ラミレス2世1935年
「与太さん、例のギターのメンテナンスが完了したので、よかったら見に来ませんか」
現代ギター社営業担当K氏より連絡有り。ハイハイ、行きますよ!と過日、都内での仕事を早めに切り上げ、池袋・要町へと急いだ。


古びたケースから取り出したのは、ホセ・ラミレス2世(1885-1957)1935年作のギター。思わず「おおっ!」と声をあげた。弾き傷と年月によるエイジングとで見事に時を刻み込んだスプルースの表板。美しい板目が神々しくさえあるハカランダの裏板。古色蒼然とした風貌から放たれるオーラが尋常ではない。音を出す前からギターが勝手に何かを奏でそうな気配。昨年みた絶品トーレスに勝るとも劣らない、すこぶる状態のいい個体だ。

85年の歴史を背負った楽器だが、この度細部にわたるメンテタンス・調整を受け、楽器の物理的状態はとてもいい。表板の割れ修理跡はしっかり補修されている。指板は交換されているようだが、ネック・フレットの状態含めて気持ちいいほど整っている。表板・横裏板ともセラックで軽くリフィニッシュしてあるが、もちろん厚化粧になっておらず、美観とエイジングが程よくミックスした理想的な状態だ。 弦長は648㎜。ナット幅は正確には測らなかったが、おそらく50㎜程度。比重の大きい横裏板のハカランダ材のためか、予想よりはしっかりとした重量感がある。とはいえ現代のギターに比べるとずっと軽量だ。糸巻はオリジナルのフステロ製39㎜ピッチが不調だったので交換。39㎜ピッチがもはや入手難とのことで、軸穴を埋め木し35㎜ピッチに直してある。

この楽器、かの中野二郎(1902-2000)の遺品であったものを御弟子さんが引き受け、事情あってこの度の放出になった由。大正から昭和、平成に至る日本のギター史を背負ってきた一人である中野二郎氏の遺品と聞いて、思わず来し方80年余に思いを馳せた。手元にある荒井史郎(1930-2019)著「ギターに魅せられて」にこんな記述がある。
…中野先生のお宅で私が(中野氏から借りて)レッスンに使用していたギターは、スペインのホセ・ラミレスII世1935年作だった…中略…昭和11年(1936)に名古屋の楽器店「景文堂」によって輸入されたホセ・ラミレスII世作ギターは各種類10本。中野二郎はじめ、弟子の小越達也、京都の貴家健而たちが、当時100円から300円で買い求めたと聞いている…
今回のこの楽器はこの10本の中の1本に違いない。そして驚くべきことに以前、旧友Y氏から借りてしばらく弾いていたラミレス2世も同じく1935年。そのときもY氏から上記のような逸話を聞いていた。そのY氏のラミレス2世のラベルには「6」のスタンプが押されていて、今回のものには「10」が押されていた。かつて昭和11年に名古屋に到着したラミレス2世10本にうち2本に出会って実際に触れることが出来たのは、中々歴史的なことじゃないかと感じる。
ここまで歴史を背負った楽器。もはや音などどうでもいいという気分になったが、せっかくの機会、もちろんその音も楽しんだ。慎重に調弦をしてゆっくりと弾き出す。1930年代スペイン製と聞いただけで予想される音、マヌエル・ラミレス、サントス・エルナンデス、ドミンゴ・エステソ他いわゆる戦前のオールドスパニッシュのイメージそのもの。低音レゾナンスはF#辺にあって6弦ローポジション全域でふっくらと豊かな低音が響く。中高音も反応よくはじけるように鳴る。弦の張りは柔らかくビブラートもよくかかり、タレガの小品などを弾くと正にツボだ。すべての音が楽器全体から軽く立ち上がり空間に放たれる。 現代的視点であえてネガティブな点をあげつらうとすれば高音域でサステインが短めで、ポンと鳴ってすぐに収束するということくらいだろうか。もっともこれはこの当時の楽器全般がもつ個性といった方がいい。実際、試奏したときの部屋(現代ギター社GGサロン)は残響豊かで、音のサステインは部屋のアコースティックが受け持ってくれるという考えが成り立ち、弾いていて不足感はなかった。
この楽器、すでに「相応の」プライスタグも付けられ、現代ギター社GGショップ内の楽器コーナーに設置された湿度管理ケースに中に鎮座している。楽器の物理的状態、発音、自らが背負った歴史、そもそもラミレス2世ギターの個体が少ない…それらを勘案すれば、プライスタグの数字も納得の逸品だ。
エヴァ・ベネクが弾くラミレス2世1943年作。低音のウルフトーンが低く(おそらくF~F#)設定されていて、時折り6弦ローポジションの低音がドスンッと響く。そして高音は軽やか。この当時のラミレスは、まだ軽く作られ古いスパニッシュの味わいをもつ楽器だった。
ラミレス2世1949年作 この時代のギターはゴルペ板さえ気にならなければフラメンコ用・クラシック用と意識する必要はない。
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