モントゥーの<驚愕>



雨にたたられた七夕。午前中、これといった用事も無かったので、久々にボリューム上げて音楽を聴こうと思い、さて何を聴こうかと思案。ふと思いついてこんな盤を取り出した。


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傑作揃いのハイドンザロモンセットから第94番ト長調「驚愕」。モントゥーとウィンフィルによる演奏。1959年録音。手持ちの盤は60年代初頭の国内初出盤。例によって十数年前に出張先の大阪梅田の阪急東通名曲堂「60年代盤コーナー」で手に入れた記憶がある。発売元はビクターで、ジャケットには大きくLivingStereoの文字がある。当時ウィーンフィルは英デッカの専属。普通ならばデッカレーベルになるはずだが、諸事情あってRCA系から発売された。もちろん録音は英デッカによるもので、1959年にウィーン・ゾフィエンザールで行われた(当初RCAリビングステレオのちに英デッカ・ロンドンというパターンはF・ライナー&VPOの録音などと同様か)。70年代半ばにはロンドンレーベルから白いジャケットの廉価盤で出ていたので、それを思い出す向きも多いだろう。

演奏は当時の時流を反映して重厚長大、19世紀に片足を残したような演奏かと思っていると見事に裏切られる。編成は現代のハイドン演奏の標準からすれば大きいのだろう、弦楽群の細部のアンサンブルにやや甘いところがある。木管群の音も遠めだ。しかしウィーンフィルの音は実に柔らかく艶やかで低弦群のエネルギーも充実。左右いっぱいに広がる弦楽群を明瞭にとらえた伝統の英デッカサウンドを堪能できる。
一方、音楽の流れそのものは思い他フレッシュだ。第1楽章のほれぼれするような序奏のあと主部に入ると、ピリオドアプローチ顔負けのテンポ設定で疾走する。第2主題でふっとテンポを落としてギアチャンジ。目まぐるしい転調の続く展開部も畳み掛けるように進む。モントゥー指定の対向配置の効果もあって、構えの大きなハイドンが響く。「びっくりしたなあ、もう~」の第2楽章も快速調のアンダンテ。ロンド風ソナタ形式の終楽章も変らず速めのテンポで駆け抜ける。録音当時すでに84歳の老練の指揮者とは思えない。モントゥーの盤は他にも何枚か手持がある。また機会をみて取り出してみよう。


この盤の音源。第1楽章冒頭、ウィーンフィルの柔らかなアインザッツが素晴らしい。



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昭和のギター曲集 -3-



ことのついでに今夜も昭和のギター曲集。その調子だと、ひと月くらい続きそうだが、まあ程々に休み休み続けましょう(^^;  さて、きょう取り出したのはこんな一連の曲集。


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1970年代初頭に全音楽譜出版社から出たエチュード集。書架を探索したところ写真のものが出てきた。「ギターエチュードアルバム3」はカルリ、ジュリアーニ、カーノ、ソル。カルカッシ、アグアド等、19世紀古典ギター黄金期の(多くは演奏家を兼ねた)作曲家によるエチュードが30曲余収録されている。おおむね初級から中級レベルのもの(コストは中~上級)。そして「全音ギターエチュードシリーズ」と称されるものが3冊あって、ソル、ジュリアーニ、コストのエチュードが収められている。いずれも当時のギター指導者が編んだもので、巻末には編者の写真とプロフィールが出ている。昭和の…と題したが、実はこのシリーズは現在も全音楽譜出版のカタログに載っていて入手可能。半世紀近く経っても版を重ねているからには需要があるに違いない。おそらく今でもそこここの<町のギター教室>で教材として使われているのだろう。

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実際あらためて収録されている曲を眺めると、それぞれの作曲家が書いた多くのエチュードから、初級から中級向けのものをよく考えてピックアップした跡が読み取れる。いずれも20~30曲を選んでいるが、それぞれの作曲家の個性を感じさせる。メカニックな指の鍛錬にはジュリアーニ、古典的和声感を学ぶにはソル、少し時代を下ったロマン派の曲想にはコスト、といった具合だ。ぼくがこの曲集を手に入れたのはクラシックギターを初めて半年経ったあたりからだと思うが、独学のカルカッシ教則本と併行してこの曲集を広げていたものと思う。中ではソルのものと、コストの25エチュード(これは一つの作品群)には現在に至るまで、繰り返し弾いて楽しめる感興にあふれる佳曲が多い。


ソルの作品35の19


この動画投稿者はソルをはじめとするギター曲を鍵盤楽器で再現して演奏している。
ソルの作品31-16もこんな感じに。


コストの<25のエチュード>からNo.14



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昭和のギター曲集 -2-



きのうの続きで、昭和のギター曲集をひも解く。今夜取り出したのは、こんな一冊。


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京本輔矩編「演奏会用ギター世界名曲全集(下巻)」。かつてギター関係楽譜を多数出していた国際楽譜出版社から1970年に出たもの。600円の価格表示がある。同年1970年の高校一年のとき夏休みのバイトが一日1000円だったから、バイト半日分。今なら3~4000円というレベルか。この曲集にも裏表紙に1971年6月購入と下手な字で書いてある。クラシックギターを弾き始めて数ヶ月した頃で、数IIBの参考書を尻目に、つるしの松岡ギターで夜ごと練習に精出していた頃のものだ。

(下巻)とあるからには(上巻)も出ていたはずだが、どういう理由でこの(下巻)を選んだのか、今となっては分からない。楽譜と言わず何と言わず、この頃の出版物には「世界〇〇〇」と標榜するものが多かった記憶がある。全集…は少々言い過ぎだが、収められている曲もバロック以前から古典、ロマン派まで幅広い。16世紀のバルデラーバノ、ミラネーゼ、ダウランド、カローゾに始まり、17世紀のノイジドラー、コルベッタ、ムートン、ロイスナー、タラール、ラドール、リバヤスと続く。並々ならぬ博識をもつ京本氏ならでは選曲だ。それでも中心は19世紀半ばの古典ギター黄金期の作品で、リョベートやアレナス、プラトなどによる一般クラシックの編曲物もいくつか入っている。きのうの奥田紘正編の曲集に比べると難易度はずっと上がり、当時の自分には過半の曲は手に負えなかったはずだが、いくつか印象の残っている曲がある。アントン・ディアベリのイ短調のフーガでは、フーガというもの自分の出す音で初めて体験し、ぞくぞくしたのを覚えている。メルツのハンガリー幻想曲は同時期にFMで聴き、こんな曲芸のような曲があるのだと知った。最近は耳にしないホセ・ブロカ、アントニオ・カーノなどの曲も入っていて、今となっては珍しい。


アントニオ・カーノ<エル・デリリオ>


ディアベリのフーガ。 バッハのようにはいかないが…


この曲集には<EL Destino>が入っているホセ・ブロカ。ここでは比較的よく弾かれる<Pensamiento Español>を貼っておく。



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昭和のギター曲集 -1-



少し前から手持ち楽譜の整理を始めている。といっても、膨大なコレクションの整理というわけではなく、何があって何がないか…曖昧な記憶の整理と確認が主目的。ギターを弾き始めてボチボチ半世紀になるが、そもそも体系的に楽譜を揃えたこともなく、馬齢を重ねるうちに集まったレコード・CDに比べ、楽譜はごくごく僅かしかない。だから整理というよりは現状確認と、これから残りの人生で弾いてみたい曲の楽譜を今後手に入れるにあたっての事前調査という感じだ。そんな思いで書架から楽譜を取り出していると、長らく見ていない懐かしい楽譜を見つけて思わず青春回顧モードに…。そんな回顧趣味MAXの昭和の楽譜を備忘も兼ねて記事にしておくことにした。きょう取り出したのはこんな楽譜だ。


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奥田紘正編の曲集2冊。入門・初級用の「ギター51曲集」と初級・中級用の「ギター81名曲集」。共に東京音楽書院(2001年廃業)発行。この手の曲集の常として発行日等の記載はないが、おそらく昭和40年代前半に出たものかと思う。裏表紙にぼくの筆跡で昭和46年6月購入と記してある。クラシックギターを始めて間もない頃にあたり、ギターの楽譜として手に入れたもっとも早い時期のものだ。

「ギター51曲集」は各国の民謡やクラシックの簡単でよく知られた曲が並ぶ。すべて編者奥田紘正氏による編曲でギター用にアレンジされている。こぎつね、荒城の月、アマリリス、かっこう、ねこふんじゃった、ラ・クンパルシータ、埴生の宿…とまあ、そんな調子の曲が並ぶ。さすがに当時ギターは初心者だったとはいえ、音楽としては何の面白みも感じなかったのだろう、ページを開いて弾いた記憶がない(^^;

もう1冊の「ギター81名曲集」はカルカッシ教本との併用とうたわれ、第1部が各調による漸進的曲集、第2部が演奏会用小品集となっている。第1部はハ長調に始まり、ト長調・ニ長調・イ長調・ホ長調・ヘ長調・イ短調・ホ短調・ニ短調などギターでよく使われる調性が選ばれ、それぞれに数曲の小品が当てられている。そのあとはスラーや付点音型、三度・六度・八度・十度のための曲が続く。 第2部の演奏会用小品集には、ぼくら世代のギター弾きなら必ず弾いたであろう小品が並ぶ。もちろん演奏会用…とはいっても、想定しているのはギター教室の発表会というたぐいのもので、実際この当時、そしておそらく今でも、そうした催しでは初級から中級者によく弾かれる曲が並んでいる。サグレラスのマリア・ルイサ、リンゼイの雨だれ、ワルカーの小ロマンス、ソルの月光、モツアーニのラリアーネ祭、ジュリアーニのメランコリア、フェレールの水神の踊り…という感じだ。こちらの曲集はほとんどの曲が耳に覚えがあるし、いくつかは音楽としても面白いと感じながら弾いた記憶がある。曲集の最後に並んだフェルナンド・ソルのニ長調とイ長調のメヌエット(Op.11-5,6)は、ギターを弾き始めて半年ほど経った頃にさらい、音楽担当教師に推されて、県内高校生による各種楽器の発表会のような催しに学校代表として出場したことがあった。


ソルのメヌエット。女子高の講堂で弾いた思い出の<デビュー曲>
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2冊ともずっと書架の奥で眠っていたのだが、数年前に見つけて引っ張り出し、懐かしさも手伝って久しぶりに片っ端から弾いてみた。いずれも四の五のいう程の曲ではないが、半世紀近くを経た懐かしさも手伝って、案外思い入れたっぷりに弾いたりして、ひとしきり楽しむことができた。ぼくと同年代で、今では小難しい曲を分別臭く弾く諸氏も(^^;、ときには昔の曲集を引っ張り出して、ビギナー時代を回顧するのも一興かと思う。


この曲集で初めて接した初級卒業課題曲2つ。5年前に宅録したもの。この程度の曲で弾き損じが…恥ずかしいっス
サグレラス<マリア・ルイサ>


ヘンツェ<マズルカ> この動画だけ何故か視聴回数が6千回を超え、いいねが41!



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コシュラーのモーツァルト



7月スタート。異例に早い梅雨明けとなった関東地方。盛夏というにはまだ手ぬるいが、きょうも暑い一日だった。少々ややこしい案件に手こずりながらも、明日できることはきょうやらない…と相変わらずの体たらく。程々で退勤となった。帰宅後ネットを覗いていたら、きのう7月2日の項に指揮者コシュラーの忌日とあった。コシュラー…しばらく聴いていないなあと思い出し、こんな盤を取り出した。


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ズデニェック・コシュラーは1928年プラハ生まれ。1956年のブザンソン指揮者コンクールで優勝している。ちなみに小澤征爾の優勝が1959年。チェコを中心に活躍し日本のオケにも度々客演した。スター性とは縁がないものの堅実で中庸を心得たマエストロという印象であったが、残念なことに1995年に67歳で急逝した。この盤は1983年に当時の手兵スロヴァキア・フィルを振って録音されたもので、この前後に多くの録音を残した。当時からコシュラーに思い入れがあったわけではなく、この盤も以前も書いたように、ネットで知遇を得た方からLP盤を格安箱買いした中に入っていた。

久々に針を落としたのが、音が出るまでもっと貧弱でローカルな雰囲気の演奏かと勝手に想像していた。しかし41番の出だしが、決して華麗ではないが、思いのほか恰幅よく響いてきたのに少々驚き、勝手な想像は見事に外れた。まず急がずもたれずのテンポがいい。そしてフレーズの描き出しが明確だ。埋もれがちになる中声部がクリアに聴こえてくる。録音というよりはコシュラーが意図的にコントロールしているに違いない。ちょっとした木管の経過句や対旋律に気付かされ、今更ながらこんなフレーズがあったのかと身を乗り出してしまった。こうした演奏と比べるとカラヤンの一時期の演奏などはまるで団子状態で、マスの響きだけに終始しているように聴こえてしまう。コシュラーの明晰な音楽作りは、フーガを駆使して各声部が絡み合う終楽章で特に効果をあげ、まったく隙のない演奏に仕上がっている。

25番ト短調もいい演奏だ。コシュラーの解釈はあくまでまとまりのあるシンフォニーとしての音の組み立てを重視している。そしてアクセントやモーツァルトで重要な倚音や係留音の扱いが丁寧かつ明快だ。この曲はもっと悲劇性を強調したりアグレッシブに演奏することは容易な曲だろうが、このコシュラーのバランス感覚は素晴らしい。これをもって中庸という言い方をされるならば、中庸おおいに結構。スロヴァキアフィルは独墺のメジャーオケと比べると少々実力は劣るのかもしれないが、誠実な音作りでコシュラーの指示に応えている。


この盤の音源。第25番ト短調第1楽章。


同じコンビによるモーツァルトのレクイエムのさわり。
全曲はこちら



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ゴルフその後



昨年末に乗り換えてからちょうど半年が過ぎた7代目ワーゲン・ゴルフ(通称ゴルフ7)の近況。以前と違って通勤用途での距離が少なくなったので、半年間での走行距離はようやく3000キロ。この間、渋滞含む市街地・郊外国道・高速・程々のワインディングとひと通り走り、初回点検、半年点検も終了した。


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数々の傑作工業デザインを生み出したジウジアーロの手になる初代ゴルフ。その後の2代目あたりまでは背高の武骨なデザインだったが、モデルチェンジを重ねるごとに大型化と同時に現代的洗練度を上げている。そうはいっても、曲線を多用し、ボディーのあちこちにアクセントのプレスラインが走る昨今の派手なデザインとは一線を画している。当初は少々ネガティブに感じていたその何の変哲もない武骨なデザイにも愛着を感じるようになった。


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そして相変わらず乗るたびにその走りの素性の良さには感心する。
燃費性能とマイルドな乗り心地、そして街中での扱いやすさを最優先する同クラスの国産車とは段違い。走り屋でも何でもない素人のぼくにもわかる走行性能の良さ。高速はもちろん、路面荒れも多い市街地走行でも、直進安定性は抜群で、ほとんど修正舵を必要としない。剛性の高いシャーシ構造とサスペンションのチューニングは、しっかり感とスムースさの両立を高いレベルで実現していて、よく言われるオン・ザ・レールの感覚だ。エンジンパワーも必要十分。ぼくの選んだモデルに搭載されている過給機付き1.4リッターエンジンは1500回転から最大トルクと発生し、それが5000回転くらいまで維持される。一般道での法定速度までの加速では2000回転手前でシフトアップを繰り返し、それ以上に上がることはない。

先日代車で1.2Lのモデルを一日乗ったのだが、こちらもターボチャージャーのおかげで低回転域から最大トルクが出るので、加速時のパワー不足は感じなかったから、通常使用では1.2Lでも十分な印象だ。ちょっと不思議だったのは、1.2Lモデルの方がシフトアップが早く、1500回転くらいで上のギアに上がる。よりパワフルな1.4Lモデルの方がより高い回転数まで引っ張るにはおかしいなあと思ったのだが、その後ネットの情報で合点した。1.4Lエンジンでは、負荷が軽いときに4気筒中2気筒を停止させる気筒休止モードという制御が入り、燃費アップに貢献している。この気筒休止に入る条件の一つに回転数があるようで、少し高い回転数で回して気筒休止させた方が、燃費向上に有効ということらしい。もちろんシフトアップとともに回転数は落ち着き、高速での100km/h巡行時の回転数は1800回転程で安定し、エンジン音、走行音とも静かで快適だ。これまでのところ燃費は1リッター当たり街乗りで12キロ以上、程々の交通量の郊外国道で15キロ以上、高速では20キロを超える。0-100km/hを8秒半で走る加速フィールとの見合いでいけば上々の数値だろう。

身内の一人が同じワーゲンのポロに乗っているのだが、先日必要あってぼくのゴルフで市中を少し走ることになった。ひと回りして帰宅後のコメントが「ポロを比べるとゴルフは安心感がまったく違う。こんなに違うのならゴルフにしておけばよかった」とのこと。そのポロでさえも以前乗っていたアクアと比べると、しっかり感が全然違うと言っていたのだが…。ゴルフの安定した走行フィーリングは誰にでも即座に感じ取れるのだろう。


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ということで、今のところ死角を感じないゴルフ7。しかし出来の良さがゆえに上位モデルも気にかかる。2.0Lエンジンを載せたゴルフGTIは一度乗ってみたいし、あるいは少し大型になるがセダンのパサートは他の欧州プレミアムブランドに勝るとも劣らない出来栄えのようだ。まだ半年しか経っていないのに、そぞろ浮気心はどうしたものだろう。


GTIいいなあ!



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ゼルキン&セルのモーツァルト



あたふたと週末終了。月もあらたまって明日からは今年の後半スタートという晩。音盤棚を眺めていたらこんな盤を見つけて取り出した。


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ルドルフ・ゼルキン(1903-1991)の弾くモーツァルトのピアノ協奏曲。第20番ニ短調と19番ヘ長調のカップリング。バックはジョージ・セル指揮のコロンビア交響楽団。ここでセルが振るコロンビア交響楽団はワルターが晩年コンビを組んだコロンビア交響楽団ではなく、セルの手兵クリーヴランド管弦楽団そのもの。契約の関係で「クリーヴランド」の名前が使えなかったこと由。60年代初頭の録音。手持ちの盤は60年代の国内初出盤で、はっきりした記憶がないが、かつて出張の度に通った大阪梅田の名曲堂阪急東通店で手に入れたものだろう。

針を落としたモーツァルトの20番の協奏曲は、同じピアノ協奏曲の24番やいくつかの交響曲、室内楽などと同様、モーツァルトの数少ない短調作品で傑作の一つだろう。第1楽章の出だしから天真爛漫なモーツァルト像にはつながらない暗く暗示的な開始。セルの指揮するオケが例によって引き締まった響きで序奏を奏でる。ゼルキンのソロは意外なほど淡々とした調子で入ってきて、以降もベートーヴェン弾きの彼からは想像が付かないくらいのさらりとした弾きぶりだ。 第2楽章はロマンツァの指定があるものの、もちろんこのコンビは古典的様式感から逸脱することなく、しっかりした拍節感のあるインテンポを基本に進み、主題が戻るところでのみテンポルバートをかけている。それで十分にロマンツァになるようモーツァルトは書いているのだろう。第3楽章はゼルキンがやや速めのテンポでソロを始める。続くオケのトゥッティの緊張感あふれる響きが素晴らしくいい。さすがにセルと思わせるところだ。以降ももって回った表現は皆無で、ピアノ・オケ共に古典的様式と引き締まった音で最後まで緊張感を保って曲は進む。 こういう演奏に触れると、今どきの演奏は考え抜かれた解釈と表現、美しい音と万全の技巧には違いないのだが、どうもあざとさを感じてしまう。ごく普通に何かしようとせずに淡々と弾くこの演奏に好感をもつのだが、どうだろう。


この盤の音源。第20番ニ短調。ささやき程度ではあるが、小声でうなるゼルキンの声がしばしば聴こえてくる。


同第19番。



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プロフィール

マエストロ・与太

Author:マエストロ・与太
ピークを過ぎた中年サラリーマン。真空管アンプで聴く針音混じりの古いアナログ盤、丁寧に淹れた深煎り珈琲、そして自然の恵みの木を材料に、匠の手で作られたギターの暖かい音。以上『お疲れ様三点セット』で仕事の疲れを癒す今日この頃です。

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