厚紙をブリッジの横において、ニッパーで表板をキズ付けないよう気を付けます。
以下は3ホールではありませんが、参考まで。
http://guitarandmylife.blog86.fc2.com/blog-entry-830.html
プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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