クレツキ&チェコフィルの第九



週明けの月曜日。野暮用あって帰宅途中に近所のショッピングモールに立ち寄り、8時少し前に帰宅。夕飯を済ませたあと、夜10時前から昨日やるつもりで手付かずだった部屋の整理を始めた。不要なダイレクトメールやら、出しっ放しにしておいた楽譜やらを片付け、PC周辺のジャングル配線も少しだけ交通整理。この手の片付けは、やった本人だけがその変化が分かるもので、他人が見たら前と同じにしか見えないのが常だ。自己満足的整理整頓なので、それでよしとしよう。
ちょっとだけ気分がすっきりしたところで、この記事を書きながら音盤を聴くことにした。先週フリッチャイ&ベルリンフィルでこの年末の「初第九」を聴いた。久々に聴くと第九の良さにあらためて感心し、続けて何度か聴くことが多い。今夜もそのパターンだ。手元にある盤の中から今夜選んだのはこの盤、パウル・クレツキ指揮チェコフィルハーモニーによる全集版の中の1枚だ。(カラヤンもベームもバーンスタインも出てこない。いつもながら地味な選択でゴメンナサイ。)


パウル・クレツキ&チェコフィル ベートーヴェン交響曲全集


クレツキは1900年ポーランド生まれの指揮者で、ライナーノートによればチェコフィルとのこのベートーヴェン交響曲全集の録音は60年代半ばから始まり、一部は1968年初頭に及ぶ。1968年といえばその夏にチェコ事件のソ連侵攻があった年だ。かつてチェコフィルは弦楽器群の美しいオーケストラとして知られていた。60年代後半はまさにチェコフィルにとってのよき時代であった。このベートーヴェンからもその片鱗がうかがえる。

クレツキはこの第九を速めのテンポとどちらかといえば短めのフレージングで進めていて、ドイツ風の重く深いアインザッツからは遠い。チェコのレーベル;スプラファン録音によるこの盤のチェコフィルの弦楽器群は切れ味がよく、よく例えに使われる「燻し銀のような」というよりは、もっと現代的な、磨きたてのスターリングシルバーのイメージだ。しかし木管楽器が控えめにブレンドされた音でサポートするせいか派手な音ではない。このあたりの音作り、60年代後半のチェコフィルの録音は、マタチッチのブルックナーなどにも共通しているように感じる。第1楽章の展開部でオケの強奏が続くくだりでも音がダンゴになるのを避け、各声部を浮き立たせるようにパートごとの音量とダイナミクスをよくコントロールしている。

第2楽章は中庸のテンポ。第3楽章は演奏時間14分とトスカニーニ並みの速めのテンポで進む。テンポは速めだが曲の運びは自然で急いでいる感じはない。終楽章に入ると音楽は次第に熱を帯び、出だしの低弦群によるレシタチーボも雄弁だ。しかし決して各パートは混濁せず、音楽の組み立ての明確さは変わらない。そしてチェコフィル付属の合唱が素晴らしい。ブリガリアをはじめ、東欧諸国は昔から合唱王国と言われる。さもありなんという素晴らしく広がりと余裕のある合唱を聴くことができる。ドイツ風の迫力や整然さとは少し違い、団員一人一人の姿が見えるような合唱といえばよいかもしれない。合唱の主部に入ってからクレツキはかなりテンポを落とし、じっくりと合唱を歌わせる。

振り返ればチェコフィルと深い関係のあった他の指揮者、アンチェル、クーベリック、ノイマンらを差し置いて、チェコフィルがクレツキと初めてのベートーヴェン交響曲全集を作ったのも、必然あってのことだろう。クレツキとチェコフィルによるこの全集は他の曲も総じて速めのテンポとフレッシュな弦楽をベースに明確に各声部を描き分け、そして時折熱く鋭い切れ込みを聴かせてくれる味わい深い名演だ。



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Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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