特集;群馬交響楽団を聴く<3> ケク=チャン・リム指揮 チャイコフスキー 交響曲第5番


朝方いっとき激しく降った雨がほどなく上がり、そのあとは猛烈に湿度の高い一日。少し動いただけで汗が噴き出すというのは、まさにこんな天気のことだ。ロンドンオリンピックも終わり、世間もお盆を迎えて何となく静けさを取り戻した。
さて、郷土の誇り;群馬交響楽団の過去の録音を取り上げる夏休み特集。きょうはその3回目。チャイコフスキーの5番を取り出した。指揮は1928年オランダ領ボルネオ生まれのインドネシア系中国人のケク=チャン・リム(Lim Kek-tjiang ;林克昌)。1981年5月の録音。


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これは名演だ。群響が80年代に残した録音の中で最も優れた録音の一つだと断言できる。多分、演奏者のクレジットを見ずにこれを聴かされ、「コンセルトヘボウのライヴ録音だ」と言われても、疑わずに聴いてしまうかもしれない。久々に針を降ろしたが、あらためて唸ってしまった。

まず録音がこれまで紹介した2つの盤とまったく違う。録音そのものは前2回の盤同様、井阪絃率いるカメラータ東京によって行われているが、この盤は前2回の収録場所である群響の本拠地;群馬音楽センターではなく、隣り町渋川市にある渋川市民会館で収録された。群馬音楽センターは残響の少ない極めてデッドなホールで、録音後の処理でいくらかエコーが付加されているものの、響きが尾を引くような録音ではなかった。一方、このチャイコフスキーは渋川市民会館のナチュラルエコーが効いているのだろう、オケの音全体に豊かで自然な残響が加わっている。弦と管の距離感も程よい具合だ。カメラータ東京技術陣はきっと慣れないホールでのマイクセッティングやミキシングに腐心したことだろうが、その結果は盤の出来に十分反映されている。

そして何より指揮者ケク=チャン・リムの曲作りには感服した。この曲を貫くほの暗さとロマンティシズム、そして終楽章の勝利。そのすべてがあるべき形で提示されている。全体にテンポ設定は遅く、第1楽章には17分近くをかけている。これはチェリビダッケの18分台には及ばないが、セルより3分遅く、ムラヴィンスキーより6分も遅い。遅いテンポを取ると一般には音楽の彫りが深くなり、一つ一つのフレーズが持つ意味合いがより明確に提示される。一方、オケのコンロトールが不十分だと緊張感や統一性に欠け、いろいろやっているが全体として何を言いたいのか不明といった演奏になることもしばしばだ。しかしこの盤では群響がケク=チャン・リムの彫りの深い音楽作りによく反応し、緊張感を維持している。ケク=チャン・リムはもともとヴァイオリニストで、著名なコンクールのファイナリストに残るほどの名手だったそうだ。そのせいか弦楽群のフレーズの作り方が巧みで、やや濃い口の歌わせ方だが、緊張と解決をうまくコントロールしている。何気ない第3楽章のワルツなども実に雰囲気があって、フレーズがフワッと浮き立ち、心地よく収束する。
前回、前々回と取り上げた豊田耕児指揮の古典と初期ロマン派の整った音楽作りはそれまでの群響とは一線を画するものであったが、ケク=チャン・リム指揮のこのチャイコフスキーは、更に一皮むけて深く濃いロマンティシズムをたっぷりと聴かせる力が群響にあることを示した名盤と言えるだろう。


ケク=チャン・リムは60年代には中国本土で様々な活躍をしたが文革のため西洋音楽が排除され、その後ときの周恩来の計らいもあってマカオに移ったそうだ。このたび検索してみたら2000年代に入って、台湾の企業グループがスポンサーになって出来た長栄交響楽団の初代のシェフに就いていることを知った。幸いその頃のものと思われる音源があったので貼っておく。若い演奏家によるオケだがよく鍛錬されている。ケク=チャン・リムの曲作りも周到だ。

カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲。濃厚な味付けだが、よくコントロールされている。



ルスランとリュドミラ序曲。腕利きの若者を集めたと思われるキレにいいアンサンブル。



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Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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